TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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68.教官

 拠点であるタルタロスにセレニィ、ディスト、アリエッタ、シンクらの四人が帰投した。

 無傷のアリエッタやシンクとは対照的に、セレニィとディストの姿はボロボロである。

 

「おお、帰ってきたな! 多少の怪我はしているようだが、まずは無事で何よりだ!」

 

「まぁ… はい。(主に運搬面で)死ぬかと思いましたが…」

「ハーッハッハッハッ! まぁ、この天才にかかれば造作も無いこと。上々の成果ですよ」

 

 出迎えたラルゴは相好を崩して、セレニィとディストの肩を叩く。セレニィ的に結構痛い。

 思わず顔をしかめてその旨を口にするセレニィ。

 

「いたっ、いたたた… ラルゴさん、痛いですって。私雑魚なんですからもっと優しく!」

「む? ハハハ… すまん、加減は苦手でな。しかし、雑魚とは謙遜が過ぎるだろうに」

 

「そうですとも。貴女の助言のおかげで、有象無象に邪魔されずジェイドと戦えましたしねぇ」

「初めての指揮にしては、中々に上手くいったようではないか。どうだ? 感触のほどは」

 

「どうなんでしょう? 詳しいことは報告の場で… おや、リグレットさんじゃないですか」

 

 フレンドリーに接してもらうのはありがたいが、体育会系のノリというものは苦手である。

 単純に怖さもあり、セレニィはラルゴの態度の急変に戸惑いながらも適当に相槌を打つ。

 

 ラルゴとしては同じ釜の飯を食い、また戦場を共にした者は仲間であるという価値観がある。

 武人らしい小ざっぱりした気質により、セレニィは彼に『仲間』と認められたわけである。

 

 だが例えそうであっても違う陣営に付けば一転、『敵』と認識できる割り切りも出来る。

 元日本人として安穏を旨とするセレニィには理解できない価値観を持つ。それが武人なのだ。

 

 お互いの相容れない価値観を本能で理解したのか、彼女は居心地悪げに視線を彷徨わせる。

 と… 曲がり角の先から、顔を半分だけ覗かせていたリグレットと視線が合ってしまう。

 

 発見されたと見るや渋々といった雰囲気で出てきて、いかにも嫌々といった様子で口を開く。

 

「フン… 逃げずに戻ってきたようだな。それとも、尻尾を巻いて逃げ帰ってきたか?」

「あははー…(嫌われてるなぁ… 美人さんに嫌われるのは、少し悲しいなぁ…)」

 

「おい、リグレット! 任務をこなしてきた者になんたる言葉だ! 流石に目に余るぞ!」

「いいんですよ、ラルゴさん。私は、そう簡単に信頼しちゃいけない人間なんですから」

 

「……フン、自覚しているようで何よりだ。服を整えたら会議室に来い、報告を聞いてやる」

 

 ピシャリとそれだけ言い残して、踵を返してサッサと通路の奥へと戻っていってしまった。

 ふと思う。……ひょっとして、自分たちの帰投をあそこで待っていてくれたのだろうか?

 

 そう考えれば美人さんのお出迎えだ。気分は悪くない。……エプロン付きならなお良かったが。

 根が単純なセレニィである。勝手にそう解釈してしまえばたちまち機嫌は直り、笑顔となる。

 

「おい、リグレット! ……すまんな。疲れているところ悪いが、報告も頼めるか?」

「勿論です。キチンと報告が終わるまでが任務ですからねー」

 

「へぇ… 不機嫌になるか悲しむかと思ったのに、まさか上機嫌になるとはね」

「えぇ、まぁ。リグレットさんもなんだかんだ言いながら出迎えてくれたんだな、と思うと」

 

「そういう受け取り方もあるか。もしそうだとしたら、リグレットを見る目が変わるな」

 

 シンクにからかうように尋ねられたので、素直に自分の思うところを告げてみる。

 その解釈にラルゴが不思議そうな顔をしつつ頷いていたが、真偽の程は不明だ。

 

 普通に考えれば嫌われているだけだろうが、わざわざマイナス思考になるのもバカバカしい。

 どうせ叶わぬ想いであるならば、せめて自分の心の中で精一杯飾り立てて美化してやろう。

 

 変態はチクリと胸を痛めながらも、想いを振り切るために、敢えてそう開き直ることにした。

 

「……じゃあ着替えてきますねー」

「セレニィ、更衣室… こっちだよ。一緒に、いかないの?」

 

「……部屋で一人で着替えますからー」

「女同士だってのに変なヤツ。……ひょっとして実はキミ、男なんじゃないの?」

 

「……自分としてはずっとそのつもりですよー」

 

 一緒に着替えようと言ってくれる大天使アリエッタの誘いに乗っかれるほど度胸はない。

 黒幕だラスボスだと言われても、セレニィは所詮ヘタレなチキン野郎に過ぎないのだ。

 

 湯船に浸かりたいとは思うものの、大浴場の女湯よりは部屋で一人シャワーの方が気楽だ。

 シンクのからかい言葉を軽く受け流しつつ、自室で予備の服に着替えて会議室に向かう。

 

 これから報告だ。ある程度成果を示さないと、文字通りに首が飛ぶ可能性だってある。

 だが、ヴァンと接触して伝言も預かってきた。普通に考えれば大丈夫のはずだが… さて?

 

 

 

 ――

 

 

 

 会議室にセレニィの声が響き渡る。

 

 帰りの途中でやっと巨鳥に乗せてもらえてから、その背で覚えていることを書いたメモ。

 今、それに目を通しながら六神将を前に報告を行っている。

 

「というわけで、まずディストさんを親善大使一行の進路上に待ち伏せる形で配置」

「ふむ…」

 

「シンクさんには退路の確保をお願いし、我々は上空より旋回して威嚇を行いました」

 

 メモは速度を優先して日本語で記している。見咎められたら暗号だといえば良いだろう。

 途中で風に飛ばされて何枚か落としてしまったが、読める者もいないし安全のはずだ。

 

「ディストさんの行動に関してですが、それは彼より報告を受けるようお願いします」

「む? 貴様… 指揮を任されたのにもかかわらず、その行動を把握してないのか」

 

「すみません。……私の指示が悪かったのか、アリエッタさんに放り投げられまして」

「……どうしてそんなことになった?」

 

「『近付かないように旋回』って言われたんで、総長のこと、セレニィに任せたです!」

 

 ……なるほど。いきなりあんなところに放り捨ててったのは、そういう意図があったのか。

 納得したけれど、出来ることならば事前に言って欲しかったですよ… アリエッタさん。

 

 ほんのり目尻に涙をためながら遠い目をするセレニィ。あの時は本当に死ぬかと思ったのだ。

 

「ということは貴様、閣下に接触したのか!?」

「あ、はい。お元気そうでしたよ… 次の行動の指示についても伝言を預かっています」

 

「ふむ… 言ってみろ」

「アクゼリュスで秘預言を回避するために動くので、そちらはザオ遺跡を攻略して欲しいと」

 

「なんだと! 秘預言を回避するだと! 閣下が本当にそのようなことを言ったのか!?」

「え、えぇ… なにかおかしいことでも?」

 

「信じられん… そうだ。セレニィ、貴様が嘘を言ったに違いない! そうに決まっている!」

 

 何故かリグレットさんが激昂して、ビシッと指を突き付けられたでござる。……解せぬ。

 そりゃ確かに普段から適当ほざいているし、いざという時は口先で誤魔化す人間だが。

 

 一応今回は本当なんだが… と思いつつ、内心自業自得かもしれないとほんのり納得する。

 気不味そうに口を閉ざした自分を見かねたのか、ラルゴさんがリグレットさんを窘める。

 

「リグレットよ、言い過ぎだ。嫌うなとはいわんが私情を抑えろ… 士気にも関わるぞ」

「しかし、ラルゴ! コイツは事もあろうに閣下のことまで…」

 

「……うっせーヤツだな。一々好き嫌いを言いやがって、ガキかよ」

「アッシュ、なにか言ったか?」

 

「あー、いや… 好き嫌いばかりはしょうがないですよ。食べ物のってわけじゃないですし」

 

 険悪になりかけたムードを苦笑いを浮かべて散らしたのは、他ならぬセレニィであった。

 生き残るためとはいえ、散々口先で相手を動かしてきたのだ。彼女の警戒は当然と言える。

 

 当然の報いとはいえ若干肩を落としながらそう考えつつ、続けてセレニィは口を開いた。

 

「まぁ、出会う全ての人間を好きになれるわけじゃなし。そうしろという方が傲慢ですよ」

「……む、それはそうだがな。おまえはそれで良いのか? セレニィよ」

 

「えぇ、私は嘘は言ってませんし。二度手間ですが、次回にでもヴァンさんにどうぞご確認を」

「ふむ…」

 

「……その上でもしも事実と異なるようであれば、いかようにでも好きに扱ってくださいな」

 

 まぁ、流石にヴァンさんの真意までは掴んでないので、今はこう言うだけが関の山である。

 空手形ではあるものの、命を質札に出せばある程度の信頼は得られるかもしれないしね。

 

 もしヴァンさんが「そんなの知らねぇけど?」と、梯子外してきたら全力で逃げればいいし。

 普通に逃げても撃ち殺されるだけだろうが、その時は泣いてアリエッタさんに縋り付こう。

 

 そこは知り合いのよしみでそこはかとなく便宜を図ってくれると良いな、とか思ったり。

 そんなことを考えていると、どのように受け止めたのかラルゴが申し訳なさそうに口を開く。

 

「すまないな… 疑り深い性格だが、それだけ責任感とヴァンへの敬愛が深いのだ」

「はい、分かってますとも。それも含めてリグレットさんの魅力だと思いますし」

 

「なっ… な、何を言っているんだ! 貴様は!」

「え? 私、なんか変なことを言いましたかね」

 

「わ、私のことを魅力的などと… 散々敵視してきて、おまえの命も狙ってきたのだぞ?」

 

 何故かリグレットが挙動不審になったことで、セレニィはさも不思議そうに首を傾げる。

 彼女ほどの人間ならこの手の言葉などとうの昔に浴び飽きてるだろうに、と思いつつ。

 

 だが実情はセレニィの見立てと大きく異なる。彼女は『美し過ぎて』『優秀過ぎた』のだ。

 その強い使命感も相俟って高嶺の花となり、誰もが近付くのに二の足を踏んでいたのだ。

 

 彼女に気兼ねなく接するのはグランツ兄妹くらいのもので片や上司、片や弟子である。

 そんな彼女の実情など知る由もないセレニィは、不思議そうに首を傾げながらつぶやいた。

 

「命の危機なんて日常ですし。それに私普通に好きですけど? リグレットさんのこと」

「なっ! ななななな…」

 

「へぇ、例えばどんなところが? ちょっと参考までに聞かせてよ」

「シ、シンク!」

 

「良いじゃないか。どうせ誰かさんのせいで報告は停滞してるんだ… ほんの軽い余興だよ」

「だからと言ってだな…!」

 

「まぁ職務に忠実な姿は好ましいですし、強い責任感で仲間を支える立派な方ですよね?」

 

 命の危機に慣れるつもりはないが、もはや日常と言っていいほど付き纏ってるのは事実だ。

 そんなことを考えながらも、シンクに囃し立てられるままに、思うところを告げてみる。

 

 すると、リグレットの顔がボンッと耳まで真っ赤に染まる。……なんだ、この可愛い生き物。

 

「とっても美人で可愛らしい方ですし。リグレットさんと一緒になれる方は幸せですねー」

「そ、それ以上はよせ! 言うに事欠いて私を、か、か、かわ、可愛いなどと…」

 

「いえ、普通に可愛いと思いますけど。今とか… そう思いません? アリエッタさん」

「んっとね… 思うです。リグレット、もっと、今みたいな顔すればいいと思うです」

 

「……も、もういいっ! 私をからかうのはおしまいだ! とにかく報告の続きをしろっ!」

 

 真っ赤になったまま机をドンと叩き、シンクの言うところの『余興』の終わりを宣言する。

 それに対して「はーい」と答えながらセレニィが、続いてディストが報告して終わった。

 

 アリエッタやシンクを含め全員の報告が終わったところで、改めてリグレットが口を開いた。

 

「ひとまず、セレニィの報告での指令が真実に基づいたものとして今後の行動を練る」

「え… いいんですか?」

 

「勘違いするな! 今から閣下に確認しては時間を食い、そのご意思に反しかねないからだ!」

 

 酷いツンデレを見た気分だ。良いのだろうか… これでは“魔弾”のチョログレットさんだ。

 しかし、萌えるからこれはこれでよし! そう思いつつ、内心で親指を立てるセレニィ。

 

 そんなセレニィの内心など知る由もなく、次の指令を出すチョログレットもといリグレット。

 

「では、これよりザオ遺跡攻略メンバーを発表する。呼ばれなかったものは待機任務だ」

「アァ? 具体的にどー動けばいいんだよ」

 

「親善大使一行の監視だ。目的のためにも、最終的にはアクゼリュスに先回りしたいしな」

「なるほどな… 分かった。俺は構わんからリグレットよ、発表を頼む」

 

「今回はその性質上、シンクとディストは必須メンバーとなる。連戦だが頼んだぞ?」

「……まぁ導師イオンを攫えなかった以上は、封呪の件もあるし仕方ないだろうね」

 

「ハーッハッハッハッ! この天才に解析を依頼するのです。半端なモノでは許しませんよ?」

 

 リグレットが名前を読み上げていく。

 

 今回は威力偵察の時と違って、戦力を絞る名目などない。つまり雑魚が選ばれる必要もない。

 リラックス状態でセレニィは聞き流している。邪魔しないよう静かにミュウと遊びながら。

 

「指揮官として私、リグレットが率いる予定だ。ラルゴには待機部隊の総指揮を頼みたい」

「しかと心得た。何かあった際には期待に応えてみせよう」

 

「あぁ… それと最後の一人だが」

 

 指揮官としてリグレットさんが同行するのか。良かった良かった。

 

 これで「指揮してこい」とか良く分からない理屈で、戦場に放り出される可能性は消えた。

 心身ともに完全リラックスモードに切り替わる。部屋に帰ったらシャワー浴びて寝よう。

 

「セレニィ、貴様だ。ザオ遺跡攻略任務に参加するように」

「え? いや… 正気ですか、リグレットさん」

 

「勘違いするな! この任務で貴様の本性を見極めるつもりなだけだ。精々気張るのだな」

 

 そう言われてしまっては「アッ… ハイ」としか返す言葉もない。泣きたくなってくる。

 かくして未だに疑われている嫌われ者は、遺跡の攻略任務に駆り出されることと相成った。

 

「以上をもって報告及び作戦会議は終了する。次のメンバーのディストとシンクは残れ」

「えっと… 次のメンバーの私はどうなんでしょうか、リグレットさん」

 

「貴様は邪魔だから部屋で勝手に休んで体力の回復に専念していろ! 翌日まで待機だ!」

「は、はい! 失礼します!」

 

「フン… 言わねば分からないとは、全く世話の焼ける」

 

 セレニィが退室する様子を鼻を鳴らして見送ってから、残った二人を見据えるリグレット。

 だが口を開く前に、ディストが手を上げて発言してきた。

 

「あの、リグレット… 私も戦闘の結果、少なからず体力を消耗しているのですが…」

「それがどうした? 六神将たる者が下らない泣き言を言うな。弛んでるぞ、ディスト」

 

「………」

 

 彼女のかくも厳しい鬼教官ぶりにディストとシンクは揃って閉口したという。

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