TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(╹◡╹)
ジェイドの思惑もあり、結局のところ一行はティアの兄・ヴァンの到着を待つことにした。
無論、その思惑とは「ティアをなんとかして助けろ」というむちゃ振りに相違ならない。
渋りに渋ったセレニィだが、ティアを見捨てるのも後味が悪く結局引き受ける羽目になった。
「やれやれ…」
思索に集中できるようにと特別に与えられた一人部屋の中、セレニィは大いに嘆息をする。
大して嬉しくない。どうせなら、むちゃ振りそのものをなかったことにして欲しかった。
とはいえ決まってしまった以上、今更嘆いたところではじまらないか。と、そう考え直す。
ティアを救うために、まずは今回の焦点たる彼女の問題行動について分析することにした。
ルークへの不敬・無礼は彼自身が許しているため、今回はカウントしないで良いだろう。
・王族に連なる公爵家の屋敷に招かれてもないのに勝手に入った。所謂一つの不法侵入。
・その際に無差別広範囲に譜歌を使用した。公爵、公爵夫人にも効果が及んだ可能性が大。
・侵入目的は血の繋がった実兄たるヴァン・グランツをその手で殺害するためである。
・それらの行為をローレライ教団
……3行にまとめられなかったね、しょうがないね。
うん、どうなってんのかな? これ。
一つ一つが役満(=死刑)クラスじゃん。トリプル役満超えてるじゃん。クアトロ役満じゃん。
そんな内心を抱えつつ、セレニィは頭痛と胃痛と目眩を覚えながら分析を終えた。
毎回不調を訴える割りに一向に壊れる気配を見せないこの身体は、頑丈なのか虚弱なのか。
「うふふ… 突破口すら見えません! ……マジでどうしろってんだ、これ」
「しっかりですのー、セレニィさん。お菓子食べるですのー?」
「あ、いえ。私はドライフルーツがありますから… それはミュウさんでどうぞ」
というか今貰っても胃が受け付けず戻してしまいそうだ。泣きたい。心の底から泣きたい。
しかし突破口が見えないのはヤバい。マジで何も出来ないままに詰んでしまいかねない。
そう考えた結果、『まずは情報を身につけるべき』という至極当たり前の結論に行き着いた。
「とまぁ、そういうわけでみなさんに色々と教えて欲しいんですよ。どうでしょうか?」
「いきなり呼び出したかと思えば… 申し訳ありませんが、セレニィといえど機密情報は」
「わ、私も… その、申し訳ないとは思ってるけれどやっぱり話すわけにはいかないの」
急な申し出ではあるものの、ジェイドもティアもそれくらいでセレニィの評価は改めない。
ただ、やはり話せないことというものはあるわけで… それぞれが難色を示し口を閉ざした。
それに対してセレニィは苦笑いを浮かべながら手を振る。
「あ、別にいいですから。そういうのは」
「しかしですね… いいと言われましても流石においそれと教えるわけにはいかない話です」
「っと、すみません。言葉足らずで誤解させてしまいましたね… 申し訳ありません」
「おや… ならば、どういうことでしょう?」
「つまり、別に機密や言えないことについて聞くつもりはありません。と、そういう意味です」
一体どういうことなのか… 理解できないティアは思わず横目でジェイドの表情をうかがう。
ジェイドとしてもその意図は掴みかねるが、まずは話を聞いてみるのが先と判断したのだろう。
視線でセレニィの先を促す。
「私はこのオールドラントについて、ほとんど何も知りません。これはご存知ですよね?」
二人とも無言で頷く。それを確認してからセレニィは続ける。
「なので、せめて最低限の基礎知識をここらで身に着けておきたいんです。今後のために」
「そうだったのね。なら、私たちで出来ることなら勿論喜んで手伝うわ… ね、大佐?」
「……えぇ、私たちでお役に立てるなら(なるほど、“例の件”のためですか… 了解です)」
突破口がないならば、知識を増やして突破口を見出すしかない。
そのセレニィの意図をジェイドは正確に把握した。ならばそれに賭けて全面協力するしかない。
彼はそう考えつつ口を開く。
「ならばカリキュラムを組んで、我々が講義を行う… という形になるのでしょうか?」
「魅力的なお話ですけど時間もありませんし、こちらからの聞き取りにしたいのですが…」
「なるほど、構いませんよ。貴女の言うことが妥当でしょう」
「時間がない?」
「あぁ、えっと… カイツールの軍港からは船であっという間にバチカルに到着ですからね」
その説明に「それもそうね」とティアも納得した。セレニィとしては冷や汗モノである。
かくして、『使える情報』の取捨選択をする聞き取り調査が始まった。
ジェイドやティアは言うに及ばずアニスやトニー、ガイに加え時にルークやイオンにまで。
やや人間の常識に疎いアリエッタやミュウも加えるなど、その対象は仲間全てに渡った。
そして確認したことを随時ペンで紙に書き留めていき、いつしか膨大な量の紙の束となった。
「おや、見慣れない言語を使ってますね? フォニック語ではないようですが…」
「別に隠すことでもないんですけれど、後でまとめてでお願いします。今は余裕がなくて」
「えぇ、邪魔をするつもりはありませんよ。いずれ時間が取れた時にでもゆっくり」
日本語でメモしたために勘繰られることもあったが、それに気を配る余裕などとてもない。
いずれはオールドラントの言語も覚えたいが、それはそれ。暇と時間が出来てからで充分だ。
そして昼夜を問わぬ聞き取り調査を続けて一週間が経過する頃、ついに…
「ふっふっふっふっ…」
「おお! セレニィさんが自信あり気な笑顔を浮かべてるですのー!」
「(うん、無理だこれ)」
という結論に達した。やはり無理なものは無理だった。全てが徒労に終わった。泣きたい。
不敵な笑みを浮かべつつ両手を上げることしか出来ない。所謂『お手上げポーズ』である。
何か糸口になるような材料はないか、と調べれば調べるほど無理ゲーだと理解する絶望。
「せめて『その日』が来るまで、ティアさんには心穏やかに過ごしてもらいましょうか…」
セレニィは綺麗サッパリに諦めると、その日からほんのりティアに優しく接することにした。
――
「ねぇ、聞いてトニー。セレニィが最近優しいのよ… これって相思相愛なのかしら?」
「ははは… 良かったじゃないですか…(あぁ… 無理だったんですね、セレニィ)」
「あ、勿論セレニィは前から優しかったんだけどね! でも、最近は特にっていうか…」
引きつった笑みを浮かべるトニーは、ティアの惚気話に相槌を打つことしか出来ない。
そこに爽やかな笑顔を浮かべたジェイドが割り込んでくる。
「良かったじゃないですか、ティア。ところで、なにか食べたいものはありますか?」
「あら、大佐も聞いてくれるんですか? フフッ、でももうセレニィに頼んでますから」
「おっと、これは失礼。余計な差し出口でしたねぇ… ですが幸せそうで何よりです」
「あまりからかわないで下さい、大佐。では、セレニィと約束があるので私はこれで…」
ルンルン気分で立ち去るティアを、トニーとジェイドが見送るとその場には沈黙が漂う。
しばらくして、ジェイドが眼鏡を直しながら誰にともなく呟く。
「流石のセレニィも今回ばかりは無理でしたか。なんとかできるのではと思ったのですが」
「普通に無茶でしたね… しかし、バチカルに到着するまでにまだ猶予があります」
「えぇ、セレニィに任せきりというのもアレですしね。ギリギリまで考え抜きましょう」
そんなジェイドの言葉をトニーが拾う形で、二人は決意を新たにする。
マルクトからの和平の使者という体面上、あからさまにティアに肩入れするのも問題がある。
だがこれまで共に旅をして、多くの苦境を互いにカバーして乗り越えてきた仲間でもある。
いずれは切り捨てるべきと判断する日が来るとしても、出来るだけのことはしてやりたかった。
かくして宿の一階で夕飯の時間がやってくる。
食事の席で、ティアはヒラヒラの服を着た(着せられた)セレニィを隣に侍らせてご満悦だ。
本当はアニスやアリエッタにもそうしたかったのだが、彼女らに丁重にお断りされた模様。
ティアは海の幸をふんだんに使ったリゾットをスプーンですくうと、セレニィの口元へと運ぶ。
「はい、あーん」
「……あーん」
「フフッ、美味しい? セレニィ」
「……おいしーです」
「フフッ、良かった」
セレニィは死んだ魚のような目で、機械的にティアから与えられた食事を咀嚼し嚥下する。
美味しいはずの料理なのに、砂の味にしか感じないあたり相当キているのかもしれない。
昼は着せ替え人形よろしくティアに散々弄ばれたので、精神はとうの昔に擦り切れている。
もうお嫁にいけない。……いやいやいや、婿だから。
アニスとアリエッタが気の毒そうに眺めていた姿が印象的であった。
目で「ここは俺に任せろ」と語れば、彼女たちはその意を汲んでそっと立ち去ってくれた。
……決して見捨てられたわけじゃないと信じたい。
「は、ははは… 君たちは仲が良いよなー… いや、うん… 微笑ましいよ、ホントに…」
「あはは… ホントに… なんだか仲が良すぎて、アニスちゃん嫉妬しちゃうかもー…」
「もう、ガイもアニスもからかわないで! でも私たちは一番の親友だものね? セレニィ」
「……ソッスネー」
虚ろな表情のセレニィとは対照的に、ティアはまるで我が世の春とばかりの満面の笑顔だ。
微笑ましそうに二人を眺めるイオンを除いて、他の面々は重苦しい表情を浮かべている。
そんなお通夜のような食卓の中で、ティアは幸せいっぱいという様子で心から楽しんでいる。
せめて残された時間を幸せにという気遣いだったが、より残酷なことをしているのでは…?
この喜びようを見るに、そんな考えすら浮かんでくる。罪悪感で胃が痛い。
「(誰でも良いから助けて欲しい…)」
そんな時…
その祈りが通じたかどうかは定かではないが、ドアベルを鳴らし、一人の客人が入ってきた。
身長190cm前後の引き締まった体躯。髪は総髪に結い、顎髭を伸ばしている… そんな男だ。
男は入って早々一、二度周囲を見渡してから面々を目に留めると、笑顔を浮かべ近付いてくる。
「すまない。これでも急いできたつもりだが… 大分待たせてしまったようだな」
「ヴァン
「……ヴァン!」
喜色を浮かべて男の名を呼ぶルーク。一方ティアはナイフを構え、厳しい表情で席を立った。
途端に緊張感が食堂に漂い始める。ガイやトニーはいつでも席を立てるように構えている。
暫し見詰め合った後、男… ヴァンはティアに語りかけようとした。
「ティア、武器を収め」
「はい、ティアさん。食事中に席を立つのはお行儀が悪いですよー? 座って座って」
「でもセレニィ… はぁい」
「はい、デザートを食べさせてあげますからねー。……はい、あーん」
「あーん」
しかし極度の精神的疲労のため空気を読めなかったセレニィが、割って入る形となった。
不満気に口を尖らせつつも、ナイフを収め素直に席についたティアに瞠目するヴァン。
更にデザートを口に運ばれ幸せそうに顔を蕩けさせているではないか。一体何が起こった。
まるで餌をやるように、虚ろな目で機械的にティアにスプーンを運ぶこの少女は何者なのか?
考えれば考えるほど謎しか生まないこの状況に、ヴァンは改めて妹に問いかけようとする。
「ティア、その少女は」
「………」
「……ッ!」
なんか実の妹に凄い目で睨まれた。
眼鏡をかけたマルクト軍の将校が肩を竦めて小さな溜息を吐いている。
旧知の仲であるガイに視線をやれば、そっと目を逸らされる始末。
そして絶対零度の冷たさを瞳に乗せて、妹は… ティアは口を開いた。
「どこまでも空気が読めない男ね、ヴァン… やはり殺すしかないか」
「ちょ、待て! 落ち着こう! 君には笑顔が似合うぞ、ティア!」
「そ、そーだそーだ! オメーにヴァン
どうしよう… 久々に会った妹が全く聞く耳を持ってくれません。
ヴァンは遠くを見るような視線で天井を仰ぎ見ると、内心でそう呟くのであった。
とはいえ、こうしていても始まらない。気を取り直して言葉を続ける。
「とにかく頭を冷やせ… 私の話を落ち着いて聞く気になったら、部屋まで来るがいい」
「えー!
「そうですよ、グランツ謡将。久し振りに会えたんですし、ルークもこう言ってますし…」
「気持ちはありがたいがティアも心休まらぬだろう。今日のところは遠慮しておこう」
「では、正式な挨拶はまた明日にでもお互い改めて… といきましょうか」
ジェイドの言葉に頷くとヴァンは一礼をして場を辞し、宿に泊まる手続きを取り始めた。
「(導師はともかく、まさかアリエッタまでいるとはな… 一体何が起こっている?)」
ティアが部屋を訪れたら詳しい事情を聞いてみようと思いつつ、彼は二階へと上がっていった。
あとに残された面々の間で会話がかわされる。正気に戻ったセレニィが口火を切る。
「今の方が、えーっと… ルークさんの師匠でティアさんのお兄さんの?」
「えぇ、ヴァン・グランツ。
「六神将の直属の上司でもあるんだよー。だからもう襲撃はないんじゃないかなー?」
セレニィの質問に、同じくローレライ教団所属のイオンとアニスが説明をする。
その説明に、「なるほど、アリエッタさんに休暇あげなかったブラック上司か」と納得する。
続いて隣のティアに確認する。
「後でお兄さんの部屋に向かわれるんですか?」
「? なんでかしら、セレニィ」
「え? いや、だって… 『落ち着いたら話をしようぜ』的なことを言ってませんでした?」
「フフッ、こんなに可愛いセレニィが側にいて落ち着けるわけないじゃない」
「……アッハイ」
駄目だこの巨乳、話が通じない。……うん、知ってた。いつものティアさんだもの。
セレニィが溢れ出る涙を隠しているのを余所に、イオンが口を開く。
「明朝に希望者で話を聞きに行きませんか? 僕も、聞いておきたいことがありますし」
「そうですねぇ… 単独で立ち会わせた結果、ティアが刃傷沙汰を起こしても困りますし」
「イオン様がいくならアリエッタも! セレニィもいこ? ……アニスは寝てていいよ」
「ちょっとぉ!
「俺も行く! ヴァン
イオンの提案に全員が賛同する形で、明日の朝に全員で話を聞きに行く運びとなった。
――
その夜、カイツールの宿のヴァンの部屋。
「……ティア、遅いな」
妹の訪問を、明け方まで待ち続ける一人の男の姿があったという。
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