TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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103.ターニング・ポイント

 一方その頃、モース様に(ふん)したセレニィとライナー君はどう過ごしていたかと言うと…――

 

「というわけで、アクゼリュスの地盤崩落の件での救助活動の再開をするように」

「はい! 仰せのままに、モース様」

 

「可能な限り速やかにね。えっと、滞っている… んですよね? 多分」

「えぇ、まぁ… 崩落以降は新たな動きもなく」

 

「救助活動の状況に関しては、被災者のプライバシーには極力触れない範囲で逐一ダアト市民にも情報公開していく流れでお願いしますねー。……今度は途中で投げるなよ、絶対にだ」

 

 ……意外と真面目に仕事をこなしていた。

 

 なにせモース様(中の人)ことセレニィは、執務机の影に身を隠している状況。

 つまり、書類に目を通すことは出来ない。流石のセレニィさんも透視能力は使えないのだ。

 

 使えたら使えたで頻繁に悪用を試みてはしっぺ返しを食らっていそうではあるが。

 ともあれ、現状ライナー君から書類を受け取って読み解く手段がないのは確かである。

 

 手鏡でも持っていればまた話は別だろうが、肝心要の荷物一式は舞台参加時に置いてきている。

 かといって、迂闊に近付かれてモース様(外の人)の状態に気づかれでもしたら一発アウト。

 

 ――ならば、どうするか?

 

「(決して近付かせないよう、めちゃくちゃ頑張って仕事を(さば)くしかないッ!)」

 

 つまり、口頭指示一択である。瀬戸際すぎる防衛戦術ですらない何かのスタートであった。

 

「(あとはなんかこう、ふわっといい感じに解釈したラン… ラン…? そう、ランランルー君がなんとかしてくれる。ヘルプミー!)」

 

 薄々これがただの遅滞戦術に過ぎない、ということを理解しながらも必死に舌を回すセレニィ。

 

「なるほど。実際に動くさまを見せつつ民衆も味方にしていくというわけですね?」

「……うむ、そのとおりだ。よく分かったね」

 

「民意を(あお)ることで後々に義捐金(ぎえんきん)なども(つの)れますしね。流石モース様、抜け目のない手腕です」

 

 実際には今度は途中で止めさせないように、と外部から監視させようと思っただけである。

 とはいえ、彼の微妙な勘違いを正す余裕などタイトロープ上で踊るセレニィにある筈もない。

 

 遅滞を試みる部隊“自分”、救援の当て“未来の自分”というオールキャストセレニィ状態。

 彼女は、常に未来の自分に負債を押し付けることでしか生きられない脆弱な生命体なのだ。

 

 そんな内心の(ある意味)お祭り状態を知る由もないライナー君は、書類を捲りつつ口を開く。

 

「となると情報部のメインの活動拠点がここダアトから、アクゼリュス方面に移ってしまうことになりますが? つまり現在の活動内容については継続困難と言わざるを得なくなり…」

「やむを得まいね! 彼らも世界にとって必要なことだと理解してくれるはずだよ、君ぃ」

 

「なるほど… セレニィという些事(さじ)にこだわり真に我等が為すべき大義を見落とすべきではない、とそう仰るのですね? 流石はモース様です」

「えぇ、そんな感じです。よく分かりま… 分かったね」

 

「やっぱりモース様はすげぇや…」

 

 すると思わぬ方向からいい感じに話が転がってくれた。

 

 思わず「それ採用!」と叫びそうになった衝動を抑えつつ、彼女なりに重々しく頷いてみせる。

 無論、モース様(外の人)は微動だにしないままであるのだが。

 

「(フフ… 人類も捨てたものじゃないかもしれませんね。ありがとう… ありがとう! ライ… ライ… ライなんとかさん!)」

 

 溢れんばかりの感謝の想いが熱い(しずく)となって零れ落ちそうになる。

 

 優しい笑顔を浮かべつつ、(まなじり)を指先でそっと拭いながらも暖かな気持ちに包まれるセレニィ。

 ミュウも笑顔でそんな彼女の様子を見守っている。

 

 この溢れてくる穏やかな感情… コレこそが愛。恐らく人類愛的なサムシングである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですので、後任に導師守護役(フォンマスターガーディアン)を据えて引き続きセレニィを社会的に抹殺し続けましょう」

「どうしてそんなこというの?」

 

 やっぱり人類ってクソだな、セレニィは心からそう思った。

 

 持ち上げられたメンタルが高いところから叩きつけられ、瞳から輝きを喪ってしまったのだ。

 目が死んでしまった彼女を、その体毛をより青くしながら震えつつ見守るミュウ。

 

 もとより優しくない世界だと分かっていたはずだった。

 勝手にぬか喜びをして一人芝居に踊りくれていたセレニィサイドにも問題はなかっただろうか?

 

 しかし、それでも、その表情は悲し過ぎてかける言葉さえも見つからない有様であった。

 

「ご安心ください。確かに一部を除いてエリート意識が強く扱いにくい連中ですが、もとより仕事を求めていたのは彼女たち自身。どのような仕事だろうと文句を言える道理はありません」

 

 一方、説明を求められたと解釈したライナー君は自信満々に言葉を紡ぎ始める。

 

 ちょっと黙ってろよオメー、と思いつつ口を開く気力すら根こそぎ持ってかれた形のセレニィ。

 どこか投げやりな気持ちで彼の薀蓄(うんちく)を右から左へ聞き流す構えを見せる。

 

「そもそも、1月(レムデーカン)の折の事件でむざむざと導師イオンを誘拐させてしまったのは彼女たちです。アレでどれだけ市民が動揺し、また救助の任に当たった人材が損なわれたか…」

「……?」

 

「導師を守護するという唯一にして最大の任務すら果たせなかったのです。そんな彼女たちに任せられる仕事などあるはずもなく、冷や飯食いに身を(やつ)すのも(むべ)なるかなといったところでしょう」

 

 聞くとはなしに聞き流してみれば、その内容にはどことなく覚えのある話であった。

 か細い糸を手繰り寄せるようにポクポクチーンと脳の記憶野を引っ掻き回し、はたと思い出す。

 

「(それ、ジェイドさんがわざわざ暴動引き起こしてイオン様を(さら)ってきた事件じゃねーか!)」

 

 謎の居心地の悪さがセレニィを襲う。仮にも仲間のやったことである。

 あの一件にセレニィは関与していないとはいえ、気不味さや後ろめたさは若干覚えようものだ。

 

 そもそも誰が悪いかと問われればジェイドS・カーティスとかいう畜生眼鏡が一番悪いのだ。

 アニスさん? 可愛いから無罪! 以上、解散!

 

 そんな脳内会議を開いて現実逃避に(いそ)しむモース様(中の人)にライナー君が声を掛けてくる。

 

「そうは思いませんか? モース様」

「え? あ、うん… でも、ホラ、相手が相手だから仕方ない部分もあるんじゃないかなって」

 

「なんとお優しい!」

 

 優しいも優しくもないもない。セレニィは基本自分が何よりも大事な保身主義者である。

 確かに後々の流れを見れば、イオン様を連れ出すべきだったことも理解を示せる。

 

 しかし暴動を引き起こした挙げ句、無断で導師を()(さら)うのはいくらなんでもやり過ぎである。

 それは例えるならば、焚き火を(おこ)すための着火剤としてミサイルをぶっ放したような暴挙。

 

 かてて加えて、その割りを喰う形になったのがアニスの同僚である導師守護役(フォンマスターガーディアン)の人々だ。

 

「(ティアさん情報によれば見目麗しい若い女性で構成されたメンバーだったはず…)」

 

 別に見目麗しいとまでは言っていないが、概ねそのとおりである。

 そんな彼女たちを、美人や美少女に弱いセレニィが果たして見捨てることが出来るのだろうか?

 

 ――否! 断じて否である。

 かような決意を固めたセレニィの耳にライナー君の紡いだ言葉が届けられる。

 

「だからこその任務です。……成果次第では彼女たちの汚名返上にも(つな)がることでしょう」

 

 些事(さじ)と切り捨てられるような汚れ仕事で回復するような名誉などたかが知れている。

 

 そんなことは、他ならぬライナー自身が誰よりも正しく認識している。

 内偵の真似事を押し付けられ、(てい)よく便利使いされている現状が何より雄弁に物語っている。

 

 けれど、それが一体どうしたというのか。そんな想いを胸に秘め、彼は笑った。

 

「(モース様の理想のため、ローレライ教団のためならば道化にでもなんでもなってやるさ)」

 

 しかし、そんな彼に返されたモースの言葉は無情溢れるものであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ランパード君… 君には失望したよ」

「……なっ」

 

 予想だにしない返答にライナーは思わず絶句する。名前を訂正することも忘れて。

 それさえ忘れなければ「むしろおまえに失望したんだが?」と切り返せたかもしれないのに。

 

 ともあれ、その言葉が意味するものを理解した彼は足元が崩れ去るような感覚に陥った。

 

 所詮出すぎた行為だったのか? 自らの矮小さはよく心得ている。

 それでも、僅かなりとも力になりたいと思うことすらも高望みだったのだろうか?

 

 暗い思考が頭の中を駆け巡っている彼に、モース様(中の人)は言葉を続けた。

 

「そもそも… 誰か一人弱いものを作り、犠牲にしようという考えが私には受け入れ難い」

 

 言わずもがな、モース様(中の人)の中で弱いもの=セレニィ(自分)である。

 彼女は、何かあったら常に自分が皺寄(しわよ)せが来るオールドラントの現状を心から憂えていた。

 

 デッドリー過ぎる世界観に心から物申したい。

 危機的状況に(おちい)った際の原因は、半分は自業自得だったりするのだがそんなことは関係ない。

 

 何故ならば自分にとって都合の悪い現実は、全力で記憶の彼方に投げ()てているからだ。

 とにかくマジで辛い。そろそろなんとかして欲しい。

 

 そんな万感の想いが込められた言葉であった。

 そしてその想いはライナー君に伝わることとなる。……斜め上の方向で。

 

「(そうだったのか… モース様は既に決めておられるのか。誰一人犠牲にはしない、と)」

 

 勘違いである。

 

 確かにセレニィは言った。弱いものを犠牲にするのは間違っているんじゃないか的なことを。

 だが、『誰一人犠牲にしない』とは言っていないのだ。

 

「だから導師守護役(フォンマスターガーディアン)の彼女たちには、彼女たちに相応しい輝ける場所を任せたいと思う」

「……なるほど」

 

「なにか懸念材料でも?」

「いえ、素晴らしいお考えかと」

 

「その割りには歯切れが悪いようだが… 何か気付いたことがあれば遠慮なく言って欲しい」

「では、僭越(せんえつ)ながら…」

 

「うむ」

 

 出来ればモース様のお考えを否定したくない。しかし求められた以上は仕方がない。

 促されたライナー君は不承不承(ふしょうぶしょう)といった具合に口を開く。

 

 汚れ仕事を()けるとあらば現状、教団内部で余っている仕事はないこと。

 よしんば人手(ひとで)が足りない部署があったとして、部外者を受け入れる余裕はないであろうこと。

 そして、それらに依らず新たな部署を新設するならばそれ相応の手間と予算がかかること。

 

 これらのことを懇々(こんこん)と説明した。

 

「(モース様は残念がるだろうか? 表情を曇らせるだろうか? ……いや)」

 

 ライナー君は確信する。祈りを込めてモース様(外の人)を真正面から見詰める。

 それでもモース様なら… モース様なら、きっとなんとかしてくれると。

 

 そんな彼の願いに快く応えるようにモース様は…

 微動だにせぬまま悠然とした佇まいでライナー君を見詰め返してきた(気がする)のであった。

 

 そして、その期待は正しく叶えられる。

 

「なんだ、そんなことかね。大丈夫だ、私にいいアイディアがある」

「本当ですか! 流石はモース様!」

 

「我が名の下に全てを許可しよう。何かあった場合の責任は全てモース様… もとい私が取る」

 

 全力でモース様(外の人)に負債をおっ被せることにした。

 世界が全力でセレニィを殺しに来るならば… 道連れを増やせば良いのだ。

 

 繰り返すが、セレニィは『誰一人犠牲にしない』とは言っていない。

 むしろ人一倍性悪な彼女は一度受けた恨みは決して忘れない。逆恨みもする。そして時に自爆する。

 

 しかも、これだけモース様が落ち目になっている状況などそうそうあるものではない。

 むしろここで油断して、ちょっと目を離した隙に復活でもされればどうなることか。

 

 再び暗殺者が送られたり、アクゼリュスの時のような陰謀に陥れられたりするかもしれない。

 そうなったらどうなるのか? 死ぬ。完膚なきまでに死ぬ。主にセレニィが。

 

 むしろセレニィだけが死ぬ。

 色んな意味で(たくま)しすぎる他の仲間たちが死ぬ未来が見えない。マジで。

 

 仲間たちにとっては、ほんのり悲しい出来事として記憶に刻まれるのが精々だろう。

 なんやかやで彼らはその後も順調に旅を続け、やがて世界を救うのだろう。

 

 そしてセレニィは思い出になるのだ。無様な脱落者として。

 

『セレニィ、そっちの居心地はどうだ。……元気してるか?』

『……いいヤツだったよな、セレニィは』

 

『でも死んじゃった。やっぱりこの世界はさ、平等じゃないってことなんだよ』

『いやぁ、悲しいですねぇ。悲しみのあまり涙が止まりませんねぇ… ははははは!』

 

『ほら見て、セレニィ。みんなあんなに悲しんでるのよ? なのに貴女は…』

 

 とかそんな感じで命日とかに仲間たちからお墓なんかに語りかけられるのだ。

 そこに私はいないと霊体のまま主張しても決して顧みられることなく。

 

「(冗談じゃない! ならばモースさん… 貴様も道連れだ! あと眼鏡ぇ! この野郎!)」

 

 まるっきり悪役である。しかし、だからこそこういう時のセレニィは止まらない。

 モース様が完全に失墜してこそ彼女も枕を高くして眠れるというものなのだ。

 

 溺れる者の足を積極的に引っ張り更に溺れさせることで、二度と浮かび上がれないようにする。

 それが今、彼女が全力で成し遂げようとしている計画である。

 

「(人道支援継続やら導師守護役の人々に仕事と予算を割り当てるのは無理がある? 実に結構! それをゴリ押しすればするほどモース様の立場は悪化するんですからねぇ? あっはっはー!)」

 

 ……という、この思考。まさに外道!

 

「し、しかしそれでは余りにモース様が…」

「くどい! むしろそれが目的… もとい私のことなどどうでもいいのだ!」

 

「! ですが」

「被災者の方々は今も苦しんでいるのだ。時には拙速が尊ばれることもある… 今この時こそが、まさにその時だとは思わないかね?」

 

「それは…」

「予算のことなら心配しなくても良い。そも教団が蔵に金を積んできたのはこのような日のため。使わぬまま、ただ積み上げられることを目的とされる財貨ほど無意味なモノはない」

 

「なっ! し、しかし! それでは他の詠師の方々の反発は免れませんし教団にも混乱が…」

「一向に構わんよ。“ソレ”こそが私の真の狙いなのだから… と、そう言ったらどうするかね?」

 

「どういう… 意味でしょうか…」

 

 己の喉がカラカラに乾いていくのを自覚しつつ、ライナー君は言葉を振り絞る。

 視線の先にあるモース様の隠れた口元が笑った… 気がした。

 

 確かに中の人になっているセレニィはノリノリであった。

 自分がどれだけヤバい橋を渡っているかキッチリ自覚しており、断続的に胃痛に苛まれている。

 

 しかし、これだけノリノリで口を回しているのは一体いつ以来だろうか?

 なんだか船の上でヴァンを丸め込んだ日のことを思い出してしまう。

 

「(アレは楽しい記憶だった… 楽しかったんだよね、アレ? なんか胃痛の記憶しかない)」

 

 セレニィにもちょっぴり錯乱の傾向が見られる。

 悲しいことにメンタルケアの発展が芳しくないオールドラントでは自己責任で治療して欲しい。

 

 そしてセレニィは「もうどうとでもなーれ♪」とばかりに大風呂敷を口にする。

 

「このローレライ教団を、一度ぶち壊してやるのさ」

「な…っ!?」

 

「無論、そのための出血は惜しまんとも。自身の“ソレ”も含めてね」

「モース様! 今、ご自分がなんと仰ったか…」

 

「理解している。理解しているさ。あぁ、理解しているとも。だが逆に問うがね、ライム君」

「……ライナーです」

 

「君はいいのかね? 救うべき者を救わず、弱き者の頭を押し付ける今の在り方のままで」

 

 真っ直ぐ見詰められた(錯覚です)上での問いかけに、しかし、ライナーは即答できなかった。

 思うところがない、といえば嘘になる。だが、しかし… それはあまりにも。

 

 そんな彼の内心の葛藤を見透かしたように、笑いをこらえた声音でモースは言葉を続けた。

 

「なに… 私もすぐにどうこう、とは思っていないとも。悲しいことだがね」

「モース様…」

 

「だけど次代を担う若人たちのきっかけの一つになれればと、そう思ってもいるわけだ」

「………」

 

「そして… そのためならばこのモース、いくらでも捨て石になってみせる覚悟だよ」

 

 思ってもないことをいけしゃあしゃあと言ってのける。

 そんな吐き気を催す邪悪がそこには存在した。

 

「(……よし、ここまでやればモースさんは完全に終わるだろう。グッバイ、モースさん)」

 

 セレニィは内心ガッツポーズを決める。勝手にモースさんの成仏を祈る悪辣外道ぶりである。

 

 勝手に新たな部署を創設して導師を差し置いて導師守護役に仕事を与える。

 凍結していたアクゼリュスの支援計画を独断で再開させる。

 そしてそれらの予算には教団の金庫を(勝手に!)フル解放して当たらせるというのだ。

 

 問題にならないはずがない。どれか一つでも大問題なのに3つもやってのけるのだ。

 その際に少なからず発生するであろう教団内の混乱に手を取られる、というオマケ付きで。

 

 その結果、モースは完全に失脚する(おちてゆく)だろう。……二度と浮かび上がれぬ奈落の底まで。

 

 教団支給の制服着用で他国の公爵家に眠りの譜歌(ナイトメア)使用の上で押し入り秘預言(クローズドスコア)に詠まれた公爵子息の目前で己の肉親を殺そうとした人はクビにもならず許されているが、きっと失脚するだろう。

 

「(いや、ここまでやれば流石にするよね? 失脚。……す、するよね?)」

 

 バチカル王城の会見終盤での出来事… 身内にダダ甘な温情判決を思い出してしまう。

 一抹(いちまつ)の不安が脳裏をかすめるが、しかし、もう止まることはできない。(さい)は投げられたのだ。

 

 とはいえ、一応念には念を入れて止めを刺しておこう。

 

「不退転の決意の証として、私の有する全ての財産を優先的に提供することとしよう」

「ハッ!? ど、どうかお考え直しを! モース様こそ次代に必要な方なのです!」

 

「自ら血を流す覚悟なくどうして変革がなせようか? 耳を傾けて貰うのに必要な措置だよ」

「それは、確かに… 詠師の方々の弾劾の矛先も鈍るかもしれませんが…」

 

「そのとおりだ。だから後からモースさ… 私が『そんなこと言ってない』とかほざいても断固として執り行うように」

「そこまでのお覚悟で… 分かりました。不詳このライナー、しかと使命を果たします!」

 

「うむ、男と男の約束だ。マジで頼んだからね」

 

 しつこいくらいに念を押すと、やり遂げた表情でセレニィは汗を拭った。

 その表情は晴れ晴れとしている。

 

 淡い期待だが、モースさんが沈めば自分を殺そうとするどころではなくなるかもしれない。

 そして教団がぶっ壊れようが改革に成功しようが、それはもっとどうでもいい。

 

 前者ならイオン様を中心に別教団を作り直し、後者ならイオン様が戻って返り咲けばいいのだ。

 そんなことを考えつつ、彼女は達成感と疲労に身を委ねつつ大きなため息を吐いた。

 

「しかし、そうなると導師守護役(フォンマスターガーディアン)の彼女たちにはどういった仕事を割り振るべきか…」

 

 セレニィのため息に被さるように弱った声をあげたのは、誰あろうライナー君であった。

 なにせ潤沢(じゅんたく)、という言葉ではとても表現が足りないほどの莫大な予算を獲得したのだ。

 

 それを活かせるだけの仕事があるかというと、彼自身にもパッと思いつくことはなかった。

 

「つまりランドリーくん。導師守護役(フォンマスターガーディアン)は暇を持て余していると、そういうことなのかな」

「はい、仰るとおりですモース様。……あと、ライナーです」

 

「確か導師守護役(フォンマスターガーディアン)といえば美女や美少女ばかりで構成されているという、あの…?」

「はい。導師のお側に侍る以上、見目は勿論のこと教養や戦闘力も一流どころで揃えています」

 

「なるほどな…」

 

 その言葉を拾い上げたモース様の現在の中の人ことセレニィは一つ一つ確認していく。

 

 取り敢えず、予想通りに美女や美少女たちで構成されているということは改めて確認できた。

 では、彼女たちにどういった仕事を割り振るべきであろうか?

 

 しばらく考える。

 出涸らしの脳味噌でもがんばって絞り出せばちょっぴり名案も湧いてくるかもしれない。

 

「(うーん…)」

 

 しかし、先程までのやり取りで疲れ果てていた彼女の脳はカラカラ乾いた音を出すばかり。

 回し車で走り続けるハムスターのように一歩も進まぬ空回りを続ける状況に陥っていた。

 

「(いかん… もう何も思いつかない…!)」

 

 疲れてきた。甘いものが食べたい。

 このままではキラキラしたステージで活躍させてあげると約束した(※してない)彼女たちに申し訳が立たない。

 

 そう思った時、自然と口から言葉が漏れていた。

 

「よし、アイドルさせようぜ!」

 

 聞き慣れない言葉に目を白黒させるライナー君を尻目に、やっちまったと頭を抱えるセレニィ。

 

 ……しかし、しかしである。いかなる偶然であろうか?

 今まさにこの時こそが、この世界(オールドラント)に『アイドル』という文化が萌芽した瞬間なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 後世の歴史学者が書に記して(いわ)く。

 

『大詠師であり後の新生ローレライ教団の代表となったモースは不思議な二面性を有していた』

『保身に長けた老獪な政治家として、政敵を追い落とし自らの権勢を高めてきた慎重な一面』

『そして改革のためには、それら全てを(なげう)ってでも止まらぬ果断に満ちた闘争者としての一面』

毀誉褒貶(きよほうへん)定かならぬ身ながら新時代を作る一因となった重要人物であることは疑いようがない』

 

 後にモースを中心に結成されることになる新生ローレライ教団の草案。

 そして大きな教訓として歴史に刻まれるレプリカ戦争のきっかけ。

 

 そのほぼ全てが、腹心のライナーと行った密室での話し合いの中で生まれたものとされている。

 

 しかしそれらは幾星霜の時を経ようとも謎のヴェールに包まれている。

 この密室内の出来事についてはモースが生涯語ることはなかったし、主を(おもんばか)ったライナーもまた同様の態度に終始したからだ。

 

 ……その歴史的事件の真相は、恐らくこれからも明かされることはないだろう。

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