TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(╹◡╹)
「なんかデカいイノシシがいますよね」
「あぁ、いるな」
「なんかこっちをガン見してますよね」
「えぇ、してるわね」
夜の渓谷を下るルーク一行の前に巨大なイノシシが現れた。
鼻息荒く前脚で地面を蹴りつつ、非常に興奮している様子が伺える。
「あの、家のエアコンつけっ放しな気がするんで帰ってもいいですか?」
「魔物が来るわ! 構えて!」
セレニィの戯れ言は一刀両断される。
戦闘が始まった。
前衛に立ち、ルークは木刀を構える。ティアは後衛にて詠唱を始める。
そしてセレニィは…
「ぎょえぇえええええ!?」
イノシシの突進から逃げ回っていた。必死である。
ティアから借り受けたナイフで応戦しようなど考えにも浮かばない。
絶望的な体積差がそこには横たわっているのだから。
「ちょ、セレニィ!?」
思わずセレニィを助けに向かおうとしたルークであるが、そこでイノシシが動きを止める。
ティアの眠りの譜歌の詠唱が完成したのである。
ダメージを受けて眠りに落ちたイノシシに気付かず、セレニィは未だパニックの中だが。
「流石ね… 彼女が一人で魔物の目を引きつけてくれた。こうして安全かつ確実に戦えるわ」
「どういうことだ?」
「獣は大きな声を出す者、逃げる者を追いかける習性を持つわ。彼女はそれを利用したのよ」
無論、ティアの勘違いである。
セレニィはありえないほどの巨体のイノシシに襲いかかられ、恐慌状態に陥っただけである。
そんな彼女の動きではなく表情を見ていたルークは、ティアに思うところを口にしてみる。
「ホントにそうなのか? なんかマジで怖がって逃げてるだけのようにみえるんだけど」
「そうかしら? う~ん… 私の分析で間違いはないと思うのだけど」
「いや、でも… 演技にしちゃ真に迫りすぎじゃねーか? 劇なんて見たことねーけどさ」
セレニィを指し示すルーク。それに対しティアは若干小首を傾げる。
ティアは若干演出家の向きがある。
とある事件で、対象を暗殺するためだけにわざわざ叫んで屋根から飛び降りたこともある。
普通に考えれば暗殺的には台無しなスパイスだ。しかしティアの中でそれは矛盾しない。
そう、彼女は見た目に映えるか否かを無意識のうちに取捨選択してしまう傾向があるのだ。
そこへ来てこのシチュエーションだ。
渓谷で出会った可愛らしい少女が仲間のために身を尽くす… いかにも彼女好みの舞台だ。
そのせいで、思考が囚われ過ぎていたかもしれない。ティアは一つ頷くと、口を開いた。
「彼女には後で確認するとして、今は戦闘を。……譜歌の効果時間もそう長くはないわ」
「っと、確かに今はあのイノシシをどうにかしないとな。よし、セレニィ! 後は任せろ!」
世間知らずの貴族だとばかり思っていたが、存外、人を見ているのかもしれない。
心の中でルークへの評価を上方修正しつつ戦闘後に直接確認するよう提案する。
一方ルークにしても、軟禁生活を余儀なくされていた事情から世間知らずの自覚はある。
ティアがああ言った以上、自分の全くの勘違いという可能性もまた捨てきれないのだ。
戦闘終了後に本人から直接確認するという提案に否やはなく、頷きつつ木刀を構える。
そして、大イノシシに突進した。師匠との稽古での動きを思い出し、再現しようと試みる。
「喰らえ、双牙斬ッ!」
駆け出し一気に間合いを詰めると、木刀を叩き付け、間隙を置かず斬り上げる。
まともに入った一撃は、流石の大イノシシといえども耐えられるものではなかったようだ。
地響きを上げて倒れ伏すと、そのまま動かなくなる。
「っしゃ!」
イメージ通りの攻撃が出来たことに思わずガッツポーズを取るルーク。
「調子に乗らないで。踏み込みが甘いし、何より雑よ」
「うぜー!」
折角の高揚感に水を差され、不愉快そうにティアを睨み付ける。
「ぜー、ぜー… ルークさん、ティアさん、助けてくれてありが… げふっ、ごふっ」
そこに散々追い回されフラフラになったセレニィがやってくる。
足が生まれたての仔鹿のように震えている。
「えっと、セレニィ。疲れているところ悪いのだけど一つ確認したいことが…」
「は、はい… おほんっ、なんでしょう?」
「いや、さっき逃げ惑いながら魔物の注意を引いてたのは作戦なのかそうじゃないのかってな」
こいつらは一体何を言っているんだろう。若干本気でセレニィは考えこむ。
そんなの見れば分かるだろう。ていうか助けに来るの遅くなかったか? 世間話でもしてたか?
正直めっちゃ怖かったです。死ぬかと思いました。そう、キッチリ言ってやらねば…
そして口を開こうとして、気付いた。
「(いや、待てよ。違うって言ってしまったら役立たず認定されるんじゃ…)」
役立たず認定されたらどうなるのか… 想像してみる。
『なんだ、やっぱり逃げてるだけだったのか。はー… 使えねーヤツは邪魔なだけだな』
『そうね… 残念だけどセレニィはここに置いていきましょう。ついてこないでね?』
こんな危険極まりない渓谷に放り出されたら夜明けを待たずに死亡する自信がある。
なんとしてもそれだけは避けなくては! その一心で絶対保身するマンは口を開いた。
「と… 当然、作戦通りに決まっているじゃないですか!」
冷や汗を垂らしながらもドヤ顔で言い切った。
「なーんだ、そうだったのか。だったら事前に一言くらい言えよなー?」
「フフッ… ルーク、心配してたものね」
「う、うっせーな! コイツが使えねーんじゃねーかとハラハラしてただけだっつの!」
ティアに指摘されると、赤くなってまくし立てるルーク。
やはり捨てられるところだったのだと、正解を選択できた幸運に胸を撫で下ろすセレニィ。
だが、これで満足していてはダメだ。さらなる発言をもって基盤を作らねば!
「確かに一言あって然るべきでした。俺の落ち度です… 申し訳ありません」
「べ、別にわかりゃいーんだよ。だから頭上げろって!」
「はい、ありがとうございます。……けれど、みなさん阿吽の呼吸で合わせてくれました」
謝罪をしてみせて謙虚さをアピールしつつ話を続ける。
「仲間を信じるのは当然のことよ。……心配したのも事実だけどね」
「んだよ… 作戦に気付いてなかったの俺だけかよー」
「でもこの場の誰か一人が欠けててもこの結果はなかった。俺はそう思います」
慈愛の微笑みを浮かべながら、セレニィは口にする。
「だからこの結果は、謂わば私たち3人全員の… チームワークの勝利ですよ!」
だから喧嘩するなよ? 俺を捨てていくなよ? そういう想いを込めてそう宣言した。
「えぇ、そうね。きっとそうだわ」
「へへっ! いいこと言うじゃねーか」
ティアとルークは感動したような表情で頷いている。
「……よし、こいつらチョロい」
とことん屑である。
……だが、彼女は知らない。
その宣言によって自らに課せられるハードルが上がってしまったことを。
「っと、早速次の魔物がお出ましみたいね。セレニィ… 頼んだわよ!」
「……え?」
「一撃で仕留めてやるから頑張ってこいよ!」
「……え?」
彼女は信頼する仲間たちに笑顔で送り出された。
目の前には魔物がいる。……今度は2体だ。
「……え?」
――
「セレニィの的確な判断で全くの無傷で突破できたわ」
「俺よりも年下のしかも女だってのにさ… 結構やるじゃねーか」
夜が明ける頃、泥だらけになった彼女と無傷のまま彼女を讃える仲間の姿があった。
彼らは意気揚々と川沿いを下っている。
「こひゅー… こひゅー…」
サラッと重要情報を漏らす仲間の言葉も耳に入らない。
ただ真っ直ぐ前方のみを見詰めるセレニィの表情は死んでいたという。
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