2021/11/24
誤字修正しました。
報告感謝です。 >orioneさん
「この子達はなに!? いや、来ないで!」
周りに同じように縛られた子供が転がされている部屋で一人目を覚ましたトゥ。頭には猫の耳、後ろからは長めの細い尻尾が生えている。見張りの水兵が口を塞ごうと近寄ると、魔法力で増大した力で縛られていた縄を引きちぎった。
「まずい、拘束を解いたぞ!」
水兵は飛びかかる。だが「きゃあ!」という悲鳴と共に前へ突き出した手の先にシールドが展開し、水兵は部屋の外まで弾かれた。そこにちょうどピエールと催眠少女兵が扉の前に駆けつけた。
「こ、これは、ここで発現してしまったのか!」
「殺しますか?」
落ち着き払った声で少女兵が問う。
「い、いや。ウィッチの検体というのもやってみたい。できればもう一度眠らせよう」
ピエールは注射器を構える。
「来ないで、来ないで!」
≪トゥちゃん!≫
潜水艦の外壁を通して外から声が聞こえた。天音の探信魔法波に乗せた音声だ。
「お姉ちゃん!?」
トゥはガリア人達から目を離さず、片手でシールドを張り、もう片方の手で外壁を叩いて泣き叫んだ。
「お姉ちゃん、助けて!!」
トゥの叫びが尻尾を通して天音の頭の中に響いた。
「助けを求めてる、襲われてるんだ!」
「子供が潜水艦に乗ってるってことは、潜水艦を貨物船に横付けして、そっちに子供は載せ替えてたってこと!?」
優奈は貨物船にあったコンテナが空っぽだった訳を理解した。
「やっぱ子供誘拐するような奴らはろくなんじゃねえ!」
卜部が憤る中、天音はもう一つ驚く事があった。それはトゥの声が水中を伝わる音として届いただけではなかったからだ。
それは、天音と同じ方法だったのだ。
「卜部少尉、今零式水偵の中から何か聞こえませんでしたか?」
一宮が座席の足元を見下ろしながら言った。
「何だって?」
卜部が首を回して後ろの一宮へ向く。
「ほら、叫ぶ声みたいのが、機体の外板を震わせて伝ってくる。屈むとよく分かります」
卜部も操縦席に屈みこんでみる。頭を脚の間に入れて耳を澄ました。
「……ホントだ」
「卜部さん!」
天音が叫んだ。
「あの子、わたしと同じ探信魔法に声を乗せてます!」
卜部、理解するまで一瞬時間を要した。
「何だって!? それじゃウィッチか!?」
さらに優奈がもう一つの事実に気付く。
「え、じゃあ探信魔法使えるウィッチなの!?」
卜部と優奈の驚きはもっともだ。誘拐された子供がウィッチだというのもだが、現在探信魔法を使える人は天音以外見つかってないのだ。
「でも会ったときそんな話し全然してなかったよな? 自分はウィッチだ、なんて一言も言ってなかった」
一宮は天音に確かめると、天音も首を縦に振った。それを聞いて勝田は何が起きたか想像ついた。
「だとしたら、危機に迫られて今発現したんだ。何かの折に使い魔との契約を済ませていれば、あとはきっかけだけだから」
子供の監禁場所にされていた部屋ではトゥとピエールとの睨み合いが膠着状態になっていた。小さな潜水艦の中で動けるスペースは殆どない。シールドで入り口を塞がれれば近寄る術がなかった。
催眠少女兵が静かに言った。
「やはり殺しますか? 少し時間を開ければ集中が切れて隙ができるでしょう」
「そう慌てるな。この部屋に閉じ込めてさえいればいいんだ。その隙ができた時は眠らせるのが先だ」
ピエールは事を急ぐのをやめた。興奮している今はどうやっても近寄れない。ウィッチの力で暴れられて外壁に穴でも開けたらもっと大変な事になる。水兵や少女兵から銃を下ろさせると、トゥに語りかける。
「分かった。何もしないからまずは落ち着きなさい。ここは潜水艦の中。今は水の中だ。魔法力にまかせて外の壁に穴を開けたら水が入ってきて沈んでしまうよ。もう少し辛抱したら出してあげるから」
そう言って下手くそな笑顔を作り、もう何もしないから、とゆっくり扉を閉める。閉まるとガチャガチャと鍵を掛ける音がした。
トゥはなおも警戒し続け、泣きしゃっくりでぐしゃぐしゃになりながらシールドを入り口に向け張り続ける。しかしその後、外は静かなまま。
恐る恐る隣で横たわっている子を揺すってみる。
動かない。死んでるの?
でも体は温かい。なら死んでいるのではないんだろう。
「うっぐ、えっぐ」
嗚咽を漏らしながらも警戒を解かず、トゥは入り口を睨み続けた。
「静かになった……」
瑞雲のエンジンを絞って少しの音も逃すまいと耳を澄ますが、あれから無言が続いている。
天音は気がきではなかった。涙を浮かべた顔を零式水偵上の一宮に向ける。
「殺されちゃったのかな……」
「き、希望は捨てるな。お前と同じ探信魔法使えるなら、他の人に気付かれないように話しかけるとかできねえのか?」
「ぐす。練習もしてないのにいきなり応答できないよ」
「だったらついでに教えてやれ。筑波一飛曹と違って頭良さそうだったじゃんか」
「はあ!? 何で比較対象にあたしが出てくるのよ!」
こっちに指をさして、きぃーっといきり立つ優菜をちらりと見て目線を戻すと、天音は一宮に向かって頷いた。
「分かった。優奈見たら希望見えてきた」
「ちょっと夫婦揃ってあたしを馬鹿にしてんじゃないわよ!」
「ふ、夫婦じゃねえし!」
いつものように反論したのは一宮だけだった。
天音は卜部へ向いた。
「トゥちゃんに向けて、人の耳には聞こえない領域で話しかけてみます。トゥちゃんがそれを聞き取ることができれば、探信魔法使える事がほぼ間違いなくなります」
卜部はニッと頷いて肯定した。
「分かった。一崎やれ!」
「ねえ、あたしは無視!?」
≪トゥちゃん聞こえる?≫
「お姉ちゃん!?」
≪トゥちゃん≫
「お姉ちゃん、どこ!?」
左右に首を振る。身にまとわり着くように聞こえてくる声を必死に探す。
≪トゥちゃん聞こえる? 聞こえても慌てて声出したり、動いたりしないで。今わたしは声で話しかけてるんじゃない。魔法波で伝えてるの。耳からは聞こえてないでしょ? その魔法波に乗って聞こえてくるのと同じところに返事をしてね。わたしは胸の前の腕で抱えられる辺りって感じなんだけど、トゥちゃんはどうかな。手を壁に当てて、わたしの声と同じところへ、一言でいいから何か返してみて。口から声は出ちゃうかもだけど、小声で大丈夫だから≫
目をぱちくりするトゥ。恐る恐るドアと反対の外壁に両手を置くと、天音の声と同じ領域へ返事をした。
「!」
天音は何かを感じ取って顔を上げた。瑞雲に並んで立っていた優奈は「なに?」と頭の上にハテナを浮かべている。その顔を眺めつつ、もう一度さっき感じ取ったものを振り返って思い返す。
声にはなってない。でもあれは探信魔法波だ。自分が放った波のエコーじゃない。ってことは違う人、トゥが放った魔法波に違いない。
「トゥちゃん、今何か言ったよね。少しずれてるみたい。もう少し……そうもう少し低くしてみて」
目を瞑り、こめかみに指を当て、聞き逃すまいと額に汗をにじませて集中する。
そして……
≪助けて、お姉ちゃん≫
天音は再びふわっと顔をあげた。通じた嬉しさと同時にいたたまれない気持ちが込み上げ、涙が滲んでくる。優奈、卜部と勝田、そしてじっと見守っている一宮へ瞳を向けた。
「返事が来た。生きてるよ。とっても上手に言えるよあの子……」
一宮は顔を崩して、笑顔になって返した。
「ほらみろ、やっぱできたじゃんか! お前達ならできるって思ってたよ」
卜部もホッと顔を緩ませた。
「一宮、すげーな。一崎へのナイスアシストだ」
優奈は悔しそうに拳を握りしめて敗北を認めた。
「くっ、さすが夫婦だわ。友人のあたしを超えるなんて」
「ふ、夫婦じゃねえし!」
またも言い返してきたのは一宮だけだった。
「よかった。トゥちゃんと話ができる。助けてあげるから、待っててね。今話しして大丈夫? 大丈夫そうならどんなところにいるか教えて」
天音はトゥへの語り掛けを続けた。
そうなると取れる行動はまた変わって来る。潜水艦の中に連絡の取れる内通者がいるという事になるのだ。卜部はアンウィン曹長と、さらに千里も呼び戻した。
「千里、顔色悪いね」
戻ってきた千里に、勝田が心配して声を掛けた。千里はまた口を押えた。
「……船橋は酷い有様だった。吐きそう」
「うわ、待て待て千里! 擦ってあげるかこっちおいで!」
零式水偵までよろよろとやって来る二式水戦脚。勝田はフロートに降りて、やってきた千里の背中をさすりさすりする。
「吐かれたら何リットル出てくるか知れん」
底なし胃袋の千里である。あれだけ入るなら出てくる量も……ていうことらしい。優奈はまじまじと細っこい千里の体を眺めると前から思っていたことを口にした。
「千里の胃袋は固有魔法じゃないかしら。ストライカーユニットの脚入れるところみたいに別次元に繋がってるんだわ」
「ああ、勲章授与式のパーティーで山のように食べてた人ですね」
アンウィンはあの立食パーティー会場で、塔のように積み上がっていた空皿を思い出す。
「千里さんも5%の仲間入りですか?」
固有魔法を持つウィッチは全体の僅か5%ほど。だから固有魔法持ちはエリート視されるのだ。既にエリート入りしてる天音は同僚も仲間に加わるとなると嬉しい。が、千里は嫌がった。
「固有魔法にしてほしくない。何の役に立つのかわからない」
千里の背中を擦る勝田の目線の先で、潜望鏡がぬっと突き出て、くるりと周囲を見渡した。零式水偵の方を向くと、しばらくじっと見ている。
これで千里が吐いてたりしたら、何だと思うかな、と勝田は想像する。
潜望鏡はすっと海中に消えた。
「あんにゃろ、堂々と潜望鏡上げやがって。こっちが攻撃しないと分かってんだ」
「引き続き潜航状態でいるのは、水上戦闘を警戒してんだな。ミミズク、こちらトビ。奴はこっちの弱点に気付いた。開き直っちまったぞ」
≪困ったな。攻撃……は無理だよな?≫
「子供が乗ってることが分かった今、ウィッチじゃなくてもできたとしたらまともじゃねえ」
≪……うん、そうだよな≫
葉山少尉はウィッチではない。命令されれば、躊躇いはあっても多くの遺恨を残すと分かっても、最後の引き金を引けるだろう。声色ではウィッチを理解しているというのを滲ませているが、僅かな差異はなんとなく分かる。
「葉山少尉、ひでえ」
≪やれって言ってないだろ!? 分かってますよ卜部少尉! 私もウィッチ隊と一緒に戦う身だ。ウィッチになったつもりで諦めないつもりです!≫
アンウィン曹長のところにはブリタニア軍からの無線が届いた。無線を聞いたアンウィンの顔は蒼白になった。
「ブリタニア海軍の港湾守備隊が、海峡出口に駆潜艇を差し向けると言ってます」
白人は血の気が引くともう蝋細工のようだと勝田は思った。それくらい見ただけで皆には何を意味しているか伝わったが、アンウィンはあえて言葉に出して伝えた。
「……こっちは撃沈命令出てます。駆潜艇はウィッチじゃありませんから、命令通り実行すると思います」
優奈がギリッと唇を噛み、天音はそんな、そんなと涙を浮かべる。そんな中、卜部の目はまだ輝きを失わず、決意を新たにした。
「駆潜艇が着く前に、私達でなんとかするしかねえってことよ」
警備艇の上の智子とビューリングは、卜部達の会話をインカムを通して聞き状況を静観していた。表情も変えず黙りこくっていた二人だが、暫くしてビューリングの方から口を開いた。
「見てみろ。やっぱり人間は汚ねえ。ウィッチが手を出せないと分かるやこれだ。一方でブリタニアもダーティーだ。ウィッチが動けないなら、子供がいようがお構いなしの連中を差し向けてきた。どちらが勝っても哀れな子供達は犠牲になる」
「……せっかくの休暇だというのに」
智子が目を瞑って溜息を吐く。
「やる気になったか?」
「私もまだ使い魔と契約続けてるし、ウィッチが抜けきってないのよねえ」
智子は荷物の中から白いスカーフを取り出すと首に巻いた。大きく文字が殴り書きされたそれは、若き頃彼女のトレードマークでもあったものだ。とは言っても当時のものではなく、扶桑に帰れない間に作り直したものだ。
「意匠化されたヘビでも書いてあるのか?」
「はあ!? ヘビじゃないわよ! 扶桑語が書いてあるの!」
「ほう。扶桑の書道というのは一応知っているが、あれはなんかもっとこうシンプルな中に研ぎ澄まされたものを感じたもんだがな。ほう、それが文字。それが」
智子は悔しそうに歯をぎりぎりさせて拳に力を入れてたが、顔を上げると切れ長の目をギラリと光らせた。
「休暇を台無しにしてくれた礼はきっちり取り返させてもらうわ」
ビューリングはにやりと笑った。
「私達もやっと本番だな」
智子はインカムで卜部に繋いだ。
「ところで卜部少尉。潜水艦は貨物船の後ろをついていって外海に出ようとしてたみたいだけど、あなたはあの貨物船をどう見てるの?」
≪どうって?≫
「あの貨物船、どこから現れたか知ってる? 海峡の奥にいた?」
≪いや、奥にはいなかったな。雷撃された船の辺りでは見かけてないし。海峡出口付近をたまたま航行していたんじゃないか?≫
「違うわね」
智子らはこの辺に停泊していた船だと告げた。
≪つまり潜水艦が出てくるのに合わせて出発したというのか?≫
「怪しいタイミングと思わない?」
ビューリングは、卜部も智子と同時代のベテランと見込んだうえで質問を加えた。
「ウィッチの胸騒ぎや勘に障るものは一度は疑ってみるべきというのが私の経験則だが、お前はどうだ?」
≪勿論私は勘は大事にしてきたぞ。ビューリング少尉の勘も臭いといってるんだな?≫
「臭いどころか、今持ってきてるブルズアイを全部かけてもいい」
≪えっとブルズアイってリベリオンの煙草だっけ? ハッピー、ハッピー……なんだっけ≫
「ハッピーストライクな」
やばい薬のような名前になってしまったが、皆もよく知っている有名なやつだ。
≪それそれ。残念だが私は煙草は飲まないんだ。まあいい。もらえりゃ整備班長のご機嫌取りに使えるからな。もし当たりなら私が士官向け支給品でもらってる扶桑製をやろう。『誉』ってやつだが吸ったことあるか?≫
「あれはいい。智子に支給されてるのをよくちょろまかして吸ってた」
「誉来てたの!? めったに見ないと思ったら、あんたがくすねてたのね!」
「まあ待て智子。最近は全然口にしてないんだ。扶桑からの補給品が全然来ないらしいんだが、卜部知ってるか?」
≪こいつ、私らが補給船団の護衛部隊だって知って喧嘩売ってるな?≫
「ここで私が補給できるなら何ら文句はない」
≪お前扶桑人じゃねえのに扶桑の補給品なんかいくら待っても来ねえっつうの。ったく、分が悪そうな賭けだが乗ってやろう。アンウィン曹長、早くも臨検を復習する機会が回ってきたぞ≫
≪ええ? 私ですか!?≫
≪手本はさっき見せたからな。今度は曹長の番だ≫
≪うう……停船させて、船籍、積み荷、行先の確認……≫
「あたしも行くわ。連れてってもらえる?」
智子は背中の鞘に愛刀の備前長船を差し戻すと、アンウィンを手招きした。
卜部とビューリング達の会話が終わると、次は427空である。
「卜部さん、あたし達はどうしよう」
優奈の問いに、頭を使うのは苦手な卜部はそれを右から左へと投げる。
「ミミズク、どうしよう」
≪現場が見えない私じゃ戦術指導は難しいよ。そうだな……例えば爆雷で軽微な損傷を与えて浮上を余儀なくさせるとかはできないかな≫
「潜舵にダメージを与えれば潜水航行に支障がでる。そうなれば浮上したくなるかもな。でも思い通りのダメージを与えるなんて出来るか?」
≪潜水艦の位置はウミネコの探知で完璧に把握できる。なれば爆雷の爆発位置も完璧にコントロールできるはずでは?≫
「どれくらい近くで爆発させればどれくらいの損傷が出るかなんてデータは取ってないから、そもそも爆発位置を決められないな。やり過ぎちまったら浸水が酷くなって本当に沈んじまうかもしれない」
≪浸水してもすぐには沈まないんじゃないか? 浮上して浮いてる間に全員脱出できないだろうか≫
「もしメインタンクに穴開けちゃったら浮力が得られないからそもそも浮上できないし、すぐ浮上してくれるかも分からない。できればやりたくねーな。あーくそっ、縄でも引っかけて引き上げたいな」
そこに一言呟きが入った。
「……縄」
呟きを入れたのは天音だった。
「縄、あります」
「どういうことだウミネコ?」
卜部が疑問を投げると、天音は海峡の出口方向を指さした。
「航路標識のブイが並んでますよね」
海峡の幅は広いが、両側の島の浅瀬がせり出しているので、中央部の十分な水深があるところを船が通行できるよう航路を示すブイが左右に列をなして浮いている。船はブイで作られた細い回廊を進むのだ。
「あのブイは海底のアンカーで固定されてます。ブイはアンカーと繋がれてますから、それを繋いでるワイヤーがあります」
「成程、確かにワイヤーはあるな。だがそれを潜水艦にどうやって結び付ける? 潜水艦は航路から外れたところにいるんだろ?」
「もう少し潜水艦を右に寄せれば、左側の列のブイのワイヤーに届かないですかね」
「んーと、どういう位置関係だ? それにやっぱり潜水艦にワイヤーを結ぶ方法がわかんねえ。誰か潜って縛ってくるのか?」
「えっとですね……紙に絵描こうかな。勝田さん、水中探信するとき持って行ってた画板と紙ありますか?」
「ごめん、持ってきてないや」
「そ、そうですか。えっとえっと……」
≪水中が見れるウィッチ≫
警備艇が近づいてきて、舳先にいるビューリングが声を掛けてきた。
「はい。わたし一崎天音軍曹です」
≪アマネだな。私もちょっと水中を見てみたい≫
「はい。って、どうやってお見せしたらいいんでしょう」
≪そっちへ行く。体を触れさせてお互いの魔導波を共鳴すると、触れてる人に視界やイメージを共有させられる。空間把握能力に長けているのが前提だが、私は空間把握の固有魔法があるわけじゃないが、見越し射撃が得意で位置関係を見切るのがうまくて、粗悪な空間把握の真似事のようなのができなくもない≫
なんだか難しい言い回しをしているが、要はビューリングは天音の見る水中イメージを共有できるらしい。
天音の横に警備艇を寄せると、警備艇へ上がってこいとビューリングは言った。卜部は、天音がビューリングをお姫様抱っこして、そのまま瑞雲で移動したらどうだと提案したが、それは後で智子に永遠と笑いものにされるとビューリングが拒んだ。
天音としては足元が安定している船の方が有難いので、迷いなく警備艇に乗る。ビューリングも間近で天音を見るのは初めてである。
「随分と背が低いな。歳幾つだ?」
「13です」
「初めて会った頃のハルカみたいだ。お前、まさかアブノーマルじゃないだろうな?」
「ひぇっ? あぶ、あぶのー……ってどういうことですか?」
「男と女と、恋人にするならどっちがいい?」
「えええ!?」
天音は焦りまくって、ちらちらと零式水偵の偵察員席にいる一宮に目をやる。一宮が一部始終をじっと窺ってるのを見ると真っ赤になって「い、言えません!」と顔を伏せた。ビューリングは勘違いした。
「マジか! 扶桑の少女は一度はその道に行くのか?」
「あ、あの、ハルカさんって、もしかして迫水ハルカ中尉ですか? 507JFWの戦闘隊長やってた」
欧州で活躍する扶桑ウィッチに目がない優奈は聞き洩らさなかった。
「ああ。とんでもない奴だ。扶桑行きの船が取れなくて帰れないから、あがりを迎えたのに欧州に留まり続けて、被害者が増える一方だ。お前達が早く扶桑との往復航路を普通に戻さないと、スオムスやバルトランドがそろそろ外交課題に上げてくるんじゃないか?」
「まあ。お噂はかねがね。詳しく聞きたいです」
「まず智子とはだな……」
≪ビューリング! あの部隊の事はどんなことであっても軍法会議モノよ!≫
「ちっ、また後でな」
「はい、ぜひ!」
与太話を脇に退けて、ビューリングは天音の横に回った。
「さて待たせたな。よっこらせ。いいか、私には触るなよ触れるなよ」
「は、はい。分かりました」
触られると気が散ったりして難しい魔法なんだろうかと素直に応じる天音。
ビューリングは屈んで、なおかつ背中を丸めて、やっとこ天音の高さに合わせると、頭を手で引き寄せ接触させた。そして天音の魔導波に波長を合わせようとする。
「ビューリングさんはまだ魔法力は残ってるんですね」
「使い魔が元気でな。今年の冬で私も26才になるが、何の力も望まなくていいなら30くらいまでは一緒にいられるみたいだぞ。これは……何だお前の魔導周期は。もしかしてもの凄くゆっくりなのか? こんなのどうやって合わせたらいいんだ?」
経験値のあるビューリングでもやたらと周期幅の長い天音の魔導波は、経験したことのない波形だった。そこに一宮が口をはさむ。
「あの、もし魔導波検波装置に近いようなことをするんだとすれば、魔導波の共鳴はピッタリ波長を合わせなくても、その波長の倍数にすれば共鳴させられます」
「倍? 2倍とか3倍ってことか?」
「はい」
「なるほど……。ああ、合わせられそうだ。3倍ってとこかな。よしよし、見えてきた」
天音の見ているイメージがビューリングの頭の中に描かれていった。
「こりゃあ……凄い。目で見ている以上だ。空から俯瞰して見ているみたいだが、近くのものは横とか下からとか、ここにいながら目線を変えて見れるのはなぜだ?」
「近くだと幾つもの探信魔法波が反射し合っていろんな角度から当たったのが感知できるからです。遠くだと当たる魔法波も数が少なくなるし、戻ってこないのとか、弱くて届く前に消えちゃったりとかするみたいなので、立体的に見るには情報が少ないんです」
「昼夜も全く関係ない。この映像を潜水艦の艦長に見せれば、すぐに白旗上げるよ。対抗しようなんて愚かもいいとこだって分かる」
「どうやって艦長さんに見せたらいいんでしょう」
「残念だが方法はないな。それでアマネが言ってたブイのワイヤーの話だが。どれだ?」
「右5度に、水上にブイがあるの分かりますか? アンカーはもっと右で、ワイヤーで繋がってます。結構長さありますよね。これに引っかけられないでしょうか、こう、足元に紐張って転ばせるみたいなイメージで」
天音が見てるのと同じ海中の様子を眺めてビューリングは思案する。
「ワイヤーが南東に向かって伸びてるのは海流のせいか?」
「そうです」
「東の方へブイを持ってくるとワイヤーはどうなる? 海流の影響受けるよな」
「そうですね。南側へたわむんじゃないでしょうか」
「その時アンカーの近くに潜水艦を誘導できれば、ワイヤーに船体が当たるかもしれないな」
ビューリングは海峡出口へ逃げていく潜水艦の方を見る。
「上甲板なら大砲、艦橋。横なら潜舵。でっぱりがいくつかあるからどこか引っかかるかもしれないな」
ビューリングは天音から頭を離すとニヤッと微笑み返した。
「面白いじゃないか」