TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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52.汚名

 臨時の取調室と替えられた船内の一室。そこにヴァンは座らされていた。……正座で。

 

「ヴァン… あなたって最低の屑ね」

「ティア、違うのだ。私は…」

 

「ねぇ総長、ひょっとして今が最悪だと思ってる? 本当の最悪はこれから始まるんだよ」

「ぐぬっ…」

 

「僕は愛の形は様々だと思っています。ですがヴァン、無理やりというのはあまりに…」

 

 状況は彼にとって極めて悪く、全くの孤立無援。四方八方を敵に囲まれている。

 特にティアの軽蔑しきった眼差しと、ガイの痛ましい物を見るような表情が胸に突き刺さった。

 

 そこに荒々しく扉が開かれる。

 

「お待たせ、ヴァンさん! 騎兵隊の到着ですよ!」

「ですのー!」

 

「おいみんな、酷いじゃないか! ヴァン師匠(せんせい)は俺を助けようとしてくれたのに…」

 

 なんか味方ヅラして現れたセレニィとミュウ、それにルークを加えた三人である。

 いや、ここまでヴァンが追い詰められてるのは主にセレニィとミュウのせいなのだが。

 

 ルークはヴァンを庇う形で立ちはだかり、仲間たちを何とか宥めようと声を掛ける。

 

「みんな、落ち着いて話を聞いてくれよ! 俺はこの通り無事なんだよ。だからさ…」

「無事でよかったよ、ルーク。……もう平気なのか?」

 

「回復して良かったです。でも、無理をせずに休んでいた方が…」

「もー! 心配しましたよぉ、ルーク様ぁ」

 

「貴方の無事は喜ばしい。……かといって放置して良い問題ではありません」

「申し訳ありません、ルーク。自分たちがもう少し気を付けていれば…」

 

 ルークの無事を素直に喜び、彼に駆け寄り我先にと声を掛ける仲間たち。

 だが、かといってそれで全てが解決するほどに簡単な問題ではない。

 

 その絆が深ければ深いほどに、再発防止のために徹底的に追及し締め上げたい問題なのだ。

 そして何より…

 

「無事でよかったわ、ルーク」

「ティア…」

 

「じゃあそこをどいて、ルーク! そいつ殺せない!」

「いや、殺すなよ! 実の兄貴だろ!?」

 

「実の兄だからよ。止めることが出来ないなら、せめて私の手で殺してあげないと…」

 

 一部のティアさんが聞く耳を持ってくれないため、説得は難航しているようだ。

 安定の絶対ヴァン殺すマンぶりである。決してブレることがない。

 

 なんか良い感じに言っているが、初期から一貫して止めるより先に殺そうとしてた気がする。

 

「(やっぱりそう簡単にはいかないか…)」

 

 ルークとて、信頼すればこそ、仲間たちを簡単に説得できるとは思っていない。

 自分が逆の立場なら本気で怒るし、心配するであろうことは想像に難くない。

 

 ましてや、ここにはティアがいる。彼女の聞く耳を持たなさっぷりはガチである。

 

「(頼んだぜ、セレニィ…)」

 

 だからこそルークは『彼女』に全てを託し、説得係という名の足止め役を買って出たのだ。

 

 勿論、自分の言葉で仲間たちに理解してもらいたいとも思っている。

 ルークは一つ気合を入れなおすと、顔を上げて真っ直ぐ仲間たちと向き合った。

 

 

 

 ――

 

 

 

 一方セレニィはヴァンを立たせ、二人ともに密かに部屋を脱出していた。

 仲間たちの視線はルークに集中していたので簡単なことであった。

 

 勿論、これはセレニィの筋書き通りである。

 

『まずは冷静になるまで彼らを引き離しましょう』

『ルークさんはみなさんに呼びかけつつ注意を惹き、その隙に私がヴァンさんを連れ出します』

『私もヴァンさんに少し言い含めてからすぐに応援に戻りますから、それまでの辛抱ですよ』

 

 などとルークを言葉巧みに誘導し、ヴァンと二人きりで話が出来る状況を作り出したのだ。

 

 純粋に師匠(せんせい)を思うルークの心すらも、自分の目的のために利用してみせた邪悪がそこにいた。

 そして今、二人はヴァンの船内の私室にいる。……ミュウもいるのだが。

 

「大変でしたね、ヴァンさん」

 

「……君は私を疑っていたのではないかね?」

「えぇ、さっきまでは」

 

「『さっきまでは』?」

「ルーク様に事情を説明していただいて、納得しましたので」

 

「なるほど… 信じてくれたのか」

「はい、全ては間の悪さが生んだ誤解だったのですね?」

 

「うむ、そのとおりだ。理解を得られて嬉しい」

 

 セレニィの言葉にヴァンが安堵の溜息を漏らす。

 それを見て、より安心させようとセレニィは天使のような笑顔を浮かべる。

 

 その腹の中はお見せできないほどに真っ黒であるが。

 

「本当に全く… 災難でしたね、ヴァンさん」

「いやなに、誤解を招くような行動をとった私にも問題がないとは言えまい」

 

「ご安心ください。みなさんの誤解が解けるよう、私なりに微力を尽くしますので」

「すまないがそうしてくれると助かる。こういった疑惑の形は少し… な」

 

「では、私は彼らのもとに… ティアさんを説得するのは骨が折れそうですが」

 

 薄く微笑み合って、セレニィはその身を翻し扉へと向かう。

 そこで、ふと思い出したかのように言葉を漏らす。

 

「あ、ティアさんと言えば… お別れの時が近いので、悔いを残しませぬよう」

「……なに?」

 

「では、私はこれで…」

「待て! ティアとの別れの時が近いだと! 一体どういうことだ!?」

 

「(クックックッ… かかった!)」

 

 ベッドから腰を浮かせて思わず怒鳴り声をあげるヴァンに、セレニィは笑みを浮かべる。

 胃の痛み? そんなモノはとうの昔に突き抜けている。もはや、痛みすら遥か彼方だ。

 

 胃が痛くないならば、これはきっと楽しいことに違いない。……楽しいならば笑うべきだ。

 口元に浮かぶ引き攣った笑みをミュウで隠しつつ、セレニィはヴァンの方へと振り返る。

 

「これはおかしなことを… ティアさんのやってしまったこと、全て死罪相当ですよね?」

「……なんだと?」

 

「『王族の屋敷に無差別広範囲の譜歌を使用しつつ不法侵入』… ヤバいと思いません?」

「ぐぬっ…」

 

「しかも『その目的は公爵家の客人をその屋敷で殺めるためであった』と。悪質ですねぇ」

「し、しかし私は実の兄であるしこの通り無事で…」

 

 ヴァンの言葉など耳に入れるに値しないとばかりに無視して、セレニィは言葉を続ける。

 

「『ローレライ教団の制服着用でやっちゃいました』ねぇ… はて、どう判断されるやら」

「………」

 

「さて、どうやって助けます? 預言(スコア)ですか? 構いません、どうぞ譜石をお見せ下さい」

「こ、ことは秘預言に関わる故…」

 

「フフッ… にもかかわらず六神将による襲撃を度々行ったと? 説得力がありませんねぇ」

 

 預言(スコア)を詠めば譜石が生まれる。その譜石は預言(スコア)を記した領収証のようなものだ。

 自分が詠まれる側だったら100%提示を求める。求めないはずがない。

 

 秘預言? その成就の重要性が極めて高いが故に公開できない類の預言(スコア)

 だったらその成立に全力を投じるのが教団として当然のはずだ。襲撃などありえない。

 

 凡才だてらに、ここ暫く胃を痛めながらずっと真剣にシミュレートしてきた問題だ。

 ヴァンがこの場凌ぎで思い付く程度のことは、既に想定しているに決まっている。

 

 それほどにティアを助けるのは難しい。むしろあっさり解決されては計画が狂うのだ。

 

「ティアは… 秘預言のことを知らないのだ。それ故に、知らぬまま勝手な行動を取って」

「……秘預言の成就は、教団のみならず世界にとって何よりも重要なモノであるはず」

 

「………」

「にもかかわらず教団がそれを積極的に蔑ろにするのは、異心あってのことでしょうか?」

 

「そ、それは…」

 

 甘い甘い甘ぁーいっ!

 

 フォローすればするほど説明不能・理解不能になってしまうティアさんの行動、舐めるなよ!

 ……いや、ホントに彼女は他人の思惑をぶっ壊す天才だと思うよ。ご愁傷様、ヴァンさん。

 

 そんなことを考えつつ、苦悩するヴァンをたっぷり10秒は眺めてからセレニィは口を開いた。

 

「あ、でもこの状況を利用すればなんとかなるかな…?」

「それは本当か!?」

 

「あ、いえ… 本当にちょっと思い付いただけなんで。ヴァンさんにも迷惑かかりますし」

「それでも構わない… どうか、聞かせてくれ」

 

「………」

 

 さも、今思いついたとばかりに口を開く。想定通りにヴァンが食い付いてくれた。

 いや、良かった良かったとセレニィは内心で胸を撫で下ろす。

 

 ここまで面倒くさい妹だったら、セレニィだったら血の繋がりがあっても見捨てかねない。

 計算のうちとはいえ、ヴァンのシスコンぶりに助けられた形になる。

 

 無言で焦らしつつ、何度も視線で促された末にようやく口を開いてみせる。

 

「ヴァンさん… あなたがルーク様に道ならぬ恋心を抱いていたという設定を使います」

「なっ!?」

 

「何処かでティアさんはそのことを知ってしまった。そして、それを止めるために密かに行動」

「い、いやしかしだな…!」

 

「ようやく追い付いた時、兄はファブレ公爵邸に。もはや一刻の猶予もないと彼女は…」

 

 何度聞かれても殺そうとした動機を語りたがらなかったのは、身内の恥だから。

 お屋敷に強引な方法で侵入したのは、一刻の猶予もない非常事態だったから。

 

 兄を殺そうとしたのはルークに対して近すぎて、事を及ぶ直前に感じられたから。

 これらのことをセレニィは連々(つらつら)と説明してみせると、ヴァンは目を白黒させながら絶句した。

 

「どうですか、このお話? ティアさんに情状酌量の余地が大いに生まれると思いますが」

「そ、そんなことが認められるか!」

 

「フフッ、ですよねー。そんなことしなくてもきっと教団の力で彼女を助けられますよねー」

「そ、そうだとも…」

 

「……ま、それも絶対じゃありませんけどね」

 

 笑顔を浮かべていたセレニィは、最後の言葉を表情を消しつつボソッとつぶやいた。

 

 ヴァンの胸中に、先ほどのティアを助けるために出した案が全てダメ出しされた光景が蘇る。

 それを知ってか知らずか、セレニィは申し訳無さそうな苦笑いを浮かべて続ける。

 

「サイコロ転がして出目に委ねるような行為ですが、きっと成功しますよ」

「ぐ、ぐぬぅ…」

 

「ティアさんの心身に傷が残ったりする可能性もありますけど、きっと大丈夫ですよ」

「そ、そんなことは…」

 

「……それが、ヴァンさんの『全力を尽くした結果』なら仕方ありませんよ」

 

 ついにヴァンは押し黙った。今、必死になってアレコレと考えているのだろう。

 だが、セレニィ的に彼に考える時間を与える訳にはいかない。

 

 家族愛で散々揺さぶったのだ。次は教団への疑惑の種を植え付けないと(使命感)。

 

「確かに預言(スコア)を擁する教団の力は絶大です。ですが、預言(スコア)故に見捨てろと詠まれたら?」

「……っ!」

 

「いえ、『見捨てろと詠まれたことにされた』場合はどうでしょう? 従えますか?」

「そ、それは…」

 

「彼女を救うのは組織としては百害あって一利無し。少しでも政治を知ってれば見捨てますよ」

 

 それなりの地位にいる以上、教団のダークな部分を見てきてないはずがない。

 

 そもそも死の預言(スコア)と秘預言を明かさないとか胡散臭いにも程がある。

 その気になれば死の預言(スコア)を詠まれてたってことで殺したい放題じゃないか。

 

 そして、今のを否定しないというのはつまりそうなんじゃないかなー。

 恐らく今、彼の心の支えはグラグラだろう。ここはしっかり補強してあげないと(使命感)。

 

「でも大丈夫ですよ、ヴァンさん。今、私たちならそれが出来るんです」

「我々ならば…」

 

「一人では無理でも、二人ならばきっと。そしてこの船にいる方々の力を借りれば…」

「ティアを救うことが出来る、か。……確かに」

 

「………」

 

 敢えてここで黙る。結論はヴァン自身に出してもらおうという思惑故だ。

 だが結論を出す前に、彼はセレニィをその真剣な瞳で真っ直ぐ見詰めてきた。

 

 そして口を開く。

 

「一つ聞きたい。……君の目的とは何だ? 何故ここまでしようとする?」

「フフッ…(ここで『保身のためです』とか言ったら、多分ぶん殴られるよね)」

 

「君の狙いはどこにある? この状況を利用して何を為そうとしている?」

 

 本音は一つなのだがそれを言ったら恐らくぶん殴られてオシマイだろう。

 最悪斬られて終わる、人生が。ひとまず笑顔を浮かべて誤魔化したが。

 

 ……なんとかそれっぽく言い繕わないと。その一心でセレニィは口を開く。

 

「……ローレライ教団を破壊します」

「なに!?」

 

「もういいでしょう? 預言(スコア)で世界を操り、充分に美味しい思いはしてきたはずです」

「……預言(スコア)を否定するというのか」

 

「あんなものは所詮ただの言葉に過ぎません。……収穫の時が来たのですよ」

 

 別に私は預言(スコア)なくなっても困らないしね。ていうか詠んでもらったことすらないしね。

 そんなことより自分の命が大事なのである。絶対死にたくないでござる。

 

 人々の心の支え? 知った事か。多分なければないなりに生きていけるって。適当に。

 別に教団はあってもいいけど、教団潰さないと安全が確保できないなら潰すしかないよね。

 

 しかし眼の色変えて乗ってきたよ、ヴァンさん。

 リグレットさんの反応からまさかとは思ってましたけど、アンタも預言(スコア)嫌い派ですか。

 

 イオン様にも見直そうぜとか言われてたし教団幹部にどんだけ嫌われてるんだよ、預言(スコア)

 そう思いつつ、セレニィはたった今考えたばかりのシナリオを仰々しく口にする。

 

「手始めに… 大詠師モースを失脚させます」

「出来るか? アレは政治の世界を渡り歩き、ついには大詠師の座にまで登り詰めた怪物だ」

 

「出来るか? フッ、やるかやらないかですよ。なんならお賭けになりますか?」

「フッ… 良いだろう。私が賭けるのは『オールドラントの未来』だ… 決して安くはないぞ」

 

「実に結構。一世一代の期待など、この身はとうに浴び慣れております」

 

 まぁ、大詠師さんを失脚させればイオン様が実権を握ってくれるはずだよね。多分。

 

 イオン様ならなんとなく自分を見逃してくれるんじゃないだろうか? 仲間的に考えて。

 そう信じたい。

 

 しかし、ヴァンさんも大概中二病である。ティアさんとの血の繋がりを感じて仕方ない。

 彼女も『追い詰められた獣』ってフレーズを愛用していたし。

 

 でもドSも『死霊使い(ネクロマンサー)』とか名乗っていたし、この世界は中二病に寛容なのかもしれない。

 ともあれ、ヴァンさんのノリに合わせつつ中二病風にふわっと話を締め括る。

 

 こういうのは誇大広告なくらいがちょうど良いだろう、多分。言うだけならタダだし。

 話もまとまったしそろそろ帰りたいなとセレニィが思い始めたころ、ヴァンが口を開く。

 

「……分かった。預言(スコア)なき世界とティアのためならば、敢えて汚名を被ろう」

「ご決断に心より感謝を。では私は根回し等もあるので、ここで…」

 

「分かっていると思うが、君が失敗したと判断したら私は事を起こす。忘れないことだ」

 

 多分自力でティアを助けだすと言っているのだろうと判断し、セレニィは頷いて部屋を辞する。

 後に残されたのはヴァン一人。彼は部屋の明かりを消して、誰にともなくつぶやいた。

 

「もし彼女が… 人の力が預言(スコア)を否定できるというのであれば、私は…」

 

 そのつぶやきは誰に拾われることもなく、闇の中へと呑まれていった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 ヴァンの私室の外、ルークらが待つ部屋に続く廊下には…

 

「よーし、なんとかヴァンさんを丸め込んだぞー。次はジェイドさんとイオン様ですねー」

「ですのー!」

 

「『セレニィさんが平穏かつ幸せに生き残る計画』の第一歩ですよー。がんばりましょー!」

 

 なんかのフラグが立ったとも知らず、呑気に歩く『吐き気を催す邪悪(セレニィ)』の姿があった。

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