「基地を出ていけ」と言われたシィーニーが、失意の元格納庫から去ろうとしたとき、シィーニーの足元に何かがぶつかった。
慌てて見下ろすと、ちっこい少女が額に手を当てて尻もちをついていた。色白だから北東アジア系の華僑人だろうか。シンガポールには昔から華僑人も住んでいて、人口の1割ほどを占める。どこから迷い込んできたんだろう。
「お嬢ちゃん、ここはこわーい、こわーいブリタニア軍の基地ですよ。勝手に入ると怒られちゃいますよー? おとーさん、おかーさんはどこ?」
するとちっこいのが癇癪を起こした。
「むがーっ! 私は迷子ではないであります! 私も貴女と同じ軍曹! しかも聞いた限りでは私の方が年上なのであります!!」
「ええ?! そ、そう言えばそれ扶桑海軍の服ですね」
立ち上がってみれば天音や優奈が着ているのと同じ白地と青の水兵服だ。その横にもう一つ長い影が映った。こちらは扶桑海軍士官の白い2種軍装の若い男の人だった。バーン大尉が、らしくないにこやかな顔でその人達を迎えた。
「ああ、よく来てくれました」
「扶桑皇国海軍技術部の葉山少尉です」
「お待ちしてました。ブリタニア空軍シンガポール航空隊のバーン大尉です。どうぞ冷房の効いた部屋へ行きましょう。シィーニー軍曹はそちらの方のお相手をしてろ。それと間もなくお前用の新型機も到着するから受領するように」
「は、はい?!」
「磐城君、用事を済ませてくるから、ちょっと待機しててくれ」
「了解であります!」
ちっこいのがピシッと敬礼した。
バーン大尉と葉山少尉が去って、格納庫にひゅーっと生暖かい湿気た南国の風が通り過ぎる。シィーニーが首を斜め下に向けると、頭半分低い位置に、残された少女の顔があった。
二人の目が合った。
「扶桑皇国海軍の磐城一飛曹であります」
小さな扶桑水兵服の少女がピッと敬礼した。
「わ、わたしはブリタニア空軍……をクビになりかけてるマレー人植民地兵、シィーニー・タム・ワン軍曹」
「お噂は筑波優奈からお聞きしているであります」
「え?! ユーナさんのお知り合いですか?」
「あやつとは同期入隊であります。ところで……」
磐城はキョロキョロと辺りを見回す。
「ここでは椰子の実ジュースが飲めると聞きましたが?」
「椰子の実ジュース?! の、飲みますか? ちょ、ちょっと待って下さい、すぐ用意します!」
◇◇◇
両手でコップを掴み、んごっんごっんごっと豪快に喉を鳴らす小さな磐城。
「ぷはーっ! 旨いでありますね! もう一杯」
「あ、はいはい」
「筑波優奈も大好きで、ここに寄るといつも沢山飲んでいくと聞いておりますが……」
コップを差し出す磐城の目はシィーニーの身体をじっと観察する。
「チチの大きさには影響しないようでありますね」
「チチ?」
シィーニーは目線を自分に下ろす。
「ブリタニア軍がもっとお肉とか乳製品とかいっぱい食べさせてくれれば……ぶつぶつぶつ」
ペタペタとシィーニーも無い胸を撫でた。
「チチのことはよいとして……先程クビになりかけているとか何とか?」
コップへ椰子の実ジュースを注ぐシィーニーの手が一瞬止まる。
「えはははは……。いえねぇ、本国に撤退してしばらくいなかったブリタニアからのウィッチさんが、この度また配属されるようになったので、臨時雇いだったわたしは使ってた機体も取り上げられちゃて、ここも出ていけってことらしいもんですから……」
「ホウ。でもあそこにストライカーユニットは沢山置いてあるではないですか。ブリタニアのウィッチはそんなに大勢やって来たのでありますか?」
磐城が指さした先にはユニットケージが5台並んでいて、それぞれに綺麗にストライカーユニットが乗っかっていた。その後ろの暗がりにも目を凝らすと、いくつもストライカーユニットが木箱から溢れるように積み上がっているようで、とても機材が不足しているようには見えない。
「あれも全部わたしのですが、もう古い機体だから、ブリタニアのウィッチさんもあれには手を付けませんでした」
磐城がコップを持ってユニットケージの方へ歩いていった。練習脚でお世話になったような複葉のストライカーユニットだった。しかし練習脚のようなぺらぺらの華奢なものではなく、太くてがっしりしており、整備も行き届いていた。
「戦闘脚のグラディエーターMkⅡです」
「まだ飛べるでありますか?」
「勿論。ここでは現役バリバリです。空中戦が必要な相手の時はこれで出撃するんですよ」
「着艦フックや、カタパルト射出用の補強もされてて、空母でも運用できるでありますね」
「え?! 重くなるからいらないって言ったのに! いつの間にシーグラディエーターに改造されちゃったんだろ」
「エンジンが別体式でありますが、機体本体は完全軽合金製で設計は比較的新しそうであります」
「でも7.7mm機銃しか使えないから、最近出始めた中のぎっしり詰まった黒いネウロイだとかなり苦労するんですよ」
「12.7mmや13mm機銃はだめでありますか?」
「重くて運動性が落ちるのと、魔法力供給が追い付かないみたいで……」
「ははぁ。それなら良さげなのがあるでありますよ」
そこにトラックがやって来た。マレー人の整備兵が報告に来た。
「シィーニー軍曹、新しい機体が届きました」
「あ、そういえばさっき、バーン大尉が何か言ってたっけ。何が来たんだろ」
降ろされた沢山の木箱に現地人の整備兵達が群がる。
「受領書にサインしないとだから、早いとこ開けちゃって下さい」
「了解、開けます!」
一応ワクワクするシィーニーが見守る中、木箱が開けられる。
クッション材が取り除かれると、しかし出てきたのはまたも複葉脚だった。しかもグラディエーターよりずっと大きい。
シィーニーが派手にずっこけた。
「な、なんですかこりゃあ! 行先博物館と間違えてるんじゃないですか?!」
「でも軍曹。これ1945年製とありますから、ほぼ新品ですよ。セイロン島のブリタニア軍コロンボ基地から届けられてます」
「これで新品?! 複葉脚の新品?」
シィーニーの手にある物品リストを見た磐城がホウホウと納得した。
「これはブリタニアの艦上雷撃脚、シルフィー・ソードフィッシュでありますね。わたしも艦上攻撃脚を使うウィッチですので、このタイプの機種には詳しいであります」
「雷撃機ですか?」
「MkⅡから搭載してるブリスター・ペガサスは、宮藤理論を取り入れたエンジンですし、それにこれは電探装備のMkⅢ。ソードフィッシュの最新であります」
「本当に新品の最新鋭なんですか? これが?!」
時代が逆行し始めたのかとシィーニーは目をしばしばする。
「シィーニー軍曹、こっちに巨大な部品が入ってます。これは増槽ですか?」
だがシィーニーにはそれが何かすぐに識別できた。天音や優奈達との交流でさんざん見てきたからだ。
「それフロートじゃないですか!」
「ははぁ、読めてきたであります」
ニヤつく磐城へシィーニーが振り向く。
「どういうことですか?」
「今日、葉山少尉が呼ばれたのは、対潜哨戒についての相談でありました。おそらくこのソードフィッシュを使って対潜作戦をやりたいのでしょう」
シィーニーの顔が徐々にほころび始めた。
「ソードフィッシュは複葉脚ですから、物凄く低速で空を飛べるのであります。対潜哨戒にはうってつけです。そこにフロートとなれば……」
「アマネさんやユーナさんの船にも乗れる!」
「お前にしては随分察しがいいな」
声の主は今日2度目の格納庫の入り口に立つバーン大尉であった。話が終わったらしい葉山少尉も一緒だ。
「バーン大尉、配置換えっていうのはもしかして?!」
「そうだ。お前を扶桑海軍に派遣する」
シィーニーのぱあっと晴れ上がった。
「潜水型ネウロイをやっつける最前線にブリタニアがいないなど私が許さん。主戦場は海上だ。海上での戦果に目を向けないブリタニア本国の連中の目を覚まさせてやる。私の計画に付き合ってもらうぞ」
久々にシィーニーの顔に明るい笑顔が戻ったが、そうはさせないのがロンドンの天気のようなバーン大尉である。
「その前に、リベリオン海軍から救援を求む緊急電が来た。シィーニー軍曹はグラディエーター1脚を牽引してリベリオン軍が駐留しているカラン空港へ行け。そこでリベリオンから武器の提供を受ける。葉山少尉も同行するから、詳しくは葉山少尉から聞け。その後の行動はカラン空港に着いたら追って指示する」
「は、はい?!」
「磐城一飛曹も行くよ」
「はっ!」
シィーニーは訳も分からぬまま、グラディエーターの収まっているユニットケージごとトラックに載せられて、土煙だけを残してセレター空港を飛び出し、南の方にあるカラン空港へと走り去った。
いつぞやかソードフィッシュに水上機タイプがあると教えてもらって、それ以来使う場をずっと考えてましたが、シィーニーちゃんで日の目を見られそうです。グラディエーターにも水上機バージョンがあればよかったんですけどね。まだ存在したという文献に当たったことがありません。