水音の乙女   作:RightWorld

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第126話「不時着水」 その2

 

 

片方のストライカーユニットの推力だけで降りてきたレアは、高度計を見ながらそろそろとなるはずの海面に注意を凝らした。ストライカーユニットは少々煙を吹きながらもまだ飛んでいる。計器類も生きていた。

 

「リベリオンのストライカーユニットは頑丈でよかったぜ」

 

ライトの先に海面が映る。水平に戻そうとするが、片方のストライカーユニットだけでは高空からの降下スピードを落としきれず、ドボンと海に突っ込んでしまった。

落ちた勢いで水中に数メートル沈むが、ストライカーユニットの先端にしまわれている回収装置の浮き袋がボンと開き、浮力を得たおかげで水面に引き戻される。仰向けになったままレアは海面に浮かんだ。

 

……

 

……

 

真っ暗だ。

今までベタ凪ぎだった海は大きくうねっている。体は上下するが、何も見えないので浮遊感だけで訳がわからなくなった。ポケットから防水のマグライトを取り出して点ける。周囲を照らしてみるが……

 

先の見えない黒い海があるだけだった。何一つ状況は変わらない。

 

 

「助かったのか……? いや、これで助かったと言えるのか?」

 

 

浮き袋が開いたのは幸いだったが、ビーコンは破片が突き刺さっていて壊れていた。つまり救難信号は発信されてないということだ。

左足と左手の痛みが酷くなる。刺すように滲みる。火災と熱でひどく火傷を負っているに違いない。だがライトを当てて確認する気にはなれなかった。

浮き袋が破れていれば浮き上がれなくて溺死してたかもしれないが、いたずらに生き長らえているのはかえって地獄である。

 

『……拷問だ。なぜ一思いに死なせてくれなかった。

どこに落ちたか知らんが、暗雲の中だ。レーダーも利かない暗雲に落ちたとなれば、目撃したものなどいない。じきに暗雲は晴れるかもしれないが、広大な海に浮かぶ救難信号も出せない人間など、原っぱに落ちた針を探すようなものだ。

助かりたければ救助が近くに来るまで意識を保つことだ。手を振るなり、何か反射させて知らせるなりすれば、見つけてもらえる可能性が高まる。

たが意識保てるか?

かなり酷そうだぞ体が。

暗雲が晴れるまであと何時間だ?

もうひとつの望みは扶桑の水中探信ウィッチだが……。

ジェシカが言うように確かにあいつは凄い奴だとは思うが、300フィート以上あるネウロイや潜水艦じゃなくて5フィートいくつの人間だぞ。10キロメートル……だいたい6.2マイル以内に落ちれば見つけてくれるとは言ったが、そもそもその範囲に降りるのが奇跡だし、しかも水中じゃなくて水面にいるんだぜオレは。仮に上手く落ちたとしても、せいぜい気付けるのは1キロメートルだろ。

まさか気休めの最後の綱に期待するはめになるとは。

いっそのことサメにでも食われてくれないかな。……辛いぜ、生きてるの。』

 

しばらく痛みに耐える時間を過ごす。

 

『ノリコ、逃げられたかな。中尉も助けに来てくれてたけど……。

二人に迷惑かけてなけりゃいいけど……。』

 

その時、視界にピカッと光が入った。

とうとう幻影が見え始めたかと思ったが、光はぶれることなくずっとこっちを向いている。

 

「おいおい、まさかってやつか?!」

 

レアは身を捻り、海水が顔にかかるのも厭わずライトを光の方へ向け、そして回した。

 

『この状況で助けが来るとすれば、扶桑の水中探信ウィッチしか考えられない。海に落ちてそれほど時間も経ってない。オレはよっぼど運良く近くに落ちたらしい。』

 

「マジかよ。すげえぜ、あのちびっ子」

 

程なくザアッと水面を滑る音がして、光がすぐ横に立った。

 

「ナドー少尉!」

 

光が少し逸れると、扶桑の水上ストライカーユニットが2機見えた。怪我人を前にしてもすました顔のイオナ少尉と、あわあわしてるちびっ子、水中探信ウィッチがいた。

 

「本当に来てくれるとは思ってなかったぜ」

「来るに決まってます! わたしを誰だと思ってるんです! たかだか10キロメートルですよ、余裕です! ああっ、なんて酷い火傷を! イオナさん、どどどどうしよう!」

「余裕ないね、天音」

「本当に10キロメートル先から?! ぶったまげた」

「正解には10キロと800メートルだそうだ。天音、救命浮き輪を出して。火傷か。最初の処置はとにかく冷やすこと」

 

天音は右翼に爆弾の代わりにぶら下げている小型運貨筒から折り畳まれたゴム浮き輪を出し、備え付けの炭酸ガスボンベの金属の栓を突き開けて膨らました。その間にイオナは救急医療キットから注射器を出した。

 

痛み止(モルヒネ)

「ありがてぇ。しかし痛みから解放されたら意識持たねえかも……」

「心配ない。ちゃんと送り届ける」

「すまねえ」

 

浮き輪にレアのお尻を入れて座らせるようにすると、火傷してる足を晴嵐のフロートに乗せた。残ったストライカーユニットを停止させると足から外す。

 

「すまないがコルセアは置いていく」

「了解した。そっち側もだいぶやられたからな」

 

外されたF4U(コルセア)は浮き輪を外すと波間に消えていった。レアには特に感傷的な雰囲気もない。物量豊かなリベリオンは物に執着しないのだ。

晴嵐のフロートに乗せられた足を水筒の水をかけて洗うと、医療キットから三角巾を出して足全体を覆う。そして大きなポリエチレンの袋に足を入れると、口をきつく縛って閉じ、だぶつかないように外からも粘着テープで足に巻き付け、できるだけ水が入らないようにした。左手も同じようにする。

 

「海に入れて冷やして。冷たいとは言えないが、体温よりは低い。ぱっと触った感じ骨折とかもなさそうだ」

「すまん。恩に着る」

「天音、現在位置は?」

「え? うう、水中探信でも島も見えません。相対位置を調べる手がかりがないです……」

「ふむ。待機位置から方位097で10800m移動したから……。暗雲から出るまで東北東に向かう。そうすれば西條中尉達が一番近いはずだ」

「わあ、イオナさん頼もしい」

「ナドー少尉、帰るよ」

「ありが……」

「わああああ!」

 

レアの声を掻き消して叫んだのは天音だ。

 

「今度はなに?」

 

片眉を引き上げるイオナ。

 

「き、北4.5キロメートルに何か落ちました……」

 

さしものイオナも眉間に皺を寄せる。

 

「ナドー少尉、すまないが」

「当然だ。オレに構わず助けに行け」

「ナドーさん、置いてっちゃうんですか?!」

「まさか。労られなくなるが、ちゃんと連れていく。天音、殿(しんがり)を。ナドー少尉が浮き輪から落ちたら拾って」

 

返事を聞くまでもなくイオナは(きびす)を返し、浮き輪を引っ張りつつ北へ走り出した。

 

「了解! って、ま、待って!」

「待てない。天音、正確な方位」

「はい! えと、えと、009です」

「わかった」

 

スピードを出すイオナに引かれてポンポンと跳ねるレアは

 

「こりゃ気を失ってる暇なんかねぇ」

 

と天音に引きつった笑いを向ける。

 

「イオナさん、ホントにレアさんが落ちちゃいますよー」

 

 

 


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