名探偵 怜-Toki-   作:Iwako

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二巡目、始まります。

ここから新キャラが一人登場します。
もちろん、怜ちゃんと言えば、のあの子です。





◆―◇―幼馴染と風越女子―◇―◆
二巡先 嘘と真実①


「汚い事務所やなぁ…ちゃんと掃除しとるん?」

「ここはウチが来たときからこんなんやったんやで」

「そないかもしれんへけど…」

「しれへんけど?」

 

はたきをパタパタ揺らしながら呆れ顔の幼馴染を尻目に、ウチはのんびりソファに腰かけた。

しばらく掃除はサボっとったのは内緒。

まもなく彼女は、持参したバケツと雑巾で、汚い事務所を掃除し始めた。

 

「ほら足どけて、足!」

「えー」

「えーやない、えーや!!」

 

どうも、園城寺怜です。こんにちは、こんばんは、あるいはおはようございます。

宮永さんの事件を解決してからしばらく経ちました。皆さんいかがお過ごしでしょうか。

ウチはあれからファミレスとスープスパで日々、豪華な食生活を送ってます。

しばらく生活に困らんこともあってお仕事は休業中。ウチ、病弱やから。

あ、ここでいう生活いうのは「ご飯」のことな。今月の食費はなんとかなるっちゅうだけの話。

 

「それにしても、相変わらずや」

「何が?」

「この事務所…なんにもなさすぎやろ」

「んー…」

 

そう言われて、何がウチにあるか見まわしてみる―――――

どっかから拾ってきたぼっろい机と椅子。

これは、探偵としての最低限の体裁を整えようってことで、見つけてきた。

そして明り用のランプ、これはマッチでつけるタイプ。もったいないからあまり使わん。

ソファ。これは、なけなしのお金+幼馴染二人に援助してもらって中古で買った。

ウチの数少ない家具で、見かけが唯一まとも。一応、依頼人が座る用。

あとは…うっすいせんべい布団とか、コップくらい?

 

「ないな」

「ないて!困るやろ、色々!」

「心配し過ぎや、りゅーかはウチのお母さんか」

「お母さんやなくても心配するで、この悲惨な家!」

「大丈夫や、別に困ってないし」

「はぁ…」

 

両手のひらを上に向けて、やれやれのポーズ。

竜華の立っとる丁度の後ろから、太陽がじわじわ差しこんでくる。

位置的に、現在時刻、14時。日時計って便利やで。

 

「怜は生活水準の理想値が低すぎる!」

「理想値?」

「だって、家具とか当たり前にあるもんほとんどないやん!!」

 

まぁ確かに、机椅子除いて一般的に家具言われるもんはほとんどないな。

服だってほとんど持ってないし、タンスは不要。手持ちはルーペと手帳くらいのもんか?

 

「電気も!ガスも!水道も通ってない!!」

 

これらに依存する家具は、当然持ってない。

 

「そもそも、この家自体がなんというかもう…」

「そんなことはこの家に住んどるウチがよく知っとるでぇ」

 

壁には、誰に喰われたのか無数の穴。捲れる床下には、うじゃうじゃと群がる奇妙な虫ども。

天井には、はりめぐされた蜘蛛の巣。これでも、だいぶ良くなったんやけど。

 

「これでどないして生きていくんや!」

「心配せんでも、こうして生きとるでぇ」

「さっきからその語尾やめ」

「はい。すんません」

 

ちょっとふざけたら怒られた。竜華は、からかうと面白いんやけど、すぐ怒る。

真面目で、堅いからなぁ。下ネタとか絶対言ったらアカン、絶対やで!

 

「まったく…怜は体弱いんやから、そういうとこもう少し気を遣うべきなんやで?」

「きーつけます」

「あ、その生返事気、をつける気ないやろ。これはちょっとお説教必要やなぁ…」

「げ」

「ええか、鑑みるにそもそも怜はな…」

 

人差し指をふりふりしながら、ソファの周りをグルグル歩き回り始める竜華。

いつものパターン、こうなると竜華は長い。30分は時間を見た方がええ。

 

時に過去にさかのぼりつつ、時に日常生活の不備を指摘しつつ

今日のお説教タイムはなんと一時間半に及んだ。

窓から差しこんどった光が、今はもう別の壁の向う側にある。

「…分かった?」

「わ、分かった」

「ほんと?」

「分かったて。できる限り健康に気を使いますって」

「よろしい…あ、それとな――――」

「! ところで!」

 

竜華が、次の議題に移る前に機先を制する。

させへん、ここで話始まったら、終わったころには日が沈むまである。

 

「と、ところで、りゅーか?」

「ん?」

「前に言われたから自炊しようとしたんやけど、コスパ悪すぎやろ」

 

これは、説教回避云々関係なく、今日聞こうと思っとったことや。

節約のために、ちゃんと料理しような、ってアドバイスもらっとったけど、どうにもウチには難しかった。

 

「え?上手にやればかなり節約になるはずなんやけどな」

「コスパが悪すぎる」

「ウチが言ったとおりにやった?」

「頑張ったで。まずは一週間分の食材をなけなしのお金でまとめて買って…」

「それでどうなったん?………あっ、まさか」

 

はっとした表情の竜華。よしよし、ええ感じで話題が逸れてきた。

何がまさかなんかは分からんけど、とりあえず合わせとこ。

 

「うん、そのまさかや」

「…ごめん」

「いや、りゅーかは悪ないよ」

「考え足りひんかったわ…事務所に冷蔵庫がないの、忘れとった」

「一週間分の食べ物、ダメにしてごめん…」

 

なるほど、冷蔵庫な。それは確かに必須アイテムや。

生活インフラの差は、そのまま生活水準の差――――

例えば、ある途上国で電気も通ってない村に、洗濯機を寄贈したらどうなるやろ。

精々、物入れかゴミ箱にしか使えんやろうな。もしかしたら、貴重な神体として崇められる、なんてことがあるかもしれん。

―――ともかく、貧富の差は、感覚の違いを生み出す。

国によっては、服は買うもんやなくて作るものやろうし、洗濯は文字通り、『洗う』んやろう。

 

「せめて、冷蔵庫でも買ってあげられたら…」

「え?冷蔵庫はあるよ?」

「………は?」

 

そう、実はある。言わんかっただけで。

 

「依頼がなくてしばらく暇やったし、自炊のこともあったし自作した」

「う、う、う、嘘やろ?自作?冷蔵庫を!?」

「一週間分の食べ物を、ウチが無駄にするわけないやろ。腐らせる前に全部食うわ」

「確かに…」

 

そこは納得するんかい。ま、実際にその状況になったとしたら食べるけど。

ウチが食べ物腐らせる時は、ウチの胃が容量の限界迎えて壊れたときや。

 

「で、でも冷蔵庫なんてどこに?」

「外にある。見る?」

「み、見る!!」

 

竜華にせがまれるまま、一緒に外に出た。繰り返すけど、ウチの事務所はほんまに辺鄙な場所にある。

けどその代わり、人の手が加わってない、字義通りの『自然』に取り囲まれとったりもする。

例えば事務所のすぐそばには綺麗な小川がある。 そこの水はめっちゃうまい。水の良さとかよく分からんけど、うまいんや。 ウチは、水道代わりにここの水を毎日飲んどる。

 

「なんやこれ…」

「ここの川の水は割と冷たいさかい」

「どれどれ…わわっ、な、なんでこんなに冷いん?」

「山からすぐ降りてきたばかりの雪解け水ちゃうかなぁ」

 

喉の渇きを覚えて、手ですくって、飲んでみる。

全身を底冷えさせるような重たさと、喉の潤いへの快感とが、同時に来た。

夏は凄まじく美味しい水やろうけど、冬はきっと喉が火傷するやろうな。

 

「この板がそうやの?」

「せやで。この一角を板でちょいちょいちょいと区切ってな…」

 

小川の蛇行した部分で、水の流れがゆっくりな所を利用した。

川のでっぱりの部分と板とで、丁度半月型のスペースがそこにできる。

砂の中に上手くめり込ませて、板が流れんように固定した。

 

「これで冷やす場所の出来上がり。そんで、酒屋さんがよく使うあの箱や」

「よく見る奴な。ビールとかお酒が入っとるP箱」

「後は、スーパーから拝借したビニールに食材を入れて、P箱に入れる。これで完成や」

「拝借?」

「竜華、そこはツッコむところやない」

 

ちなみに、この冷蔵庫ができてから、一週間くらいは生鮮食品が持つようになった。

ただ、一日に一遍、板をどけて、冷たい水を補充せないかんのがめんどい。

ずっとそのままにしとったら、水がぬるくなる。

 

「こ、これで腐らへんの?」

「一ヶ月とかは無理やけど、一週間なら楽勝やろ。少なくともあの事務所に置いとくよりはマシやで」

「天然の冷蔵庫や。無料で電気代もかからへん」

「よくもまあ、こんなこと考えたもんや…」

「むかし夏にスイカを川で冷やしとったの思い出してな。スイカでできるなら、他の食べ物でもできるやろ」

「へぇ~…」

 

冷蔵庫に興味津々の竜華は、しゃがみこんで、水の中を人差し指でつんつん突いた。

また冷たって言ってぴくって跳ねて、それからまたつんつんし始めた。

 

「なるほどなぁ…」

「お水、飲んでみたら?」

「えっ」

「うまいで」

「ちょっとそれは…」

「なんで?」

 

立ち上がって、スカートの裾をぱんぱん払う。

なんやそれ、そんな可愛らしい仕草、ウチ生まれてから一度もやったことないんやけど。

 

「川の水って…ちょっと汚そうやん」

「透明で綺麗やで?」

「いや、見た目はそうやけど…すぐ下は砂とか泥なわけで」

「……」

 

明らかに嫌がっとる。竜華は川の水なんで、生まれて此の方飲んだことないんやろうな。

川に住んでそうな苗字と名前しとるのに。

 

「ま、また次の機会に!」

「…そっか」

「と、怜?」

 

ウチは、ワザと悲しそうに目線を下げて、声色を重くした。

無論、これはさっきの説教の仕返しや。

 

「りゅーかは、そうなんやね?」

「え?」

「ウチが飲んどるお水は汚いって思うんや…」

「え、ち、ちが――」

「汚い女でごめんな…」

「ご、誤解やで。怜、そういうことやなくって――」

「ウチの身体には、竜華が汚いと思うものが流れとるんや…」

「あ、あのな怜。怜がどんなもの飲んでても、ウチは、気にせんで?」

 

ウチの演技に、本気で焦り出す竜華。

言葉を選びながら、必死に弁解しようとする竜華。

でも、まだウチは攻める!

 

「つまり、竜華はウチがどうなってもいいんやね…」

「なっ、そ、そんなこと思ってへんよ!」

「でも、竜華はこのお水は汚いから飲めんって…」

「ど、どんなお水飲んだって、怜は怜やん、汚くなんかない!」

「でも、汚いって…」

「………」

 

可哀想やからそろそろいじけたフリは辞めよと思ったその時、

竜華は、鞄からペットボトルのお茶を取り出して、中身を全部、石の上にばらまくと、

小川の水でそれを満たした。それでこれ見よがしにウチの目の前にきて、一気に飲み干した。

 

「……っは、ごちそうさま!」

「おぉ…」

「怜、これでどうや!」

 

まさか、ここまでやってくれると思わんかったから、かなり驚いた。

からかい半分で竜華を試した形になって、少し申し訳ない気持ちになった。

 

「これで―――体ん中、同じ水が流れとるで」

「りゅーか…」

「さ、それじゃあ戻ろう怜。今で身体が冷えてしまったし」

「…ふふっ、せやな」

 

なんとなく、竜華の腕に引っ付いてみる。

ウチの腕より、ずっと肉付きが良くて気持ちがええ。

 

「どしたん、すぐ事務所着くのに腕組むん?」

「だって、竜華が冷えとるやん」

「……」

「お水美味しかった?」

「……」

 

 

竜華は、笑いながら『まぁまぁやった』って言った。

これは余談なんやけど、これ以来、どういうわけか竜華はこの小川の水が大好きになってしまった。

聞くところによると一日2ℓはこの水を飲むらしい。

ウチに会いに来るついでに、10ℓのタンクを持ってきては、汲んで帰るようになった。

 

そんなに気にいったん?って聞いても、竜華は『タダやから』としか言わんけど、

この水にゾッコンなのは、言うまでもない。

 

 




竜華さんの登場です。
次回は、事務所に帰った後からの続きです。


それでは、今日も読んでくれてありがとう!



今までの登場人物

【園城寺 怜(おんじょうじ とき)】 
職業:探偵 西地区の探偵

事情があって少しお金に執着がある。病弱。あまり活発には動けない。
基本的に手先は不器用で絵が壊滅的に下手くそ。頭の回転は非常に早い。

持ち物
手袋、ルーペ、手帳

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