海に不幸にも入水した俺は、茶化されながらも鎮守府に戻ることができた。
海水ベトベト気持ちもがた落ち。いざシャワー。
一張羅な提督服は悲しいことに洗濯行きになるそうだ。
あのまま着続けていたらおっさんとまではいかないが、若い男の汗臭さがこびりついて取れなかったはず。臭いに敏感な若い女の子てんこ盛りの鎮守府では罵詈雑言が飛んできたに違いない。危ない所だった。
とはいえ着る服がないわけで、どうしようとかシャワーを浴びながら思っていれば、明石の声が水音に紛れて聞こえてきた。
「新しい服をもってきましたよー」
それはありがたいと反応を返すが、いや待てよ。昨日来たばっかりなのにどうして用意できたのかと、疑問符が頭に浮かぶ。嫌な予感がした。
「まさか君達が着るような、制服とかじゃないよね?そうなら絶対着ないし、もれなく単艦放置の刑だからな?わかってるよね?」
すると明石はしばらく沈黙。からのまさかぁと言った声が聞こえた。
「い、いやだなぁ、そんなわけないじゃないですかー。あ、サイズ違うかも知れないので確認してきますねー。あははー」
どうやら予想的中だった。またもや危ないことになりそうだったよ。明石の逃げるような廊下ダッシュの足音が聞こえてくるし。なに?君おかしいでしょ?なんで女装させようとしてきたわけ?うちの艦娘はやっぱりあたまおかしい。治療モトム。
まあ、ともかく、着る服がない状況下にどうしようもない。まさかすっぽんぽんで鹿島香取と授業とかもはや授業の意味合いがかわってきそうだ。と、再び悩ましい思いでシャワーを浴び続ける事はや数分。またもや明石がどもーと言ったノリで出現したようだ。
「サイズ確認したら、やっぱりこっちだなぁって思いましたよー。いやー危ない危ない」
危ないって俺の今後の立場もあるし、自分の保身に関してだよね?と、まあ胸に言葉を押し留め、ありがとうと変わりに言っておく。まあ何かしら用意してきたんただろう。一抹の不安はあるのだけど。
言い忘れてたけど、シャワー室もとい浴室は言うまでもなく男女兼用だ。正確に言えばそうじゃないんだけども。言うまでもないけど女性しかいないから、しかたなく兼用と言う名目で利用させてもらっているだけだったりする。とほほと思うが、鎮守府は女性社会だし、しかたない。うらやましいとか思う奴は、逆にその立場に置かれてしまえばいい。どうしようもなく落ち着けないぞ。
着替えがあるとわかったし、もう長居は無用だ。シャワーを止めて更衣室に。パンツにシャツといった下着はまああるし、問題は羽織物だが、いったい制服から変わって何を持ってきたのだろうか。
そうして着替えのかごを見れば、中には藍染めの長着袴が入っていた。うん。やっぱりおかしいよね。つまるところ洋服じゃなくて和服候でござそうろうだね。
「まあ…着れなくもないけどさぁ…絶対浮くよなぁこれ」
鎮守府に和服姿なんて正規空母勢と一部軽空母勢だけだ。そう考えれば浮かないとは言え、やっぱり気が進まない。つうか提督にあるまじき服装じゃん。
「でも、とりあえずは着るかァ。女装より数百倍ましだしなぁ」
こうして今日一日、長着袴の侍スタイルを強いられることになった。
*
さてはて、時間割通りだとお次は先ほども言った通り、鹿島香取の特別授業だ。時間割って言い方、すごく懐かしい。大学だとコマと言うんだよね。なんでだろう。
特別授業と聞けば講義する彼女らだけあって、こう、イケナイ授業を受けるようにも思えるが、そうじゃないのはもはや火を見るよりも明らかだと思いたい。彼女らはまあまともだといいけど。
こうして指定先の教室へレッツゴー。意外にも教育棟とかそういうのではなく、庁舎三階が教育スペースと化しているようで、行ったり来たりの気分だ。
どうやって入ろうかと思うも、結局は失礼しますと就活生のような動作で入室を決めた。出迎えてくれたのは、やはり鹿島と香取。先んじて到着してたのかと。そして、教室にポツンと一つ、寂しさを漂わせる懐かしい教室の机と椅子だった。
「なんか、居残りでもさせられている気分なんだけど」
寂しすぎるぞ教室。他の椅子机は掃除の時間如く、後ろにすべて並べられているわけで、無駄に広々スペースだ。長着袴に教室の椅子机、そして前には練習艦二隻と、まあなんともミスマッチすぎる光景でもある。
そんな事など気にもせず、いやむしろそう仕込んだから反応しないのも仕方ないかと、二人はそれぞれ口を開く。
「ご対面は初めましてですね。香取です。今日は二時間の間に、この国と今の状況を説明したいと思います。よろしくお願いしますね」
にっこりとバブみを感じる微笑みを見せる香取。そういえばうちの鎮守府に加えてから、一度も接点がないはずの艦娘だったと思う。それこそドロップした際に、ひょっこり顔を見せたくらいか。
さてお待ちかねであろう鹿島。鹿島は教卓に腰を掛けて、足組をして、香取と同じくにっこりのご様子。
「私はそれなりに面識がありますよね提督さん。ふふ、よろしくお願いしますね」
彼女もまあ天使のような笑みの事。さすがどっかの女王とか言われたこともあるね。
第一印象は、二人ともイメージ通りと言うか、普通過ぎる。これまで出会ってきた奴らのズレがひどすぎたのもあるが、ひとまずは安心できそうだ。でも、それにしたって鹿島、マジでそういう店の人に見えるので、まだ油断はできないんだけども。
「つうか、二人ともって贅沢だね。二人とも得意分野が違うとか?」
教えるのは一人でもいいんじゃないかとか思うので、思わず質問を投げかける。すると二人は顔を見合わせて、苦い笑いを漏らした。
「いえ、その、そういうわけではないんです」
鹿島の言葉に、香取が申し訳なさそうに反応する。
「はい…確かに過多なのは重々理解しております。現に、本来は鹿島だけの予定でしたけども、その…香取も御目通りしたくて」
ちょろっとギャップを見せてきた香取。イメージと大きくかけ離れた、異様な光景だ。異様と言うのは失礼か、意外だな。
「まあそういうことね。確かに香取とは全然話さなかったし、いい機会かもね」
「はい。だから躾けようととおもいまして…」
一瞬聞き間違えたのかと思った。は?いや、まって、おかしい事言わなかった?
「ん?いまなんて言ったの?ちょっと俺、良く聞こえなかったかなー」
聞き返すと、香取は依然と申し訳なさそうな表情を崩さず、いけしゃあしゃあと口を開いた。
「はい。だから躾けようと思ったんです。香取も練習艦なので、ふさわしいとお見せしたかったので。鹿島ばっかりずるいじゃないですか。だから、わからせたいんです」
やっぱり問題の言葉は、一言一句同じだ。さーっと、血の気が引く感覚に襲われた。
「か、鹿島。この人おかしいとおもう、助けて」
鹿島に助けを乞えば、鹿島は苦笑いを漏らす。
「御免なさい。私でも無理です。これはむしろ、提督さんがいけなかったと思いますよ?」
「え、俺のせいなの?」
予想外な言葉にぽかんとしてみれば、鹿島が補足してくれた。
「香取姉ぇ、着任してから意気込んでましたもの。提督を一人前にするんだって。でも、提督は香取姉ぇをずっと待機状態にしてましたし、その意気込みが空回りしちゃったみたいで、必要とされたくなっちゃったみたいです」
「そんなの仕方ないじゃん!?何隻艦娘いると思うんだよ!そんな数百隻の面倒見切れるわけないだろ!俺学生だし!そもそも香取全然きてくれなかったじゃん!」
事実そうなわけで、実をいうと俺は香取をイベントで手に入れることができなかったのである。その時期はめぐりあわせが異様に悪く、艦これを弄る機会がなかった事もある。
そんなこんなであのイベントは、空振りに終わってしまった。今でももったいないことをしたなぁと思っているが、ともかくその後、香取はそのドロップ率の難易度や建造率の低さ故に、鹿島より遅く着任したことになってしまった訳だ。
つまり、本来香取を育てていい期間を、鹿島につぎ込んでしまったことになる。特に女王ともいわれるその容姿に案の定ホイホイされた俺は、鹿島を育て練度は瞬く間に五十ほどになり、まあ育ってるかなと歯止めを付けれる程度になった。そう、いわゆる香取は結局鹿島が練習艦でいるからいいやと、育てることを諦めてしまったのだ。
その結果が、これである。香取は再び笑顔を見せてきた。
「さあ、始めましょう提督?特別授業を。きっと、香取のことも、よくわかってくれるとおもいますので」
香取の鞭は、ぎりぎりと音をたたてしなっている。これはアレだ、笑顔でキレてるってやつだ。
「お、お手柔らかに…ね?」
そうぼそりとつぶやくが、それが無駄だということは、この二時間の間に痛いほどわかったのだった。
*
こうして二時間にも及ぶ、特別授業は幕を下した。
幸いにも香取の鞭が俺に振るわれることはなかったが、口答えや質問はその鞭にかき消された。少しトラウマになりそうだ。
しかしながら、不幸中の幸いというか、鞭の恐怖にスパルタ的要素が加わったことで、大体のことはすんなり染み込んだ。いや、鞭で染み込んだわけではないけど、こう、防衛本能が学習能力を高めたんだろうね。
まずどこから話そうか。最初はやはり、世界観だろうか。
何を隠そう、この世界は俺の居た世界とは似て非になるものらしく、技術力も部分的に進歩しているようだ。詳しい年代は今の年代とそう変わらないと言うのが、ベストだろう。
次に艦娘についてだけど、これも明石が以前ちょろっと言った通り、一種のヒューマノイドだそうだ。
艦娘の発端は、まず諸説あるらしい。卵が後かヒヨコが後かの違いみたいなもので、深海棲艦と艦娘の発生はほぼ同時期らしい。ただ、艦娘の発生事例の原初は、来たる深海棲艦に向けて、こっちの世界では現在公園と化している戦艦三笠だと言う。彼女は当時まだ警察予備隊だった自衛隊と協力し、いまの均衡を保つことに成功したそうだ。つまり大本営には、我らが運営さんが居る様に、こちらの世界では戦艦三笠が艦娘の大元帥として鎮座しているそう。
もうここら辺から、眠くなってきてた。寝れなかったけどね。
ほかにもいろいろあるけど、おおよそ省いてまとめてしまおう。
今もなお戦いは続き、終わりない戦いを強いられているが、拮抗状態が長々と続いて、ゆったりとした戦争になっている。巻き返しはいよいよもって行われるが、まだその時ではない。そんな感じだろうか。
まあそこから割り出すと、今の俺に足りないところは指揮能力なのは変わらないようで、それを学ぶ時間はまだ許されている感じだろうか。いや、まあそれ以外にも粗を探せばいろいろ問題はあるとおもうけど、最優先事項は提督が提督である為に、どうしても必要不可欠な能力だろうね。こればっかりは後にまた、鹿島と香取がみっちり教えるらしい。
「あー憂鬱だ。また香取のスパルタを受けることを強いられるとはね…逃げたい」
昼休み、朝食と同じ席に座り、ぐったりと机に突っ伏すことしかできなかった。相席には朝食組が再び腰を掛け、それぞれ食事を楽しんでいる。
なお、長着袴はいじられ済み。瑞鶴に。加賀、グラーフは割りと嬉しい反応してくれたので、またもや瑞鶴が浮いた感じだった。瑞鶴ちゃんかわいそう。自業自得だがね。
「でも、それが提督なんだし割り切れば?提督さんただの置物に成りたいわけ?」
「瑞鶴は辛辣だなぁおい。いやそうだと割り切ってるけどさ、どうしても気持ちは乗らないわけでさ…」
「む?アドミラール。それはチマタでゴホウビというのではないのか?」
グラーフが口をはさみ、ズレたことを言い始めた。ドイツ艦たちはどうやら間違った常識を誰かに教えられているらしい。誰だ。漣か?
「グラーフ。お前は正しい日本を学んでくれ。クールジャパンは実際一部の人間しか受け入れられないんだ。いやこれはもうクールとかじゃなくてマゾヒストだわ」
「そう…なのか。ふむ」
どこか腑に落ちないようなグラーフだが、何を納得してしまっていたんだろうねキミ。
「そんなコトよりもアドミラール、ツギはシャゲキクンレンだな。サラトガがキョーカンになるそうだぞ」
サラトガか、確かに彼女は上手そうだ。こう、もってる艤装が某有名なサブマシンガンだしね。開く、撃てる。閉じる、撃てないと、某戦車映画のワンシーンを思い出す。マジものな虎1には感動したね。
「サラトガはそれこそ、最近一番伸び代があったな。うーん、香取みたいにおかしくなきゃいいけど…」
さっきの件はまあ妥協して自分が悪かったわけで、それに育成が関係してきたわけだ。だからこそ、サラトガみたいに最近ぼちぼちなレベリングをしていた艦の反応は確かに気になる。
多分、大丈夫だよね?と、大丈夫じゃなさそうなフラグを立ててみる。
朝食組は全員、何処か微妙な顔をしたのだった。
勘弁、してくれよ。
どうも、朝早くの投稿です。飛男です。
まず評価、お気に入り登録に感謝!まさか久々の投稿でこんなに伸びるとは思いませんでした。本当にありがとうございます。
そんな期待に答えたい!と、思ってはいますが、まだまだしばらくゆったりとした温度であと数話は物語が進行していきます。
また、今回の話では簡単な捏造設定が出てきましたが、はっきり言って無視でいいです。だって正しい世界観は、艦これにはないですがね。あなたの考えた設定が、あなたの艦これの世界観ですから。
では今回はこのあたりで。また次回お会いしましょう。