統治さんに言われた通り、私は大滝さんへと連絡をします。三回ほどコール音が響き、四回目が鳴っている途中、ガチャリと耳元で音がして、渋い男性の声が耳に入りました。
『はい、もしもし。大滝です』
「あ、大滝さん!蒼龍…ですけ―あ、いや、七星龍子ですけど…」
そう私が答えると、暫し間が空きます。夕張ちゃんの憶測は、早くも勘違いにだったの?と疑問が過ぎった否や、低く笑い声が聞こえてきます。
『お?結婚おめでとうってことか?いやはや、まだ俺は気が早いと思うがね蒼龍。俺達だってまだ、そんな話は出てないのによ』
へっへっへと笑いつつも、答える大滝さん。そ、そう捉えちゃっいましたか。悪い気はしませんが…って―
「え、えぇ!?い、いえいえそんな。私たちもまだまだ、そんな話は出てないですよぉ!?と、言うかカッコカリならしてますけど…結局はまだ仮約束なんで…って、あ、でも仮からはもうやめようと、望には言われましたけどぉ…」
『あーわかったわかった。わるかったよ。途中からノロケ言われても困る。冗談だよ、冗談。まったくおっちょこちょいなやつだな。で、珍しいな、七さんからじゃなく、お前本人から電話をかけてくるなんて』
その口ぶりからして、大滝さんも望を覚えていたようです。これで夕張ちゃんの憶測は的中したのかな?でも念のため、確認したいと思います。
「あの、七さんって望の事であってますよね?」
『それ以外に誰がいる?あっれ?俺、お前の前で七星の事を、七さんって呼んでたよな?』
さも当たり前のように言う大滝さんに、私は思わず安堵の息を漏らします。そんなため息が大滝さんにも聞こえているので、やはりと言うべきか、彼は疑問を投げかけてきました。
『どうした蒼龍?七さんに何かあったのか?』
「えっと…そうですね。まず順を追って説明しますが…」
私は大滝さんに、現状起きてしまったことを伝えます。望がいなくなってしまった事。それに応じてか、望の存在と記憶が改ざんされてしまった事。でもこちら側へ来た艦娘によって座標指定されてしまった方は、記憶改ざんが行われなかった事。すべてを伝えました。
大滝さんはしばらく黙りこんでいましたが、やがて口を開きます。
『本当の事なのか?奴の言葉を借りると、地元メンツの奴らが口裏を合わせておちょくってる訳じゃないのか?』
「いえ、それはないと思います。私の事を七星龍子として認識しているみたいですし、第一に望の家族ですら、私を娘だと認識しているようで…」
『ああ、だからお前、そう名乗ったのか。ふむふむ、なるほどな』
意外にも冷静さを保ちつつ、大滝さんは理解しようとしています。いえむしろ、冷静になろうとしている様子かもしれません。彼の声量が、さらに低くなっていますし。
『ともかく、連絡を取ってみる必要があるだろう。PCを開いてみたか?』
「いえ、それがまだ…。と、言いますか望のPCが開かないんです」
丸に棒の刺さったマークを押しても、望のパソコンはうんともすんとも言いませんでした。電源もちゃんと刺さってますし、動かないはずはないのですが…。
『なに?…奴が向こうに送られた際に、壊れたのか?…じゃあお前のサーフェイスではダメなのか?ってそうか。そもそもログインすらできないのか。と、なると…』
そう言い残し、大滝さんは再び黙り込みます。司令窓を開くためには、パスワードとアカウントが必要でどなたのパソコンでも現状開けないですし、八方ふさがりの状態です。
と、そんなことを思っていると、大滝さんは「あっ」と言葉を漏らし、再び喋り始めます。
『そうか…その手段があるな。おい蒼龍。お前確かメール遅れたよな?鎮守府によ』
大滝さんのその言葉に、私もまた「あっ」と、言葉を漏らしたのでした。
☆
さてさて、間もなく昼食を取る時間帯へと突入をするが、いまだ外ではわいのわいのと駆逐艦やら、軽巡の訓練中であろう声が、執務室の窓を通じて聞こえてくる。
現在、俺は執務室で待機中の身。すでに加賀と武蔵は退室をしている。退室したのはもう、一時間ほど前になるね。ちなみに女神さんは何故か残っているけど、気を利かせ話し相手になる事もなく、机の上でお昼寝中のご様子。頰を指でつつくとまるでマシュマロを突っついているようで、まあ愛らしい事。噛みつかれそうになったのは、内緒の事。
それでだ、武蔵と加賀が退室し、俺が一人でいる理由はごくごく単純。出れないこともあるが、武蔵と加賀にある依頼をしたのが大きい。あ、明石は普通に帰ったけどね。
長ったらしいが、まず順を追って詳しく説明していく。
今後どうこの鎮守府で過ごしていくのかも決めたことだし、それをスムーズに行う為にもまず、鎮守府内に俺がリアル着任したことを全員に知らせる必要がある訳で、要するにそうしなければ、自由に動けないのは言うまでもない。しかしながら、サプライズ的なやり方はもちろん悪手だろうし、現状俺がいる事を知っている艦娘達に他言無用としているのも、混乱を招かない為だし、結果的にサプライズだとそれでは何のためなのかって話になる。そんな訳で武蔵にこう頼んでみた。
「武蔵。今度は昼飯時に、俺がリアル着任したことをどうにか全員に伝えてほしい。あくまでも、口頭だ。俺はついていかない」
昼飯時には、文字通り多くの艦娘が昼食を取りに来る時間帯。小学校や中学校みたいに一同集合することはないにせよ、多くの艦娘が一斉に集まる頃合いだ。おそらく俺が此方に来るであろうと言いった、憶測は既に広がりつつあるはず。それにうぬぼれじゃないけど他愛ない話のネタにもなっていると思う。まあ浸透してなかったとしても、その事実だけは朝礼に出席をした艦娘なら、確実に把握はできているわけだ。
もちろん、そんな数時間の内にと思うだろうけど、鎮守府はあくまでも閉鎖空間。つまり学校でウワサが広がる感じと、さほど変わりないはず。
そうしたことを踏まえて、今度は口頭で俺が着任したことを知らせ、多くの艦娘にその事実を浸透させる。朝礼からのスパンは言わずと短いが、それを聞いた艦娘の大多数は『朝礼でそう話したのは、朝からその準備行っていた』と言った憶測を、ぼんやりと立ててくれるだろう。そうなれば、無論その速さ故にどよめきは起きるにせよ、すんなりと受け入れる事が出来るのではないかと、考えた訳だ。
もちろん、あくまでも憶測からの進行だ。うまくいくかの保証はない。それに客観的に見れば結局御託を並べても、『急に提督が此方へ来た』と見えるのも、理解はしている。でもいきなり目の前に現れ、提督だと名乗るよりは、はるかに混乱も少ないはずだろう。
どちらにせよ覚悟期間は長い方がいいと思うが、俺自身の存在を数日の間隠し通すのは、武蔵や加賀や明石以外にも見られている事から、信用してないわけではないけど無理があるとも思う。だからこそ、思い切って来たことを明かしてしまえば、うっかり口を漏らすこともなく、今後起こる混乱も少ないはず。もう初霜のように、叫ばれるのも勘弁してもらいたいしね。かわいかったけどね。
これらの思惑を孕み、その意図を話すと武蔵は納得し、快く引き受けてくれてた。もっともこうしなければ、俺が自由に動けないこともわかっているはずで、それに彼女的にも最悪の展開には、ならないと踏んだのだろう。よき判断に感謝。流石は武蔵だ。
さて次に、加賀にはまた別の頼みごとをしてみた。おそらく順当にいけば、もうそろそろ顔を出す頃合いだろう。
と、まあそう思っていると絶妙なタイミングともいうべきか、執務室をノックする音が聞こえてくる。ノックの回数は二回、間を開けもう三回叩かれる。すなわち、俺が加賀に頼み、こう叩くよう指示を受けた人物だ。
俺は机を離れ、そっとカギを開ける。ガチャリと音が聞こえたからか、扉はゆっくりと開いた。
「早く入ってちょ。まだ、ばれちゃいけないから」
そう俺が言うと、薄黄色の着物に身を包んだ艦娘―まあお察しかもしれないが、飛龍が姿を現した。おおう、入るや否や表情はむっとしているな。
「…言いたいことはわかる。その、仕方なかったんだよ」
いきなりの謝罪から会話が始まるが、これが事実だからどうしようもなかったのだ。俺は確かに飛龍と約束を交わしたが、故意ではないにせよ、破ってしまった。
「…私もそこまで分からず屋じゃないけど、やっぱり少しはむっと来ちゃうから。これも、仕方ないわよね?」
そう言葉を交わすと、俺は書斎机の椅子へと戻り、飛龍はその前で腰に手を当てる。
「事情は聞いたか?加賀に」
「聞いたわ。その…にわかに信じがたいけど、きっとそうなのよね?結論的に、その子が望君を連れてきちゃったってことでしょ?」
飛龍はそう、女神さんに視線を向けていた。一方連れてきやがった当の本人はすやすやと健やかや寝顔で、よく眠っていらっしゃる。まあ悪意がないし、こいつの所為って決めつけるのも、おかしい話なんだが。結果的にそうだから致し方ない。
「まあそうなる。で、理解してると思うけどさ、俺、帰れんのよ」
「うん。わかる。どうするの?ここで永住しちゃうの?直接指示出すの?」
「しません。帰ります。でも帰れない。要するに手を貸して。一番の付き合い長いやつ、お前だろ」
「いやです」
「そうか。じゃあ泣くね。君にしがみ付き、わんわん泣く。おうぢがえりだぁいってな」
そう俺が答えると、飛龍は「気持ちわるっ」とつぶやき、どこかあきれたような、致し方ないかといったような顔をした。
「はあ…。うん。わかってる。わかってますよ?私が適任だってこと。加賀さんや武蔵さんでもいいと思うけど、あの二人もどこか抜けてるしね…。ホントわたしだよねぇ…」
ため息を交えつつも、飛龍は納得してくれた感じ。やはり向こうの世界で一緒に過ごしてきただけあって、すでに彼女とは提督と艦娘の域を越えているだろう。仲の良い友人のような感覚を覚えるし、それは向こうも同じの様だ。
「それで、何すれば良いわけ?それはちょっと思いつかない感じ。あ、ひょっとしてこっちの世界で蒼龍の代わりになってくれーとかだったら、全力で断るから」
「え、それは困るわ。文字通り蒼龍の代わりになってほしかったんだが」
「え、ホントに?的中?と、いう事は蒼龍と同じように、望君とイチャイチャするの?私いやだなぁそんなの。と、いうか望君そういう人だったの?ショックねー」
そうは言う飛龍だが、心なしか顔はにやついている。面倒くせぇよ。あと、その点に関しては俺も願い下げなんで。飛龍に魅力がないとはもちろん言わないけど、いうなればもう眼中にはない。まあ贅沢な事言っているのは自覚しているよ。ただ、此ればっかりは仕方ない。
「君は本当にあっぱらぱーなんだなぁ。僕がそうすると思う?手籠めにすると思う?君は一か月間、僕の何見てきたの?」
「そうですねー。見てきたものは、自分の姉と見境なくいちゃいちゃする砂糖生産機かな?結構な人に甚大な被害を与えるレベルだったなぁ」
「お前さぁ…」
なんだか頭が痛くなってきた。飛龍の野郎ヘルブラザーズと出会って煽りレベルが確実にランクアップしてますね。しかも見せつけて無いと言えば、きっとその際は無意識だが嘘をいう事になるだろうし。否定し辛いのも事実。マジ厄介ですやん。
「まあ…おちょくってくるのはとりあえずスルーするが、ともかく。蒼龍の代わりってアレだぞ?秘書艦の事言ってるんだぞ?解ってる?」
「もちろん。途中から理解したよ?ああ、そういう事かな?って」
ぶい。とつぶやき、飛龍は指でVの字を作る。俺はお前の手の上で踊らされてるんだな。すっげぇ悔しいので顔をしかめておこう。
「あははーごめんね。いいじゃない遊んだって」
「うん…もういい。面倒だから話進めるけどよ、昼飯時に俺が着任したことを、武蔵が口頭で伝える事になっててな。おそらく全員ではないにせよ、大多数はこれで知ることになると思うんだわ」
「ふんふん。それで?」
一度謝ったからか、もうおちょくってくる事はせず、結構真剣に聞く姿勢を見せる飛龍。最初からそうしてくれないですかねぇ。
「…うん。でさ、それで晴れて俺は、ここから動けるようになる訳。だから、そうなったら鎮守府を案内してほしい。秘書艦の仕事なのかはわからんがね、どちらにせよお前が適任者だろ?」
「ですね。いいですよ?むしろ、望君がこっちに来たら、私が秘書艦じゃないとダメだと思うし。こう、姉妹的にさ。姉を気遣う妹としてね」
どういう意味だ?姉妹的にっておそらく同型艦とかそういう類の話だと思うが、蒼龍を気遣うってのはよくわからん。
「なーんでそんな不思議そうな顔してるの?」
と、そんなことを思っているとどうやら顔に出ていたらしい。飛龍はわざとらしく、むっと表情を歪ませる。
「文字通り不思議だからですかね。気遣い?どゆこと?」
そう何気なく言うと、飛龍はため息を吐く。え、なに?俺変なこと言ってるか?
「うーん。まあそういう反応すると思ったけどねー望君は。でもそれなら、心配はなさそうかな。悪い所が、良い風に作用すると思うし」
飛龍の指摘に対し、ふと思い出したことがある。そういえば、以前二人っきりで話した時も、これが原因だったはずだ。
「え、ちょっと待って。つまりよ、俺に好意を持ってる艦娘が、他にもいるってわけ?」
「お、すごいじゃん望君。成長したね!」
バカにしてんのかコイツ。とか思ったが、まあ口には出さない。むしろ的中したので、苦笑いが込み上げてくる。
「うへぇ…マジかよ。自分で言うのもなんだが、いったい何に惹かれるんだ…?マジ理解不能。これまで俺、女子にはまるで人気がないような男だったのに。どういう事だ?」
「んー。まあアレじゃない?私や蒼龍は純粋に違ったけど、他の子が望君に好意を持ってる理由は、提督だからだと思うよ?」
そう指摘する飛龍に、どこか納得が行く。まあなんだ、巷で言う提督ラブ勢とか言うやつらだろう。そう考えるとこう、あれですね。すごく納得できるし、同時に厄介事が起きないことを、切に願うよ。ホントね。
どうも、飛男です。
卒論は提出できました。やりました。って、じゃあなぜこれほど投稿が遅れたのかは、解放されて遊んでました。すいません。グラブったり、柱をバキバキに折り曲げたり、惑星探索をしたり、狙撃銃で遊んだりと、まあいろいろやってました。
さて本編の話題にしますが、まず望視点の場面がかなり字の文だらけになっていますね。説明調になってしまい、申し訳ないです。ですがこうしておかないと、きれいにまとまらないなぁと思い、つらつら書いていくうちに、ここまで多くなってしまいました。
今度の投稿はおそらく年明けになると思います。ではみなさん、また次回お会いしましょう!よいお年を!