TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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34.毒

 久方ぶりに足に伝わる大地の感触。

 風に流れる木々の匂いを感じながら、今ルークとセレニィは敵と対峙している。

 その名は神託の盾(オラクル)騎士団六神将が一人、“魔弾”のリグレット。

 

 左舷昇降口では、ジェイドたちとラルゴによる激しい攻防が未だ続いている。

 助けは… 来ない。生き延びるためには、自分たちの手で未来を切り拓くしかない。

 

 イオンを背に庇う形を取り、二丁拳銃を構えつつリグレットは口を開く。

 

「今なら大人しく降伏すれば命までは取らん。実力差は理解できているだろう?」

「へっ! 不意打ちしか能がねーくせにえっらそーに」

 

「自らの未熟さを恥じるのだな。所詮、貴様らはその程度の実力だということだ」

 

 ルークとリグレットの舌戦が火蓋を切った。

 

 その中で、セレニィはこの光景に漂う違和感に心中で首をひねっていた。

 

「(……おかしい)」

 

 彼女自身が言うとおり、彼女との実力差は隔絶の一言で片付けられる領域といえる。

 にもかかわらず彼女は直接手を下すことなくルークの舌戦に付き合っている。

 そんなことをする必要が無い。一気呵成に攻めかかり、実力差で圧倒すれば良いのだ。

 

 ほんの少し観察しただけでも、真面目で堅物という印象が伝わってくる彼女のことだ。

 その仕草がただの仮面でない限りは『そうするだけの理由が存在する』ということ。

 

「(考えろ… 考えろ… 理由から逆算するんだ…)」

 

 大して優れた頭脳でもないが、それを働かせねば勝機… 生きる目処は立たない。

 

 まずはすぐに戦わない理由をリグレットの立場から考えてみる。

 ……互いの配置を確認してみよう。

 

 ルーク、リグレット、セレニィにイオン。数の上で劣勢かつイオンも味方とはいえない。

 乱戦ともなれば何が起こるか分からない。ましてイオンを傷付ける訳にはいかない。

 

 弱気な姿勢を見せないのは、恐らくやってやれないことはないから。

 その上で行動を起こさないのは、不測の事態を嫌ったから。

 

 なるほど… 真面目で堅物、そして完璧主義か。

 

 だが、舌戦に付き合ったところで彼女に有利になる要素があるのだろうか? 更に考える。

 ……互いの状況を確認してみよう。

 

 現在、ジェイドの非常停止機構によってタルタロスはその機能を停止している。

 それは恐らくリグレット自身も理解している。その上で、神託の盾(オラクル)兵を使ったのだろう。

 

 ジェイドはラルゴの襲撃を受け、ティアやトニーとともに足止めを受けている。

 それを認識しているかどうかは別として、なんらかのトラブルでいないのは理解しているはず。

 ならば時間の経過は彼女の不利に繋がるのでは?

 

 いや、もう少しマクロな視点で考えろ。……機能の停止となれば復旧作業は行う。

 それだけではない。ラルゴとジェイドが派手な戦闘を繰り広げているのだ。

 ということは… 増援を呼び寄せ、数で圧倒することで安全に勝利へと導く。それが筋書きか。

 

 加えてそこで気絶している神託の盾(オラクル)兵が復帰すれば数の上でも互角になる… と。

 

 なるほど… 真面目で堅物で完璧主義だが、基本に忠実かつ雑魚にも決して手を抜かないか。

 

「(……アカン)」

 

 パッと考えただけでは相手のヤバさを再認識するだけに終わった気がする。

 

 ルークもリグレットの隙のなさに攻めあぐねているのか動けないままでいる。

 対するリグレットは二丁拳銃を構えたままであるものの、余裕の表情だ。

 

 実力でやり合っても勝ち目がないのはルークとて薄々気付いているのだろう。

 そこへ加えて、自分は戦闘になってしまえば足手まといだ。そもそも銃に勝てる気がしない。

 ジェイドの譜術ほど理不尽ではなかろうが、パァンと撃たれれば倒れておしまいだろう。

 

 となれば自分に出来ることは『会話』しかない。可能性が低かろうと戦闘よりは多少マシ。

 

「(うーん… ルーク様が焦れる前にシナリオを考えないと…)」

 

「へっ! ウダウダ言ったところで結果が全てだ! やってみなきゃわかんねぇだろ!」

「ほう… 来るか」

 

「(って、はえぇよ! えぇい、自棄だ!)……お待ち下さい、ルーク様」

 

 その場に冷たい少女の声が響き渡った。

 小さい笑みを浮かべる可憐さに似合わぬ、場を睥睨するような酷薄な瞳。

 

 リグレットは無言で先程まで沈黙を保っていた少女に照準を合わせる。

 

「(戦闘になるよりはマシだと思ったけど何も考えてねぇ… マジどうしよう、これ)」

 

 無論、ハッタリである。

 せめて表情だけは余裕ぶっこいてないとノータイムで殺されそうなので必死だ。

 

 喋りながら考えないといけない。デッドリーなチキンレースがスタートした。

 

「どういうことですか? セレニィ」

「(そう急かさないで下さいイオン様、マジで)……少し、昔語りをしましょうか」

 

「時間稼ぎのつもりか? ならば…」

「そう仰らないで下さいな。その方が、そちらにとっても都合がよろしいのでしょう?」

 

「(……こいつ)……フン、好きに囀るが良い。おかしな真似をしなければな」

 

 クスクスと小馬鹿にするような笑みを浮かべながら、セレニィは必死に考える。

 地雷原でタップダンスをしている気分だ。

 

 昔見ていた毎回爆発音とかで尺をとってたアニメのスタッフの気持ちが今よく分かる。

 少しでも考える時間がほしい! セレニィは胃をキリキリ痛めながら口を開く。

 

「(えーと、この人は教団の人間だから…)始祖ユリア・ジュエ… 彼女は偉大な方でした」

「………」

 

預言(スコア)で未来を見通し、魔物(チーグル)から第七音素(セブンスフォニム)を操る術を身に着け、ついには世界を救ってみせた」

 

 おや? 表情が変わった。苦々しげな表情… 思うところがあるみたいだ。覚えておこう。

 そんなことを考えながらセレニィの要領を掴ませない話は続く。

 

 彼女自身にも話の着地点は見えてないのだから仕方ない。

 

「さて、ここに件のチーグルがおります。かつてユリア・ジュエに第七音素譜術を授けた、ね」

「……それがどうした。二千年も前の話だぞ? ましてチーグルは」

 

「お察しのとおり。ソーサラーリングの力なくば何も出来やしない… と、そう言われてますね」

 

 意味ありげに微笑んでみせる。無論、特に意味は無い。

 周囲の注意を1秒惹きつける毎に1mmずつ己の胃壁にダメージを与える簡単なお仕事である。

 

「なに…?」

「不思議に思いませんでしたか? ソーサラーリングはユリアに与えられた契約の証です」

 

「えぇ、教団には確かにそう伝えられていますが」

「『なのに何故、彼らは彼女に第七音素譜術を授けることが出来たのか?』って、ね」

 

「……ッ!」

 

 全員がハッとした表情を浮かべる。

 

 フッフッフッ、隠された謎に気が付いたようだな。……えぇ、自分も知りたいです。はい。

 とはいえ着地点は見えてきたか。

 

 そんなことを考えながら、手元のミュウを撫でつつ言葉を続ける。

 余計なことを喋られないように、ひっそりとリングを外して。

 

「話は変わりますがこのチーグル… 先日、北の地をその炎によって焦土に変えまして」

「なっ!?」

 

「生き残りのライガは住処を追われ、別の森に追いやられる始末… でしたね? イオン様」

「え、えぇ… 確かにそうでしたが…」

 

「なんですって… 連絡を聞いた時にはまさかと思ったけど、あの話、事実だったのね…」

 

 微妙に拡大解釈をして伝えれば驚愕の表情を浮かべるリグレットさん。

 でも嘘は言ってないですよ! イオン様のお墨付きですしね!

 

 というかなんだかんだでノリが良いですね、リグレットさん。

 ティアさんの師匠だから付き合いの良さも似てるのかな? どっちもおっぱいデカいしね!

 

 セレニィはいよいよ話の締めに取り掛かる。精一杯邪悪な笑みを浮かべて。

 

「まだ分かりませんか? ソーサラーリングこそが始祖の残した『封印』なのですよ」

「……確かに、かつてチーグル族は『悪魔』と呼ばれていたと僕も聞いたことがあります」

 

「な、なんだって… じゃあそのリングがなけりゃチーグルってのは…」

 

 イオン様のナイスアシストに、ルーク様が青褪めて思わず喉をゴクリと鳴らす。

 いい感じですよ! リグレットさんが真面目な人でよかった! 聞き入ってくれてるよ!

 

 人差し指でクルクルとソーサラーリングを回しながら笑顔を浮かべる。

 

「ま、待て! それはソーサラーリング… 貴様、一体いつの間に…」

「クスクスクス… フフフフフフ… アハハハハハハハハハハハハッ!」

 

「それを戻せ… いや、こちらに渡せ… さもなくば…!」

「おっと… 『それ』はいけない。『それ』はまずい。刺激すれば何が起こるかわからない」

 

「クッ… だが、貴様が本当のことを言っているとは限らない!」

 

 リングの回転を止めて、撃鉄を上げたリグレットさんをやんわりと左手で制す。

 やめてください、撃たれたらマジで一発で死んでしまいます。自分、雑魚なんで。

 

 本当のことを言っているとは限らないって? 当然です、全部ハッタリだし!

 

 リグレットさんの的確な指摘には、思わず苦笑いしか浮かべることが出来ない。

 あ、何故か分からないけどより警戒を深めてくれたようだ。ラッキー。

 

「えぇ、全くその通り。全部冗談です、ただのハッタリです… そう言えば安心しますか?」

「……貴様、何が目的だ?」

 

「別に何も。……あぁ、そんなに恐ろしいならこのチーグルも差し上げましょうか?」

「……は?」

 

「受け取って下さいねー。そーれ!」

「みゅ? みゅううううううううううううう…!」

 

 考える隙など与えない。そのままミュウを天高く放り投げる。

 

 ……思わずそれを目で追ってしまうルーク、イオン、リグレットの3人。

 

 セレニィは素早く懐に手を入れると、胡椒爆弾・改を取り出し…

 

「………」

 

 無言でリグレットに投げ付けた。

 

 流石のリグレットといえどこの状況でかわせるものではなく、頭から被ってしまう羽目になる。

 

「ゲホッ!? こ、これは… ゴホッ! なん… ゲホゴホガハッ!?」

 

 説明しよう。

 

 胡椒爆弾・改とはタルタロス内で夕食をご馳走になった後に、セレニィが厨房に頼み込み、辛子粉末を分けてもらい胡椒を入れた袋に混ぜ込むことで完成した新たな胡椒爆弾である。なお完成後に我に返り、調味料としての使用は絶望的となったことに気付いて3分ほどさめざめと泣いたことをここに併記しておく。

 

 そんな外道兵器を正面から受けてしまったリグレットの苦痛たるや如何程のものであろうか。

 しかし、外道は手を緩めない。

 

「ルークさん、今です! 彼女を!」

「へ? ……お、おう!」

 

「な、なめ… る… なァ!」

 

 セレニィの指示で慌てて駆け出すルーク… だが、リグレットとて歴戦の猛者。

 胡椒爆弾・改による負傷は免れないが、一呼吸だけならば己を殺しての行動とて可能だ。

 そして彼女は… 一呼吸で二発の弾丸を発射することが可能。

 

 劣悪な視界の中、その到達前に憎き敵それぞれに照準を合わせ、引き金を… 引いた。

 

「っ! やべ… セレニィ!?」

「ひぇっ!?」

 

 咄嗟に鞘付きの剣を盾にして銃弾を弾くルークであったが、一方セレニィは…

 

 そんな神業的な芸当が出来るはずもない。

 かといって盾となるミュウも自らの手で放り出してしまい、その死を待つばかりであった。

 

「ふぅ… 間一髪」

 

 ……突如、空から振ってきた金髪の男が更なる神業的芸当で銃弾を弾き返さない限りは。

 

「ガイ様、華麗に参上… ってな。今だ、ルーク!」

「……おぉおおおおおおお! 双牙斬ッ!!」

 

「ぐっ… くっ、無念…」

 

 ルークがそのまま鞘付きの剣を持って突進し、斬り伏せからの斬り上げの二段攻撃を見舞う。

 最後の力で銃弾を放ったのだろう… リグレットは防御行動も取れず、倒れ伏すこととなった。

 

 尻餅をついた状態で呆然としているセレニィ。彼女は思わず言葉を漏らす。

 

「はぁ… はぁ… い、生きてる…?」

 

「えぇ、生きてますよ。お疲れ様でした、セレニィ」

「まさか教官を倒すなんて… あなたの強さは知っていたつもりだったけど、流石ね」

 

「こちらも“黒獅子”はなんとか撃退しました。応援が間に合わず申し訳ありません」

 

 そこにジェイドらが声をかけてくる。揃って傷だらけではあるものの全員無事なようだ。

 

「いや、アレを『倒した』って言い張ったら流石にリグレットさんもキレるような…」

「『勝って尚驕らず』ね… 私もセレニィを見習うべきかしら?」

 

「あ、はい。それでいいですよ、もう…」

 

 いつもどおりの安定感を発揮したティアに対し、疲れ果てていたセレニィは流すことにする。

 そのまま放り投げていたミュウの回収に向かう。

 そんな会話が続く中、頃合いを見計らってルークが口を開く。

 

「こうしてイオンを助け出せたわけだけど… そういやアニスはどこだよ?」

「敵に奪われた親書を取り返そうとして、魔物に船窓から吹き飛ばされてしまって…」

 

「えぇ! アニスさん、死んでしまったんですか!?」

「いえ。遺体が見つからないと話しているのを聞いたので、無事でいてくれると信じます」

 

「それならセントビナーへ向かいましょう。アニスとの合流先です」

 

 美少女が死んだのかと泣きそうになるセレニィだったが、イオンは生存を信じているようだ。

 イオンが信じるならばセレニィが信じない理由はない。再会を願って密かに彼女の無事を祈る。

 

 そんな二人を尻目に、ジェイドが東南にあるというセントビナーに向うことを提案する。

 示された新たな指針に対し、特段異存がない全員が頷いたところで彼は更に言葉を続ける。

 

「今は一刻も時間が惜しい。自己紹介や積もる話は落ち着いてからにしましょう」

「あぁ、分かったよ。……なんだか大変なことになってたみたいだな、ルーク」

 

「まーな… 色々とあり過ぎて、俺自身、整理が追いついてねーってのが正直なところだ」

「では、この神託の盾(オラクル)兵を起こして彼の手で昇降口(ハッチ)を閉めさせましょうか」

 

「はい、大佐」

 

 かくしてジェイドの目論見通りに事が進む。

 神託の盾(オラクル)兵にリグレットを運ばせ、彼自身に昇降口(ハッチ)を閉じさせた。

 

 これによりイオン救出作戦&タルタロス脱出作戦は一応の成功を見ることとなる。

 

 そして総勢7人の大所帯へと膨れ上がった一行は、速やかにその場を後にするのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 その移動中のこと…

 ルークとティアが目を離している隙を見計らって、ジェイドがセレニィに話しかける。

 

「しかしセレニィ… 貴女の言葉は謂わば『毒』ですね。聞けば聞くほど回るあたりが」

「はぁ、そっすか…(ていうか聞いてたなら助けろよ、このドS。眼鏡叩き割るぞ、マジで)」

 

「もし貴女が私の敵となった場合は、喋らせずに始末することにしましょう」

「……もし私がジェイドさんの敵になったら、目を合わせる前に逃げることにしますね」

 

「なるほど… そういう回避の仕方がありましたか。流石ですねぇ」

「……臆病なもので」

 

「臆病? 貴女が? フフッ… なるほど、それは素敵なジョークですね」

 

 ある意味本人以上にセレニィの本質を掴んでいるジェイドだが、一点だけ見誤りがある。

 それは彼女が絶望的な状況下でも勇気を持って前進できる人間だと見ている点である。

 

「(……神よ、このドSにどうか寝ている時に落下する夢見てハッと目覚める呪いを与え給え)」

 

 そんなことを思われているとも知らず、セレニィはドSに密かに呪いをかけるのであった。

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