セレター空軍基地ではシィーニー軍曹が頭に赤いハイビスカスを飾って、今か今かと扶桑のウィッチ隊が来るのを待っていた。シィーニーは基地でスクランブルの待機から解放されないので外に出ることができない。そこで扶桑の側から来てくれることになったのだ。
「凄いんだってー。それでかっこいいんだってー」
格納庫で待つシィーニーは、扶桑ウィッチと一緒に戦った自慢話で整備員達と盛り上がっていた。
「アジアで生産した最新のレーダー付きストライカーユニット! 水中も捜索できちゃうウィッチ! アジアだって欧州に全然負けてないってあれでよく分かったよ」
「ブリタニアにもですかい?」
「だってブリタニアやリベリオンの海軍や空軍がいても守れなかった輸送船団を、香港から連れてきたんだよ? それも道中で潜水型ネウロイ何隻も倒して。ふっふーん、わたしもお手伝いして1隻沈めちゃったけどさー」
「シィーニー軍曹、マレーの誇りっす!」
「ブリタニアだ、ネーデルランドだ、ガリアだって、別に届かぬ雲の上の国って訳じゃないんですね?」
東南アジアは大概この3ヶ国によって植民地化されていて、独立を保っているのはシャムロ王国くらいだった。そのシャムロ王国も高い教育水準と工業化が進みつつあるとはいえ、欧州と肩を並べられるほどかというと、まだまだ遠く及ばなかった。
「そうだよ。同じアジアの国の扶桑が証明してる。アジア人が劣ってるわけじゃないってね! いつかはマレーだってインドネシアだって、ハイテク国家だよ!」
「見てろブリ公!」
「わははは!」
その時、突然ガララララとハンガーのシャッターが開けられた。
「せっかく雨が上がったのに閉めきってはもったいないぞ」
みんなの背筋が凍った。
その人物の後ろでは、確かに雨は上がっていたが、ロンドンのように霧で視界はほとんどなかった。むしろ霧が格納庫内に入ってきて、湿気が機械によくなさそうである。
その人物とはブリ公のバーン大尉だった。
「お前らの大好きなアジアの先進国、扶桑皇国海軍のウィッチ隊ご一行がいらっしゃったぞ」
「あ、大尉~、わざわざそれで呼びに来てくれたんですかぁ? さっすがブリタニア紳士~」
シィーニーがへこへこと揉み手をしてご機嫌を取りにいく。バーン大尉の細めた目から冷凍ビーム光線のような視線がシィーニーにブスブスと突き刺さった。
「ブリ公をけなすので盛り上がって放送が聞こえなさそうだったのでな」
「ひいっ!!」
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「シィーニーちゃん!」
「うぉーっす」
天音と卜部が手をブンブンと振った。
「お待ちしてました、皆さん!」
出迎えたシィーニーも大喜びして振り返す。雨上がりの雲間からこぼれ始めた日差しが、シィーニーの頭を飾る赤い花を輝かせていた。
「おっきなお花だね。きれーい、似合ってるよ」
「ありがとうございます! マレーの花、ハイビスカスです。あとで皆さんにも飾ってあげましょう」
「ほんとう? わーい」
シィーニーの背丈は天音とほぼ同じ。心もちシィーニーの方が高いだろうか。だが天音より痩せているので大きく見えない。栄養が足りなかった子のようだ。思ったよりもシィーニーが小さくて皆は少し驚いた。
「改めまして、シィーニー・タム・ワン軍曹です!」
「招待ありがとう。427空隊長の『トビ』こと卜部ともえ少尉だ」
「『K2』こと勝田佳奈子准尉だよ」
「『カツオドリ』下妻千里曹長」
「『キョクアジサシ』こと筑波優奈軍曹です。よろしくね」
「『ウミネコ』の一崎天音。えっとイッピソウってサージェントなの?」
「私は南遣艦隊旗艦『香椎』飛行隊の鹿島少尉です」
「ウェルカム、皆さん。ご一緒できて本当に、本当に光栄です!」
シィーニーは皆を格納庫の方へと案内した。
滑走路の端を歩きながらシィーニーはそのことを詫びた。
「すみませんね~。司令部の応接室とか、シンガポール総督府の迎賓室とかじゃなくて、汚い格納庫でなんて」
そんなシィーニーを一緒に出迎えた現地人の整備兵達がフォローする。
「シィーニー軍曹の個人的な招待だからって使わせてくれなかったんです。ケチもいいとこです。同盟国のウィッチさん達を招いているというのに」
「シィーニー軍曹に恥をかかさせるつもりなんですよ」
卜部は豪快に笑い飛ばした。
「私らは最前線で戦うウィッチだ。ストライカーユニットの間近でなんて最高のおもてなしだよ。気にすんな」
「少尉さん、さすがお心が広い」
「ところで……」
勝田が現地の英字新聞を取り出した。1面トップに書かれていたのは、潜水型ネウロイ初撃沈の記事だった。大見出しにブリタニア空軍シンガポール駐留部隊の快挙とある。
「この初撃沈って、もしかしてシィーニー軍曹かい? 記事には名前が全然出てこないんだけど」
シィーニーは真っ赤になった。そして小さくなって申し訳なさそうに呟いた。
「その記事の隅っこに、扶桑ウィッチ部隊もネウロイやっつけたってありますけど、それってきっと少尉さん達の部隊ですよね?」
優奈が千里の腕を取る。
「わたし達の部隊で初めて潜水型ネウロイを沈めたのはこの千里よ。1月9日の午後、海南島の南の海上だったわね」
千里がコクリと頷いて肯定した。
「そのすぐ後に鹿島少尉も、でしたね」
「うふふっ、どっちも一崎さんの誘導のおかげですね」
「なはは……やっぱちゃんと海上です、ね」
「記事によると、千里より30分ほど前だったみたいね。残念だったねぇ千里」
「いいえ。……シンガポール方面にウィッチはあなたしかいないと聞いた」
千里がシィーニーを見下ろして尋ねた。
「あなたがやったんでしょ?」
そこに天音も顔を突っ込んだ。
「シィーニーちゃんも水中を見る固有魔法があるの?!」
天音の問いには大きな期待が込められていた。
だがシィーニーは手を左右に振る。
「ま、まさか。そんなすごい魔法持ってません。それに……」
シィーニーは頬を掻く。
「確かにその日、潜水型ネウロイをやっつけはしましたが……」
立ち止まって申し訳なさそうな笑顔を浮かべた。
「陸に落っことして動けない潜水型ネウロイに爆弾を仕掛けて吹っ飛ばしたんです」
「え?」
「陸に落としたネウロイ?」
「あ、なるほど。こないだみたいにスタッキングネウロイが海に到達する前に輸送ネウロイを撃ち落としたんだ。頭いいじゃんか」
卜部がポンと握った右手を左手の掌に打ち付けた。
「ええー?! インチキじゃない!」
優奈がやや憤慨した声を上げる。
「し、しかし、シィーニー軍曹はそうやってスタッキングネウロイを10機以上も撃墜してるんですよ! 潜水型ネウロイだって先日ペカン川河岸に落としたのを含め3隻爆破撃沈してます。それをインチキだなんて言わせはしません!」
すぐさま整備兵が一生懸命庇護した。
「まあまあ。筑波、私はインチキなんて思わないぞ」
「ボクもそう思う。未知の潜水型ネウロイだよ? どうであれやっつける方法を見つけて沈めたのは偉いことだよ」
卜部と勝田は揃って称賛した。
シィーニーは恥ずかしそうに頬をポリポリとする。
「そ、そうでしょうか」
「ありがとうございます! シィーニー軍曹はマレーの宝なんです!」
優奈が指折りしている。沈めたネウロイを数えているのだ。
「そ、そうすると、シィーニーさんは私達と一緒に沈めたのと合わせて撃沈カウント4隻?」
「すごぉーい、千里さんの3隻抜いてトップだあ」
天音がぱちぱちと拍手した。
「えええ?」
褐色の頬を赤く染めたシィーニーに、千里は気にする風でもなく問いを続けた。
「スタッキングネウロイを落とす戦術は確率してるの? 教えてほしい。私の二式水戦でもできるだろうか」
「あえ、いやあ、ボーファイターはシールドが強力だからがむしゃらに撃ち合う感じで、戦術ってほどでも……」
「やっぱりシィーニー軍曹はマレーの宝です! 我々も鼻が高いです!」
わいわいと一塊になって格納庫の前に着くと、天音が頭の後ろに組み手をして嘆いた。
「そっか、残念だな~。シィーニーちゃん水の中見れないのか~。ちょっと期待してたのにな~」
途端にシィーニーが首を振る。
「いやいやいや、普通見れませんでしょ! 何キロも先の水中にいるものを見つけられる固有魔法なんて聞いたことないですよ?! わたしあの時どれだけびっくり仰天したか知ってます?」
賑やかに格納庫に入ってきた一団に、椅子に座っていた恰幅のいいおじさんが気付いて「おお」と笑顔になると、手を挙げてこっちこっちと手招いた。
「やあー、よく来てくれました」
「ど、どうも。427空の卜部ともえ少尉です。え、えっと……?」
「ブリタニア軍シンガポール海峡植民地軍司令のスミスです。お会いできて光栄です」
手を差し出され、卜部は訳もわからず握手するが、2回ほど上下に揺すられると頭の回路がつながった。
「し、司令?!」
とたんに卜部を突き飛ばして鹿島が横滑りしてきた。卜部は画面の外にダイブしていった。
「ス、スミス大佐?! わ、わ、わ、私、南遣艦隊旗艦『香椎』搭乗のウィッチ、鹿島少尉です!!! や、やっとお会いできました!」
「こりゃ参った。こんな美しいウィッチさんから……。も、もしかしてプロポーズかの?」
ブリタニアの司令官の鼻の下が伸びた。
「んなわけないでしょー」
シィーニーが手を大きく振り回すと、叩かれた背中から痛そうな大きな乾いた音がしてスミス大佐がつんのめった。扶桑組の皆が明日からの植民地兵の扱われ方を憂いたのは言うまでもない。
スミス大佐は皆と一通り握手して挨拶を交わし、鹿島はようやくのこと大山司令のブリタニア軍正式訪問の日程を決めることができた。鹿島は今日の仕事は終わったとばかりに顔を緩ませていた。
「それではシィーニー軍曹、皆さんの歓迎は任せたよ。あとでフルーツ盛り合わせを届けてあげよう」
「わお、司令官太っ腹! 分かりました!」
皆の敬礼を受けると、スミス大佐は司令部の建物へ戻っていった。
シィーニーは司令とはうまくやっているようで、扶桑組の皆は少し安心した。