今日は早く休めと早々に業務から解かれた一宮は、主計兵が残しておいてくれた夕飯を食い、烏の行水で汗も流して、誰もいぬ宿舎で一人寝床に潜った。
体はひどく疲れている。しかしまだどこか気持ちは張り詰めたままで緊張は解きほぐれず、眉の辺りが凝り固まり、目を閉じても意識は冴えたままだ。
こんなのは神川丸が出港した日や、初めてのネウロイとの合戦があった日以来だろうか。それはそうだろう。捕まった天音を助ける為にやった数々の事。さらに未確認潜水艦との戦闘から救助まで、本来ウィッチが飛び立つのを見送ればいったん役目の終わる整備科の兵士が、ウィッチの現場に一緒に立って、挙句人の生き死にを直接握るようなことをやってきたのだ。それも僅か半日の間に。人生詰め込み過ぎだ。
あの場では手足が震えた。怖かったからじゃない。扶桑男児たるものやらねばならぬ時は自分の命など惜しくはない。やはり場慣れしてないのだろう。だがその瞬間の判断一つで数十、いや百にもおよぶ人の命を左右する場面というのは末端の整備兵にはまずない。
ウィッチらは出撃の度にあれをやってるんだ。自分より年下の天音でさえ。
そんな緊迫した空気の中で、高ぶった気持ちを落ち着かせてくれるひと時もあった。天音が静かに寄り添ってきたときだ。
目を閉じると思い出すことができる。
触れているところからじんわりと伝わる体温や、ほのかに香る匂い。髪からだったり、あとはあれは体臭なんだろうか。不思議なほどいい匂いだ。あの状態でゆっくり深く呼吸していると、次第に落ち着きを取り戻していけるのだ。
今もまたあの時を思い出し、気を静める。
……
俺の手に重ねたしっとりとした手の平の感触。
……
……
腕を絡めてきた時の重み。温かみ。
……
……
頭を包み込まれた時のちょっとだけ柔らかな感触……鼓動……
……
……
……
……
直後に目の前に現れた胸のさきっp……
手の中に残るほのかな温かみを残すズボn……
片足で必死にバランスを取ろうとして開いてくまt……
「どうわあああ!!」
一宮ガバッと跳ね起きた。
はーはーと息を荒げ額の汗をぬぐう。全然違う場面まで思い出してしまった。
「……あのバカ……あそこで足上げるかふつう」
夜ではあったが、ずっと暗いところにいて夜目が効く状態だったし、船の灯りもやんわりと届いていた。鮮明でなくても自分がぶら下げているものが付いてなかったというのくらいははっきりとわかった。
落ち着くどころか、いろんなものが沸き上がってきて体中が熱を持ってドキドキと胸を打つ。また目が覚めてしまった。寝るどころではない。
その時ふわっとその火照った顔に風がそよいだ。
顔を上げ、その風の吹きこむ月明かりの注ぐ窓辺に目をやった。
するとこそに、月光でシルエットになった人影が1つ、あった。
「え……、一崎?」
窓辺に立つその人は天音だった。
「起きてた? 一宮君」
「な、なんでそこに?」
天音はゆっくりと歩いてきた。
天音は寝間着姿。ストパンで芳佳を始め扶桑ウィッチが寝る時着ているのと同じものだ。
一宮の横まで来ると、布団の端に腰かけた。
「一宮君が全部見ちゃったから、最後の儀式で来たの」
「儀式?」
天音は一宮に掛かっていた肌掛けをめくった。
「すごい汗。どうしたの?」
「え! いや、これは……その、熱帯夜だから?」
「外は結構涼しくて過ごしやすいよ? まあ暑いならちょうどいいね」
そう言って天音は一宮に腕を伸ばし、服に手をかけると、服を脱がし始めた。
「な、なにすんだ!」
「……一宮君はわたしの全部を見ちゃったけど、嫁ぐ前にそれが本心なのかちゃんと確認するための儀式をするの。もし間違いだったらどっちも不幸だもん」
天音は自分の寝巻の脇の紐をゆっくりと解くと、上着をはらりと地面に落とす。
「っな!」
月明かりに反射する白い肌。昼間も見た通り大人とは程遠いとはいえ、緩やかに膨らみを見せる小さな双丘とその頂きはもうどうみても女の子のもの。
続いてお腹の紐をほどいて、下もすとんと落とした。
こっちも友達の妹と同じ、絶対男にはない形状をしている。そして若干の成長の差か全体的に丸みがあって柔らかそうだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! それもお前の田舎のローカルルールか!?」
「一宮君のところにはないの?」
「あるか、んなの!」
全裸になった天音は一宮の布団に潜りこんだ。
「一宮君も全部脱ぐんだよ」
「なんだって、え、ぬ、脱がすな! って、あやや、やめろ~~」
「よいしょ。……うーん、見えないと分かりづらいな。肌掛け取っちゃうね?」
「や、やめ、丸見えに! ああっ!」
「ここに引っ掛かってたのか。えい。……わあ、え、わああぁ」
「み、見るなー!」
「わたしの見といて、それはないよ? ねえ、わたしを想ってこうなっちゃったの?」
「知るかばか~!」
「えへ、わたしはとっても嬉しいよ?」
「なんなんだ、この儀式とやらは! なんで裸で!?」
「一晩、二人してこのままで過ごすの。それでお互いが納得できなかったら、なかったことにできる最後の機会なんだけど。……あの、もしかして、わたしとこうしているの、いや?」
「うえ、え、えーと……」
うつむいた天音は、頭を一宮の胸に預け、腕を一宮の背中に回した。
そして胸の中で小さく囁く。吐息が胸板を優しく撫でる。
「……いやで、なかったら、わたしの体にも、手、回してほしい、な」
「ひ、一崎……」
一宮はごくりと喉を鳴らした。
腕がゆっくりと持ち上がっていく。
いいのか? これやったら、もう戻れないぞ。
一度ためらって戻したが、どうしてもまた少しずつ腕が伸びていってしまう。
そしてとうとう指先が天音の柔らかな裸体に触れる。
天音の体がびくっと反応した。
一宮の胸の中から天音がとろんとした目で見上げてきた。
「一宮くん」
「一崎……」
「……きて」
「ひ、ひ、ひとさ……!」
ガバッとひと思いに手を回した。
が、腕は空振りし、次の瞬間、浮遊感につつまれた。
なっ、こ、これ!?
まさか転生!? 巷で流行の転生!?
死んだオレ!? 死んだ!?
数秒か、あるいは1秒にも満たなったのか、真っ黒な虚無の空間を漂った後……
一宮の全身が叩き付けられた。
床に。
「なんっ!?」
顔を上げた一宮。見回すと、そこは夜の部屋だった。
窓から差し込む月光。そよぐ風。
さっきと同じだ。天音がいない事を除いて。
首を上にあげると、垂れ下がった肌掛けと、それの端を引っ掛かけて傾いているハンモック。
扶桑海軍の水兵の寝床はハンモックである。
一宮は顔を真っ赤にして、頭を抱え込んだ。
◇◇◇
「一崎……」
耳元で囁く声に、天音はゆっくりと目を開けた。
頭をずらすと、目の前にいたのは一宮だった。
「え! 一宮君!?」
「しーっ」
一宮は声に出さずに囁く。
「声出すなよ、わかってっか?」
「う、うん」
天音も声に出さず返事する。
「どうやって入ってきたの? ウィッチの宿舎に忍び込むのはまずいんじゃない?」
「分かってる。でも、重要な事なんだ」
「重要な事?」
「ああ」
一宮はいつになく真面目な眼差しを向けて天音を見据えていた。
「お前のとこの風習じゃ裸を見られた奴のところに嫁ぐとか言ってたな」
天音はボッと顔を発火させる。あわあわと口を波打たせていたが、やがて首を縦に振った。
「う、うん」
「だが最後のあれはどうなんだ? 見られたよいうより、俺からしたら見せられたって感じなんだが」
「はう!」
「お前漁村出身だったな。俺の
「ちょ、ちょっと待って、見せたわけじゃないよ! 一宮君もわかってるでしょ!? 事故だよ、いたしかたなく起きちゃった事故じゃん! だ、だいいちあんなとこ、見せようなんて……」
思い出すともう恥ずかしくて、地中貫通爆弾で大穴を開けてその中に潜り込みたいと思ってしまう。
「見せようなんて……するわけないでしょ」
「事故かも知れねえが、それにしても開脚全開にして御開帳はねえだろ」
「がはっ!(吐血)」
天音のライフポイントが大ダメージを受けた。
そう、まさにそれで一宮に断られるんじゃないかと、心配で心配で眠れなかったのだ。
天音は顔を手で覆ってしまった。おそるおそる指の間から一宮を見上げる。
「あ、あの……ど、どこまで、見えた?」
「バカヤロウ、全部だ」
「や、やっぱり! いやああ、忘れて! わたしもうお嫁にいけない! じゃなくてわたしを絶対引き取って! だいたい一宮君がズボン下ろさなきゃあんな事にはならなかったのに!」
「まあ確かにズボン下ろしちまったのは俺だ。その非は認める。そこでだ。俺の
「儀式?」
「ああ」
一宮は天音の体に掛かっている肌掛けを捲ると、ベッドの中に入ってきた。しかも一宮、一糸まとわぬ裸である。
「きゃっ。え? 一宮君ちょっと!?」
「しーっ、声立てるなって」
「だ、だって、なんで何も着てないの? よ、夜這いに来たんだ」
「だから儀式だ。お前も脱げ」
「ええええー? わっ、なに脱がしてるの? いやん!」
上も下もあっさりと脱がされ、2人は生まれたままの姿で布団の中で向き合った。
「恥ずかしいよぉ」
天音は肌掛けを体に纏わせる。
「俺のところでは嫁にする女のところで一夜を過ごすことで契りを交わすことになってる。その際一切身に纏ってはいけない決まりだ。だからこれも、ダメだ」
そう言って一宮は天音の肌掛けを放り投げた。
「ええー、そ、そんなあ!」
「全部見せるだけ見せた後に、なに言ってんだ」
「そ、そうだけど、一宮君のハダカは初めてだし……」
と言いつつもチラチラと一宮を見る。
思春期の男の子は肩幅も大きくなって、ごつごつと力強く、頼もしく見えた。
「お前地元では同級生のふんどし姿いつも見てるって言ってたじゃんか」
「そ、その1枚があるとないとじゃ、全然違うよぉ。ふんどし姿は、なんて言うか、かっこいいんだよ」
「相変わらずヘンな女だ。素っ裸の俺はそれに劣るってんだな。いやか? いやなら拒んでいい。そうすればこの話はなかったことになる」
「なかったって、お嫁に行くのなしってこと?」
「そうだ」
「ひ、人の全部見といてそれはないよ!」
「じゃあ拒まないのか? これはお互いの意志を確かめるための儀式だ。どのみちこんな格好で、嫌な奴とだったら一晩ももたねえからな」
「あ……」
天音はこれが一宮への最終的な返事になるんだと理解した。
とくんとくんと沸き上がってくる胸の中の熱い想い……
体中が火照り、この気持ちを満たすのにわたしはどうしたいの? と体に聞く。
天音は女性の本能が導くところに身を委ねることにし、素直に従った。
顔を覆っていた手を下ろし、一宮を直視する。
逞しくなった胸板に手を置き、そして静かに頭を寄せた。
「……はい。よろしく……お願いします」
天音は一宮の両腕に包まれた。
わああ……わたし、抱かれちゃった。ハダカで、男の人に……
ドキドキと叩くように早まる鼓動。一方でなんという安心感。なんという幸福感。
「ところでこの儀式をして別れなかった奴は、大抵暫くすると子供を授かってるんだ」
「ふえ?! そ、そうなの? えっと、どうしたら子供出来るの? このままこうしていればいいの?」
「何だお前、子供ほしいのか? そうだな……たぶん、接吻はしないといけないんじゃないか?」
「ふわ、せ、せっぷん! ……で、でも、わたしウィッチとしてまだ働かなきゃいけないから、魔法力使えなくなったら困るな……」
「それじゃ接吻はできないな」
「えー? ……あ、でもシィーニーちゃんが相手の人によっては大丈夫って言ってたよ。わたし達なら平気な気がするんだけど。しちゃ、だめ?」
「俺はいいが、もしそれで魔法力なくなったら、俺は死刑だが、それでもいいか?」
天音は青ざめた。
シィーニーによると大丈夫かどうかは、相手との相性なんかがあるんじゃないかと言っていた。
天音は考え直してみる。
目の前の人は自分の事をひと際強く想って、あれほどの危険の中にも身を挺して助けてくれた人。
……大丈夫なんじゃないだろうか?(根拠不明)
一宮の顔を見返して、その瞳を食い入るように見て、半ば勢いをもって告げた。
「わ、わたし達なら平気! ……だと思うけど、ま、万が一ダメだったら……一宮君をどっかに隠せるところあるかな……。サ、サイコロ振って決めようか」
「俺の命をそんなものに託すのか」
「そうだ。トゥちゃんが弟のおでこにキスしても大丈夫だったて言ってたじゃない。欧州の人はあいさつでほっぺにもするし」
「ああ、そういやそうだな」
「……ほ、ほっぺでいい?」
「ふうん。いいんじゃねえか? やってくれ」
「う、うん」
天音はゆっくり、ゆっくりと目のピントが合わないくらいまで顔を寄せていった。拳一つあるかどうかの隙間を残して一時停止する。呼吸が、もうなんだか苦しくなってきた。
は、鼻息かかっちゃってるんじゃないかな。は、恥ずかしい。で、でも……
「……い、一宮くん!」
意を決し、天音は一宮の頬めがけて突進した。むーっと突き出した唇があと少しでといいうところで、急に体が浮遊感につつまれた。
数秒、真っ黒な虚無の空間を突き出した口が突き進んだ後……
天音の顔がどんっとぶつかった。
床に。
「うえっ、ぺっぺっ!」
顔を上げた天音。見回すと、ベッドから転げ落ちていた。上段のベッドから優奈が
「ん~~、何の音~?」
と目をこすりながら顔を出した。
窓から差し込む月光。そよそよとそよぐ風が部屋を吹き抜ける。
天音は真っ赤になって、恥ずかしさで顔を覆った。