次の日。と、言うよりも今日の朝。俺たちはいつの間にやら寝てしまって、気がつけば遅刻ギリギリになるまで寝ていたみたいだ。珍しくヨガ教室に行っていなかった母親に起こされなければまずかっただろう。俺と蒼龍はダッシュで着替え、車を大学へと走らせた。
「だいぶ眠そうな顔してんなぁ。お前たち」
何とか遅刻をしないで開始時間の5分前には講義室へたどり着き、いつものメンツの近くへと座る。すると、真っ先にくらっちから声をかけられた。どうやら寝起きで来ました感がひしひしと伝わってくるらしい。
「なんだ?ついにハッスルしちまったの?ついに卒業したの?」
立ち上がり腰を前後に動かし、早朝からいきなり飛ばしてくる木村は、とりあえずシカトしておく。まあ、どうなったかどうかは別として。聞いてくる質問が思春期真っ盛りの高校生だ。頭の中フラワーガーデンかよ。
「昨日はちょっと夜遅くまで起きる始末でね。いろいろとあったんだよ。なぁ蒼龍」
「あはは…はい。そうですね、望」
いつも通りの会話風景をしたつもりだが、くらっちと木村が驚きと疑問を浮かべたような顔をする。いったいどうしたんだ。って、まあ気が付くか。
「あっれ?なんか会話に違和感があるような気がするぞぉ」
「お、奇遇だな。私もだ」
腕を組んでその疑問の答えを見つけるがごとく、木村とくらっちは唸りはじめた。
「なあ蒼龍ちゃんや。七さんのことを呼んでみてくれ」
「え?望をですか?えーっと」
蒼龍は木村の無茶ぶりをされて、困ったような顔をする。と、言うか今言ったよね?だからなのか、木村はさらに首を傾げた。
「あんれ?おっかしいですぞぉ?んー?私の気のせいですかな?んー?」
「これはもう一度聞く必要がありますねぇ。とりあえず、蒼龍。どうぞ!」
首を数回カクカクさせている木村を無視して、くらっちは蒼龍へと促す。とりあえず蒼龍は恥ずかしそうにもじもじし始めて―
「の、望…」
と、まあ何とも可愛らしい上目使いな声で言ってきた。そんな蒼龍が見せた行動に、絶命勝利。FATAL.K.O.―と、まあWIN蒼龍パーフェクトな感じで俺は思わず顔に手を当てて、恥ずかしさと熱くなった顔を隠す。
「…いやさ。さっきからずっと呼び捨てで言ってたじゃん。なんでそんな気色悪い聞き方するんだよ」
横でスマフォのゲームをしていたたっけーが、あきれたように言ってくる。相変わらず冷静さを失わない、グループ内ただ一人の男だ。
「七さんのこんな表情を見ていじりたかった。後悔はしていない」
「ああ、俺もだ!」
二人はぐっと親指を立てて、きらきら笑顔でたっけーへと言う。こいつらはいろいろと連携力高くて、なんか腹立つ。
「まあ、それはわかる。ヤっちまったか?ん?」
冷静さを失わない男たっけー。二人にの意見に同意し、悪乗りし始める。いい加減にしろや。
「まあさ、昨日まで『さん』付けだったのに呼び捨てにするなんて、なんかあったとした思えないんだよね。うん。ほら例えば、二人の距離がぐっと縮まったとかさ。そこんところどうなんですかね?」
しんちゃんも会話に入ってきて、蒼龍へと問う。まあ蒼龍は口が堅いと思うし、今日のことは言わないだろうさ。てか言いふらすようなことじゃないだろうし―。
「えっとですね。私と望は、今日から結婚を前提にお付き合いすることになったんですよ!」
と、思っていた時期が私にもありました。おーい、なに普通にばらしてんるんだ蒼龍。まーたこいつらに、俺をいじる餌を与えてしまったわけなんだぞ。地元メンツじゃないのがせめてもの救いだけどさ。
「へぇ、やったやん七さん。これで七星家の血筋は途絶えることなくなったやん。少し早いが、記念にこれを進呈しよう」
そういってしんちゃんは、財布から彼のバイト先である31と書いた某アイスクリーム屋の無料引換券を蒼龍へと渡す。さりげなく宣伝じゃねーかこれ!
「わー!私一度食べてみたかったんです!やったぁ!あ、望の分はないんです?」
そこで素直にもらっておけばよかったものを、蒼龍は俺を気遣うという良妻的な発言する。まあそれを聞いたくらっちと木村とたっけーがニヤニヤししないわけもなく、俺に何とも言えない視線を向けてくる。
「お熱いですね。あーこれはお熱い!七さんと蒼龍の近くに卵を置くと、卵焼きできるくらい熱いですわ。卵焼きたべりゅうう!」
「熱いし甘いしで、もうカラメルできるじゃないですかー、べっこう飴できるじゃないですかーやだー!こうなったら砂糖をお前らに降りかけるわ、ほれほれ」
木村はあの軽空母の宗教に入ったようなこと言い始め、くらっちはどこからかシュガースティックを取り出し、少量中身をつまんで俺と蒼龍にかけてくる。
「おい!おめぇらやめろ!人様に迷惑だろ!」
「きゃー!やめてくださーい!」
こうして大学メンツの奴らには、盛大に祝えてもらえましたとさ、祝ってんのかこれ?
*
講義中。蒼龍はいつも通りの感じでノートを取り始め、黙々と授業を受ける姿勢を取っている。横腹をつつきたいとか、太ももと触りたいとか、まあ昨晩に一線を越えたもんだから、今まで自重してきたあらゆる欲望を、今ここで発散したいと体がうずく。
おそらく蒼龍もそうなんだろう。先ほどからちらちらと目線を送ってくるが、逆に俺は気が付いていないようにスマフォをいじり、向こうからの誘いも耐えていた。双方が承諾しているのに、公然の場という最大の壁阻まれているのは、いささか悔しいものだ。
「ん?メールだ」
そんなこんなで俺と蒼龍のガマン大会が始まっている中、唐突にメールが入ってきた。
差出人は明石。件名には『復旧の目途』と書かれていることから、なんとなく察しがついた。
『コエールくんのセッケイズをミナおしてみたところ、いくつかフグアイのハッケンにセイコウしました。おそらくこのブブンをカイリョウしていけば、ソウチのアンテイカができるとおもいます』
ついにコエールくんの修理が始まるらしい。しかし設計図まで取っていたということは、つまり設計図が流出したってことを言いたかったのか。まあその点は、統治や大滝の所持する明石に聞くべきなんだろう。アカシネットワークか何だかしらんけど。
「ついに直るのか。今後楽しみだな―っと。送信」
ぶつぶつと書いた言葉を復唱しつつ、俺は明石へとメールを送る。するとしばらくして、メッセージが返ってきた。
『ええ、やっとですよ。ワタシもいきたいですそちらに…。でも、ワタシだけじゃありません。ヒリュウさんも、ムサシさんも、ハツシモちゃんも、ムラクモちゃんも、カガさんも、キヌちゃんも、キサラギちゃんも…。みんなみんな、テイトクにアいたいです!ですから、ゼンリョクでなおしますね!マッテテください!』
盛大なラブコールを送られて、少々戸惑う俺。そんな俺を見て蒼龍はしびれを切らしたのか、スマフォの画面をのぞいてきた。
「あ、これって明石さんからです?そっかー。みんなも、提督に会いたいだろうなぁ」
「そ、そんなに俺って魅力的なの?まあ、蒼龍と一緒になることを口頭で伝えられる、良い機会だろうな」
ぼそりと周りに聞こえないように俺は言うと、蒼龍は聞き次第、顔を赤くした。まあそういうベタな反応するとは思ったが…。蒼龍は本当に、そういうところが乙女だな。
「っと、連続してメールか」
ブーブーと自己主張激しいバイブレーションをするスマフォに視線を戻すと、再びメールを開く。やっぱり先ほどと変わらず、明石だった。
『ところでテイトク、昨日はおアツかったでしたね。よくみえなかったですけど、コエはきこえてきましたよ。かっこよかったです!』
…ん?んん?何をおっしゃっているのだろうか。いやいや、ちょっと待て。どうしてそのことを知っているんだ?あの機械オタクの淫ピ髪は。
「待て待て、なんで知っているのかっと…」
少し間が空いて、再びメールが届く。
『だって、シレイマドをつけっぱなしでしたよ?そのときヤカンケイカイチュウのニンにツいていたワタシとオオヨドさんで、ニンそっちのけでみてましたー』
指令窓をつけっぱなし…?あ、そういえば課題が終わって、そのままオフトゥンインしてしまったような気がする。つまりずっとそのまま、スリープモードになっていたのか。と、いうかスリープ状態でも向こうには見えているってこと?新たなる発見だけど、ナンテコッタイ。
まあ任務放棄してガッツリ見られていたらしいので、お叱りメールとあるかないかわからないけどグランド10周を任じておいた。どうせ何言ってるのかとか言われそうだが…。と、再び返事が届く。
『えぇぇぇ!?ま、まってくださいよぉ!アヤマりますってぇ!』
思った以上の抗議メールが届いた。ついでに大淀にも、明石とは違う訓練メニューを送っておいてやろう。
こいつらは総じてインドア派だろうし、だいぶ辛そうだなぁ。俺も少しは、悪いけどね。
*
さてさて、講義も終わり、自宅と帰った。
自宅へ帰る途中、礼儀というか報告しなければならない相手というか…。俺たちは大滝の家に行き、鳳翔へと挨拶を行った。その際、鳳翔は終始笑顔を絶やさず、俺たちを祝福するように見てくれて、何ともこそばゆい気持ちでいっぱいだった。
家族間のSNSを見ると、どうやら妹は塾で帰りが遅くなるらしく、おふくろも友人との
「んー!今日も大学疲れましたね!皆さんも祝福してくれて、私とてもうれしかったです」
蒼龍はソファーの背もたれに両手と顎を乗せ、ニコニコ笑顔を作りながら俺を見てくる。まるで餌を待つ犬が前足を椅子に掛けているようで、また何とも言えない愛くるしさを体現している。
「そうだねぇ。まあ、あいつらはきっと祝福してくれると思ったさ。なんだかんだ言って、悪い奴は一人もいないしね」
「あとは地元メンツの方々ですね。どんな反応するんでしょうか?」
まあ基本的には祝福してくれるだろうけど、またなんだかんだ難癖つけて俺をいじってくるに違いないだろう。奴らとは相当付き合いも長いし、大学メンツに負けじと祝福してくれることに間違いはないだろうけど。
「…なあ蒼龍」
「はい?何でしょうか」
「どうせなら…さ、名前だけじゃなくて、普段の…飛龍や夕張なんかとしゃべるような…そう、敬語じゃなくていいぞ。ずっと思っていたことだけど、やっぱりおかしいと思うんだ」
蒼龍は言わずとそういうところは礼儀正しくて、これまでずっと敬語だった。だけど、もう敬語じゃなくていいと思う。その敷居は、今日、完全になくなったんだから。
「えっと…そ、そうですね。じゃないや、そうね。うん。ごめんね?」
たどたどしくも、敬語を直そうとする蒼龍。砕かれたしゃべり方をされると、こちらとしてもやっぱりまだ気恥ずかしかった。
「は、はは。まあいいや、徐々に直してくれや。さて、じゃあ珈琲入れるか」
「で、ですね。うん。でも、できるだけ努力しますね」
お互いに笑い合うと、俺は戸棚から珈琲セットの一式を取り出す。
「…ねえ、望」
「ん?なんだ?」
ミルの中に豆を入れる最中、蒼龍は唐突に口を開く。彼女を見ると、俺を愛おしそうに、うっとりとした視線を向けていて、完璧に不意を食らってしまった。
「ど、どうした」
途端に顔が赤くなり始めて、熱くなってくる。その気恥ずかしさに耐えきれず、俺は思わず作業に没頭しようと、目線をそらしてしまった。ヘタレと言われても、これは仕方ないな。
「いや、何でしょうね。今日は年に一番嫌な日だったけど、それも今日で少し変わったなって思って…」
静かに、澄んだ声で、蒼龍は俺を見ながらつぶやいてくる。
俺が、彼女にとって最悪な日を、塗り替えれることができたのだろうか。そんな実感はないけど、蒼龍にとってはまさにそういう事が言いたいんだろう。自分の沈んだ日であり、同時に愛を誓われた日だと。
「そ、そうかい。まあさ、そう思ってくれるなら俺はうれしいよ。俺も今日この日は、特別な日になったことに変わりはないしね」
「ええ、ずっとこんなふうに、幸せが続けばいいのに」
ふふっと笑い、蒼龍は俺に笑顔を見せてくる。当たり前だ、ずっと続けるさ、この幸せな日を。だから。
「じゃあそんな日に乾杯と行こうじゃないか、ほら蒼龍。珈琲入れたぞ」
「ありがとうございます。ふふっ、では…」
俺と蒼龍はコーヒーカップを軽く当て、チンと音を鳴らした。
どうも、今回は少々投稿感覚が空いてしまった飛男です。まあゼミの論文構想発表会が近くていろいろと忙しいので、次回も遅くなってしまうかと思います。
さて、今回はまあ前作のその後回です。それと同時に、大学編は終わりを迎えます。もう少しいろいろ書けたかな?とまあ反省する点が多いですけど、次回の描写に合わせるためには、ここで切る必要がありました。次回からどうなるかを、ご期待ください。
では、また次回に。あらかじめここで言っておきますけど、次回から一話完結からストーリー性が濃くなってくると思います。