TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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50.経験則

 ルークら三名とアルマンダイン伯との会談も無事に終わり、晴れて全員が合流した。

 そして出港予定の午後までの時間は、各々が思いのままに費やすこととなった。

 

 観光地ほどには見るべきものもないが、港町ということでそこそこの賑わいはある。

 アニスとイオンはアリエッタへの… ルークとガイは屋敷の人々への土産を見繕いに。

 

 ジェイドはイオンらの、トニーはルークらの話し相手兼護衛役としてそれぞれ同行。

 そしてセレニィといえば…

 

「………」

「………」

 

「(セレニィですが、店内の雰囲気が最悪です…)」

 

 残念兄妹に挟まれて港町のお店をめぐって買い物中である。

 

 いや、買い物に同行されるのは別にいい。ティアとか断ってもついてきてただろうし。

 けれど、何故自分を挟んだまま無言で緊張感を漲らせるのか。正直勘弁して欲しい。

 

 セレニィはそう考えつつ、疲労を滲ませつつ心の底から絞り出した大きな溜息を吐いた。

 

「(どうしてこうなったし…)」

 

 思わずセレニィは自問自答するものの、答えが浮かぶことはない。全く難儀なことだ。

 

 とはいえ自分の人生のクソゲー具合なんかは、それこそ今に始まったことではない。

 そう思い直して、仕方なく、愛想笑いを浮かべながら二人に話しかけてみることにした。

 

「いやー… なんかすみませんね、付き合わせる形になっちゃって。退屈でしょう?」

 

「気にしないでセレニィ。私はこうやってあなたを見ているだけで充分楽しいから」

「気にすることはない。ティアの誤解を解く必要もあるしな… 荷物持ち程度は承ろう」

 

 ティアさんは安定のティアさんだ。そしてヴァンさんは… 誤解を解く、か。

 いずれにせよ、彼女を翻意させるのはそう簡単なことではないと思うけど。

 

 セレニィはそう考えつつ、二人が揃ってそういうのならばと買い物を続行する。

 

「えーと、ドライフルーツと保存食の補充をして… あ、あと胡椒も買い足しておこう」

 

 後は船に乗っているだけでバチカルに到着する。バチカルに到着すれば旅は終わる。

 だが、セレニィ的にはそこからが本番だ。所謂第二の人生のスタート地点なのだ。

 

 バチカルで自分はお役御免と放り出されることになるだろう。多分着の身着のままで。

 これまでの友情に免じて、荷物類は回収しないでいてくれると信じたいところだが。

 

 いずれにせよしっかり備えておかねば、早晩野垂れ死にをする羽目となることだろう。

 

 彼の地で職が見つかればそれに越したことはないが、そうでない場合はどうなるのか。

 スラムという選択肢もなくはないが、厳しい生存競争を乗り越えられる自信もない。

 

 となれば安住の地を求めて旅生活という形に落ち着くだろう。だから旅の備えは重要だ。

 と、そこでミュウの存在を思い出す。ミュウ自身に今後の展望などはあるのだろうか。

 

「そういえばミュウさんは旅が終わったらどうします? もうすぐ終点ですけど」

「ボクはセレニィさんとずっと一緒にいるですのー!」

 

「そうですか… だったら、エンゲーブもいいかもしれませんね」

「みゅ? なんのお話ですのー?」

 

「いえ、こっちのお話ですのー」

 

 ミュウもこう言ってるし、エンゲーブでスローライフを送ってみるのもいいかもしれない。

 あそこだったらチーグルの住んでいる森も割りと近いし、いつでも返しに行けるだろう。

 

 ローズさんやケリーさんを拝み倒せば、村の隅にほんのりと住まわせてくれるのではないか。

 そんなことを考えながら、セレニィは惰性でミュウの相手をしつつ商品を見繕い続ける。

 

「みゅみゅう… 真似しないで欲しいですのー」

「みゅみゅー。仰られたことを真摯に受け止め、前向きに善処する次第ですのー」

 

「みゅう! セレニィさんはイジワルですのー!」

「みゅう? イジワルはジェイドSさんですのー!」

 

「ハァハァ… みゅうみゅう鳴いてるミュウとセレニィ、可愛すぎるわ…」

 

 なんだか背筋が寒くなってきたので、そろそろミュウで遊ぶのをやめることにしよう。

 と、そこで見切り品の棚に置かれた網に目が行ってしまう。……これ、かなり安いんでは?

 

 思わず店員に確認してみる。

 

「あの、この値段… 本当なんですか?」

「ん? あぁ… 見ての通り地引き網なんだが目が粗くてね。ここらじゃ使えないのさ」

 

「なるほど… では、これ一つ貰えますか? あと油を、えーと… 5袋くらい」

 

 あと、そうそう… 棒も補充しておかねばなるまい。いつまでも素手なのは心臓に悪い。

 そんなこんなでセレニィは、彼女なりに充実したお買い物を楽しむことが出来たのである。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして今、セレニィは公園でヴァンと二人並んでベンチに座っている。

 二人の身長差やら外見などを考えれば親子にしか見えない。

 

 今、ティアはクレープ屋台に並んでいる最中だ。

 この世界にもあるのかと物珍しげに眺めていたら、何を勘違いしたのか駆け出したのだ。

 

 まぁ、食べたくないわけでもないので彼女に任せつつ待つことにしたのだ。

 それなりの行列のようなので退屈するだろうからと、ミュウを貸し出して今に至る。

 

「………」

「………」

 

 そして二人の間に会話もなく、微妙な居心地の悪さを感じさせている。

 ややあって重圧に負ける形でセレニィが口を開いた。

 

「どうです? ティアさんとは」

「む… 芳しくはないな」

 

「……でしょうねぇ。ずっと無視されてましたし」

 

 さっきの買い物で、支払いを任せる時以外ティアは徹底的にヴァンに無視を貫いたのだ。

 

 若干思い込みが激しいとはいえ、それなりの早さでルークと打ち解けたティアである。

 その彼女が全く聞く耳を持たないほどだ。よほどろくでもないことを企んだのではないか?

 

 胡乱な表情でヴァンを眺めてしまうというものだ。その視線に気付いた彼が口を開いた。

 

「その、なんだ。君はティアと随分親しいようだが…」

「どうなんでしょうね… ま、良くはしてもらってると思いますよ。たまに愛が重いけど」

 

「ふむ、そうか。……どうだろう? ここは、君の方からもティアに誤解だと一言」

「誤解の内容も知らないのにどうやって取り成せって言うんですか。無茶言わんで下さい」

 

「ぐぬぬ…」

「無理です。不可能です。……それとも、教えてくださるので? どういう誤解なのかを」

 

「そ、それは…」

 

 そう返されて言い淀むヴァンの様子に、話は終わりとばかりに大きな溜息を吐く。

 だがヴァンは納得できなかったのか、更に言葉を続ける。

 

「しかしだな… 兄妹で擦れ違うのも悲しいのだよ。どうにか力になってはくれないか?」

「それには同情しますけど、ティアさんはこうと思い定めたら誰の言葉にも耳貸しませんし」

 

「だが君ならば例外ではないかね? ティアにも随分と可愛がられているように感じたが」

「彼女の中で『可愛がる』と『相手にしない』は矛盾なく両立します。意味、分かります?」

 

「………」

 

 ヴァンは言葉も無いのか黙り込む。

 流石に言葉が過ぎたかと、悪くなってしまった空気を払拭せんとセレニィの方から口を開く。

 

「えーと… その、ルーク様に随分と慕われている様子でしたが」

「む? あぁ、私はルークの剣術の指南役を務めている故な」

 

「なるほどー… 道理でセンセイなんて慕ってるわけですね。さっきも誘われたのでは?」

「確かに彼らに誘われたはしたが、ティアの誤解を解く方が先決と判断したのでな…」

 

「結果はご覧の有様ですけどねー。あっはっはー!」

「全く以って返す言葉もないな! ははははは… はぁ」

 

「ごめんなさい…(ちょ、マジ凹みすんなし! どんだけシスコンなんだよ、アンタ!?)」

 

 どんよりと影を背負ってマジ凹みするヴァンを慌てて宥めるセレニィ。

 ベンチで肩を落とす彼を眺めていると、リストラされたサラリーマンのような哀愁を感じる。

 

 心なしかヒゲも萎びてる感じがする。まぁ、うん… ダサいから剃った方がいいと思うよ?

 

「ルークといえば…」

「……あ、はい(なんだろ? 剣の話? それとも性格や家柄の話かな?)」

 

「セレニィ… 君は、自分が自分でないと知ったらどう思う?」

「……はい?(脈絡が掴めねぇー!)」

 

 全く意味が繋がっている気がしない。『話題は投げ捨てるもの』がグランツ家の家訓なのか。

 とはいえ、折角彼から歩み寄ってくれたのだ。せめて答えねばならないだろう。

 

 そう思ってセレニィは道行く猫を指差してみせる。

 

「いや、つまらないことを聞いてしまったな。どうか忘れて… ん?」

 

「見てくださいヴァンさん。あそこに猫が歩いているでしょう?」

「……うむ、歩いているな」

 

「あの猫に『実は君は生物学的には魚だったんだ』と説明して生き方が変わると思います?」

「それは…」

 

「それと同じことです。私はセレニィになって、今日まで生きてきました」

「………」

 

「どんな存在であっても自分は自分なんですから。勝手に決めて好きに生きればいいかと」

 

 そもそもこの世界はなんかもう色々と唐突過ぎる。

 

 日本人だと思ってたら妙な異世界に飛んでるし、男だと思ってたら女になっちゃってたし。

 しかも大体の選択に命の危機が伴うデッドリーっぷりだ。胃薬が手放せない。泣きたい。

 

 ある意味で、なんとか渓谷で目覚めた時点から既に自分が自分でなくなっていたのだ。

 それをもう一回経験したところで「ふーん… で?」と鼻をほじれる程度の驚きしかない。

 

「ふむ、なるほど… 『自由に生きようとする』か。そういう考え方は想定になかった」

「生命ってのは結構フリーダムですからね。勝手に理屈付けて永らえようとするんでは?」

 

「フッ… 君にかかっては全てが屁理屈か」

「私はそういう人間ですから。勘なんて曖昧なモンで本質掴むのはティアさんの分野です」

 

「……君は、ティアの突拍子もない与太話を信じているのか?」

 

 驚き故だろうか… ほんの少しだけ目を見開き、やや堅い声音でヴァンが尋ねてくる。

 一方、そう尋ねられた方のセレニィとしては盛大に溜息を吐くことしかできない。

 

「確かにティアさんは訳分かんない行動を取りますし、自分勝手だし、常識が通用しません」

「そ、そうか… なんだか兄として申し訳ない…」

 

「オマケに色々と残念だし自分のしでかしてしまったことに満足に言い訳もできない人です」

「う、うむ… あの、もうそこまでに…」

 

「ただまぁ… 同行してきた中で『単なる私欲』で事を起こしたのは見たことありませんね」

 

 ヴァンが静かな圧力を伴い、セレニィを見詰め始める。だが彼女はそれに気付かない。

 そのまま言葉を続ける。

 

「だから常に自分が正しいと信じられるんでしょう。……盲目的なまでに、傍迷惑なほどに」

「ふむ。友として考えたくはなかろうが、ティアが嘘を付いている可能性もあるのでは?」

 

「いや、友達じゃありませんけど… ま、それはともかく嘘ついてるって線もないでしょう」

「ほう… 言い切ったな」

 

「『理由は言えない』と開き直るか『とにかくオマエが悪い』と逆切れするような人ですよ」

 

 ……うん、改めて考えなくてもかなり迷惑な存在だなティアさん。お近付きになりたくない。

 そう思いつつ、セレニィはヴァンに断言した。

 

「彼女は下らない嘘なんかつかない人です。むしろ嘘つけるなら私がこんな苦労してません」

「ティアを、信じるというのか?」

 

「信じる? ……まさか。『彼女がそういう人だと知っている』というだけに過ぎませんよ」

「………」

 

「誤解って可能性はあるでしょうが、内容が言えないなら一人でがんばってくださいとしか」

 

 信頼? いいえ、単なる経験則です。ティアさんを信じるなんて恐ろしくてやってられない。

 そもそも出会って一ヶ月かそこらの他人を心から信じるってのがないです。

 

 そう内心でつぶやきつつ、手を左右に振る。

 セレニィの辞書には『信じ合う』という文字はない。あっても非常に薄い文字で書かれてる。

 

「そうか… そうだな。一人でがんばるしかないか」

「そーだそーだ。がんばれー」

 

「急にぞんざいになったな。だが、耳も傾けてもらえない現状はどう解決したものか…」

「そんなの真摯に対応するしかないんじゃないですか?」

 

「……私なりに真摯に対応しているつもりだが」

「どうせティアさんにだけでしょ?」

 

「………」

「他の人にもそう接していれば、ティアさんも多少は空気読んでくれるかもしれませんね」

 

「ふむ… そうだな、参考にさせてもらおう。……ありがとう、セレニィ」

 

 そう言って、ヴァンは初めてセレニィに向けて微笑んだ。

 そこにクレープを買ってきたティアがミュウとともに戻ってきた。

 

「ただいまですのー!」

「結構時間がかかったわね。……どうしたの? 二人で話が弾んでいたみたいだけど」

 

「いやなに… セレニィにこれからもティアのことをよろしく頼む、という話をな」

「え? お断りします…」

 

「本当!? ついに家族公認の仲ね! ありがとう兄さん! ほんの少しだけ見直したわ!」

 

 グイグイと間合いを詰めてくるティアを前に、セレニィの瞳は死んだ魚のそれとなる。

 それを眺めていたヴァンは「ふむ… 確かに大した効果だ」と呟いた。

 

 ……なお、当然のごとく彼の分のクレープはなかったという。

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