名探偵 怜-Toki-   作:Iwako

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二巡先、最終話。

怜と竜華と、福路美穂子。
一旦、お別れ一区切り。



※この話を読む前に
【嘘を真実④】を読み返すとよいかも


二巡先 嘘と真実⑧

 

「すごいニュースになっとるな」

「そうやな…新聞もテレビもないから、りゅーかに教わるまでウチは知らんかったけどな」

「偉そうに言えることちゃうやろ…」

 

 

あれから、しばらく立ちました。

美穂ちゃんの事件を怜が解決してから、次の日の朝、目に飛び込んできたのは

風越女子生徒、死亡のニュース。殺人事件ともなると、世間へのインパクトはそれはそれはすごいもんやった。

全紙一面トップは当然風越女子…場合によっては三、四面も風越の裏、陰といったタイトルがズラリや。

週刊誌も風越一色、あることないことゴシップ祭りで大賑わい。

華道部は無期限活動停止。コンクールも参加中止になったみたいや。

レギュラーが六人中四人もいなくなったら当然、やろな。

 

ところで美穂ちゃんは――――風越の部長を辞任した。責任をとって、という形になった。

あの子は悪くないと思うけど、そういうもんなんやろなぁ。

ちなみにウチも華道部が活動を再開するまでの間、お得意先を失うことになって……

ちょっと、いや正直めっちゃ苦しい。けど美穂ちゃんのほうがもっと大変と思うし、全然平気やで!

 

 

「残念やったな、コンクール」

「せやな…」

「でも、ちゃんと言ったんやな。福路さん」

「うん。心地よい嘘やなくて……聞きたくない真実を、みんなに伝えたんやね」

「……勇気のいることやろな。ウチみたいに何も持ってない人間やなくて、

 名門風越の部長を務める、彼女がそういう決断するんは」

「………」

 

何も、持ってない。何も、ない、何もかも―――――

そんな言葉が、怜の口から普通に聞けるのが、素直に嬉しかった。

 

「でも、きっと美穂ちゃん後悔してないと思うで」

「そうやろか」

「そうやって。ほら、こんなメールが来てるで!」

「?」

 

 

from 美穂ちゃん

 

本文

こうかいしてません

 

 

「………なんか怖いんやけど」

「あ、美穂ちゃんは機械音痴でな…これは

『私が自分自身で選んだことですから、後悔してません。

 竜華さん、怜さんにもありがとうございましたとお伝えください』の意やで」

「う、嘘やろ?どこにそんなん書いとるんや」

「ほんまやって、何回かやり取りする内に分かってきたんや」

「どういうことや……というか、あの人にも苦手なことあったんやな」

 

まぁ、美穂ちゃんの機械音痴は度を越しとるけどな。

パソコンや携帯とかだけじゃなくて、テレビのリモコンとか、扇風機とかもダメらしいし。

完璧やと思っとった美穂ちゃんにそんな可愛い弱点があって嬉しいと思ったのは、内緒や。

 

「誰にだって得手不得手はあるやろ。怜だって絵下手くそやん」

「絵?なんのこと?むしろ得意なんやけど?」

「ふふっ、認めたくないんやな」

「ふふん、絵くらいお茶の子さいさいやで。さてはウチの本気を知らんな?」

「はいはい。分かった分かった」

 

「それで美穂ちゃんやけど、華道自体は続けるらしいで。

  お花が好きやから、これからも触れていたいって…」

「そっか」

 

そう言って、怜は遠くを見つめた。今回の結果に、少し思うところがあるんかもしれん。

人の人生が、学校の運命が大きく変わるようなことやから、無理もない。

でも、美穂ちゃんにとってはもちろん…怜にとっても後悔のない選択やったとウチは思うで。

 

「そういえば、報酬もらったん?」

「うん。現金で100万、送られてきたで」

「生で?!」

「生で。ほらこれ」

 

怜は、無造作に引き出しから札束を取り出すと、目の前にぶら下げてきた。

 

「うわぁ…やっぱり、お嬢様やなあ」

「でも、手紙がついとって、これまでのコンクールの賞金の貯金言うてたから

 自分で手に入れたお金みたいやで。親に出してもらうのは気が引けたんやろな」

「美穂ちゃんなら、そうするかもなあ…ウチの生活費何日分やろ、あはは…」

「セーラが聞いたら発狂するで。まあ、ウチの方がよっぽど発狂するけどな」

「その割には落ち着いとるやん、稼いだ当の本人さん?」

「まあ、ほとんど使えんし。とりあえず今月の分の食費ちょっとと、あとはえーっと…」

 

さて、ここで怜に釘を刺しとかんと。

もしかしたら忘れとるかもしれんしな。

 

「……忘れてないやろね?」

「なんやっけ?」

「約束したやろ!!最低限のもの買うって!」

「ああーー……そういえばそやった。じゃあしゃーない。五万をその分に回すってことで」

「よっしゃ、そうと決まれば買い物行こか」

「うーん…今度セーラと行かへん?というか、いろいろ買うなら運ばなアカンやろ。竜華車ないやん」

「あー確かに。セーラに頼んだほうがええな。そうしよか」

「おっけー。じゃあそいういうことで。ちょっとすることあるさかい……」

 

いきなり怜は机に手帳を広げて…何するんやろか。

 

「何するん?」

「いや、忘れんうちに事件まとめとくだけやで。宮永さんのときも書いたしな。

今回も一応書いとく」

「へえ…めんどくさがりの怜が、珍しいな。どういう風の吹き回し?」

「やるべきことはやるで、仕事やからな。報酬分は働くよ。それ以外は知らんけど」

「そっか。じゃあ横でみとくわ」

「……見られたら書きにくいんやけど」

「ええやん、どんな風に書くんか気になるし♪」

「……」

 

それから手帳に怜はいろいろ書き始めた。ふんふんまずは登場人物と……んで、凶器とか、現場の状況とか書いていくんやな。

うわっ、やっぱ絵ヘタクソや!え?これ掛け軸?この四角いホットドックみたいなのが掛け軸???

 

「……りゅーか、なんか言いたいことあるん?」

「べっつーにー?」

「………」

 

ふんふん、美穂ちゃんのデータ…風越部長、今は元部長…竜華の友人、おっ、ウチを入れるとはポイント高いな。

おおよその身長、体重、あれ、バストサイズって必要な情報?まあ、怜が書いとるんなら必要なんやろか。

そして被害者、犯人のデータ……あとは、人間関係?

 

「人間関係って何書くん?」

「そのまんまの意味やで。例えばウチとりゅーかなら、幼なじみ、とかな」

「あ、なるほど…この矢印は?」

「相手にどういう感情を抱いとるか、やな。これと他のデータを合わせて推理する」

「へえ……事件の復習も忘れんのやね」

「後々役に立つかもしれんしな。まあ、今後これがどう生かされるのか、とかは分からんけど」

「ん?この矢印は…?」

 

ギザギザ波打って、相手に突き刺さるような矢印。

見ると、吉留さんからAさんへと、そのラインは伸びていた。

 

「……憎しみや。吉留さんが、Aさんを殺したいくらいに思ってた。それを意味してる」

「そこまで、思ってたんかなあ…実行したんは文堂さんなわけやろ?」

「全員Aさんに対して、よく思ってなかった思うで」

「でも美穂ちゃん、みんな仲良しって…」

 

怜は、一旦書く手を止め、ウチの方を見た。

 

「そうやな。でも本当にそうやろか」

「どういうこと?」

「竜華も感じんかった?温度差を。福路さんの事件に対する思いと、池田さんのそれ」

「あ…」

 

確かに、真剣に事件のことを想っとったのは、美穂ちゃんだけのように見えた。

池田さんは切り替えが早いのかな、と思っとったけど。

もしかして――――そもそもあまり関心がなかった……?

 

「もちろん全員が険悪っちゅうわけやないと思う。

 でも、Aさんは三人や池田さんに嫌われとった可能性は高い」

「そうなん?」

「実際にその場を見たわけやないからな。言いきってそう、とはできんけど」

「福路さんの話によると…Aさんは気の強く、華道の才能あふれる人間やったそうやん」

「そう言ってたな」

「例えばやけど…そのAさんの性格が、調和を重んじる日本的文化の中で、悪い形で表れとったとしたら?」

「……」

「もしかしたら、才能があるのをいいことに、他の先輩を馬鹿にする、いうことが過去にあったかもしれん」

「実力があることをいいことに、鼻につく態度を周囲にとっとったんかもしれん」

「なるほど…」

「ま、所詮ただの『かもしれ』話やけどな…」

 

怜は、ため息を一つついて、再び手帳に目線を落とした。

 

「もしそうやとして……なんで気がつかへんかったんやろ」

「何が?」

「美穂ちゃん。部員のそんな様子を、あの子なら察知できそうな気がするんや」

「さぁ…そこまではさすがに分からんな。

 そもそも今回の事件、ウチは加害者・被害者ともに会ってないからな」

「他のレギュラーの喋ってるところも、顔すら見たことない。

 写真とほんのちょっとの情報だけを手がかりに推理したしな」

「まあ、体弱いウチにとってはそれが楽なんやけど…いろいろと決め手には欠けるなあ」

「そうやな…」

 

自分でも考えてみる。なんでこうなってしまったんか。

どうやったら事件は起こらんかったんやろか……アカン、分からん。

分かったらウチも探偵になれるかな?ウチには無理そうやけど。

 

 

「怜はどう考えるん?」

「そうやな…あの人自身はすごいええ人なんやけど……」

「敢えて言うなら、福路さんは人の良いとこを見抜くのことにかけては天才的やけど」

「人の欠点や短所、悪意を見抜くのは苦手やったんやないかな」

「確かに悪口を言ってるの聞いたことないけど…」

「あるいは知ってて目を背けるようにしてたとか、な。」

「目を…」

「何にせよ、あの人自身は尊敬に値するすごい人なんは間違いないで」

「そうやなぁ」

 

怜は、身体をこっちに向けて、続ける。

 

「ウチは、あんなに他人のことを考えて、行動できる人を見たことがない」

「そ、そんなに?」

 

いや、ウチもそう思うけど。怜は、美穂ちゃんに昨日今日と二回会っただけやん。

なんでそんな判断ができるんや。

 

「握手した時、この人普通じゃないな、思た」

「は、握手?」

「自己紹介した後、ウチが握手を求めたの覚えとる?」

「あー…やっとったな」

 

怜がそんなことするなんて、珍しいなー思いながらそん時は見とったな。

 

「それで、なんでそれが美穂ちゃん普通じゃない、になるん?」

「実はあん時、ウチは右手やなく、左手を福路さんに出したんや」

「左手?あれ、そうやっけ。怜って右利きやないん?」

「まぁ、落ちついて聞いてや。握手は、世界共通の挨拶の方法やけど、

 どちらの手でするかで、意味が変わるんや」

「え、そうなん?!」

「そうやで。一般的に握手は…相手に利き手を差し出すことで、武器を持ってませんよ、敵意はないですよ、ってことを相手に示す手段やった」

「そこから、相手への好意を示す挨拶として、友好の印として交わされるようになった」

「へぇー…」

 

なんというか豆知識。あんまり日本人って握手しないイメージあるけどな。

でも、やっぱり握手すると相手に想いが伝わるいうか、グッと距離が縮まった感じするな!

 

「…やけど、これは右手でやった場合の話や。逆の手――左手でそれをやった場合、まったく違う意味になる」

「どうなるのん?」

「もう二度と会いたくありません」

「へ?」

「さようなら、って意味になる」

「…………はぁぁぁぁぁぁぁ?!!!」

「まぁ平たく言うと、『あなたが嫌いです』って意味やな」

「アンタ何やっとるんや!!」

「怒らんといてーや、ウチも悪気があったわけやない」

 

ああああああ、なんということや……

知らんかったとはいえ、そんなことしとったなんて―――知っとったら、絶対止めたのに!!

 

「はぁ…じゃあ怜と美穂ちゃんは、ウチの目の前で仲良さそうにしとると見えて

 その実、バチバチ火花散らしとったんか」

「…とまぁ、そこで福路さんがそのまま握り返してきたら、そうなっとったかもしれん」

「へ?」

「福路さんは、ウチの手を握り返さんかった。あの時のこと、覚えとる?」

「あの時、えっと――――」

 

 

―――申し遅れましたけどウチ、

 竜華の友達の園城寺怜いいます。

 

―――華菜、あなたもご挨拶なさい

 

―――改めて、風越女子高校、華道部部長を務めます、福路美穂子と申します。こちらこそよろしくお願いします。

 

 

「あっ…」

 

「そう、福路さんは、ウチが左手を出したのを見て、タイミングを外すかのように、池田さんに声をかけた」

「それで、ウチが虚をつかれた次の瞬間、もうウチの目の前に右手を差し出しとった」

 

「………」

 

「何が凄いって、あまりに自然過ぎるところ。ウチの挑発とも言える行動に変に反応せず、後輩のフォローをし、かつウチの左手を自然に躱すそのスマートさ」

「常に、相手のことや周囲のことを考えてないとできんやろ。

 いや…考えてても、なかなかできることやないと思う」

「左手で握り返したら、『私もあなたが嫌いです』って意味になるし、かといって

 『左手なの?』と聞くとウチが恥をかくかもしれんし、気まずくなるかもしれん」

「あの場でベストな選択を、瞬間的に判断して実行できる、なんと表現したらええんか分からんけど―――」

「『凄まじさ』が、福路さんにはあるな、思ったんや」

 

あの場で、そんなやり取りが行われとった、ってことにも驚きやし

美穂ちゃんの機転にも驚きやし、それに気が付いた怜も怜やし、もう頭が着いていかん。

ただ、凄まじさ、っていえば、ウチも何度も感じたことがあった。

きっと、怜の直観は外れてないんやろう。

 

「でも―――そんな福路さんでも…できんことがあったんや、ちゅうことやろな」

 

「あの人は、あの人は確かにすごい。ただ、一人でできることには、やっぱり限界がある」

 

「巨大な組織は―――やっぱりまとめる力が必要や。

 それには、福路さんみたいな誰にでも尊敬される人は、確かにうってつけや」

 

「ただ、ウチの見立てやと―――風越は、福路さんに頼り過ぎたんちゃうか」

 

「頼り過ぎ…?」

 

「組織におけるカリスマは、マイナスの副産物を生む。

 その人に頼りきっとる分、抜けてしまうと……全体がバラバラに崩れる」

 

「今回だって、福路さんがいない時に事件は起こってるしな。

 冗談じゃなくあの人が風邪を惹かんかったら事件は起こらんかったかもしれんで?」

 

「そんな…」

 

「数百人を束ねる部活…不満がどっかから出て当然。それを福路さん一人で押さえこんだこと」

 

「学校の隠蔽体質。その他いろいろな要因があったと思うけど」

 

「名門の『陰』の部分を分散しきれず、福路さん一人に全部押し付けられた。

 いや、あの人なら進んで引き受けそうやから、押し付けられたいうんは正しくないかもしれへんけど」

 

「いずれにせよ、それによって生じた歪が修復できんほどに大きくなって――――――」

 

「福路さんの不在で、今回ついに爆発した。こんなとこやろか」

 

「なるほど…現場を見てきたみたいな意見………さすが怜」

 

「どうも。それじゃ書いてええ?」

 

「ええよ。邪魔してごめんな」

 

 

 

怜が手帳に事件をまとめるのを眺めながら、いろいろと考えてみる。

 

今回の事件で、美穂ちゃんはいろんなものを失った。

名門の伝統も、部長としての地位も、もしかしたら将来への道も。

 

でも、きっと長い目で一番いい選択をしたんやと思う。

自分で考えて考え抜いて、選んだ答えやと思う。

 

美穂ちゃんは確かに後輩を統率しきれんかもしきれんかったけど

部長はやめることになってしもたけど。

 

最後の最後に、ちゃんと部長としての仕事をした。自分の身を切って、後輩に、世間に示した。

 

名門の伝統、悪弊を打ち破って――――――

 

――――正しくないことを、正しくないと言えるように。

 

――――正しいことを、正しいと言えるように。

 

美穂ちゃんの引退を最後に、風越の体質が変わってくれることを、ウチは切に願う。

 

 

 

「ときー」

 

「ん?」

 

「んーん。なんでもないよ、呼んだだけ」

 

 

 

そんでもって……美穂ちゃんとこれからも友達でいられたら、ええな。

 

 

 

 

≪二巡先:嘘と真実 End≫

 





第二章、無事年内に終わりました。
ここまで読んでくれてありがとう。

近いうちにまた三章も始めたいと思います。
これからもよろしくお願いしまっす。

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