美穂と、竜華。
真実と、嘘。
園城寺怜。
最後に、残るものは。
「あ、あの…本日はどういった用件かしら」
「コンクールも近いの、できれば手短にお願いしたいわ」
昨日に続いて、美穂ちゃんを事務所にご招待。
綺麗とはお世辞にも言えないこの場所に、またお呼びするとは思わなかった。
どうしても話したいことがあると言って、ウチがメールした。
ちょっと気が進まない風な返信やったけど、割と緊急な感じの文面で送ったから、こうして来てくれたんやと思う。
「二日続けてきてもらってすいません。とりあえずお茶でも」
「いえ、大丈夫よ」
さもお茶があるような言い方しとるけど、用意するのはウチやで?
まあそれはええんやけどな…それより怜すの考えとることがさっぱり分からん。
「コンクールの準備は進んでます?」
「ええ。ちょうど今学校でレギュラー中心に動いてると思うわ。
といっても、作品を出すのはレギュラーだけだから他のみんなは運営の手伝いとかだけど…」
「そっか。忙しいとこホンマすんません」
「あの、それで…」
「今日ここに来てもらったのは他でもないんです」
「…?」
「ウチの推理を聞いてもらいたくて、ここに来てもらいました」
「すい、り…?」
「はい。気楽に聞いてください。それはもう―――」
「―――ちょっぴりおかしな、探偵の世迷いごとを仕方なく聞いてあげる、くらいの気持ちで」
怜は、時間を取らせてしまって申し訳ないんか、軽く自嘲気味にそう言った。
けど、美穂ちゃんのことはウチがよく知っとる。
こういう時、決して茶化したりするような人やない。
そんな雰囲気を微塵も出さんどころか、怜から大事な話があると察知して、気を入れなおしたみたいや。
美穂ちゃんを改めて見てみる。
忙しいにもかかわらず、人に会う、きちんとした服装で、化粧も完璧、どこに顔を出しても、恥ずかしくない装い。
こうした細部に、風越のトップに立つ人間の優秀さ、凄まじいほどの周囲への気配りがひしひしと感じられた。
「…園城寺さんの意図は分からないけれど、お話があるというなら、きちんと聞くつもりよ」
「さよか」
「それにあなたの提示した金額も、もし解決してもらえらば払うつもりだったわ」
「探偵という仕事は、きちんとしたお仕事だと思うし…」
「……」
「あ、しゃべりすぎてしまってごめんなさい。人を見かけや役職だけで判断するの、私はあまり好きじゃなくて…」
「……アンタが、いい人やから」
「えっ?」 ・・・・・・・・・
「いい人、やな。ウチもアンタみたいな先輩が欲しかったわ。コンクールでもきっと立派な成績収めるんやろな」
「そ、そんなこと…結果は誰にも分からないけど、気は抜かずに精一杯頑張るわ」
美穂ちゃんは昨日みたいににっこり笑った。ホンマに人間できてるなあ。
「……じゃあ、言うで。福路さんがちゃんと聞くいうから、ウチもちゃんと話す」
「え、ええ」
「この事件起こしたんは外部犯やない―――――内部犯や」
その時、美穂ちゃんの全身がピクっと動いたような気がした。
一瞬のことやったから分かりづらかったけど、いつも落ち着いた佇まいの子やから…その揺らぎが際立ったんやと思う。
「……あの、昨日外部の方の犯行と決着がついたのでは…?」
「ウチもそう思ってた…できればそう思いたかった。でも―――」
「Aさんは殺されたんや、風越の部員に」
「ええっ?!」
「ちょ、ちょっと待ってね…部員って、その時はレギュラーの子しか、いなかったわ」
「れ、れ、れ……レギュラーの子の、誰かが、これを、したって、言うの?」
「そうや」
「う、嘘よ。あの子たちの誰も、そんなことするはずがないわ」
「そ、そうやで怜。だいたいあの時、全員にアリバイがあるんや。みんな部室にいたはずやろ?」
「……」
美穂ちゃんは冷静さを失って、アタフタしとる。
ウチだってそうや。怜は昨日そんなこと言わんかったし、今日だってまさかそんなことを美穂ちゃんに言うとは思ってなかった。
「あの日レギュラーしか部活に来てなかったから、疑いがかかるのは分かるわ。でも、全員がそう証言してるのよ」
「それならあの子たち以外、つまり外部犯の仕業と考えるのが自然じゃないかしら…?」
「そうやな…でも、そのアリバイが成立しない可能性がある」
「………」
「な、なんやそれ。そんなんありうるん?」
「福路さんと池田さん除いて、その日部活に来てたのは四人。
Aさんが殺されたから、残り三人、第一発見者の警備員除いたら事情聴取でアリバイを証言したのもその三人」
「それがどうかしたん?」
「他に誰も事情聴取受けてへんのやろ」
「だ、だからそれが――――――え……えっ?」
「……」
三人しか、アリバイがなくて、三人とも同じ部屋にいて事情聴取を受けて――――
えっ…まさか……いや、嘘やろ…?
「ああそうや」
「吉留未春、深堀純代、文堂星夏」
「全員が全員――――――嘘つきや」
「…………」
「三人が互いのアリバイを証明してる、一見全員無実。でも裏を返したら…全員が犯人って可能性がある」
「その三人のアリバイを、他に証明する人がいないんや。だからアリバイの仮面は……簡単に剥がれ落ちる」
「……………くよ」
「だから――――」
「憶測よっっ!!!」
「!」
その時、別人かと見まがうばかりの恐ろしい顔の、美穂ちゃんがそこに立っとった。
初めて見る綺麗なオッドアイが、怒りの紅にしか見えへん。
彼女は、両手を広げて、全身で怜に訴える。
今にも泣き出しそうな、怒っているような、いろんな感情が混じった顔。
美穂ちゃんみたいに、人間出来てる人の…こんなにも人間らしいというか
ある意味高校生らしい、むき出しの感情を目の当たりにするなんて。
「ありえないわ。あの写真を見たわよね。明らかに外部の犯行だって分かると思うわ」
「それに、写真を見ただけでイコールあの子達が犯人だなんておかしいわ。納得できないわ」
「……じゃあ、一個づつウチの考えを話す。ウチは現場を見てるわけやないから、
本当にこれは憶測。福路さんの言うとおりや」
「……」
「いくら怒ってもらってもええ。信じてくれんでもええ。ウチを――――嫌いになっててもええ」
「せやから――――最後まで聞いてください」
場が、水を打ったように静まり返る。外から、小川のせせらぎが聞こえた気がした。
美穂ちゃんはしばらく怜を睨みつけてたけど、感情をかみ殺すように片目をつぶると、ゆっくりとソファに腰かけた。
「………どうぞ」
「まずこの写真のおかしいとこ言うで。最初はこの掛け軸」
「掛け軸って外部犯が破いたんやないの?」
「強盗が?こんな高そうなものを?」
「あっ…」
言われてみれば、確かにおかしい。真っ先に目に付く金目のもの言うたらこれやのに。
「次、このガラス。この写真を見ると、破片言うより、ガラスの粉末や。
これ、割ったあとに、わざわざ足で踏み砕きでもせんとこうならん」
「なんでこんなことする必要があるんやろうか?」
「……入ってきて、部屋の中動き回った間にこうなったとか?」
「ガラス踏むたびに、音が鳴って気づかれる可能性が高なるのに、そんな迂闊なことせんとウチは思う」
「……言われてみれば」
「じゃあ、どうだというの?
その写真のおかしなところと、あの子達が犯人であることと、どう結びつくのかしら」
「……ここからは、ウチの完全な予想というかほとんど妄想。あの時――――部屋で何が起こったのか」
「……」
「始めに、この部屋にはたぶん吉留さんと文堂さん、Aさんの三人がいた」
「そして…吉留さんとAさんが何らかの理由で揉み合いになった」
「それで、もしかしたらAさんは弾みで吉留さんの首を絞めるか何か…暴力を吉留さんに振るったんとちゃうか」
「慌てた文堂さんは、部屋にある花瓶でAさんの頭を殴りつけた……これが致命傷や」
「ちょ、ちょいまち怜。あまりに展開が突飛すぎるやろ!?」
「二人は唖然としたやろな…少なくともその時は殺すつもりなんてなかったはず。
この事件は計画殺人やなく、衝動的なものやと予想する」
「そして―――たぶんもみ合ってる時に吉留さんのメガネが落ちたんやと思う。
その時の衝撃で、割れてしもた。さて、どうしようか。このままメガネを放置してたらまずい」
「そう考えてる途中に、席を外してた深堀さんが帰ってきたんや。そのときどういうやり取りがあったんかは分からん」
「けど、そこでおそらく、三人はこの犯罪を隠して、闇に葬ろうと決めた」
「……」
「他に部員はおらんとはいえ、いつ警備の人が来るかも分からない…
この殺人をもみ消して、かつ吉留さんのメガネの破片をごまかすために」
「てっとり早い方法として、外部犯の仕業にしてしまおうと思いついた。
そして部屋をめちゃくちゃにして、窓ガラスを破壊」
「その中にガラスを混ぜてしまえば、カモフラージュできるってな。
ただ、窓ガラスとメガネのガラスの大きさが違う。心配になった3人は、窓ガラスもろともさらに粉々に砕いた」
「そ、そんな…それで、吉留さんはコンタクトに、ってこと?」
「コンクール前に、慣れないコンタクトにわざわざ変えるなんて、合理的やない。
だからそうせざるをえない理由があったに違いない。それでこの写真のガラスを見てもしかしたらと思ったんや」
「……」
「もう一つ指摘しとくで。直接手を下したんは文堂さんやと言うたけど…一応根拠はある」
「……それは何?」
「―――返り血、や」
「……」
「文堂さんは花瓶で殴ったとき、大量の返り血を浴びたはずや」
「まさかその着物で部活に出るわけにいかへん。ましてやクリーニングに出せるはずもない。
かといって、コンクール直前に、着物の寸法を合わせる暇もない」
「予想するに、新人やったから、予備の着物もなかったんやろ」
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ昨日ウチに聞いた、着物の血抜きって…」
「竜華が言うには、着物の血抜きは手作業でやってたら四、五日最低かかるらしいな。
やから……それまで文堂さんは学校を休む羽目になったんや」
「体面上は、ショックを受けてるってことにしてな」
怜の推理が進むにつれ、美穂ちゃんの顔が段々と青白くなっていく。
無意識に身体に両手を巻き付けて、全身で、全霊で、怜の口から紡がれる一言一句を拒絶する。
「……ち、違うわ…偶然よ」
「美穂ちゃん…」
「そんな寄せ集めの情報を無理やりつなげて…強引にあの子達を犯人にしようなんて……」
「……福路さん。もうええよ」
え?
「もう、疑ってもええよ。本当は、分かっとるんやろ」
「……」
「疑いたくない、信じたい、あの子達はやってない。ずっとそう言いかせてきたんやろ…?」
「ち、ちが…私は……私は……」
「美穂ちゃん、そうなん……?」
「……」
「竜華。この写真の一番不自然なところ、分かる?」
「えっ、ま、まだあるん?」
「見てみ」
改めて…写真を見てみる。部屋中をひっくり返したように、机、椅子が好き放題にポーズをとり
棚はだらしなく開けっ放し、床には備品が散らばって足の踏み場もない。
掛け軸、花瓶とガラスと、たぶんやけどメガネの破片。所々濡れた床。血まみれのAさん。
分からへん、掛け軸と、この粉々のガラスがおかしいんは理解できたけど…まだあるっちゅうん?
「…分からんわ、怜。何があるん?変なもの、何かある?」
「違う、逆や」
「え?」
「変なものはもうない。そうじゃなくて、本来あるべきものがない」
「………」
「……?」
「竜華なら、気がつかん?むしろ竜華こそ気がついてほしい」
ウチこそ、気がつくべき……………………あっ
ああああああああああああああああああああっ?!!
「――――気がついた?」
「……」
「竜華なら、言えばすぐ気がつくと思ったで」
「お花が……お花がない」
「正解。花瓶があって、水が散らばってて、それでいて生けられてるはずの花がない」
「外部犯が花を持ち去る?わざわざ?まず、ありえへん。
百歩譲って持ち去るにしても、凶器の花瓶とセットで持ち去るやろ」
「……」
「殴ったとき、返り血で花も血まみれになったはずや」
「それで、これは予想やけど……この花を持ち去ったのは、深堀さん、やないやろか」
「花を誰よりも大切にし、華道部としての責任をその肩に背負った彼女なら……」
「たとえ罪を犯したとしても、血まみれの花なんてアンタに見せたくなかったんやないか。ましてやその花を生けたんが」
「自分が誰より尊敬する、キャプテンの生けた花やったんならな」
そういえば、池田さんが言ってた。学校のありとあらゆる所に美穂ちゃんの生けたお花があるって。
そうか、このレギュラールームの花も、美穂ちゃんが。あれ、じゃあ、もしかして――――
「…………」
「美穂ちゃん……」
「たぶん、この写真を見て、アンタはすぐ気がついたはずや。自分の生けた花が見当たらんことに」
「レギュラーの誰かが花を持ち去ったことに…そして、アリバイ証言を聞いて、三人が、ウソを吐いていることに…」
「…………」
「そして今は、三人のために、アンタが嘘を吐いたんや。三人をかばうために」
「いや、違う。今となっては福路さん、アンタは華道部員全体、ひいては風越という学校をかばってる」
「レギュラーの三人が人殺しをしたとなると、これはもうとんでもないことや。
間違いなく世間は大騒ぎや、マスコミの格好の餌となるやろう、瞬く間に風越の名誉は地に落ちる」
「やから、黙っとったんや。自分を犠牲にして、自分の良心と引き換えに、風越の伝統ちゅうやつを」
「…………」
「以上、や。アンタの言う通り」
「全部、憶測、やけどな…」
「………」
美穂ちゃんは途中からずっと下を向いてた。でも、耳を塞いだりせず、最後まで怜の言うことを聞いてた。
膝の上に添えていた手が、力強い握りこぶしに変わった。やがてそれが解き放たれると、力なく語り始めた。
「………私は、どうすればいいかしら」
「私、すぐ分かったの。深堀さんに謝られたとき……その顔を見て」
「この子達がやったんだなって。すぐ分かったわ。ずっと見てきたから」
「私が黙っていれば、いいんだって、それでいいんだって、ずっと我慢してきたわ。
そう、自分に言い聞かせてきた。このまま黙っていれば、無事にコンクールにも出られる」
「先輩たちが一生懸命、コツコツと積み上げて、ここまで大きく育てた風越の伝統。
次の後輩たちに、そのまま…とは言えないかもしれないけど、きちんと引き継ぐことができる」
「ここで犯人を追及して、誰が得するのって。私に、先輩たちが、皆が創り上げて来た、『伝統』をぶち壊しにする権利なんてない」
「いいじゃない、私が黙ってる、世間もこれまで通りの風越を見てくれる。時間も経てば、事件は風化してすべて丸く収まる…………でも」
美穂ちゃんは、立ち上がった。
髪を振り乱して、余裕なく。心の奥の、誰にも見つからない場所に、ずっと隠してきた想い、魂の叫びが、堰を切ったように、溢れ出す。
「私は――――弱かったわ!!!」
「良心の呵責に耐えられなかった!!!」
「無理だった!!!」
「だから…誰かに相談したかったの…」
「それで、ウチに…」
「ええ、そうよ。私は、自分の部員たちの誰も、そんなことしないと信じたかった。
外部犯の仕業って、警察以外の、誰かに…できれば、専門家に、はっきり言ってもらえれば…心が落ち着くと思った」
「………」
「だから、昨日は本当にほっとしたわ。久しぶりに、心を休めることができたの」
「でも――――やっぱり嘘は…心地よくっても、嘘なのね」
「今、改めて真実を突きつけられて、私はどうしたらいいか分からない」
「正直なところ、逃げたくて仕方がないのよ……本当に、ダメなキャプテンね…」
「後輩の前ではお金の問題じゃない、気持ちの問題。真実を知るためになら、なんでもする。
そんなことを言っておきながら」
「心の底では、どうやって真実をごまかすか、ばかり。こんなキャプテンだから、今回こんな――――――――」
「そんなことないっっ!!」
そんなわけ…あるか。美穂ちゃんが、ダメなら人間なら、この世の大多数の人間は――――なんやっていうんや。
「りゅ、竜華さん?」
「そんなわけあるかい!美穂ちゃんは、立派にキャプテン務めとった!」
「お花の注文するとき、いつもわざわざ店に見に来てた。そしてこう言っとったやんか!!」
「『私は、キャプテンだから、皆の助けにならなくちゃいけないわ。だから、まずはきちんとお花をこの目で見ることからね』って!」
「学校中にある生け花だって、美穂ちゃんが毎朝早起きして生けてる言うてたやん!!」
「『ひとりでも多くの人にお花を楽しんで欲しい、それで興味を持ってくれたら嬉しいわ』
って、ウチに………!!」
「そんな美穂ちゃんが……ダメなキャプテンなわけ、あるか…あるわけない!!」
「竜華、さん…」
「今回だって、美穂ちゃんは悪くない、悪くないんや。レギュラーの三人が、悪いとか、そういうことやなくって」
「もう、美穂ちゃんが苦しむことないやん。十分、苦しんだやん」
「今回のことは、そうなったことは仕方ないし、今となっては誰のせいでもないんや」
「………」
「やから……後は、そうやな」
ウチには、怜みたいに事件を解き明かすことはできん。できることと言ったら――
――友人として、道を示してあげることくらいや。
「美穂ちゃんが後悔せん方を、選びや。黙っとくんも、三人にきちんと言うのも、選ぶのは、美穂ちゃんの自由や」
「せやから、美穂ちゃんが、納得できる道を。ただし、それはな――――」
チームメイトの為でもなく、伝統を守る為でもなく、学校の為でもなく。
「他でもない―――自分自身のために」
二巡先、ここまで見てくれてありがとう。
残り、エピローグがあと一話あります。
すぐに(二日以内に)投下予定です。