水音の乙女   作:RightWorld

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第116話「伊401泊地到着」

 

HK05船団では援軍が来たとの報告に喜びで湧き立ったが、それが潜水艦、しかも1隻しかいないと聞いて、一度は喜びもしぼみかけた。だが潜水艦は外の世界、つまり暗雲の外から来るのだ。隠密行動を得意とする潜水艦は得てして重要なモノやヒト、情報を運ぶのに長けている。きっとここを脱出する方法を持ってきてくれるに違いない。そんな淡い希望をもう一度抱いたところに、その潜水艦が潜水型ネウロイを2隻やっつけたとの報告が飛び込んできた。

 

「こいつぁ、ただの潜水艦じゃないぞ!」

 

だから防潜網を開けて中へ入ってきた伊401をHK05船団の商船、護衛艦は汽笛を鳴らして大歓迎した。どんなのが来たんだろうと、どの船も甲板に人があふれんばかりだ。

卜部の零式水偵と天音の瑞雲に先導されて、シアンタン諸島船団泊地の北水道を静々と進む伊401。ジョデルのアヴェンジャーのサーチライトに照らされた伊401を見た船団の人々は、まず目を見開いて驚いた。特に居並ぶ護衛駆逐艦の横を通過する時だ。

 

でかい!

 

ラッデロウ級の護衛駆逐艦よりはるかにでかいのだ。それもそのはず。伊401の方が全長で30m近く長く、排水量に至っては倍以上もある。3倍といってもいい。何よりも幅の広さが常識外の印象を強くしたのだろう。潜水艦と聞いていたので、リベリオン兵達の頭には自国のガトー級潜水艦を頭に思い描いていた。ガトー級は潜水艦としては大きい方だが、それでも幅は8.2mだから細長いイメージがある。それに対し伊401は幅12mもあり、ラッデロウ級護衛駆逐艦より1m近く広い。だから見た当初、『ネウロイなのでは!』と思ったのが何人かいても無理はない。

 

様々な思いの視線を浴びつつ、伊401は艦尾に扶桑軍艦旗をはためかせて、護衛艦隊旗艦の護衛空母『サンガモン』の近くに投錨した。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

サンガモンからエンジン付き連絡艇がやってきて、見上げるようにでかい伊401に接舷する。艦の指揮は水雷長に任せて、艦長と副長、ウィッチ3名がサンガモンに向かった。サンガモンでは既に収容済みの天音や卜部、優奈らに加え、船団護衛司令のスプレイグ少将も出迎えに出てきた。

 

「あなたが水中戦闘で潜水型ネウロイを葬った艦長ですか。予想通りお若い」

「扶桑皇国海軍 伊401艦長の千早中佐です。そんな無謀なことをするのは怖いもの知らずの若造に違いないということでしょうかね」

 

敬礼を交わすと二人は握手した。

 

「やはり潜水型ネウロイにケンカを売るのは無茶でしたか?」

航空歩兵(ウィッチ)が来てなかったらお陀仏でしたからね。リベリオンの対潜ウィッチには感謝してもし切れません」

「はは、それはうちのウィッチだけではないですよ」

 

千早艦長は横に目線をずらすと、黒髪の扶桑ウィッチに手を差し伸べた。

 

「卜部少尉、改めてお礼を言うよ」

「いやいや。いつもの通り一崎の水中探信あればこそですから。リベリオンの対潜ウィッチもとても優秀だし、きっと中佐が持ってきた脱出作戦をやり遂げてくれますよ」

 

先を読んで卜部はにやっと笑った。スプレイグ少将の目が鋭くなる。

 

「中佐、いい手がありそうか?」

「まあ聞いてもらいましょうか」

 

 

 

 

司令や艦長らの横ではウィッチ達が挨拶を交わしていた。

 

「イオナさん、シィーニーちゃん、お久しぶり!」

「やほ」

「お久しぶりです、アマネさん、ユーナさん!」

「わあ、シィーニーさん。早くシャワー浴びた方がいいよ。潜水艦の中は暑かったみたいねえ」

「え?! もしかして臭います?」

 

シィーニーは服を引っ張ってクンクンと嗅ぐ。

 

「いろんなにおいが織り交ざって、何と言うか……」

「潜水艦は密閉度が高いうえに暑く湿気も高くて、そこにディーゼル油や生活臭や脱二酸化炭素剤、その他もろもろが混じるので、どうしても臭いが染み付いてしまう」

 

サラサラの髪をいじりながらイオナが説明する。

 

「そういうイオナさんは石鹸の香りが漂って、お風呂出たてみたいです……」

「とても気を使っているから」

「わたしもイオナ少尉を見習って保護魔法で防護しようと思ったんですけど、環境が過酷だからかハンパなく魔法力使うので、もうやめました。教えてもらったときは既に汗びっしょりで手遅れだったというのもありますが」

「霧間少尉、保護魔法でその清潔感を保ってたんですか?! もっと早く言ってください! 私はここに来るまで出撃することもないから、全部注ぎ込んでもよかったのに」

 

暑さだけでなく、恐怖の水中戦闘で脂汗や冷や汗など、あらゆるものを頭からかぶったようになっている秋山が悔しそうに言う。そんな初対面の秋山に、優奈と天音が敬礼する。

 

「初めまして上飛曹。427空の筑波優菜一飛曹です。こっちが一崎天音一飛曹」

「初めまして。358空の秋山典子上飛曹です。あなたが一崎一飛曹? まあ扶桑じゃもう超有名人ですよ。石油や鉄鋼関係者の間ではあなたの出身地の伊豆には足を向けて寝てはいけないっていうくらい」

「そんなことになってるんですか? 優奈、これは当分帰れないねえ」

「何で? 今帰れば何でも買ってもらえそうじゃん。早く帰国できないかなあ」

「わたしやだよ、そんな浮世離れしたところに帰るの」

 

ウィッチ達が賑やかに交流しているところに千早艦長が入ってきた。

 

「サンガモンの艦長がシャワーを用意してくれるそうだ。君たちはひとっ風呂浴びてから来たまえ。私は先に伝えなきゃいけないこと伝えてから借りるから」

「ようこそ。771空母航空団のジェシカ・ブッシュ少尉です。私がご案内します。どうぞこちらへ」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

サンガモン級護衛空母は昔からウィッチを乗せて運用してきたので、ウィッチや女性乗員への設備が充実していた。護衛空母としては最大というのも有利に働いていた。

 

「この一帯は女性専用区画ですから、男性の目を気にしなくて大丈夫です。安心してシャワーお使いください」

「助かる。案内ありがとう」

「お着替えはありますか?」

「艦長は予想してたみたいで、出発前に着替えを持つよう言われたから持ってきている」

「素晴らしい洞察力ですね。ニュータイプみたい。さあ、ここが士官用シャワールームです」

「あの、士官、下士官で区別はないんでしょうか?」

 

秋山が片手を上げて恐る恐るという感じで聞いた。

 

「ウィッチは皆、士官待遇です。曹長もここでどうぞ」

 

もっと恐る恐る、秋山の影に隠れつつシィーニーが聞いた。

 

「しょ、植民地兵は、どこ使えばいいんでしょうか?」

「えっ?!」

 

一瞬狼狽するジェシカ。

 

「や、やだ、どうなんでしょ……てか、ブリタニア空軍のウィッチさんですから、ここでいいんでは……他の方に異論がなければ……」

「そんな植民地兵だからって何なんですか? 同じウィッチですよ、異論なんてありません!」

 

すぐさま秋山がちょっと憤慨気味に答える。イオナは横目でシィーニーを一瞬ちら見してから答えを探す。

 

「同じアジア人だ、構わない。異論を唱えるより早いとこキレイになってほしい」

「す、すみません、臭くて!」

 

 

 

 

士官用シャワールームは一応一人ずつ囲いがしてあったが、顔と足は外からも横からも見える程度の囲いだ。そんな小部屋が5つ並んでいた。配管はむき出しで素っ気ないのも如何にも軍艦らしい。

 

「服はランドリーに出しておくので、脱いだらこの袋に入れてください」

 

ジェシカが背丈ほどもありそうな白いずた袋を提げて持ってきた。

 

「士官さんにそんな雑用をやらせるわけには……」

 

恐縮しまくる秋山とシィーニーだが、

 

「やだ、いいんですよぉ。学校出たから士官になってますが、私は12歳のひよっこなんで、人間鍛えてからにしろってホワイト中尉に言われてるんです」

「12歳?! わたしの2コ下?! そのボディで?!」

 

シィーニーが目を丸くする。背も体格も今年16歳になる秋山と同じか、足なんかもっとむちむちしてる。シィーニーは栄養不足の発育不良児に見える。

 

「き、厳しい方なんですね」

「ほわぁ、リベリオン軍に入るとよっぽどいいもの食べられるんですね~」

 

それぞれ引っかかったところが違うようで、異なった視点で感想を述べた。

 

「だから軍曹の服もどうぞ」

「わは。ではお願いしま~す」

 

その場でそそくさと服を脱ぎ捨て素っ裸になるシィーニー。なんの躊躇いとか恥じらいも感じさせぬ潔さである。ぼさっとジェシカが広げている袋に汗で重くなった服を入れると、口を半開きにして見ている秋山に「どうかしました?」と問いかけた。

全身つるぴかの褐色の肌に、栄養不足のためかまだまだあどけないままの体型は、まるで少年のような可愛らしさだが、そんな中でプリッと丸みのあるお尻が女の子を主張している。

 

「い、いえ……」

 

と頬を赤くして目線を逸らす。

 

『扶桑の軍艦なんか浴室に皆裸で一斉に入るんですもんね。恥ずかしがってる場合じゃないわ』

 

意を決して秋山も服を脱ぎ始めた。と、その横をイオナがすたすたと個室に向かい、ドアの外側のフックにバスタオルを引っかけると、服着たまま中に入った。そしてドアを閉めて中で服を脱ぎ去ると、

 

「少尉、お願いする」

 

と顔が見えるドアの上から服を出し、ドアのところまで来たジェシカが持つずた袋に落とした。

 

「そ、その手があったかー!」

 

しかし秋山は中途半端に脱いだ状態で、ここでイオナに倣って個室に行くのも今さらな感じもする。

 

「え……え……」

 

と脱ぐ途中で固まっていると、シィーニーとイオナは早くもバルブを開けてシャワーを浴び始めた。ジェシカがニコニコして服が入れられるのを待っている。

 

「ああ! ごめんなさい!」

 

紺のセーラー服を脱いで袋に入れると、ズボン姿、いわゆる扶桑の水練着姿で個室に飛び込み、中で水練着を脱いで

 

「お、遅くなりました! お願いします!」

 

とドアの上から洗濯物を差し出した。だがそこで終わりじゃないのが秋山らしい。

 

「干してる間に、誰かに持ってかれちゃったりしないですよね?」

 

ドアの上から首を出して困った風な顔で尋ねる。ウィッチの服、特にズボンが行方不明になるのは前線ではよくあることだった。替えをあまり持ってない時に無くなって、犯人が捕まったりなんかするとまさにリンチとなるらしい。

 

「ランドリーもこの区画に女性専用のがありますから安心してください。男性兵士のと混ざることもないですし」

「秋山上飛曹。お客とはいえ扶桑海軍の下士官。手早く済ませなよ」

「す、すみません!」

 

イオナに怒られた。

 

「ぷあー、気持ちいかったー」

 

そうしてる間にシィーニーがもう出てきた。惜しげもなく晒した素っ裸。つるつるの褐色の肌から滴が滴ってぴかぴかしてるが、

 

「軍曹はもうちょっとちゃんと浴びた方がいい。ソープ使ったか?」

 

ドアの上から顔を覗かせてイオナがシィーニーを見る。

 

「え?! ここにあるの使ってもいいんですか?!」

「どうぞ、遠慮せず使ってください」

 

ジェシカがずた袋の口を閉じながら言う。

 

「で、でも、いい匂いがして、なんか高そうな感じですけど……」

「上陸したときに皆で買うんです。面白がっていろんなの買い集めるから沢山ストックあるんで、気になさらず」

 

シィーニーの目がキラキラと輝き瞬いた。

 

「も、もう一回入っていいですか?!」

 

中に舞い戻ると、今度は個室が泡で埋まるほど必要以上にあぶくだらけになってる。

 

「むわ! シャワーどこですか! み、見えない!」

「軍曹、どうして君はそう先進国期待通りの植民地兵イメージをなぞるんだ?」

 

バスタオルを巻いて出てきたイオナが、隣の空きシャワー室から水を出して洗い流すのを手伝う。

 

「こんなに真水使って、入港中でなかったら処罰ものだ」

「ごめんなさい! 調子にのり過ぎました!」

 

シィーニーのバタバタのおかげで、秋山もきちんと体を洗う時間が取れた。

ドレッサールームで(なんと女性区画には美容院さながらのドレッサー装備一式まで備わっていた)ドライヤーでシィーニーの髪を乾かしてあげながら、秋山がご機嫌顔で話しかけた。

 

「うふふ、シィーニー軍曹がいてくれて本当によかったわあ」

「あらあ、そしたらお礼は『そうらい』でいいですよ。グラディエーターと交換しましょう」

 

 

 




そう簡単に暗雲を取っ払う確信の話にたどり着かないのは、展開の遅いこの作品のいつものことです。
そしてせっかくのお色気場面も生かすことができない執筆力が情けない……

さて2018年11月30日、第41代USA大統領 パパブッシュことジョージ・H・W・ブッシュさんがお亡くなりになりましたね。
ブッシュさんは第2次世界大戦に、軽空母サン・ジャントで艦上攻撃機TBFアヴェンジャーのパイロットとして対日戦に身を投じています。確か2回くらい撃墜されて生還するというなかなかな経歴の持ち主でした。
お気付きになった方がいるかもしれませんが、本作のリベリオン第771空母航空団の対潜ウィッチとして登場しているジェシカ・ブッシュ少尉、この人の元ネタが実はパパブッシュさんです。同僚のジョデル・デラニー少尉、レア・ナドー少尉、ウィラ・ホワイト中尉の元ネタは、パパブッシュさんが小笠原の父島付近で撃墜された時のアヴェンジャー搭乗員から取ってます(正確にはホワイトさんはちょっと違って、もともとナドーさんが正搭乗員のところ、この日は訳あってホワイトさんが代わって乗って出撃した)。デラニーさんとホワイトさんはこの時戦死しちゃってますが、ウィッチの方は死にませんのでご安心を。

実はこの先、話がまだ煮詰まってないので、今日の話もアップして大丈夫かというのはあったのですが、ブッシュさんの件があったので、タイムリーなネタばらしにとちょっと先走りました。
ジェシカちゃん、将来は大統領になるんかなぁ。


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