大学へ行きます!
桜は相変わらず満開で、家の外へ出ると春の土臭い香りが鼻を突いてくる。
既に寒さも弱体化し、暑くもなければ寒くも無い、ぬるいような温度であった。そろそろ冬用のコートから、春用の衣服を出さなきゃね。
「お弁当は持った?あ、蒼龍ちゃん髪の毛跳ねてるわよ。ほら、女の子なんだからちゃんとしないと」
おふくろは外まで出てきて、蒼龍の髪をとく。春の日差しで髪の毛は艶やかに光を孕み、見るものを魅了すると思う。蒼龍の髪質は、実に綺麗だ。
「あはは…ありがとうございます。って望さんもボサボサじゃないですかぁ」
蒼龍は俺を見上げ、髪の毛を指摘してくる。いや、まあどうでもいいんじゃ無いだろうか。だって男だし。え?ガサツだって?
「ほら屈んででください。私直しますよ?」
「えぇ…いいじゃん別に。そんなお洒落に気を使うのは面倒だしよぉ」
とは言うもの、俺は屈んで、蒼龍に髪をといて貰う。優しい手つきでやってくれるから、少々心地よいな。っておふくろ。そんなほほえましそうに見るんじゃない。恥ずかしいわ。
「これでよしと。どうです?」
鏡が無いし、どうと言われてもわからん。まあ頭に感じる微妙な違和感は、確かに消えたけどね。
「さあて、じゃあ行きますかぁ」
「はい。行きましょうか!」
空を見上げて、俺たちはつぶやく。空は雲一つない青空が広がっていて、清々しい気分とさせてくれる。スカイブルーは、いい色だ。
長いようで短かった怒涛の春休みは終わりを迎え、俺の大学生活が今日から再び始まろうとしていた。もちろん、蒼龍と共にね。
*
幸いにも道は混んでいない様子で、すいすいと大学へ向かうことができた。自転車で上ると確実に足に乳酸マシマシとなりそうなほど急な坂を、CX-5自慢の馬力で駆け上がり、立体駐車場へと到着する。
ちなみに大学までの道のりは、混んでいないとおおよそ三十分。今季は一コマ目の授業を取っていないし、それこそ先ほどの時間で行けるけども、問題は帰宅事だろう。帰宅ラッシュ真っ只中に引っかかって、確実に一時間はかかってしまう。まあ、そんなことはどうでもいいか。
さて到着し次第、俺と蒼龍は車から降りる。蒼龍はもう車には慣れた様子で、はしゃぐことはなくなった。うるさくなくなったのは安全面的にいいんだけども、ちょっと寂しいのは事実。まあ、これも時の流ってやつかね。
「あの、望さん」
後部座席からエースのリュックを取り次第、俺は車に鍵を閉める。その一連の動作の内に、蒼龍が声をかけてきた。
「どうした?」
「今日はお祭り何ですか?すごい車の量ですけど」
どうやら蒼龍は立体駐車場に並ぶ車を見て疑問を覚えたようだ。うん、まあ確かにそう思えるかもしれない。少なくとも二十台はあるし。下と上の数を数えると、相当なもんだ。
「あー。いやさ、うちの大学って、わりと車で通学する奴が多くてね。確か教授の車も
あったはずだけど、このほとんどが生徒の車だと思うよ」
「え!?生徒のですか!?いったいどれだけの生徒が…」
蒼龍は驚きを隠しきれない様子で、立駐をきょろきょろと見渡す。
たしか記憶が正しければ、家の大学は総勢一万人とちょっとはいるらしい。地元ではそこそこ有名な大学。とはいうもの、某東京の大学とか某京都の大学と比べればかなりの差があるけどね。でも学科によってはそれなりの学力を持つ奴らも通うらしい。まあ、機械や電子系の学科が、主なんだけども。
「ん?蒼龍。そういえば今日、ツインテじゃないんだな」
朝から気になっていたが、蒼龍は珍しく髪を下していた。まあ、それはそれで和風美人。絵にかいたような大和撫子を体現しているようで、満足ではある。事実なんだけどね。しかし、やっぱり物足りない。蒼龍はツインテで、なんぼだと思う。
「えへへ、いめちぇんと言うやつです」
くるりと一回点をして、蒼龍はアピールをしてくる。くそう。可愛いな。むしろあざといわ。
「そうか。まあ似合ってるぞ。そんなお前にまた悪い虫がつかないよう、いっそう顔をしかめておくか」
むっと顔を歪め、俺は歌舞伎のようにポーズを取る。蒼龍はそれを見て苦笑いを漏らしたが、気にしない。気の済むまでやらせて。
まあ、あの事件以来。俺は理解し、心に決めたことがある。
艦娘は、本来守る側の人間たちだ。向こうの世界では凛々しく戦って、国民的スターであることは間違いないはず。
だが、この世界に来てみればどうだろうか。艦娘はただの女の子となってしまう。だからこそ俺は蒼龍を女として、守られる側として見るなければならないんだ。まあずっと思っていたことなんだけども、あの事件以来より一層その決心がついたわけ。
「さてと、じゃあ行こうか。俺の所属する学科は、そこにあるんだわ」
立駐を出て直ぐに見える建物が、俺の所属する学部のメイン棟だ。その学部の中をさらに細かく分けると、俺は歴史学科に属している。つまり、文系なんです。はい。
「わかりましたー!行きましょう!」
蒼龍はそういうと、俺のフライトジャケットをつかんでくる。まだ引っ付きたいのか。オナモミ(くっつき虫)かお前は。ま、嫌じゃないけども。
*
緩やかな坂を上り、周りが木々で囲まれている我が棟へと向かう。実は以前、この棟は少数の短期大学生が集まる棟であったらしく、さらには女短大でもあったから、割とおしゃれな建物となっている。さらには木々で壁を作るように囲まれていて、在学生の一部からは、DQNモドキと歴史オタの隔離施設と言われてるらしい。ひどいわ。
で、そんな事は良いとして俺と蒼龍はラウンジへと入っていく。現在は一コマ目中であるために、ラウンジの人数は少なかった。
「あ、なんだか懐かしいです」
どのような反応をするかなと楽しみにしていたが、蒼龍は意外にも懐かしみ始めた。え、なんで?
「懐かしい?どういう事さ」
「鎮守府内にも、食堂はありますよ。ここまで綺麗ではないですけど」
へえ、鎮守府ってこんな憩いの場もあるのか。軍事施設だし、もっと堅っ苦しいと思っていた。
「えーっと、とりあえず色々と説明したいから、座ろうか」
俺は蒼龍に座るよう促す。聞き分けの良い蒼龍は、すぐに椅子へと座った。
と、そんな事をしている最中、講義室方面の出入り口が騒がしくなる。ああ、そうか、講義一回目だし、説明だけで終わるんだな。大学の講義って、割と自由だったりする訳よ。
人混みの中に、一際でかい男が見えた。恐らく長谷川だろう。と、いう事は他のやつと一緒の可能性も高いな。
「くらっちー!ここだここー!」
とりあえず、席を探している長谷川に声をかける。奴のあだ名はくらっち。長谷川祐蔵の「蔵」から来て、くらっち。ミッション車のクラッチとは違うぞ。半クラとかないです。
「おー七さん。なんだ来てたのか。随分と早いな、お前二コマ目からだろう?」
くらっちの言う通り、俺は基本、講義開始時間の10分前に大学へ着くよう、時間調整をしている。だからこうして、一時間以上も早く来た事は、殆どなかった。まあ、それが普通だとは思う。
「七さん、おっすおっす!」
くらっちと一緒に行動していた、木村哲誠もいたようだ。相変わらず陽気な挨拶。こいつ特有の「いつもの」って奴。しかしこの二人が一緒だって事は、教職の授業を受けていたらしいな。彼らは、立派な教員を目指している。
「教職か。大変だな」
「全くよぉ〜。マジでタルいのなんの。もうタルタルですわ」
木村はだるそうに体を動かし、相変わらず独特な言い回しで答える。タルタルってなんだよ。
「…ところで、そのお嬢さんは誰だい?まさか口説いていた最中?あーこれは妨害しますわ。治安乱れますわ」
木村はオーバーなリアクションで俺を茶化してくる。まあそう見えるだろうね。以前も言ったように、俺には浮いた話がこれっぽちもない。
まあこいつらも信頼ができる。だがら、教えても問題はないはずだろうさ。と、言うわけで…。
「なあお前ら。ファンタジーを信じるか?」
と、聞いてみた。
*
「話は大体わかったわ。要するに七さんが、頭おかしくなったって事か」
蒼龍との出会いを簡潔に説明し終えると、まず飛んできたのはこの言葉。ひどいわ。ってまあぶっちゃけ仕方ないとは思うけどさ。だって、バリバリファンタジーだし。妄言に等しいだろうし。
「望さんは嘘ついていません!私、大湊警備府からきましたもん!」
引きつった笑いを浮かべている二人に、蒼龍が俺をフォローしてくれる。ありがとよ。やっぱり蒼龍は良い子だね。俺が強要したように見られるんだけどね。
「あ、でも声質はマジで近いな。俺提督だったし、わかるわかる」
言う木村。こいつも以前は提督をしていた男で、やり込みが半端なかった。恐らくその間に蒼龍もこいつの鎮守府事情ではドロップしているだろうし、声を聞いていない事もないはず。あ、ちなみに木村は駆逐艦大好き提督で、要するにロリコン。
「うーむ。声が似ているとしてもなぁ。何か決定的な証拠を見せて欲しい」
腕を組み、くらっちは指摘をしてくる。まあぐう正。しかし、あいにくパソコンは持ってきていないし、蒼龍だけがすっぽり抜けている事を見せれない。どうしたものか。
「とりあえず、実体はあるよね。その豊満な胸とか、特に。3Dだね」
えらく真面目な顔つきで木村は言うが、内容と顔があってない。こいつの特技だ。ふざけてるだけ。
「あ、そうか。じゃあ蒼龍が蒼龍である事をわからせれば良いんだな?」
一番分かりやすい方法があるじゃないか。俺は席を立ち、棟内部のコンビニへと向かう。
「買ってきた。蒼龍、今からツインテに変えてみてくれ」
コンビニで髪留めを買ってきた。蒼龍といえばツインテ。イメチェンをしているから分かりにくかったんだろうが、元の蒼龍の髪型となれば、一目瞭然のはず。
「あ、はい。そのぉ。髪留め持ってはいたんですけど…」
そう言って、蒼龍はポケットから髪留めを取り出した。先に言ってくれよ。無駄な出費だった。って、聞いてないし自業自得だったな。とほほ。
「じゃあ、髪を留めますね」
蒼龍は慣れた手つきで、髪を留めていく。その一連の動作はまあ絵になる。と言うか見惚れる。現にくらっち木村は、関心したような声を出してるし。
「はい。出来てますよね?」
ぴこぴこツインテの蒼龍が帰ってきた。やっぱりこっちの方が、俺は好き。
「おお…マジだ。蒼龍じゃん!」
「俺も画像でしか見た事ないが、これま間違いないだろうな」
木村とくらっちは、それぞれの感想を述べる。くらっち、画像でしか見た事ないのは、当たり前じゃね?
「やっとわかっていただけましたか。ふふっ良かったです」
ニコニコと笑顔を向けて、蒼龍は言う。とりあえず信じてくれたみたいで、良かったよ。
「あーじゃあ、とりあえず自己紹介させて貰うよ。俺は長谷川祐蔵。みんなから「くらっち」って呼ばれてる。よろしくな蒼龍」
くらっちは蒼龍に手を向けて、握手を求める。蒼龍は俺をみて判断を仰いできたが、俺が頷くと、蒼龍は嬉しそうに握手を交わす。
「じゃあ次、私の番ですな。木村哲誠。あだ名とかはないけどね。これから盛り上げていくから、まあよろしく!」
木村も蒼龍に握手を求める。今回は蒼龍も自分の意思で、握手を交わした。
「しかし、まあこれから楽しくなりそうだ。後の五人も、早く来ると良いのにな」
椅子にもたれて、くらっちは言う。俺ら大学メンツは、俺を含む八人で行動する事が多い。まあさらに篩にかけると六人。部活とかで忙しいんだよね。後の二人は。ともかく、あとは五人に紹介をすれば良いだろうさ。
講義終了のチャイムがラウンジに響く。どうやら一コマ目は終わったらしい。休憩時間は15分で、その間に講義室へ向かわなければ。
「そろそろ行きますかー。次の講義タルそうだなぁ」
俺は椅子から立ち上がり、体を伸ばしつつ言う。たしか世界の歴史と日本の歴史を照らし合わせる講義だったはず。この手の授業は人数も多いし、蒼龍が混じっても問題はないはずだ。
「あ。あそこにいるのみっくんじゃね?」
木村がはっと気が付いたように、自販機の方へと指さす。あのでかい図体にヘルブラザーズに後れを取らないほどの強面は、おそらくメンツの一人である相模宏文だろう。
俺たちはそれぞれリュックやバッグを持つと、何かを買おうとしているみっくんへと声をかける。
「よう、みっくん。何買うの?」
「おー七さん。それにみんな…って、うお!誰だその美人は!俺は知らんぞ!」
こいつもまあベタな反応を示してきた。
どうも、大空飛男です。
昨日はゼミや部活で忙しく帰りが遅くなってしまい、間に合いませんでした。楽しみにしていた方はすいません。連日投稿、またもや途絶える…。
あとハーメルンを開いてみたらすごいお気に入りと観覧数が増えていてビックリ。ランキングにも乗っていたようで、驚きでした。皆さま本当にありがとうございます。
さて、前書きにも記していた通り、今回から大学編です。ですからまたまた、新キャラが増えていくと思います。彼らもモデルがいまして、個性的な奴らばかりです。物語をどう面白く料理させてくれるか考えながら、書いていきたいと思います。
では、今回はこのあたりで、また不定期後!