TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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32.覚悟

 ここはタルタロス内の牢屋の中。

 ジェイド、ティア、トニー二等兵、ミュウ… そしてセレニィとルークが詰められている。

 セレニィは程なく目覚めたもののルークは未だ夢の中である。

 

 ……なんかたまにうなされてるし、見ている夢は悪夢かも知れないが。

 

「なんか、その… 色々とすみませんでした…」

 

「いえ。こちらもまさか敵が艦橋(ブリッジ)を空けているとはね… まぁ、間が悪かったのでしょう」

「流石に六神将に2人がかりで攻められたら、対抗できなくても無理もないわ」

 

 今にも消えそうなほどの表情で頭を下げるセレニィ。ここ最近、足を引っ張りっぱなしだ。

 

 とはいえ、状況が状況である。

 六神将二人がかりに奇襲されたとあれば、対抗できる者などジェイドくらいのものだろう。

 ジェイドもティアも目論見が外れた不運を呪えど、セレニィを責めるつもりはなかった。

 

 まぁ実際は瀕死の敵兵に止め刺してテンパってたところを横っ面殴られただけなんですが。

 

 しかも敵を倒してくれたのはルークだ。自分は足手まといよろしく逃げ惑っただけなのだ。

 絶対保身するマン的にこの事実は、知られたら捨てられかねないスキャンダルと言える。

 ことの真相は誰にも知られることのないように、墓まで持って行こうと心に誓うのであった。

 

 これ以上この話題を続ければ藪蛇になりかねないので、セレニィはさり気なく話題を変える。

 

「イオン様ちょうど艦内にいなかったみたいですしねー。これからどうなるんでしょう?」

「『どうなるか』より、『どうするか』を考えましょう。受け身の者に運命は拓けませんよ」

 

「おや? ってことは、ここから脱出する手立てがあるんですね。流石はジェイドさん!」

「さすがですの、ジェイドさん!」

 

「そうなんですか、大佐?」

「えぇ。このタルタロスには、緊急時に備えた『仕掛け』もいくつか用意してありましてね」

 

 教団兵の話を盗み聴くところによれば、イオンはある役目のために艦内を離れていたようだ。

 

 とはいえ囚われの身である以上、出来ることなど限られている。運命を待つしかない。

 そうセレニィが漏らせばジェイドは脱出への秘策の存在を明らかにした。(にわか)に活気づく牢内。

 誰かに寄生しないと生きていけないセレニィは、勿論ジェイドをヨイショするのを忘れない。

 

 ジェイドのその言葉にトニー二等兵が得心がいったように頷いた。

 

「なるほど… 例の『アレ』を使われるのですね? 自分も存在だけは耳にしております」

「そういうことです。イオン様を救出できるよう、タイミングを合わせる必要がありますが」

 

「う、うーーーーん…」

 

 そこに苦しそうなルークのうめき声が聞こえてくる。

 

「話の続きはルークが目覚めてからにしましょう。彼の意向も確認する必要があります」

「ですね(実質選択肢ないんですけどねー… この人、意地悪な質問するの好きだなー…)」

 

「わかりました。大佐を信じます」

「師団長の命のままに」

 

「まぁ、それはともかく… ルーク様がしんどそうなんでちょっと起こしてきますね」

 

 流石にうなされ続けて可哀想なので、セレニィはルークを揺り起こすことにした。

 奥の壁に設置された備え付きのベッドに向かい、そこに寝かされているルークを揺さぶる。

 

「おーい、ルーク様ー。朝… かどうか分かりませんけど、起きましょうよー」

 

「うーん… うーん… 声、声が…」

「起きてもロクでもない現実が待ってますけど、うなされたままよりは多分マシですよー」

 

「ですのー」

 

 今は多少なりとも落ち着いているとはいえ、いずれは自分もうなされてしまうのだろうか?

 

 なんだかゾッとしない。確かに死ななければ安いものだし実際に手を下したわけでもない。

 だが、敵相手とはいえ人を刺し殺す羽目になったルークの心痛たるや察するに余りある。

 それも、無様に逃げ惑っていた自分を助けるためにやってくれたことだ。罪悪感がマッハだ。

 

 せめて戦場に文句言わずに立つくらいはしないとなー。でないと生き延びられないわけだし。

 

 本当は泣き出して逃げ出したい気持ちもあるが、そんなことしても自分の首を絞めるだけ。

 そう、駄々をこねても状況が改善するわけでもない。捨てられる可能性が高まるだけだ。

 覚悟なんて更々ないが、あるように見せかけて同行することしか出来ない。雑魚なのだから。

 

 セレニィがそんなことを考えつつルークを揺さぶっていると、ルークに目覚めの兆しが訪れた。

 

「う、うーん… ここは?」

「あ、お目覚めですか? タルタロスの牢屋内みたいですよ、ルークさん」

 

「その声はセレニィか… って、うわぁああああああああ!?」

 

 寝ぼけ眼でセレニィの声がする方を向いたルークであったが、悲鳴をあげて壁際へと後退る。

 

「あー… そういえば私の服、すごいことになってたんでしたっけ…」

「セレニィさん、全体的に赤黒いですのー」

 

「……ミュウさんも赤黒いですけどね」

「セ、セレニィ… で、いいんだよな?」

 

 真っ白だった上着や白銀の髪は教団兵の血に塗れ、赤黒い模様がベッタリと付着していた。

 なんとかしたかったが、ロクに拭くものなどありはしない牢内では対処のしようもない。

 せめて上着を捨てて肌着姿になろうとすればティアとトニー二等兵に慌てて止められる始末。

 

 止められてしまっては手の施しようもなく、結局そのまま放置して今に至るというわけだ。

 セレニィに抱きかかえられていたミュウにもまた同様に赤黒い模様が毛皮に浮いていた。

 そんな二人を寝起きに目にしてしまえば、確かにホラーであろう。ルークには心底同情する。

 

「な、なんかすみません…」

「い、いや… こっちこそ大声出してすまなかった。……おかげで目が覚めたよ」

 

「フフッ… すっきり目が覚めたようですね、ルーク」

「大佐… 知ってて止めなかったんですか?」

 

「まぁ、これで話に入るのが早くなりますからねぇ。それ以外の意図はありませんとも」

 

 爽やかな笑みを浮かべるジェイドに対して、呆れたような表情で溜息を吐くティア。

 

 ジェイドのドSは今に始まったことじゃない。反応すれば喜ばせるだけ。スルー安定だ。

 そう考えたセレニィはジェイドを無視して、苦笑いを浮かべつつルークに語りかける。

 

「えと、そろそろここを脱出するみたいですけど… 大丈夫ですか? 体調とか気分とか」

「……あんまへーきじゃねーけど、なんとか。……脱出って、どうすんだ?」

 

「イオン様がそろそろタルタロスに戻ってくるようで。そこを待ち伏せて救出しましょう」

「は、はぁ!? そ、そんなことしたらまた戦いになるだろ…ッ!」

 

「仕方ないわ。そうしないと生き延びられない。それに、イオン様を渡すわけにもいかない」

 

 ジェイドの言葉に対して、激しい動揺を見せるルークに飽くまで冷静さを崩さないティア。

 二人の姿は好対照といえるだろう。

 

 とはいえ、ここで揉めていても話が進まない。仕方なくセレニィが二人の間に割って入った。

 

「まぁまぁ。お互い好き好んで人を殺すわけでもなし、まずは脱出の方策を練りませんか?」

 

「それもそうね… ごめんなさい、セレニィ」

「いえいえ。脱出する時はティアさんの譜歌、頼りにしていますとも」

 

「それでも… 俺は、人を殺したくない。俺は殺すつもりなんてなかったんだよ! なのに!」

「………」

 

 話がまとまりかけたところにルークが言葉を漏らす。それをすごい表情で睨み付けるティア。

 色んな意味で空気がぶち壊した。……だがそれも仕方ないだろう。

 

 どちらの気持ちもまま分かるとはいえ、この場合は個人的にはルークの心情に同意したい。

 誰もがティアのように強く、割り切り上手なわけではないのだ。

 まして初めて人を殺したのだ。正気を保っているだけルークを褒めてやるべきはなかろうか?

 

 とまぁ、そんなことを冷静に考えている自分もかなりキてるなー…。

 カウンセラーにかかりたい。……この世界にいるんだろうか? などと、セレニィは考える。

 

「驚きましたねぇ… どんな環境で育てば、この状況を知らずに済むというのか」

「仕方ねぇだろ! 誘拐されたせいで、ガキの頃の記憶もねぇんだよ!」

 

「うおーい… ルーク様まで記憶喪失だったなんて初耳ですよーい、ティアさーん…」

 

 今明かされる衝撃の真実ゥー… って、やかましいわ。これ絶対ティアさん知ってたよね?

 まだ隠してることないだろうな、巨乳? あったら揉むぞ。マジで揉みしだくぞ。

 

 しかしルーク様まで記憶喪失だったとは… いや、自分のはなんちゃって記憶喪失だけどさ。

 

 そこへ来て、ナントカ渓谷に跳んでからというもののデッドリーなイベントの連続である。

 更に不可抗力とはいえ、軍艦内で人殺しまで経験させられてしまった日には… アカン。

 心が壊れてないだけ大ラッキーだね! まぁ、半分はセレニィってバカのせいなんだけどね!

 

 死刑かな? そもそも、ルーク様が人を殺したのはこちらのせいだから死刑だよね… うん。

 だが半分はそこの巨乳のせいでもある! ルーク様は彼女を口だけとはいえ許すといった!

 だからこれからの働き次第でその、死刑だけは勘弁して下さい! 靴でも何でも舐めますから!

 

 絶対保身するマンは膝立ちになると、ルークに向かって穏やかに微笑んだ。もはや必死である。

 

「ルークさん… 貴方のおかげで私は命を拾いました。……本当にありがとうございます」

 

「………」

「棒も折られ、あのままでは私は死を待つばかりだったでしょう。ですが、救われました」

 

 棒じゃ限界があったね。……そもそも対人戦なんて想定してなかったしね。……仕方ないね。

 棒の無惨な最期に涙を浮かべつつ言葉を続ける。

 

「貴方のおかげです、ルークさん。その私が、『それ以上』をどうして望めましょうか?」

「俺の… おかげ? 俺、セレニィを… 助けられたん、だよな?」

 

「はい。……ですから、ルークさんが辛いと仰るならもう無理に戦う必要はないと思います」

 

 自分を救ってくれた。それだけでルーク様には十分感謝している。嘘偽りない本当の気持ちだ。

 これ以上は無理に求めない。求める必要などない。戦いたくないのは自分も一緒なのだから。

 

「(だから… そう、だから…)」

 

 これからはともに足手まといコンビとして戦闘中は存在感を消して、雑用係になりましょう!

 大丈夫大丈夫。戦闘に関しちゃホラ、ジェイドさんやティアさん人殺すの平気そうですし!

 ジェイドさんクッソ強いし足手まといの一人や二人養ってくれますよ。一緒にニートしようぜ!

 

 なんと素晴らしい思い付きか。これなら自分も平和裏にフェードアウトできる。正に一石二鳥!

 

 そんなことを考えつつ、セレニィはルークに手を差し出して微笑を浮かべた。真の屑である。

 

「セレニィ… 俺は…」

「……ルーク、あなたは本当にそれでいいの?」

 

「………」

 

 セレニィの差し出した手… ニートの誘いを取ろうとするルークに、ティアが声をかける。

 おのれ、巨乳… 平和なニートライフを邪魔したティアにセレニィは内心で歯軋りする。

 

 ティアはそんなセレニィの内心など知る由もなく、神妙な面持ちで言葉を続ける。

 

「普通に暮らしていても魔物や盗賊に襲われる危険があるわ」

「………」

 

「だから力のない人々は傭兵を雇ったり、身を寄せ合って辻馬車で移動したりしているのよ」

「………」

 

「生きるために必要なら、子供だって戦うことがある。……今のセレニィのように!」

 

 はい? 何言ってんだ、この巨乳。

 

 ……いやいや、別に戦う気なんてないですから。むしろ雑魚がいても邪魔なだけですよね?

 ここは速やかに誤解を解かなくては。オラ、なんだか猛烈に嫌な予感がしてきたぞ。

 

「あの」

「でも、それでいいの!? あなたは、セレニィに自分の危険まで押し付けて満足なの!?」

 

「……っ!」

 

 ダメだ、ティアさん聞いてくれない。……うん、いつものティアさんですね。知ってた。

 ここは非常に遺憾だがドSに頼らねばならない。大丈夫、この空気の読めないドSならば!

 

 さぁ、ドS! 君に決めた!

 

「ジェイドさん…」

「皆まで言わないで下さい、セレニィ。貴女の言いたいことは理解しているつもりです」

 

「……はい(ありがとう、ドS! やったぜ、ドS! 君は出来るドSだと信じてた!)」

「命を救われた恩を自らの命で返そうとする姿勢は立派です。ですが私はティアを支持したい」

 

「………」

 

 ドSが珍しく空気を読んだ結果がこれだよ!

 

 何ふざけたこと言ってんだこのドS。眼鏡叩き割るぞ。手が届かないのでしゃがんで下さい。

 ていうかオマエ鬼のように強いんだから一人で勝手に無双しろよ、マジで。

 

 屑は泣きたくなった。いや、もはや半泣きである。

 いや、まだだ… まだ希望は残されている。ルークが断固たる意志でこの戯れ言を断れば…

 

「そう、だな… 悪かった、ティア。おまえの言うとおりだ。目が覚めたよ」

「別のあなたのためじゃないわ。……セレニィのためよ」

 

「泣いても喚いても状況は変わらねーなら、覚悟を決めるしかねーよな。セレニィのように」

 

 別に決めてませんが。

 

「俺、人を殺す覚悟はまだ正直できてない。けど、戦うことにはもう躊躇わないつもりだ」

「ルーク…」

 

「アレだけ言われたのに半端な態度で悪いとは思ってる。でも、嘘つくのも違うかなって…」

「いいえ、それで構いません。本来戦うのは我々軍人の仕事なのですから」

 

「師団長の仰るとおりです。その気持ちは人として恥じるべきモノでは断じてありません」

 

 真っ直ぐなルークの言葉が、嘘ついて騙そうとしていた屑のハートに突き刺さる。

 痛い、心が痛い。クリティカルヒットである。

 

「セレニィ、守ろうとしてくれてありがとな。……けど、俺も一緒に戦うから」

「あ、いえ、その… 私はですね…」

 

「フフッ… 照れなくてもいいのよ、セレニィ? あなたの覚悟と優しさは伝わったから」

 

 しかも自分まで戦う流れにされている。このまま静かに息を引き取りたいくらいだ。

 やはり自分の人生は糞ゲー過ぎる… どこかで神様を見つけたらボコり倒そう。

 セレニィはキリキリと迫り来る恒例行事… 胃痛と戦いながら、そう心に誓うのであった。

 

「ルークさん、カッコイイですのー!」

「ミュウの言うとおりです。今の貴方は、王族として一皮剥けた立派な人間に思えますよ」

 

「よせよ、ミュウ。ジェイドも。……俺たちは今この時から仲間だろ?」

「ふむ… 仲間、ですか。なんとも面映ゆいですね… しかし悪くはない。……トニー二等兵!」

 

「ハッ! なんでしょうか、師団長!」

「今これより私たちは仲間です。……私のことはジェイドと呼びなさい。敬語も不要です」

 

「はっ? いや、しかし… しだ… あ、いえ、ジェイド。自分は…」

 

 しどろもどろになったトニー二等兵の姿に朗らかな笑いが沸き起こる。……約一名を除いて。

 

「あははー… わーい… 仲間だー… 嬉しいなー… やったー… 友情パワー炸裂だぜー…」

 

 その一名はどんよりとした表情で、虚ろな笑みを漏らしていたという。

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