TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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61.預言

 さて、その頃のキムラスカはどうなっていたのか? ……有り体に言えば混乱していた。

 

 城内堂々と導師イオンが襲撃され、マルクト帝国の皇帝名代が攫われてしまったのだ。

 警備を担当していたキムラスカ側としては面目が丸潰れであり、和平破綻の危機でもある。

 

 だが、マルクトの全権大使を引き継いだジェイド・カーティスにその素振りはないこと。

 襲撃を受けた当のイオン本人に、キムラスカへと抗議する姿勢がないことが幸いした。

 

 混乱しつつも和平へ向けた話し合いは続けられ、現実味を帯びてきた中で事態は動き出す。

 

「……今、なんと申した?」

 

 インゴベルト六世は、朝一番に謁見を申し出てきたモースの言葉に眉を上げつつ返した。

 ローレライ教団大詠師モースはその言葉に対し跪いたまま、恐縮を表し言葉を重ねる。

 

「はっ! これまで部下が起こしました数々の事件に加え、先日城内で起きました事件…」

「………」

 

「これら全て私めの至らなさによるものと心得ております。お詫びの仕様もございません」

 

 全くそのとおりである。確たる証拠はまだ見つかってないものの印象的には真っ黒である。

 だがそれを言ってどうするつもりだ? 謁見の間に居並ぶ面々は彼の真意を測りかねた。

 

 民衆も教団信者を中心に騒がしくなりつつある… 十中八九、この男の手によるものだろう。

 そこに降伏宣言とも取れる言葉… だが、この男が転んでもタダで起きるとは思えないが。

 

 そこで大臣アルバインと視線を交わし、インゴベルト六世は出方を伺うための言葉を発する。

 

「……否定はできかねるな。ならばなんとする?」

「はっ! かくなる上はこの政治顧問の座を退き、ダアトに戻り大詠師の位も返上する所存」

 

「なんだと、正気か?」

「政治顧問の立場も大詠師の地位も、もともと私めには過分な取り立てであったのでしょう」

 

「……お主が地位を捨てると申すか」

 

 インゴベルト六世は呆然としたように呟くと、背もたれにその身を預けた。

 

 いずれ、段階を踏みながらモースを政治権力から切り離さねばならない。

 そう思っていた矢先の出来事だ。拍子抜けの一つもしてしまうというものだ。

 

 彼を除くに当たっては泥を被る者が必要だ。下手をすれば教団信者の怒りの矛先となるのだ。

 そのことを充分理解した上で憎まれ役を喜んで引き受けられる者など、決して多くはない。

 

 その点、誘拐されたと目されるあのマルクトの皇帝名代は実に上手くやろうとしていた。

 その真意は不明だがモースの権勢を削ぎつつ、イオンにその座を譲り渡す寸前まで行った。

 

 だがそれは実を結ぶ前にその芽を摘まれた。間一髪の瀬戸際でモースは生き延びたのである。

 眉間にしわを寄せて、インゴベルト六世は口を開いた。

 

「……何を考えている?」

「別に何も。ダアトにて身を慎み、陛下よりいただきました最後の仕事に励みたく存じます」

 

「最後の仕事とな」

「はっ! 教団員の待遇の実態調査と見直し、私財を投じてでも務めあげてご覧に入れます」

 

「……ふむ」

 

 インゴベルト六世は顎に手を当て考え込む。

 

 モースというより教団の影の排除を考えていた矢先のことであるし、もとより処刑は難しい。

 そのようなことを発表すれば、今でも騒ぎ始めている教団信者が暴走しかねないだろう。

 

 なにより場の雰囲気に呑まれていたとはいえ、あの時、勅命と言い出したのは自分自身だ。

 この上は「もっと貴様を締め上げたいのでやっぱりアレは無しとする」とも言えないだろう。

 

 大臣アルバインに視線をやり、発言を促す。諸々の確認と言質を取る仕事を任せるために。

 

「コホン! モースよ… これまでの己の行状を省みる発言、誠にあっぱれである」

「はっ! ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」

 

「殊勝な申し出ではあるが、お主を手放しで信用もできぬ。故、監視役を付けたいのだが?」

「ごもっともな仰りようかと。どうぞ、なんなりと」

 

「うむ、その上で何か申し出たいことはあるか? 可能な限り検討しようではないか」

 

 監視役を付けることは同意させた。ならばダアトに戻しても安心かという空気が漂う。

 

 その上で、申し出を受け入れるよう見せかけてモースの真意を問う。

 検討は約束したが、必ず叶えるとも言っていないのでノーリスクで尋ねたような形となる。

 

 無論口を開かないことも予想されるが、ならば後から要求をしてきてもそれを理由に拒める。

 マルクトの皇帝名代ほどに奇抜さに富んでいないが、堅実な悪くない打ち手である。

 

 さて、どう出る? と身構えたところでモースが口を開く。

 

「さればお言葉に甘えて申し上げたき儀が二点ほどございます」

「ほう、二点とな? 構わぬ、申してみよ」

 

「はっ! まず一つは導師イオン様の今後のご予定についてでございます」

「ふむ? 和平の仲介役としてここにお見えになっていることはお主も知っていよう」

 

「はっ! それは承知致しております。今更私めが口を挟むことではございません」

「では、如何なる意図を以って尋ねている」

 

「有り体に言えば、導師イオン様のご帰還の予定にございます」

 

 モースは真剣な表情を作り、言葉を続ける。

 

「ダアトで暴動があったのは先の話でも明かされたとおり。今更その原因は問いますまい」

「その話が今、関係あるのか?」

 

「はっ! イオン様あってのダアト、イオン様あってのローレライ教団でございますれば」

「真の意味で混乱を鎮めるためにも予定を明らかにすべきと申すか」

 

「ご賢察のとおりにございます。民心を慰撫するのは、私めには荷が勝ちすぎる大役かと」

「……貴様の怠慢ではないのか?」

 

「返す言葉もございません。が、イオン様の去就明らかとなれば城下の騒ぎも収まるかと」

 

 つまり、イオンの動向を明らかにしなければ城下の騒ぎはまだ続くと言っているに等しい。

 この扇動の裏にいる者が誰なのかを考えれば、大胆な脅迫と受け取ることも可能だろう。

 

「(証拠さえあれば、いかな教団の重職であろうと心置きなく無礼討ちできるものを…)」

 

 大臣アルバインは額に血管を浮かび上がらせながらも深呼吸をして、なんとか怒りを鎮める。

 そして努めて冷静に言葉を絞り出す。

 

「イオン様は我が国とマルクト帝国の和平仲介役。和平の段が決まるまでなんとも言えぬ」

「はっ!」

 

「また、予定が定まっても嫌疑の濃い貴様と同時に帰す訳にはいかぬ。理解しておろうな?」

「無論でございます。民心慰撫にイオン様の名をお借りしたいのが本音でございますれば」

 

「ならば追って伝える故、然様に心得よ! ……次の申し出を聞こう」

 

 話を強制的に打ち切り、次の申し出を引き出す。果たして次はどんなことを言い出すのか?

 謁見の間に居並ぶ面々が見守る中、モースは飄々とした口調で新たな申し出を行う。

 

「さすれば『漆黒の翼』なる連中を、教団の名において国際指名手配としたく存じます」

「ふむ…?」

 

「連中こそはイオン様を害そうとし、更には誘拐を企てた重罪人でございます」

「……うむ、それは間違いない」

 

「和平の使者殿が身を呈してイオン様を守らねば、イオン様は拐かされていたかもしれません」

「キムラスカとしては面目次第もない話だがな」

 

「それを言えば教団の方でしょう。なんせ私がこの有様ですからな… いや、お恥ずかしい」

 

 大きな太鼓腹を揺らしながら、愛嬌を感じさせる表情で笑ってみせる。

 釣られて笑ってしまいそうになった者らが、咳払いをして誤魔化す。

 

 そんなことを気にもしない様子で、モースは真顔に戻って言葉を続ける。

 

「とはいえ、私の件を抜きにしても神託の盾(オラクル)兵が護衛を失敗したのは紛れも無き事実です」

「……確かにその件でも教団に責任がないとは言えんな」

 

「はっ! 聞けば連中めは自らを『義賊』などと(うそぶ)き、(いたずら)に民心を惑わしているとか…」

「然様。……それがために民衆の歓心を買っており、捜査も難航している」

 

「民を正道に戻すのも教団のつとめ… なればこその申し出でございます。如何でしょうか?」

 

 これ自体に問題は感じないが… アルバインがインゴベルト六世に目をやれば、王も頷く。

 教団からの指名手配を受けたとあらば、全てとはいえずとも民の心も離れることだろう。

 

 皇帝名代が攫われたという醜聞を大胆に触れ回らずに済む分、穏当な申し出といえるだろう。

 

「貴様のその申し出についてはありがたく受けたく思う。よくぞ申し出てくれた」

「ありがたきお言葉。最後のご奉公が叶い、私めとしても肩の荷が下りた次第」

 

「モースよ… わしからも一つ尋ねたいことがある」

「これは陛下。私めなどでよろしければ、どうぞなんなりとお声がけくださいませ」

 

「……『未曾有の繁栄』が詠まれた秘預言(クローズドスコア)についてだ」

 

 謁見の間がざわめきだす。この預言(スコア)については、秘中の秘といえる国家機密なのだ。

 それを手を上げて制しつつ、インゴベルト六世は真っ直ぐにモースを見詰める。

 

 かの男は恐縮の姿勢を見せ、頭を下げたまま答える。……王も顔を上げるようには言わない。

 両者の冷えきった関係が伺えた。

 

「『ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へ向かう』」

 

 モースは朗々と、歌うように預言(スコア)の一部を詠みあげる。

 

「『結果キムラスカ・ランバルディアは栄えそれが未曾有の繁栄の一歩となる』、ですかな?」

「うむ。『ローレライの力を継ぐ若者』とは『聖なる焔の光』… 即ちルーク」

 

「恐らくはそうでしょうな」

「……掠れて読めない部分もあると聞いたが、解明はあれから進んだのか?」

 

「……進んでございません。申し訳ありませぬ」

「良い。過度の期待をかけてしまっては、その方にとっても負担であろう… 下がると良い」

 

「はっ!」

 

 頭を下げたまま御前を下がり、謁見の間を後にするモース。

 ついぞ上げられなかったその顔は、『(わら)い』の形へと歪められていた。

 

 全てを見下し、嘲笑いながら彼は悠々とその場を後にする。

 

「(馬鹿め… 貴様らは最早敬虔な信徒たる資格を喪ってしまった。真理に至るには不充分)」

 

 胸の内で「正しい預言(スコア)」を(そら)んじる。

 

『ND2018、ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へ向かう』

 

『そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって、街とともに消滅す』

 

『しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれマルクトは領土を失うだろう』

 

『結果キムラスカ・ランバルディアは栄えそれが未曾有の繁栄の一歩となる』

 

 ……あぁ、やはり連中は愚か者だ。もとより期待に足る存在ではなかった。

 得体の知れぬ者の言葉に惑わされ、自分を排斥などしようとするから真実を見失うのだ。

 

 はてさて、未曾有の繁栄という餌を前に何処まで我慢できるか見ものだ。

 モースにとって、絶対神聖視すべきはユリアと彼女の遺した預言(スコア)の成就のみ。

 

 それを邪魔する有象無象は全てまとめて障害物… 排除すべき塵芥(ちりあくた)に過ぎない。

 

「(精々踊るが良い… 未曾有の繁栄はくれてやる、塵芥(ちりあくた)には充分過ぎた報酬だろう?)」

 

 ND2018が終わるまで、あと11ヶ月… 日数にして軽く600日以上ある。

 彼の力を以ってすれば、如何様にも手の打ちようがある。

 

 未曾有の繁栄を求めてキムラスカが素直に預言(スコア)に乗ればそれで良し。さもなくば…

 

「(これまで自分たちが何のおかげで生きてこれたのか… とくと理解させてやろう)」

 

 天敵たる『死』が排除された結果、一人の男の悪意が世界(オールドラント)を呑み込もうとしていた。

 

 

 

 ――

 

 

 

 その頃、タルタロスでは…

 

「フッ… 私としたことが冷静さを失っていたようだな。だが、もう大丈夫だ」

「そうか… あまり無理をするなよ? リグレット」

 

「安心しろ、ラルゴ。ヤツにどのように対処すれば良いのか閃いたのだ」

 

 それはいいのだが、何故自分に言ってくるのだろうか? こう見えても忙しい身なのだが。

 そう思いながらもここ暫くの彼女の苦労を想えば、邪険にすることなどとても出来ない。

 

 早く帰りたいと思いつつ続きを促すラルゴ。……そんなだから話を振られるんだと思います。

 

「そうか… それは良かったな。まぁ、言うだけ言ってみるが良い」

「確かにヤツに一度は遅れを取った。だがその知略を我らが抱えているのもまた事実」

 

「……まぁ、そうだな」

「我らの役に立つならばよし。逆に不審な動きを見せるようであれば、殺せば良い」

 

「リグレット… 貴様はまだそんなことを」

「しっ! ヤツが来るぞ、隠れろ。何をしている、ラルゴ? オマエは目立つ… 早くしろ」

 

「………」

 

 最近リグレットがおかしい。……あの時、処刑に反対したのがいけなかったのだろうか?

 

 いや、ダアトでも苦労を重ねたようだしケテルブルクの温泉チケットでもやるべきか。

 そんなことを考えつつ渋々ラルゴさんも付き合う。アッシュやシンクなら帰ってるだろう。

 

 観察一日目。

 

「えっとね… これがフォニック文字だよ?」

「わぁ! 感動です、アリエッタ先生」

 

「えへへ… んっと、アリエッタ先生になんでも聞いてね?」

「はいっ! アリエッタ先生! 早速質問が!」

 

「はい、なぁに? セレニィ」

「実は私、アリエッタ先生を想うと胸がドキドキして夜も眠れなくて…」

 

「夜眠れないなら… 昼寝れば、いいと思うよ?」

「……あ、いや、そうじゃなくてですね」

 

「一緒にお昼寝、する?」

「します!」

 

「みんな一緒にお昼寝ですのー!」

 

 観察二日目。

 

「きぃぃぃっ! なんで陰険ジェイドめに私が遅れを取るんですかーっ!」

「確かにあのドSに勝つには、並大抵のインパクトじゃ難しいですねぇ」

 

「くっ… なにか良い案はないでしょうか? ソウルフレンド」

「そうですね… デザインはいい線いってると思います。しかし、『ある機能』がないと…」

 

「『ある機能』? そ、それはなんですか!?」

「お答えしましょう… それは、『自爆装置』です」

 

「じ、自爆装置… いやしかし、それに一体なんの意味が? むしろマイナスになるだけでは」

「悪の天才科学者としてのカリスマを不動のものにします」

 

「おぉ、カリスマ! なるほど、美しき薔薇の私にカリスマが加わればまさに無敵!」

「えぇ、古来より『友情、自爆、勝利』という言葉もあります。ここはやるべきですね!」

 

「なるほど! これは次の勝負はもらいましたねぇ… ハーッハッハッハッ!」

「そうですとも! 私たちの友情パワーでドSも最後ですよ… あーっはっはっはっはっ!」

 

「みゅーっみゅっみゅっみゅっみゅっ、ですのー!」

 

 観察三日目。

 

「ちょっとアッシュさん! どういうことですか、これ!」

「あぁ? ンだよ、気安く声かけてきてんじゃねぇよ!」

 

「そんなことよりニンジン残してますよね? 好き嫌いないって言ってたじゃないですか!」

「ハッ! 食えない訳じゃねぇよ。好きじゃねぇだけだ」

 

「それを好き嫌いって言うんじゃボケがぁ! 農家のみなさんに謝れやゴルァ!」

「プッ… 捕虜に怒られるなんて“鮮血”のアッシュともあろう者が情けないね」

 

「そういうシンクさんは、なんで私のお皿にせっせとピーマンを移してるんですかねぇ?」

「……ただの親切心だよ」

 

「私がせっせと作った料理を舐めてるんですか? その仮面掴み取って没収しますよ?」

「いい度胸だね。少しでも仮面に触れてご覧、その瞬間に顔面に拳を叩き込むから」

 

「……ぼ、暴力反対」

「ですのー」

 

 三日間の観察が終わった。

 

 満足気な笑みを浮かべてリグレットがその場を離れる。

 そして頭を抱えて叫んだ。

 

「どういうことだ、アイツ! 全く働く気配が見られないじゃないか!」

「いや、捕虜だから当然だろう。……捕虜でいいんだよな? アレは」

 

「だが絶望するのはまだ早い。いかなる時も落ち着いて行動してこそ閣下の手足たる六神将」

「そうだな。そろそろ帰っていいか?」

 

「覚悟しろ悪魔どもめ… 次はないぞ!」

 

 リグレットは悪魔たちへの復讐を誓った。

 ラルゴはそっとフェードアウトして部下たちの訓練にとりかかったという。

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