TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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39.手紙

 そして翌朝を迎えた城砦都市セントビナー。

 一行がカイツールへと向けた出発を控えている中、アリエッタが旅の計画に難色を示す。

 

「あの… あまり長い間、連絡が取れなくなると… んっと、リグレットに疑われるです」

「(しまった、それがあったかー!)」

 

「あちゃー… しまったな。そういや、そんなことも言ってたっけか… どうしたもんか」

 

 セレニィ痛恨のミスである。この凡ミスは間抜けの一言に尽きる。

 

「困ったわね… 大佐、徒歩に切り替えますか?」

「いや、だったらせめて途中まで送ってもらう方が良いんじゃないか」

 

「ふむ、そうですねぇ…」

 

 誰も責めてこないのが逆に辛い。

 いや、既に諦められて期待されてないのだろうか? 捨てられ秒読み段階?

 

 ヤバイヤバイヤバイ… そんな逆境の中、間抜けは必死に考える。

 自分の価値を再認識させるための一手を。

 

 そして閃いた。

 

「ん… でもイオン様やセレニィのためなら、アリエッタは」

 

「アリエッタさん」

「? なに、セレニィ」

 

 たとえ仲間の六神将たちに疑われ、最悪敵対することになったとしても…

 そう悲壮な決意を固めようとしていたアリエッタの耳に、セレニィの声が届く。

 

 その笑顔には、知る人ぞ知るセレニィが小賢しい策を思い付いた時の色が秘められていた。

 それを確認したジェイドは、薄い微笑を浮かべて彼女にこの場を任せようと考える。

 

 かくしてセレニィは言葉を続ける。

 

「『休暇』って言葉… ご存知ですか?」

「休暇… 休むこと? 作戦の後は、休むために… 待機命令、貰うです」

 

「(よっしゃー! 神託の盾(オラクル)騎士団がブラックで首の皮一枚繋がったぁああああああ!)」

「あの… それが、どうしたです? セレニィ」

 

「あ、それがですね… 実は待機というのは休暇ではないんですよねー」

 

 待機は命令が下り次第、即応しなければならない。断じて休暇ではない。

 

 その説明にアリエッタは目を丸くする。

 自分は今まで休暇をもらったことがなかったのか、と驚きの色を浮かべる。

 

 実際は精神的に幼いアリエッタをフォローするための措置だったが、この場合は裏目に出た。

 リグレットやラルゴは休暇を貰っていたのにずるい… と、幼い怒りに頬を膨らませる。

 

 そんな仕草に萌えながらセレニィは更に言葉を続ける。

 

「アリエッタさんはエンゲーブでの任務は、教団の使者として見事に解決しましたよね?」

「う、うん… えへへ、アリエッタ… がんばったよ?」

 

「はい、偉いです。なのに休む暇もなく追跡調査任務も受けた。……これは働き過ぎですねー」

「そうですねぇ… 我がマルクト軍ではちょっと考えられませんねぇ」

 

「……そう、なの?」

 

 セレニィは口の端から涎を垂らしながら、アリエッタの頭を撫でる。

 撫でられたアリエッタはといえば嬉しそうに目を細める。

 といってもアリエッタの方が若干背が高いのでさり気なく爪先立ちだが。

 

 そんな彼女たちの姿に悶えるティアのことはさておき。

 

 ジェイドのフォローも手伝い、アリエッタは小首を傾げてみせる。

 普段はセレニィの胃を痛めつけるのが大好きなドSだが、こういう時の連携はバッチリだ。

 心と心で通じ合った腹黒い友情の賜物である。セレニィ的に全く嬉しくない。

 

 まぁそもそもアリエッタは思い立ったら即行動するため、フォローする必要があるのだ。

 おいそれと自由行動なども許せず、ある程度は監視付きの方が彼女を制御しやすい。

 休暇中ではなくとも休暇中のような行動を取るため、あえて与えてなかっただけなのだが。

 

 そんな六神将の苦心の裏事情など知らないセレニィは、我が意を得たりと畳み込む。

 

「休暇中の行動は基本自由です。だからこれこれこうしますって連絡も不要なんですよー」

 

「えっ、そうなんだ? じゃあ、じゃあ… イオン様やセレニィと一緒、行けるです?」

「勿論です。もし万が一聞かれても『ちょっと知人と旅行してきます』だけで充分なんです」

 

「いやはや、なんというか… 凄いものですね。セレニィは」

「アニスちゃん、たまにセレニィのことがちょっと怖いかもー…」

 

 トニーとアニスが詐欺師顔負けの口先で少女を丸め込むさまを見て、若干引いている。

 捨てられないためにと力を発揮した行動で逆に隔意を抱かれてしまったようで残念無念である。

 

 セレニィの言葉にちょっと考え込んだアリエッタは、ややあってから口を開く。

 

「んっと… じゃあ、リグレットに頼めばいいのかな? ……休暇」

「ですが今まで貰えなかったんですよね… もっと上の方に頼んだらいかがでしょうか」

 

「もっと上…?」

「はい。ダアトの詠師様あたりに向け、直接手紙を宛ててみませんか?」

 

「だとすれば詠師トリトハイム宛てが良いでしょう。彼は誠実で公平な目を持っています」

「私も文面を考えますから。一緒にがんばりましょうね、アリエッタさん」

 

「はいです! ありがとう! イオン様、セレニィ!」

 

 こうしてあれやこれやで全員を巻き込み、文面やらを考えて悪戦苦闘することしばし。

 文字を書くに慣れてない向きもあったがアリエッタもまた、彼女なりに一生懸命がんばった。

 

 結果… 頬を若干インクで汚したアリエッタが満足そうな笑顔を浮かべ、そのペンを置いた。

 その場にいる面々も疲れてはいたが、皆一様にやり遂げた表情を浮かべている。

 

 手紙が完成したのである。アリエッタはその内容を静かに読み上げる。

 

『詠師トリトハイム様へご報告をします。

 まず、イオン様の追跡調査の任務で芳しい成果をあげられなくてごめんなさい。

 それとその前のエンゲーブでの件、既に聞き及んでると思いますが成功の報告をします。

 ところで詠師トリトハイム様、アリエッタには一つお願いがあります。

 実は今まで貰ったことのない「休暇」を取れるようにお願いしたいのです。

 アリエッタの友達の魔物たちを世話してくれている教団にはとても感謝してます。

 でも、知人に初めて誘われた旅行を断るのはとても心苦しいのです。

 どうかお願いします。

 同僚であり、上役であるリグレットに頼んでも難しいだろうと思いペンを手にしました。

 報告のついでとなって失礼かもですが、あなたがこの休暇願を受け取ってくれると信じて。

                      神託の盾(オラクル)騎士団第三師団長アリエッタ響手』

 

 意訳すると下記のようになる。

 

 ・イオン様の追跡調査は難航中です。けど、その前のエンゲーブの任務は成功しました。

 ・ところで今まで一回も休暇貰ったことないんすけどー。かー、辛いわー。超辛いわー。

 ・今の上司に言っても握り潰されるだろうけどトリトハイム様はそんなことしないよね?

 

 読み終えて、満面の笑みを浮かべるアリエッタを囲んでみんなで歓声を上げる。

 

「素晴らしい仕上がりです、アリエッタ。これならきっとトリトハイムも無視できません」

「まぁ、文章表現としちゃ少し拙い部分もあるけど… それがかえって味を感じさせるよな」

 

「え、えへへ… みんな、ありがとう… みんなのおかげ、です…」

「へへっ、いいってことよ。感謝ならセレニィとイオンにするんだな」

 

「アリエッタ、私たちは仲間でしょう? 窮地においては助け合うのは当然のことよ」

「ま、これで根暗ッタに貸しを一つ作ったと思えばアニスちゃん的に安いもんだしねー?」

 

「みゅう! みんなアリエッタさんのことが大好きですのー! 仲間ですのー!」

 

 みんなと喜びを分かち合うアリエッタ。

 その光景に目尻に光る物を浮かべながら「ええ話や…」と呟くセレニィ。

 

 少し離れた位置からそれを微妙な表情で見詰めるトニーと、その横に立つジェイド。

 トニーは静かな声でジェイドに語りかける。

 

「あの… アレって、ローレライ教団的に結構な火種になるのでは?」

「そうでしょうか? 内部の派閥争いが多少加速するだけでしょう」

 

「それを『火種』というのではないでしょうか? ジェイド」

「……まぁ、私はここの仲間以外の教団員は滅んでいいと半分本気で思ってますから」

 

「………」

 

 眼鏡を光らせつつサラッと言ってのけるジェイドに、トニーも乾いた笑いを浮かべる。

 

 ジェイドほどではないかもしれないが、トニーとて今回の一件で教団には怒りを覚えている。

 多少のお灸を据えるくらいは必要かもしれない。そう思い直し、口を閉ざすのであった。

 

 仲間が互いの健闘を讃え合う暖かい光景。

 その裏で、この手紙は『教団幹部による内部告発』という生々しい意味をも持つことになる。

 これが六神将とそれを操る者たちを大いに苦しめることになるのはまだ先の話。

 

 そのはじまりは… 失点を取り戻したい、美少女と旅を満喫したい、できるだけ楽をしたい。

 そんなとある小市民のささやかな欲望が発端であったという。

 

 ……ささやかではないかもしれないが。

 

「じゃあ、後はこの手紙をグレン将軍に預けて鳩で出すようにお願いするだけですね」

 

「うん、ありがとうセレニィ!」

「なぁに、いいってことですよ! 私たち、仲間じゃないですか! ビバ、友情パワー!」

 

 お互いにいい笑顔を浮かべて微笑み合う二人の少女。

 

 え? 休暇に関して、詠師トリトハイムさんからの承認を待たなくて良いのかって?

 その辺はアレですよ。高度な柔軟性を持って臨機応変に対処すべき案件でしょう。

 

 そんなことを考えつつ、セレニィは出発の準備を改めて整える。

 

 かくして彼女たちはカイツールへと向けて飛び立つこととなった。

 それなりに長い旅路ではあるが、徒歩と違い何ヶ月もかかる行程というわけでもない。

 

 これからの旅立ちに向けて、空は澄み渡り深い青が広がっている。

 きっと幸せな未来が待っているに違いない。そんな予感を覚えつつ彼女は飛び立つ。

 

 ……後に、様々な要因から神託の盾(オラクル)騎士団からヘイトを集めまくることになるのだが。

 まさに、『禍福は糾える縄の如し』とでも言うべきであろうか。

 

「いざ、光の都バチカルへ! なんちてー。ちょっと気が早かったですかね?」

 

 そんな未来も知らず、セレニィは調子に乗りまくるのであった。

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