TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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02.セレニィ

「記憶、喪失…?」

「どうすんだよ、オイ… 流石にこれは洒落にならねーぞ…」

 

 呆然と呟いた女性を、先程より厳しい表情で男性が見詰める。

 記憶を失ったという事実に対して思うところがあるようだ。

 

「何よ! 私が悪いっていうの!?」

「オメー以外の誰のせいだって言うんだよ! そもそもオメーが…」

 

「あ、あのあの! なんか素敵な名前をお二人で付けて貰えたら嬉しいなぁ!!」

 

 目の前で喧嘩が始まると心臓に悪い。空気も重くなるし居心地も悪い。

 少女はどこまでも小市民的であった。

 

「そうね… 今はルークのことは後に回しましょう」

「うぜー… なんだよ、いちいち突っかかってきて」

 

 同時に互いを睨み付ける。

 

「(おまえら、ひょっとして凄く仲いいのか? いい加減に泣くぞ、この野郎)」

 

 取り残されつつある少女はストレスがマッハだ。

 そろそろ、律儀に振り回される自分の方が悪いのだろうか? などと思い始めている。

 

「でも、そうね… どんな名前がいいかしら?」

「んじゃ、ここに咲いてる花はどうだ」

 

「セレニアの花? ……そうね、たしかに可愛らしい響きだし似合ってるかも」

「………」

 

 自身を未だ男だと思っている少女は複雑そうな表情を浮かべる。

 いや、可愛い響きの名前を自分につけられても… という気分だ。素直に喜べない。

 

「へー… これ、セレニアっていうのか。んじゃ、セレニィとか?」

「あなたね、知りもしないのに名付けようとしたの? 変な名前だったらどうするつもり!」

 

「うっせぇな! そんときゃ別の名前にすりゃいいだろうが!」

「ティアさん、ルークさんありがとう! すごい素敵な名前ですね! セレニィサイコー!」

 

「そ、そうかしら…?」

「へん、当然だ。まぁよろしくな、セレニィ」

 

 また喧嘩が始まりそうになるので慌てて二人を褒めた。

 いい加減放置したいところだが、それが出来ないのが悲しい小市民のサガである。

 それに存在感を消しても忘れ去られそうだ。忘れ去られれば命の危険がある。

 

 なし崩しにセレニィになってしまったが、まぁ、仮の名前だしと自分を誤魔化す。

 うん、「セレ(にぃ)」と考えれば中々に男らしいとも言えるのでは?

 ……もはや自己暗示の領域であったが。

 

 

 

 ――

 

 

 

「さて、それじゃそろそろ出発しましょうか?」

「え?」

 

 名前が決まって和やかな空気で談笑している中、長髪の女性… ティアがそう切り出した。

 思わず声を上げてしまうセレニィ。何を言っているんだ、コイツは? という表情だ。

 

「私が責任をもってあなた達を送るわ。……どうしたの、そんな顔して。帰りたくないの?」

「あ、いや、その… ティアさん、今は夜ですよね?」

 

 恐る恐るといった様子で確認する。

 間違いであって欲しい、冗談だと言って欲しい… そんな顔で。

 

「えぇ、そうね」

「月明かりがあると言っても視界が悪いですよね? 渓谷なら足場も悪いですし」

 

「それって、よく分かんねぇけど危ないんじゃねーの?」

「えぇ、危ないです。足を踏み外して転んだら怪我したり、打ち所が悪ければ死ぬかも…」

 

 援護をするつもりもなかったのだろうが、ルークが発した言葉に同意する。

 怖いのも危ないのも絶対にノゥ! チキンである彼女は必死である。

 

「大袈裟ね。怪我をしても私が治療してあげるわ… 回復譜術が使えるのだもの」

「カイフクフジュツ?」

 

「そう。数の少ない第七音譜術士(セブンスフォニマー)の特権とも言えるわね」

 

 どこか誇らしげに胸を張るティア。たわわな胸がプルンと震える。

 心根は健全な男性のままのセレニィはそれを網膜に焼き付けつつ話を続ける。

 

 ちなみに譜術云々については早々に理解を放棄している。

 得体のしれないものには足を踏み入れない。それが生き延びる秘訣だと固く信じている。

 

「そうですか… でも、野生動物に襲われるかも。肉食獣の多くは夜行性ですし」

「それって、魔物と戦闘になるかもしれねーのか!?」

 

「フフッ、それも大丈夫よ」

 

 セレニィの言葉に慌てるルークの様子に微笑みながら、ティアは大丈夫と言い切った。

 なんだか分からないがすごい自信だ。

 これは信じても良いのかも。セレニィがそう思った時…

 

「私たち3人で力を合わせればきっと乗り越えられるわ」

「おい… おい…」

 

 何ナチュラルに頭数にカウントしてんねん? と思わず関西弁で突っ込みそうになる。

 いや、ボケての発言なら確実に突っ込んでいた。そうでないと失礼なくらいの巨大なネタだ。

 

 だが… ティアの目は本気だった。

 思わず息を呑みそうになるほど深い色を湛える瞳であった。

 

 だがセレニィは諦めない。

 彼女は絶対保身するマンなのだ。おいそれと頷く訳にはいかない。

 

「いや、あの、人間は夜行性の動物ほどに夜目は利かないと思うんですけど…」

「いいことを教えてあげるわ。それを補い合うために仲間がいるのよ」

 

 ティアは待ってましたとばかりにドヤ顔で言ってのける。駄目だ、コイツ話が通じない。

 

「補い合う仲間… そ、そういうもんなのか? なら…」

「ちょっ、だまされないで!?」

 

 ちょっと感動したっぽいルークが腰を上げそうになるのを必死で阻止する。

 もう半泣きだ。

 

「それにどの道、野営する道具も水も食料もないもの。進むしかないと思うわ」

「そっか… 時間が経てばジリ貧だな」

 

 ついにルークが説得された。

 もうダメだ。

 

「あ、うん。……それも、そうですね。進むべきかもですね」

「分かってくれた? セレニィ」

 

「えぇ、分かりました。けど、俺、手ぶらですし流石に素手で参加はキツいかなって…」

 

 この期に及んで兵役を逃れる気満々である。どこまでも屑である。

 

「なるほど、確かにそれはそうよね…」

「そーだな。俺はまだ木刀があるから良いけど、セレニィにはキツいんじゃないか?」

 

「そうね、分かったわ」

 

 分かってくれたか! パァ… 花も綻ぶような美少女の満面の笑みを浮かべる。

 

 ずしっ。

 

 手に何か重いものを持たされた。

 

「……え?」

「私のナイフを貸してあげる。……切れ味が鋭いから取り扱いには気を付けてね」

 

 渡されたものを見詰める。

 月明かりに映える鈍い光沢を放つソレは、命を奪う説得力に満ちた重量を手に伝えていた。

 

「おぅふ…」

 

 彼女は肩を落としながら、夜の渓谷を下る二人に付き従うのであった。

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