坂を登りきると、朱色の門が迎えてくれる。ここが清水寺最初の見どころ、仁王門だ。
これまで通り歴史を簡単に述べると、応仁の乱時に焼失したんだけど15世紀に再建をされ、平成十五年に解体修理を行って今に至ると言う。鮮やかな丹塗りの為か、赤門とも呼ばれているとか。
「うわー。またおっきな建物ですねー!」
まず最初に聞き取れたのは、飛龍の関心であった。相変わらず率直な感想だが、小学生くらいの子供なら良くある言葉だろう。あ、いや、別に飛龍が小学生並みの知識しか無いとは言ってないんだけども。
「まあ、デカイよなぁ。詳しい大きさは知らんけど、サナリィ製のガン◯ムくらいはあったはず。って、わかりにくいか」
後で調べてわかったことだが、幅が約十メートル、奥行き五メートル、棟高約十四メートルらしい。サ○リィ製のフォーミュラさんより若干小さいくらいだが、それでも元となっている15世紀時の技術でここまで作れるのは、本当にたいしたもんだと思う。門だけに。
しかし、俺たちは仁王門だけを見にきたわけでは無い。その奥がメインだ。
早速俺たちは仁王門をくぐる。すると、その途中に夕張が顔を横に向けた途端、クスクスと笑い始めながら、統治へ示すように指をさした。
「あはは!あの木像って、なんか浩壱さんと健次さんに似てません?ほら、あの顰めっ面とか特にー!」
「あーそうだねぇ。だってこの木像に命を吹き込んだのが、こいつらだし…って、あだだだだだ!しぬ!しんじゃううう!」
統治が同意するや否や、浩壱と健次はまさに水を得た魚のように、満面の笑みで関節技を統治に決め始める。思わずつぶやいたんだろうけど、今のこいつらにそんなこと言うとこうなる未来しか見えなかっただろうに。加えて、付属のキヨが腹パンを決める始末。お約束なんだよねぇ。これ。
まあ夕張が言ったこともあながち嘘では無いんだよね。毎度まいどヘルブラザーズを言葉で表す際に最も適してると思うのが、この仁王門の左右に置かれている開口阿形像と、閉口吽形像だ。京都最大級の仁王像で、阿が那羅延堅固王(ならえんけんごおう)と吽が密迹金剛力士(みっしゃくこんごうりきし)。両者はその大力により、清水寺を警護しているんだと。つまり俺たちにとって、ヘルブラは友でもあり、守護像でもあるんだよ。
「でも、確かに夕張ちゃんの言う通り似てるかも。強そうですし」
どうやら蒼龍も、夕張の言葉に同意を示すらしい。と、言うかこいつらをお前に紹介する時、そういったような気がする。阿形と吽形って。
「おいおい、命が惜しく無いのか蒼龍?あいつらに聞かれたら…」
とはいうもの、さすがに蒼龍に対しては、関節技を決めようとはしないけどね。ヘルブラザーズ。統治だからこそ、できること。なお俺にも、できること。
*
まあ一言で言えばくだらないやりとりがあったにせよ、いよいよ入場券を買って次に向かうのが、お待ちかねの本堂だ。おそらく恒例化している、清水寺の歴史をつらつらと説明していけば埒があかないので、取り敢えず今回は止めておく。気になる方は調べてね。
ともかくまず清水寺に来たのならば、まず足を運びたい場所あるはず。そう、清水の舞台だ。決死の覚悟を表す際に使用する言葉で有名だが、実際は文字通り演舞を行ったりもするらしい。いわゆる奉納演舞というやつで、古典から現代音楽まで様々奉納されるという。まあ今回はそんなイベントなどやってはおらず、代わりと言ってはなんだけど日本人をはじめヨーロッパ系やアジア系、アフリカ系などの多国籍のバーゲンセールが行われている。さすがは世界的にも魅力高いと言われる京都だけはあるよね。
「おおう…これは衝撃的な光景だね…」
飛龍はそんな異様な光景に、思わずたじろぐ始末。そういえば蒼龍もそうだけど、艦娘たちにこうした外人が集う場所を見せたのは、初めてな気がする。八坂神社はあいにくそこまで多くはなかったし、ここまで道中にすれ違う外人たちを見てきてるはずだけど、それでもこれだけの人数は見たことがないだろう。
「ひとまずは本堂で涼みますかね。たぶん、靴脱いで上がれるからくつろげると思うんやけど。どう?」
「あーそれはいいっすねー。正直歩き疲れていないといえば、うそになるしな」
統治は拓海の提案に乗るようで、夕張とともに本堂の中へと向かおうとする。後に続き、ヘルブラにキヨ、そして飛龍も、それぞれ人ごみ気にせずずんずんと前へ進んでいく。
俺もついて行こうと歩みを進めようとしたが、ふと気服の裾を引っ張られる間隔を覚えた。なんだろうかと俺は蒼龍を確認すると、彼女はびくびくとして周りをちらちらと警戒しており、硬直をしてしまっているらしい。おそらくこうした人ごみの多い―かつ外人多数の場所ゆえに、自然と湧き上がった防衛本能により、無意識に俺の服をつかんでいるのだろう。小さい子供が初対面の人物と出会う際、母親の陰に隠れようとするそれに近い。
「どした。怖いのか?」
ぽんと蒼龍の頭に、俺は手を乗せる。すると、それでやっと気が付いたのか、蒼龍は自らのつかんだ手を見ると俺に苦い笑いを向けてきた。
「あ、あはは。ちょっと怖い…かな?」
俺を見上げながら、蒼龍はそう言った。別に外人とて、とって食やしない。刺激をしなければ、愉快な人たちだからね。特に米国人とか「ハハハ!ジョークだぜっ!サムソン!」みたいなノリだし。え、偏見が入ってるって?
「うーん。じゃあ、手をつなぐか?それとも、俺の服の裾をつかむか?」
どちらかといえば―まあ予想通り蒼龍は俺の手を取ってきた。ギュッと力んでいることから、やはりまだ怖さはぬぐいきれてはいないようだ。若干の敗北感というか、情けなさがこみ上がる。
「ははっ、俺じゃ頼りないか?」
「ま、まさか!そんなことありません!」
ぐっと力を込めて、蒼龍は俺の言葉に反発をした。うむ、そう思ってくれるなら、俺も答えれるように頑張らなければ。しかし素になると、蒼龍ってなんか敬語に戻っちゃう事あるな。
「よぉし。どうせなら―」
こうなれば、いっそ思い切った行動に出てやろう。俺は蒼龍の手を放すと、瞬時に腕を組んだ。
「わっ!?何を」
「こうすればはぐれない。離れない。ついでに密着しているから、お互いを感じやすい」
自分でもなんつう恥ずかしいこと言ってんだろうとか思うけど、むしろ今までこうしたことを自重して、やらなかったのがおかしいよね。蒼龍も驚きを含んだ表情で俺を見てきたが、すぐに愛おしそうな表情になった。今まで人前じゃやらなかったし、蒼龍から俺に抱きついてきたことはあったものの、こうして俺からやることはなかった。つまり、自らがリードされて、満足感と安心感を抱いたのだろう。
「じゃあ私は…こうします!」
すると、今度は蒼龍が俺の腕に、べったりとくっつく感じで抱きついてきた。歩きにくそうとかはさておき、こうすればより一層、密着して離れることはないだろう。
ともかく舞い上がってしまったので、その場のノリで清水の舞台へと先んじて足を運ぶことにした。まあ、あいつらは本堂で涼んでるはずだしね。しかし、釘など一切使っていないのに、がっしりとした柱で固められたこの舞台は、いったいどれだけの人間が踏みしめていったのだろうか。それを耐え抜いているのには、男として憧れてしまう。こんな清水の舞台のような、屈強な男になってみたいものだ。
「うわぁー!すごいなぁ…まさに絶景ね!」
蒼龍は清水の舞台へ立つや否や、俺の腕をつかんだまま、清水の舞台から見える景色の感想を述べた。
確かに絶景だろう。夏特有が緑は艶やかに広がり、歴史的建物が遠方に見える。そして何よりも、目を輝かせて遠くを見渡している蒼龍が加われば、なんというか胸の高鳴りが収まりきらない。まさに画竜点睛だろう。蒼龍が加わる事で、この情景は完璧となったんだ。服装と言い立ち姿と言い、どれをとっても非の打ちどころがないしね。ゆえに、思わずそんな彼女をスマフォでパシャリと一枚収める。
「あ、写真とってーもー!」
シャッター音に気が付いたのか、若干の恥ずかしさをはらんだ声で、蒼龍は俺を見ながら笑顔を振りまいた。その笑顔は誰もが虜になりそうなほど魅了的で、俺は自然と頬が緩む。周りの人間などおらず、俺と蒼龍だけの空間のように、そう思えてならない。
だが、そんな俺たちに水を差すように、唐突に肩を叩かれた間隔を覚える。振り替えると、そこには飛龍が、腰に左右両手を当てて立っていた。
「提督なにしてるの?涼みにいかないの?」
「おっ?おおう、飛龍か。びっくりしたわ」
若干不機嫌そうにいう飛龍に対し、俺は言葉を返す。先ほどまで夕張やキヨ達と話していたはずだが、気になってこっちに来たのだろうか。というか、本堂で俺たちの事を待っていたのだろう。だからこそ、飛龍が不本意ながら呼びに来たのかもしれない。正直なところ、完全にのぼせ上っていた。周りが見えていなかった。
「まったくなによー。二人でそんないちゃいちゃしてさー。見せつけてるの?」
にひひと口角を上げて、いやらしい目つきで厭味ったらしく飛龍は言う。イチャイチャと言われればまあ確かそうなんだけどもね。しかし、見せびらかしているというわけではない。こう、自然な流れで、こうなってしまったんだ。そう、自然にね。
「うーん。一言くらい声をかけとくべきだったか。俺の不注意というか…悪いことしたわ」
「私もその、あまり話を聞いてなかったし…完全に私たちのミスね」
俺と蒼龍は顔を合わせながら、苦い顔を見せ合う。
飛龍はそんな俺達の行動にどこか呆れた顔をして、一つ息をつくと再び腰に手を当てる。なんか申し訳ないな本当。
「あ、どうせなら此処で自由時間にしたらどうだろう?」
良い機会だし、一旦ここで自由行動を提案してみる。自分勝手な提案なのは十分承知なんだけども、わざわざ清水周辺を小学生如く団体行動で動くのは、何というか動き辛いと言うか…。ともかく、楽しめない気もする。
飛龍は「えっ」と、唐突な俺の提案に困惑したような顔をする。まあ当然といえば当然だ。
「集合時間はそうだな…4時半くらいで良いだろ。一時間半くらいかな?あいつらに伝えといてくれるか?」
「あ、はい。…あの」
急にもじもじとしだす飛龍。どうしたんだろうか、トイレにでも…って、そんなベタベタな事では無いはず。おそらくこれは、何か物申したいのだろう。
「どうしたの飛龍?」
言いにくそうと見たのか、助け舟を蒼龍が出す。流石はお姉ちゃんと言うべきだろうか。暫く飛龍はそんな蒼龍を若干前かがみになりつつじっと見ていたが、何かの踏ん切りがついたのか、姿勢を正す。
「うん、やっぱり何でも無いです!わかりましたー。後でさっき見た八つ橋ってやつ、おごってよ?」
飛龍はそう言い残すと本堂の方へと駆けていく。あの間は何だったんだろうか。
「…なんつうか、追い払ったみたいで罪悪感あるなぁ…」
厳密に言えば、追い払ってしまったんだろう。正直、俺って今ひどい事をしたような気がする。途端にそう思うと、罪悪感が湧き上がった。
*
わたし、飛龍は提督に言われた通り、本堂にいる雲井兄弟を始めとする皆さんに、自由行動を提案されたと報告をしました。
何か文句を言うだろうなぁと思っていたけれども、キヨさんや雲井兄弟、それに統治さんは顔を見合わせて苦い顔をするだけで意外にもすんなりと、唐突な提案であるにも関わらずに承諾する意思を見せました。唯一、「めっちゃ唐突やね」と言葉を返したのは、拓海さんペアだけでした。
さて、自由行動になったのは良いのだけど、提督と蒼龍に合流するのは、やっぱり気まずい雰囲気になっちゃうと思う。だって、なんだかんだ言って二人は恋人同士だし、もう邪魔するわけにもいかないじゃない。流石にやり過ぎて、提督に嫌われるのは避けたいし。
だから私は、一人で歩いています。統治さんと夕張ちゃん、拓海さんと大和さんと、恋人同士で行動しているし、キヨさんと雲井兄弟と一緒に行くのは、ちょっぴり気が引けちゃうと言うか、そこまで親しいわけでもないしね。
「とは言うもの、艦娘一人だけで行動させるのって、どうなのかなぁ?」
あれだけ、他人に悟られないようにしないとと提督は言っていたのに、ここに来て一人で行動させるのはどうかと思う。まあ提督は私の性格故に信頼はしているんだろうけど、流石に私だってどうしようもなくなったら、バレちゃうと思うし…。
まあ、最悪他人に変な事されたら、ぶん殴っちゃえば良いかな。こう見えて私、腕っ節には自信があるんですよ?え、根拠?まあ、私の元提督は武闘派だからかな。
「あ、ここ…清水寺の下なのね」
行く当てもなくただのんびりと観光しながら歩いていると、いつの間にか清水の舞台からちょうど下のあたりまで来ました。舞台を支える柱は屈強そうで、力強さを感じます。
そのままゆっくりと見上げていくと、清水の舞台から顔を出していたり、手すりにもたれかかっている人達が見えてきました。あ、あそこにいるのって…。
「提督と蒼龍、まだあそこに居るんだ」
二人がチラッと、体をはみ出して話し込んでいる様子が目に映りました。おそらく、話に夢中になってるみたい。観光にきたんじゃないのかなぁと、ぶっちゃけちゃうと思う。
「でも、楽しそうだなぁ」
私も混ざりたい。そう思うのは、やっぱりまだ諦めきれていないという事です。だって、私も本当は、提督に思いを寄せていたんですから。
提督は、二人目の空母として私を建造してくれました。導かれたように、二航戦が最初に揃ったという事です。まさに運命だったんでしょうね。私たちの出会いは。
まあ、だからこそ蒼龍と同じく、私もそれなりの愛情を注がれたと言えば間違いないと思う。私達はほぼ同時に練度も上がっていって、提督のパートナーになってもおかしくないくらいの付き合いもあったと思う。それこそ提督が私を選ぶか、それとも蒼龍を選ぶかで、鎮守府内で議論にもなったくらいだったし。
でも、提督は蒼龍を選んだ。まあ、理由を考えれば当然だと思うし、何よりも蒼龍だってずっと提督が好きだって言っていたし。おまけにその想いのあまり、こっちに行ってしまった事もある。私はそれ程の覚悟はなかったし、そんな考えも湧き上がらなかった。
私は全てにおいて、蒼龍に敗北をしていたんだと思う。だから、気持ちの整理だって、早く済んだわ。でも…。
「やっぱり、諦めきれないじゃない。提督は、私だって思った通りの人だったし」
私がこっちに来た時も、なんだかんだ言って懸命にこっちの世界にいられる環境を作ってくれた。こっちの世界で苦労しないように、学生なのにも関わらずお金だって出費してくれる。いきなり押しかけてきたのに、私に対して本当に色々してくれてると思う。
見極めに来たとは言うものの、本当はもう認めてる。だって、私が本当にこっちに来た理由は、私も提督に会いたかった。それだけだった。願わくば、私を選ばなかった理由をもう一度、その口で伝えて欲しかったんです。
私は、提督と蒼龍に向かって弓矢を構える動作をした。もちろん弓矢は持ってないわ。ただ、その一連の動作を、あの人に向けているだけ。
「第一次攻撃隊。発艦…って、あはは。何をしてるんだろ。私」
意味のない行為。私の潜む気持ちを、艦載機に乗せて発艦したかった。でも、きっと届かない。届いても、着艦する事はない。艦載機たちはきっと私へと再び着艦し直すと思う。大きな傷を負って。
息をついて、私は射る動作をゆっくりと解きます。周りの視線を感じるけど、この際どうでも良いや。私は何事もなかったかのように、歩き始めます。するとー
「へーい彼女。何をやってるんだい?」
聞き覚えのある声を聞き、私は声の方向に振り返ります。そこにいたのはキヨさんと、雲井兄弟達でした。にやにやとしている事から、一部始終を見られてしまったみたい。
「あっ、もしかしてみてました?あははー恥ずかしい」
「ばっちし見てたな。てか、七星達と一緒じゃないのか」
不思議そうに言うキヨさん。そう思うよね、基本は。
「いえ。ほら、二人きりの方が絶対良いと思うし。私が行ったらお邪魔じゃない?」
確かにと思ったんでしょう。彼らは顔を見合わせて、納得したような表情になります。
「てェ事は、俺たちと同じく独り身チームだなァ。ぐっははは!」
豪快に、浩壱さんが笑います。ちょっと自虐っぽいけども、それを笑い飛ばすかのように、気持ちの良い笑い方です。それに続いて、キヨさんと健次さんも、おかしそうに笑います。
「どうせなら飛龍殿も一緒に如何ですかな?今から某共、茶を楽しみに行く次第。女子は甘いものに目がないのは自然の摂理というものでして」
顎に手を当てて、独特な言い回しをしながら、健次さんが提案をしてきました。キヨさんはそんな健次さんに「武士かよ」と突っ込みを入れます。
「え、良いんですか?」
「まあ断る理由はないだろ。むしろ、こっちが提案したんだ。問題はお前が如何するかってことだな」
そう言われれば、こちらも断る理由はないですね。むしろ、誘ってくれたこと自体は、普通に嬉しいですし、何よりも提督抜きで、提督の話とかを聞いてみたい気もします。
「じゃあ、決まりですね行きましょう?」
そういって、私はみなさんを扇動しようと歩きます。あ、でも。
「それで…どこにお茶をしに?」
思わず早とちりで、行動してしまいましたね。
どうも、飛男です。今回、前回と比べればそれなりに早く投稿できました。
冒頭でも書きましたが、警察官の試験も終わり、今週は説明会も少なかったゆえに、自然と筆が乗りました。
さてさて、今回は上下に分けての投稿になります。本来であればひとつにまとめる予定でしたが、またいつ投稿できるかわからないと判断いたしましたので、分けさせていただきました。と、いうかぶっちゃけ、これくらいも文字数のほうが読者の方々も気軽に読めるのではないだろうかと、考えた故でもあったりします。
さて、今回はこのあたりで。また次回!