TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(╹◡╹)
一行はセレニィが用意していた松明を点け、薄暗い樹の穴の中へと足を踏み入れる。
「まさに『備えあれば憂いなし』といったところかしら? お手柄ね、セレニィ」
「いや、私も流石にこんなに早く出番がくるとは思いませんでしたけど…」
「さーて、連中は… おっ、うじゃうじゃいやがるな。おい、オメーらが食料泥棒の犯人か?」
チーグルは火を恐れているのか、遠巻きにみゅうみゅう鳴くばかりで寄ってくる気配はない。
「ルーク、いくら可愛いと言っても魔物よ。言葉なんか通じるの?」
「ん? それもそーだな… だったら、どーしたもんかな」
「確かチーグルはかつて始祖ユリアと契約し、その力を貸したと伝えられている魔物です」
「なるほど… でしたら、何らかの手段で互いの意思を疎通できてもおかしくありませんね」
イオンが進み出てルークとティアに聖獣チーグルの伝説について説明する。
それにセレニィが同意する形で続く。
二千年前の伝説など全く信じていないが、イオンが言うなら真実であるという前提で動く。
セレニィは、屑は屑でも想う人にはそれなりに一途でほんのり健気な屑なのである。
「……おまえたち、ユリア・ジュエの縁者か?」
イオンとセレニィの仮説を肯定するように、しゃがれた老婆のような声が奥から響く。
声がした方向へ松明を向けると、そこには一匹の年老いた様子のチーグルが立っていた。
手には金色に輝く輪っかのようなものを持っているが、先ほどの声の主なのだろうか?
セレニィが考えている間に、イオンは穏やかな表情で年老いたチーグルの前へと進み出る。
「はい、ローレライ教団の導師イオンです。あなたはチーグル族の長とお見受けしましたが」
「いかにも」
……やはり先ほどの声の主で間違いないようだ。あの輪っかに不思議な力があるのだろうか。
それを確認したルークがイオンの隣に並んで、長に語りかける。
「言葉が通じるなら話ははえー。……おい魔物、おまえらエンゲーブで食べ物を盗んだろ」
「なるほど。それで我らを退治に来たというわけか」
「へっ、盗んだことは否定しねーのかよ」
ルークが怒りを滲ませた瞳でチーグルの長を睨み付ける。
それを制したイオンが何故そうしたのかを長に尋ねると、彼は事情を語り始めた。
チーグルの仲間が北の地で火事を起こし、この地にライガなる肉食獣を流れ込ませたこと。
そして怒りに燃えるライガはチーグルを捕食しようとしたこと。
代わりに
それらを聞いてセレニィは思った。
「(うん、100%自業自得だな!)」
殺されないために手段を講じる必要があったとはいえ、不用意に人間の村まで巻き込んだ。
思いっ切り喧嘩売ってる行為だし、セレニィはそのせいで容疑者として捕まったりもしたのだ。
個人的な怨恨も含めて同情の余地ゼロである。ギルティである。
「……しかし、それは本来の食物連鎖の形とはいえません」
「えぇ、イオン様の仰るとおりです」
「セレニィ…」
そして話し合いを続けるイオンたちの間に、彼の意見を支持する発言を以って割り込んだ。
明るい表情を浮かべるイオンに背中を押される形で、セレニィは言葉を続ける。
「なので、本来の食物連鎖に則って速やかにライガとやらに喰われてきて下さいね」
セレニィは長にそう言った。彼女のその発言に、周囲は重苦しい沈黙に支配される。
……はて、何かおかしなことを言っただろうか? 彼女は首を傾げる。そして気付いた。
あ、仕事の話かと。
「あぁ、ご安心下さい。経緯についてはエンゲーブのみなさんに説明しておきますから」
しかし沈黙は解除されない。彼女はますます分からなくなり、再び首を傾げる。
そこに、なんとか再起動を果たしたイオンが口を開いた。
「セレニィ… それではチーグルたちが死んでしまいます」
「え… え?」
セレニィは悲しそうなイオンの表情と声に思わず動揺する。
いきなり人間の食料を盗み出して、食物連鎖に全力で喧嘩を売ったのはチーグルの方である。
それを是正せよというのであれば何よりチーグルの処分こそ優先すべきに思えるのだが…
セレニィは全力で考える。イオンの言っていることだから出来るだけ理解したい。
そしてその思考に光明が刺した。
「(あ、この世界の『食物連鎖』って『生態系』って意味なのかな? だったら通じるし)」
食物連鎖はすごく大雑把に言えば弱肉強食を原則とする循環システムである。
植物が光合成をしつつ草食動物に食べられる。そして草食動物は肉食動物に食べられる。
動物の糞尿や死骸が植物を育てて空気を保っていく… とまぁ、大体そんな感じだ。
一方、生態系は特定の環境下における生物相を示す。
考えなしに外来種を放流してしまったら、在来種が大打撃を受けるのは日本では常識だ。
アメリカザリガニ、ブラックバス、ブルーギル… どれも恐るべき強健種である。
なるほど、確かに現在この森の生物相はおかしくなっている。主にチーグルのせいで。
彼らが喰われても已む無き事件ではあるが、生物保護という観点からは問題が残る。
ましてイオンは教団のトップ。小さな森とはいえ特定生物の絶滅を指示するのは外聞が悪い。
「ごめんなさい、イオン様。私、分かりましたよ!」
「分かってくれましたか、セレニィ」
「はい。……チーグルのみなさんは早速旅支度を整えて下さい。新天地を目指すのです!」
「……違います。そうじゃありません」
これも違ったのか。セレニィは内心で頭を抱える。
え? なに? じゃあ100%被害者のライガを退治するの? それってちょっとひどくない?
やはり教団のトップたるもの、時に冷酷さも求められるのだろうか。
セレニィはまた一つ異世界オールドラントの厳しい常識を学んだ気がした。
見かねたティアが声をかける。
「ね、ねぇ… セレニィ。こんなに可愛いチーグルたちが可哀想だとは思わない?」
「え? 全然。というか、可愛い可愛くないはこの場合の判断材料にならないと思います」
「それは…」
もし萌えな美女や美少女が生贄にされそうというなら全力で阻止するが。
内心でそう思いつつティアの言葉を否定する。
あ… ひょっとして、可愛さや美しさがかなり優先されてしまう世界観なのかな?
そう考えると今までのティアの態度に符合する点も散見できそうだが。
今の自身の美醜を客観的に判断はできないが、ルークは議論の余地なくイケメンだ。
気になってきた。確認しよう… そう思ってセレニィは口を開く。
「私やルークさんが顔に傷でも負った場合、ティアさんの中では仲間解消なんですか?」
「そんなわけないじゃない! 冗談でもそんなこと言わないで!」
「……そっか。良かったです」
思ったよりも確認した時に不安になって、そして否定された時に安堵した自分自身に驚く。
意外と彼らに感情移入をしていたのだろうか? こんなのはまったくもって、“らしく”ない。
そこにイオンが恐る恐る口を開く。
「どうしたんですか、セレニィ… ひょっとして、かなり怒っているのですか?」
「そ、そうよ。どうしたの? 昨日はケリーさんたちだってあっさり許したあなたなのに…」
「……え?」
別に怒ってはいない。カルチャーギャップにひたすら振り回され困惑しているのは事実だが。
チーグル? アレらについては呆れを通り越して論外です。怒りすらも湧いてきません。
でも、そうか… 第三者から見ればそう思われても仕方ないか。どうやって誤解を解こうか。
悩みながら髪を弄っていると、それまで沈黙を保っていたルークが呆れたように口を開く。
「ったく、他人事かよ。……出会ったばかりのイオンはともかく、ティアまでさ」
「……どういうこと?」
「セレニィが怒るのも無理はねーよ。俺だって同じ気持ちだ」
ルークを睨み付けるティアであったが、逆にルークに真っ直ぐ睨み返される。
よく分からないけど自分は怒っていたのか。ルークがそういうならそうかもしれない。
そう思いつつセレニィは彼の言葉に耳を傾ける。
「こいつら一言も謝ってねーじゃねーか。退治されるような悪いことだって知ってたんだろ?」
「そ、それは…」
「なのに黙って聞いてりゃまるで被害者のように振る舞いやがって… ムカつくんだよ!」
長を指差しながらルークは怒鳴る。ティアもイオンも返す言葉もなく項垂れる。
確かにチーグル側から一言も謝罪がなかったのはずっと気になっていたのだ。
普通は悪いことをした自覚があるなら第一声は「ごめんなさい」だよね。
謝らなければそもそも許す許さない以前の問題だろう。偉いぞルークさん。そのとおりだ。
セレニィは内心で拍手喝采を送る。
今ならルークさんに抱かれてもいいかも… いやいや、やっぱホモはNGで。
「被害者はどう見てもセレニィや村の連中だろーが。俺の言ってること、間違ってるか?」
イオンもティアもルークの言葉に何も返せない。
そしてセレニィはそれを聞いて腕を組みながら上機嫌な表情でウンウン頷いている。
とても怒りをこらえている人間の態度には思えないが、それは流しておこう。
「……いえ、間違ってません。……僕が軽率でした、申し訳ありません」
「フン! 分かりゃいーんだよ。つってもセレニィが許さなけりゃ俺も許す気はねーけどな」
「ごめんなさい、セレニィ。謝って許してもらえることじゃないかもしれないけど、私…」
口々にセレニィに謝罪するイオンとティア。それに困惑するのはセレニィの方だ。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ。私は怒ってませんし、許すも許さないもないですよ」
「ですが…」
「……本当に気にしてませんから。それにイオン様やティアさんが謝るのは違うでしょう?」
困惑のままに苦笑いを浮かべる。
繰り返すが彼女自身は別に怒ってはいないのだ。チーグルに呆れてはいるが。
確かに村で世話になったローズ夫人やケリーについて考えれば、思うところはある。
しかし、それすらも絶対保身するマンからみれば所詮は他人事である。屑ゆえに。
屑は自分に被害が及ぼされなければ割と心が広いのだ。
セレニィとしてはイオンは勿論のこと、ぞんざいな扱いをしてるがティアも嫌いではない。
好きか嫌いかどちらかと問われれば好きであるのは間違いない。
萌えに値する美少女であるし、少なくとも自分には終始優しい態度で接してくれていた。
……割りと常識ぶっ飛んでるのとたまに目付きが怖いので余り近付きたくないだけだ。
むしろ、放置されっ放しで目の前でホームドラマ見せられた長に同情しそうにすらなる。
……いや、やっぱないな。チーグルは滅んでいいと思うよ、割りとマジで。
北の地で火事を起こしたことは事故と考えても、食料を盗んだ件は弁解の余地ないし。
そんなことを考えつつ、セレニィはこの居心地の悪い空気を払拭するため話題転換を試みる。
自分の好きな人達に自分のせいで頭を下げさせたくないといういかにも自分本位な理由で。
「そ、それより今後について相談しませんか?」
「そーだな。つっても事件の真相は分かったわけだしなー」
「ですねー。私としてはこれから村に戻って調査結果の報告とかしたいなって…」
「それなんですが… チーグルは教団の聖獣です。やはり、僕はその解決に力を注ぎたい」
「イオン様…」
イオンの悲壮な決意に思わず手を伸ばしかけたティアは、寸前でグッと堪える。
その様子をルークはつまんなさそうに見遣ってから「けっ!」と視線を逸らした。
え、何この空気。ますます重くなったんですけど。俺? 俺のせいなの、これ?
所詮は小市民。重くなった空気に慌て出す。そっとイオンらの顔色をうかがう。
「(あかん… イオン様の目が、本気と書いてマジだ…)」
このままでは一人でも特攻しかねない危うさがある。下手すりゃティアさんも一緒に。
現状3人でも割りと一杯一杯なのにティアさんまで欠けたらマジでヤバい。
むしろ自分は戦力としてはマイナスな足手まとい野郎なのだ。
いくらルークさんが強かろうともやはり限界というものがある。死亡フラグがマッハだ。
何より美少女を2人も喪いかねない選択肢など取れるはずがない。
「はぁ… となれば、現状の解決のためにみんなで知恵を出し合いましょう」
「セレニィ…!」
「……いいのですか?」
ため息を吐きつつ苦笑いとともにそう宣言する。
それにイオン様とティアさんが顔を上げる。
いいのかって? いいわけがない。泣きたい。心の底から泣きたい。
「おい、セレニィ」
でも…
「しょうがないじゃないですか。……今は私たち、仲間なんですから」
そう言って、乾いた笑顔で薄っぺらい嘘を重ねる。
仲間云々はともかく、チーグルのためというのが全くモチベーションが上がらないが。
ルークはそんなセレニィを見詰めてから、不承不承頷く。
「すまぬ、人間の娘よ。迷惑をかけておいて図々しいが、どうか我らを救って欲しい」
「……まぁ、私なりに善処はします。他のみなさんもいますし」
そこに空気を読んだのか、長がそう言ってきた。
いい感じですよ、長さん! 助けようというモチベーションが5%くらいUPしました!
そう考えながらセレニィは大してない頭を絞らせることになる。
「(拝啓 いるかどうか定かならぬお袋様)」
彼女は方策を練りながら、いるかどうか分からない自身の母親を想う。
「(やっぱり人生って糞なんじゃないかと最近とみに思います)」
胃が痛いです。
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