TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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80.奇跡

 大地に裂け目が生まれる。その場の全員区別なく、無慈悲に一人残らず呑み込まれていく。

 ルグニカ大陸の一部… 『鉱山の街』アクゼリュスとその近辺は、大地とともに消滅した。

 

 崩れる、崩れる、崩れる…。

 

 概ねヒトという生き物は、大地に足をつけることで生活しているといっても過言ではない。

 ならば、大地が根本から喪われたらどうなるのか? ……それは大空で溺れるに等しい。

 

 現在進行形で大地の崩落に呑み込まれている彼ら一同にとっても、まさに事実は当て嵌まる。

 予想だにしなかった事態に巻き込まれた者たちはみな、大なり小なりパニック状態に陥る。

 

 その中でも一段と見苦しい… もとい恐慌状態に陥ったのが誰あろう、セレニィである。

 涙と鼻水を垂らしてヴァンに縋り付き、後方に縛った彼の髪を引っ張りながらみじめに騒ぐ。

 

「ぎゃああああああ! 落ちる、落ちるぅ! 死ぬっ! ……死んでしまう!?」

「ええい… うるさい、喚くな! 本当に死んでしまっても知らぬぞ!」

 

「ほへ… な、なんとか出来るんですか?」

「あぁ、だから落ち着け。……気が散ってしまっては、出来るものも出来なくなる」

 

「は、はい… 信じますよ? 信じましたからね、ヴァンさん!」

「いいから、黙っていろ(とはいえ、場所が悪い… これでは救えて数名か。くっ!)」

 

「………」

 

 セレニィは顔を青褪めさせつつも、ミュウとともに両手で口を塞いでコクコク頷いている。

 

 対してヴァンの方は、この事態で生き延びることのできる『切り札』に思いを巡らせる。

 ユリアの第二譜歌… 『堅固たる守り手の調べ』と呼ばれるソレを使えば、生き延びられる。

 

 それは間違いない。何故ならば、十五年前も同様の手段で生き延びることが出来たからだ。

 だが、如何せん場所が悪い。決して効果範囲が広くないこの譜歌では救えて数名が限度。

 

 自身と同じくユリアの譜歌を扱えるティアとて、効果範囲は大きく変わることはないだろう。

 

「(どうやっても何人かは救えない者たちが現れる… 私の力はその程度ということか)」

「えーと、ヴァンさん… なにか深刻そうな表情ですが?」

 

「……フッ、貴様には関係のないことだ。今は、自分が生き延びることにのみ集中しろ」

 

 ヴァンは自嘲気味に笑みを浮かべる。世界を恨み、世界を滅ぼそうと暗躍してきた報いか。

 恐らく譜歌の力が届かぬであろうリグレットとアッシュに胸中で詫びつつ、目を閉じる。

 

 犠牲を容認して、救えない命を切り捨てて譜歌を発動させようとしたその時… 声が響いた。

 

「ヴァンデスデルカ! 私の譜歌に合わせなさい!」

「ティア… メシュティアリカよ、何を!?」

 

「説明している暇はないわ! 『みんなを救いたい』というのなら言うとおりにしなさい!」

「(はは、うえ?)……いや、なにを馬鹿な」

 

「聞こえているの? ヴァン!」

 

 自身を叱咤する妹の姿が、一瞬、今は亡き母親のソレに重なって見えて思わず呆然とする。

 頭を振って確かめれば、そこにあるのは己の妹の姿。そんな彼の様子に再度叫ぶティア。

 

 今度は呆然とすることはない。諦めの色を浮かべていた瞳に覚悟の炎を灯して、口を開いた。

 

「……聞こえている。分かった、オマエの言葉に従おう」

「『みんなを救う』… そんな奇跡を起こして見せるわよ、私たち兄妹で!」

 

「フッ…」

 

 妹の… ティアの瞳に、諦めの色はない。彼女が目標を定めたら決してブレることはない。

 折れず、曲がらず、真っ直ぐ目標に突き進む。目標を成し遂げるまで止まることはない。

 

 ……まぁ、うん。自分が世界を滅ぼすことを諦めてなかったら、どうなってたか少し怖いが。

 そんなことを考えつつ、しかし、何処か楽しげにヴァンは微笑んだ。気分が高揚している。

 

 人類に期待することを諦めて世界に絶望していた自分は、ただ信じる力がなかっただけ。

 本当に弱かったのは誰の方であったのか? ならば、この奇跡をきっかけに変わっていこう。

 

 自らの罪たる過ちを受け入れて、数知れぬ挫折と苦難の果てに… 栄光を掴むその日まで。

 

「クロア リュォ ズェ」

「トゥエ リュォ レィ」

 

『ネゥ リュォ ズェ…』

 

 ティアの発する不思議な穏やかさを持つ響きに、ヴァンの発する声が(おごそ)かに続いていく。

 それは互いにぶつかり・打ち消し合いながらもやがて一つに重なり、周囲を包み込んでゆく。

 

 重なり響き合う男女の二つの声がハーモニーとなって、『奇跡』の音色を生み出していく。

 その場にいる全ての人間は聞き惚れて、ある者は涙を流しある者は遠い過去の日を想う。

 

 堅固たる守り手の調べは… 人のみならず落下する軍艦を大地を、その全てを優しく包んだ。

 ユリアの譜歌の『輪唱』。それは神話の時代にも起こり得なかった、新たな奇跡であった。

 

 

 

 ――

 

 

 

「全く… とんだドジを踏んだモンだよ。チンタラしていたら出られなくなるなんて」

 

 不完全ながら発動した擬似超振動による落盤の影響で、脱出不可能となった第14坑道。

 その出口の手前で、ボロボロの身体を引き摺りながらもシンクは悪態をついていた。

 

 その肩をレプリカイオンに貸しながら… であるが。彼もまた同じくボロボロの有様だ。

 それが妙におかしくてレプリカイオンが苦笑いを浮かべながら、シンクに問い掛ける。

 

「言わんこっちゃない。僕を殺さなかったせいで擬似超振動は発動し、君は閉じ込められた」

「後悔の真っ最中さ。あと他人事のように言っているけど、閉じ込められたのは君もだよ」

 

「他人事もなにも… この時点でまだ僕が生きているだなんて、思ってもいなかったからね」

 

 レプリカイオンの皮肉とも取れてしまう言葉に、思わず苦い表情を浮かべてしまうシンク。

 

 彼にそんなつもりはないのだろうが、馬鹿にされているような気分になってしまうのだ。

 ……恐らくそれは自分自身が誰よりも強くそう思っているからこそ、感じてしまうのだろう。

 

「ねぇ、シンク。一つ聞いてもいいかな?」

「……ダメだ」

 

「なんで、僕を殺さなかったの?」

「……ダメだって言っただろ」

 

「いいじゃない。きっと、これが最後なんだし」

 

 笑顔のレプリカイオンに向かって呆れたような溜息を吐きつつ、シンクは地面に腰掛けた。

 

 最後のあの瞬間、シンクは右手の攻撃譜術発動直前に左手で障壁譜術の準備を開始した。

 攻撃譜術で狙ったのは『擬似超振動発生機関』。当然と言うべきか、超振動の力が暴走する。

 

 あとは時間との戦いだ。レプリカイオンを背後に庇いつつ、障壁譜術を発動させ耐え凌ぐ。

 神業的なタイミングでなんとか成功した。もう一度やれと言われても恐らく無理だろう。

 

 しかし所詮は片手間の付け焼刃に過ぎない。まして擬似的なものとはいえ超振動の力なのだ。

 シンクは背後に庇われたレプリカイオンともども、ボロ雑巾もかくやという状態となった。

 

 なんとか揃って生き延びたものの、その目に映ったのはパッセージリングが壊れる光景。

 全く以て自分らしくないグダグダっぷりに、思わず自分で自分を殴り飛ばしたくなってくる。

 

 挙句自分と同じ顔をした相手に、今こうして触れられたくない部分を問い詰められる始末。

 こんな無様を『あの馬鹿』に見られたらなんと言われるか。……多分指差して笑われる。

 

 考えていたら苛々を通り越してしまった。深い深い溜息を吐いてから、シンクは口を開いた。

 

「別に。自分と同じ顔した存在が、ただ『道具』のまま死ぬのはつまらないな… ってさ」

「……『道具』じゃないなら、僕はなんなんだろう?」

 

「『あの馬鹿』なら言うんじゃないの? 『それでもあなたはあなたですよ? 多分』ってさ」

「……フフッ。なにさ、それ」

 

「アイツはいつもそうさ。深い意味なんか考えもせず、適当なこと言って人を振り回すんだ」

 

 いや、やはり苛々してきた。一言ならずとも文句を言ってやりたいがこの状況では難しい。

 ならばとばかりに、目の前のレプリカイオンに愚痴の限りを吐いてもバチは当たるまい。

 

 レプリカイオンは楽しげに笑いながら、止めどなく続いていくシンクの話に耳を傾けている。

 シンクにしても話すネタは幾らでもある。あの変態には、何度となく苦労させられたのだ。

 

 自分の仮面を盗むためだけにディストに合鍵を作らせ、勝手に自室内に侵入されたこと。

 挙句に発見されたらあっさりディストを囮にして逃亡し、アリエッタに泣きつく外道っぷり。

 

 ハンバーグのために会議の出席を認めたのに、その日の晩はピーマンの肉詰めを出したり。

 指摘したら「嘘は言ってないです。まさか、好き嫌いするんですか?」と煽ってきたり。

 

 段々ムカついてきた。今度顔を見たら一度と言わずに殴り倒そう… そうシンクは決意した。

 

「まぁ、そんなわけでハンバーグとピーマンの肉詰めは全く別の料理だと思うんだけどね」

「……いや、どっちも食べたことないから知らないんだけど」

 

「なら、食べてみるといいよ。ピーマンの肉詰めのピーマン部分はアンタにあげるから」

「それが食べられるなら、ピーマンの肉詰めってハンバーグにピーマン被せただけなんじゃ…」

 

「その違いが大きいのさ。アレはどう考えてもハンバーグを冒涜している、断言してもいい」

 

 極めて真面目な表情でそんな講釈を垂れるシンク。最近緩い誰かに毒されつつあるらしい。

 そんな彼に、レプリカイオンは笑顔を浮かべた。対するシンクは不機嫌そうな顔をする。

 

「なに? アンタもアッシュやラルゴみたいに笑うわけ?」

「いや… 違うよ。さっき断られたけどさ… 『友達』って、いたらこんな気分かなって」

 

「……ハァ、やれやれ」

「あ、ごめん。……別に怒らせるつもりはなかったんだ」

 

「『これからすぐに死ぬ人間と『友達』になる趣味なんてない』… そうは言ったね」

「……うん」

 

「勘違いしているようだから言っておくけどさ。僕は死ぬつもりなんてこれっぽっちもない」

「……え?」

 

「アンタはどうなのさ。諦めて死を待つってなら、別に止めはしないけどね」

 

 皮肉気な笑みを浮かべるシンクのその言葉に、レプリカイオンはその目を大きく見開いた。

 彼はまだ諦めてなかったのだ。こんな状況の中で。……何故そう信じられるのだろうか?

 

「なんで信じられるの?」

「やれやれ… ちょっと考えれば分かることだろう。パッセージリングが壊れたよね?」

 

「う、うん…」

「それはアクゼリュスの崩落を意味する。事実、さっきまで落下を続けていたはずだ」

 

「うん。……あれ?」

「気付いたみたいだね? 今は落下が止まっている。その意味するところは、なんだろうね」

 

「え? ……え?」

 

 目を白黒させているレプリカイオンを鼻で笑いながら、シンクはその場にゴロリと寝転んだ。

 そして背を向けながら言葉を続ける。

 

「『これからすぐに死ぬ人間と『友達』になる趣味なんてない』… そう言っただろ?」

「え? それって、ひょっとして… 僕と…」

 

「考えてやってもいい、って程度だよ。それに僕が断ってもお節介な変態が放っておかないよ」

「あ、うん… それでも、ありがとう!」

 

「(はぁ… 全く以てらしくない。何もかも失敗して助けを待つことしかできないなんて)」

 

 喜色を浮かべるレプリカイオンの言葉を敢えて無視しながら、静かに助けが来るのを待つ。

 

 そして数時間が経過し… ピシリと天井が割れて、空気の流れが大きく動くのを感じた。

 手にドリルを取り付けたディストお手製の譜業人形がこちらの方を覗いている。目が合った。

 

「おぉー! ホ、ホントにいたズラー! ご主人、要救助者2名発見ズラ!」

「はーっはっはっはっ! ご苦労、タルロウX改! ……はて、2名?」

 

「まぁまぁ、細かいことは後にして取り敢えず助けに行きましょうよ」

「それもそうですねぇ! セレヌィの言ったとおりに発見できましたしねぇ!」

 

 騒がしい声が聞こえてくる。呆気にとられているレプリカイオンに肩を貸して立ち上がる。

 

「だから言ったじゃないですか。ここからシンクさんの匂いがするって」

「マジでいやがるとは… テメェ、たまに人間やめてやがるな」

 

「フフン! 今じゃアリエッタさんとリグレットさんの匂いも分かりますよ?」

「そうか、凄いなセレニィ。でも、あまり近寄らないでくれないか」

 

「あれ? 功労者なのにこの扱いって酷くないですかね…」

「はーっはっはっはっ! 天才とは常に孤高… 理解者が少ないのは世の常ですよ、心友!」

 

「そうですね。ただの友達のディストさん」

「ノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」

 

「セレニィ… 私で良ければ幾らでも匂いを嗅いでくれて構わないわよ! さぁ!」

「すみません。私ゴリラに知り合いはいないんで、話しかけないでくれますか?」

 

「いやぁあああああああああああああああああああっ!?」

 

 ……うん、やっぱりアイツは変態だったようだね。

 あと、どうでもいいからさっさと助けろよ。こっちは怪我人なんだぞ。心中で悪態をつく。

 

 そうして待つことしばし… アイツが穴の空いた天井から顔を覗かせてこう言った。

 

「や、シンクさん。……おかえりなさい」

「……あぁ、ただいま。セレニィ」

 

 

 

 ――

 

 

 

「ていうか、果たしてこのやり取りでいいんですかね? 遭難者の救助的に考えて」

「……知らないよ。付き合ってやったんだから、さっさとロープ垂らしてよ」

 

「ていうか、いつの間にそんなイオン様似の美少女をナンパしてるんですか!」

「え? 美少女って… ひょっとして、僕?」

 

「イチャイチャですか? 二人で肩を寄せあってイチャイチャなんですか、ちくしょー!」

 

 なんだか良く分からないことを口走りつつ、ロープも垂らさずに錯乱し始めるセレニィ。

 

 オロオロとしているレプリカイオンを下がらせつつ、シンクは地面の石を掴み取った。

 大きく振りかぶり、なんだか騒いでいる隙だらけの馬鹿に向かってソレを軽く投げ付けた。

 

「いいからさっさとロープを垂らせって言ってるだろ! この『馬鹿』が!」

 

 かくして『馬鹿』のタンコブを代償に、シンクたち二名は無事に救出されたのであった。

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