「卜部さーーん!」
ネウロイが機銃を乱射する。卜部の周りの海面に小さな水飛沫が無数に上がった。あがり間近で魔法力の衰えた卜部のシールドは全く機銃弾を跳ね返すことができず、易々と弾丸が通り抜けているからだ。見ている優奈は自分の血の気が滝のように音を立てて失せていくのを感じ、真っ青になっていた。
水面近くに逃げた卜部は、頭をネウロイに抑えられているので、もはや左右にしか逃げる場所がない。左右に激しく機体を振って攻撃を躱すことしかできない。息つく暇もなく撃ち出される機銃弾が海面を叩き、立ち上がる水飛沫で卜部の周りは霧状になって真っ白だった。
だが不思議と卜部は飛び続けていた。
卜部の周りの海面が着弾の水飛沫で立ち込めているということは、卜部には当たってないということだ。
シールドは弾を防ぐだけではなく、訓練することで実はセンサーとしても機能する。シールドに弾やビームが当たると物理的衝撃がウィッチまで届くように、弾が直接当たらなくても、少し前から接近する弾の圧力をシールドから感じ取ることができるのだ。卜部はそれを使ってネウロイが放つ機銃弾の飛んでくる方向をいち早く察知し、回避行動を取っているのだ。だからまるで未来予知魔法が使えるウィッチのように弾を回避する。そうやって延々と敵が諦めるまで回避を続け、逃げるのだ。
航路往復哨戒で一緒に飛びながら、卜部は優奈にこの技を教えたのだった。しかし口で言うは易しで、実際に実践しているのを目の前で見せられると、これがとんでもない技量を要するものだと解った。弾の圧力を感じ取ってから回避運動する反応の速さはもはや脊髄反射の域だ。
「ば、ばっかじゃないの! これも、やっぱ名人芸の一つじゃない!」
卜部は弾丸が雨あられと降り注ぐ中を、針の穴に糸を通すような僅かの隙間にストライカーユニットを滑り込ませ回避を続ける。
が、
≪……や、やっぱり2機からの攻撃は辛いぜ≫
思わず卜部の本音がインカムに漏れる。まるで全速力で走っている時にしゃべっているかのようで余裕がない声だった。集中力が切れたらもう終わりだ!
「もうばかっ! 卜部さーん!!」
優奈が零式水偵脚のエンジン回転をトップに上げた。
もはや優奈も黙って見ていられなかった。
仲間を失いたくない。まして目の前で撃墜なんて……そんなの絶対見たくない!
優奈は意を決して突っ込んだ。
「うわああああ! あんたら、卜部さんから離れなさーい!!」
魔法力を帯びた20mm機関砲の大きな弾丸が空気を切り裂き、一際大きな唸りをあげてネウロイのそばを通過する。新たに現れた危険に2機のネウロイがブレイクして卜部から離れた。
「卜部さん!」
「やっと来たな!」
「大丈夫? 当たってない?!」
「なんとかな! 近くに来い!」
二人はすぐそばに並んで飛行した。
「奴ら体勢を立て直してまた来るぞ。後ろに着かれたら、筑波、シールド展開!」
「あ、あたし、まだあんな回避できないわよ!」
「お前の魔法力なら回避しなくても弾はじき飛ばせられるから大丈夫。ただ弾がやってくる時の圧迫感は感じ取れ」
「そ、そんな余裕ないよ!」
いっぱいいっぱいの優奈に、卜部はにやりと返した。
「だーいじょうぶ。2機組めば逃げるだけから状況が変わる」
旋回して再び後方に回り込んだネウロイが遠くから機銃を乱射してきた。
「きゃああ!!」
思わず目をつぶって優奈はシールドを張った。
「落ち着け。ちゃんと目を開けて、しっかり後ろを守るようにシールド持っていけ。んで、できるだけ離れたところで張れ」
「は、はい」
涙目でチラッとネウロイの位置を確認し、シールドを適切な位置に移動させる。
またネウロイが乱射してきた。だがよく見れば遠いから全く狙いがいい加減。最初の一斉射はシールドのだいぶ外を通過していった。
「もうちょっと奴らを引き付ける。適当に回避運動取るから、ついてこいよ!」
「は、はい!」
卜部は左右に不規則な回避をする。優奈も離れないように必死でついていった。
機銃を当てられないネウロイが間合いを詰めてきた。そして再び乱射!
最初横を通過した機銃弾の列が、修正されて自分達の方に近寄って来るのを、優奈も後方に張ったシールドで感じ取った。
「く、来る!」
そしてシールドに弾が当たり始める。
ガンガンガンガン!
「くーっ!」
「筑波、もうちょっと耐えててくれ!」
卜部が後ろへ振り向いた。そして素早く13mm機銃を構える。
「くらえ!」
ダダダダダダダダ!
優奈のシールドに守られた背後から、卜部が反撃の一撃を発射した。
命中した13mm機銃弾が火花を散らして弾け、ごうっと火を吐いてネウロイが1機海へと落ちていった。目の前で上がった火球を避けようと、もう1機のネウロイが左へロールする。
「逃がすか!」
卜部も左へ旋回。追われる立場から追う立場へ。
「筑波、撃ち落とせ!」
戦闘機と違って正面でなくても銃を向けて撃てる航空歩兵は射界が広い。左へロールするなり卜部は直ちに射撃を開始した。優奈も20mm機関砲をネウロイに向けて撃つ。旋回しながら正面にいない敵を撃つ時は遠心力に引っ張られて銃身がぶれやすいので命中率は下がる。ましてや反動の大きい20mm機関砲はまるで狙いが定まらない。が、そこはやはり腕である。卜部の機銃弾は次々にネウロイに吸い込まれていった。パパパパッと火花が散ると、ネウロイがばらばらに砕けて墜ちていった。
「よくやった、筑波!」
「はぁ、はぁ、はぁ」
優奈は墜ちていくネウロイを肩で息をしながら見守った。水面に落ちて、カッと白い結晶に返るネウロイを見ても、まったくゆとりない優奈の高ぶった心臓は一向に静まらなかった。
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卜部と優奈に護衛の小型ネウロイを引きつけてもらい、スタッキングネウロイに集中できるようになったシィーニーだが、既にネウロイはほぼ河口付近にたどり着いていた。今までの経験からして、この数分で撃墜できる輸送ネウロイはどう見ても1機。しかも多分撃墜地点は海上だ。それでは潜水型ネウロイは沖へ泳いでいってしまう。とても間に合わない。
「ど、ど、ど、どうしよう」
バーン大尉の指示は、『撃墜ではなく潜水型ネウロイの海上投下の阻止を最優先とせよ』だ。
「海に行かせなければいいってこと?」
シィーニーはネウロイの進む前に立ちはだかり、
「こっち来ると痛い目に合うよ!」
と20mm機関砲を撃ち込む。だが3体の輸送ネウロイは全くひるむことなく、ビームと多数の機銃座から撃ってくる弾幕で押し切ってくる。その圧力にシィーニーの方が耐えきれず、道を譲らざるを得なかった。
「ダメだ、避けてもくれない。バーン大尉、ネウロイが止まってくれませーん。通せんぼしても避けないで真っ直ぐ突き進んで来ちゃうんです。海に向かうのを阻止できないんですけど~。もう潜水型ネウロイが海に落とされちゃいますよ。ど、どうしたらいいんですか?!」
≪ああ?! 命令した通りだ軍曹≫
「でもでも~、方向も変えてくれないんですよ~」
≪私は海に落とすのを阻止しろと言ったはずだ。輸送ネウロイの行き先を変えなければとも、止めなければとも言ってない≫
「行き先も行き足もそのままで、どうやって海にたどり着くのを止めるんですか~。海に着いちゃったらもう絶対潜水型ネウロイは海に落っことされちゃいますよ~」
≪海に落ちなきゃいいんだ。海でなければどこでも好きなところに落ちてもらえ≫
「へ?」
≪ない頭フル回転して考えろ!≫
「ええー?!」
シィーニーの目が蚊取り線香のように渦巻いた。
「むちゃくちゃな! また植民地兵をいじめようとかしてるんでしょ!」
悪態をつきながらビームと機銃に追われるようにしてネウロイの下に逃げ込んだ。潜水型ネウロイの腹の下だ。潜水型ネウロイが邪魔になるので輸送ネウロイは下へは射撃できない。一息つける貴重な場所である。ネウロイは超低空飛行しているので、シィーニーのすぐ下は川だった。
「海じゃなけりゃ川だったらいいんですか!」
川面を手で弾いてシィーニーはやけになってインカムに叫んだ。
≪いいぞ。そこの川は浅いから奴は腹が引っ掛かって動けなくなるだろう≫
「え?! いいんですか?」
≪海でなきゃいいって言ってるだろが≫
ぱひんっとシィーニーの頭で何かが弾けた。弾けたらその中からアイディアが飛び出してきた。
「そうか。海にたどり着く前に潜水型ネウロイを川なり森なりに落っことせばいいんだ」
≪何度もそう言っているだろが≫
「バーン大尉、天才!」
≪やっと気が付いたか。もっと私を崇めろ≫
シィーニーは潜水型ネウロイの縁を舐めるように上昇し、輸送ネウロイと潜水型ネウロイの間の狭い隙間に素早く滑り込んだ。そこには輸送ネウロイから伸びた板状の太い腕が1本。それが潜水型ネウロイの背中に差し込まれている。
「この接合部分を壊せばいいんだ!」
魔法力を込めた20mm炸裂弾がネウロイ同士を繋いでいる板に次々に命中して爆発する。あっという間に接合部分が破壊され、潜水型ネウロイが落下した。
ザザーンと後ろ半分を砂州に引っ掛けるように川に落ちた潜水型ネウロイは、動こうと少しもがいたが、浮力は全くなく、乗り上げた船と同じ状態になった。
「やったあ! バーン大尉、岸に打ち上げられた鯨みたいになりましたよ!」
≪喜んでる暇ないぞ。とっとと残りの奴も始末しろ≫
「了解!」
隣の潜水型ネウロイの下に潜ると、同じ要領で輸送ネウロイとの間に突撃し、ボーファイターが強化してくれる攻撃魔法力をたっぷり注ぎ込んだ機関砲弾をお見舞いした。接合部分が破壊されて切り離された潜水型ネウロイはマングローブ林に落ちた。
「最後の1隻!」
だが最後の1隻はそう簡単にはいかなかった。潜水型ネウロイがなくなった2機の輸送ネウロイがシィーニーを追いかけてきたのだ。しかも潜水型ネウロイがなくなると下側のビーム砲も撃てるようになるため、火力は倍増である。
「うわーっ、ビームの嵐が!」
でもボーファイターは爆撃機型ネウロイとガッブリ四つの殴り合いをも想定した戦闘脚だ。
「防御魔法力強化!」
手元のダイヤルで魔力配分を可変できるのもボーファイターの特徴だ。
「どっちが先に殺られるかだよ!」
強化されたシールドがビームを弾く。シールドが割られるギリギリまで、少し弱まったかもしれないがそれでももともと破壊力のある20mm魔導機関砲弾。それを一点に集中して叩き込んだ。
ドカーン!
接合部分が吹き飛んだ。
「やったー!」
支えを失った潜水型ネウロイが落下していく。既にペカン川の河口部分に差し掛かっていたが、水深が浅いため腹が底の砂地につっかえてネウロイは浮くことができなかった。
「最後の1隻を落としました! ペカン川の河口で座礁してます」
≪河口まで行かれてしまったか。軍曹、急いで基地に戻って爆弾を装着しろ。満潮になったら動けるようになるかもしれないぞ≫
「わ、分かりました。あ、バーン大尉。近くに扶桑のウィッチがいます。もしかすると爆弾持ってるかもしれませんよ。わたし頼んでみます」
≪お前の手柄にならなくなるぞ≫
「そんなちっぽけなこと言わないでくださいよ~。別に構わないですよ、わたし」
≪言い方を変えよう。ブリタニアの戦果でなくなるではないか≫
「ひぐっ!」
立場の弱い植民地兵である。宗主国様が戦果が欲しいと言っておられるのだ。
し、しかし……
「せ、船団のこと考えると、早く沈めたほうがいいんじゃないかな~って思うので、ここはやっぱ扶桑にお願した方がいいと思うのですが……」
≪それはその通りだ。それで良いと言うなら私も軍曹の考えを支持する≫
シィーニーはほっとした。が、
≪それでも査定はマイナス≫
ボーファイターのエンジンが一瞬ボスッと咳ついた。
「鬼!」