「こちらウミネコ。北15km、水中に接近するものあり!」
HK05船団泊地の最も北の島の辺りで哨戒していた天音が叫んだ。天音の瑞雲の横に並んで浮かぶ零式水偵のコックピットで寛いでいた卜部と勝田ががばっと起き上がった。
「ネウロイか?!」
「調べます。指向性探査モード」
全周囲に広まっていた青白い波紋が次第に一方向に収束していった。偵察員席の葉山が立ち上がって魔法波の波紋を目で追う。瑞雲で水上に立つ天音は目を瞑って返ってくる魔法波のエコーに神経を集中した。
「深度30m、速度5.5ノット。あ、これは……内部探査モード」
天音が流している尻尾の脇の光る魔導針の輪がフラッシュのように光る。緑や紫などの指向性の波が闇へと消えていく。
「潜水艦です。前に演習で見た扶桑の大きな潜水艦です。あの飛行機積んでた……」
「伊401か!」
「新しい動きがあったのかな」
「勝田、簡易灯台を経由してサンガモン司令部に連絡」
「了解」
勝田は手持ちの発光信号灯を持って立ち上がると、南に見える北水道の簡易灯台の灯りに向けて、カシャカシャと味方の接近を発光信号で知らせた。
しばらくして、
「あっ!」
急に天音が叫んだ。
「どうした?」
「潜水艦を追っている別の水中物体があります。ぎっしり中まで詰まった塊……ネウロイです!」
「マジか?!」
「やっべーっ、401狙われてるの?!」
「勝田さん、応援に向かうと連絡して下さい! 一崎、どこまで接近できる?」
葉山が風防から首を出して天音に向かって叫んだ。
「北水道北端の島が水中から見えてれば大丈夫ですから、潜水艦の傍まで行けると思います」
「一崎、なんて頼もしい……」
「簡易灯台の方向から航空機。いや、ウィッチ!」
簡易灯台と発光信号で通信してた勝田が上を指差す。
≪こちらジョデル・デラニー少尉。味方の潜水艦が来てると聞きました。出迎えに来ました≫
飛んできたのはジョデルのTBF・アヴェンジャーだった。
「ジョデルさん、ウミネコです! 潜水艦の後ろからネウロイが着いてきてるんです! 助けてあげて下さい!」
≪うぇ、天音……さん≫
ジョデルは対面初日にやり込められた上に怒鳴りつけられたので、天音に苦手意識を持っていた。
「デラニー少尉、こちらミミズク。私達の前方に展開してもらえるか? 大体の方位はこっちから知らせる。現場上空では臨機応変にやってくれ!」
卜部が零式水偵のサーチライトをパッと点けた。
「トビだ。こっちも水上滑走で向かう。ライトの見える範囲で先行してくれ」
≪わかりました。方向は?≫
「真北だよ、ジョデルさん!」
天音達の上をジョデルが通過する。
「ウミネコ、水上滑走で先導してくれ。左斜め後ろから付いて行く」
「はいっ、行きます!」
瑞雲のエンジン回転が上り天音が水上を進み始めると、零式水偵も白い航跡を引いて北へと向かった。
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「なぜ潜って行くんですか?」
伊401の士官室兼食堂で、やることのないウィッチ達は座ってひそひそと雑談に講じている。テーブルの上の小皿にはおつまみに茹でたえんどう豆が盛られていた。
「潜水型ネウロイは水上の艦船を狙うので、水上を航行するのは危険だからだ。どのみちこの暗雲の中では電探も目視哨戒もできないのだから、水中にいたところでさして変わりはない」
秋山の質問に椅子の上で体育座りをしているイオナが答えると、シィーニーが人差し指を立てた。
「成程。潜航していれば仲間だと思って攻撃してこないんですね?」
「実のところ分からない。潜水艦が襲われた前例がないというだけの事だから」
秋山は手に持っていたえんどう豆をぽろりと落っことした。
「それじゃあ水中にいても攻撃されるかもしれないじゃないですか!」
「12航戦やHK、SG船団の観察では、潜水型ネウロイは移動は水上航行で行い、獲物を見つけると潜航して接近し攻撃してくる。獲物の見つけ方は目視と音と思われ、潜水艦の行動の仕方とほとんど同じだ。ただ仲間と連携して攻撃してくるときは、攻撃するネウロイが直接目標を見てないこともあり、誰かが捉えた情報を連携できるらしい。それはつまり水中にいてもコミュニケーションをとる方法を持っているという事だ」
「ひええ。それじゃ話しかけてみて、答えてこなかったら敵って判断して攻撃してくるかもしれませんね」
シィーニーの発言に秋山は顔を青ざめてぼろぼろとえんどう豆を手から落っことす。
「すみませーん、通ります」
機関科の技術兵と水測員が後ろの通路を通って発令所へ入っていった。
◇◇◇
「艦長、曳航式聴音機修理終わりました。今通電してます。いつでも行けます」
「そうか、ご苦労」
「申し訳ありません、潜航時に間に合いませんで……」
「それは仕方ない。正式装備でも技術廠の試製兵器でもないんだから。早速使おう」
「了解しました。切り離してくれ」
「ロック解除します」
「ワイヤーが引っかからないよう少し下げ舵をかけろ」
曳航式聴音機とは、千早艦長の思い付きで伊401が独自に作ったものだった。
通常は艦の真後ろは自身の推進器や水流音でソナーが使えないのだが、艦から離れたところからなら推進器の影響を受けず全周囲の音がよく聞こえるのではと思い立ち、掃海具の掃海浮標を改造して中に聴音機とバラストを入れて密封し、曳航ワイヤーと電線で繋いで艦の後ろ約200mに流して使うというものだ。何度か実験して改良を加えているところだった。
現代の曳航式アレイソナーは原潜の登場を経て1970年頃に本格的に使われ始めたらしいので、千早艦長の先見は相当なものである。
「小クジラ展開完了」
小クジラとは聴音機を仕込んだ掃海浮標(浮かないように改修されているので浮標というのも変だが)の愛称だ。
「水測、調子はどうだ?」
≪防振ゴムのおかげで聴音機自体のガタつく音はなくなりました。しかし思ったより小クジラの表面を流れる水流の音が残ってます≫
「掃海浮標は向いてないんですかね?」
「いい形だと思ったんだがなあ。専用の入れ物を作った方がいいかもな。水測、使えそうか?」
≪無いよりはましです≫
「それでは今回はそのまま頼む」
≪了解しました≫
「近付いたら護衛艦隊に攻撃されないようにしないとな。77任務部隊も427空も見張ってるはずだ」
「探信音でも聞こえてくればいいですが、天音さんだとこっちは気付きません」
「天音君ならこの艦を見分けてくれるだろうから、むしろ安心だよ」
「現在位置は?」
「推定位置、シアンタン諸島北端まで約15km地点。船団泊地まであと25km」
「あと2時間半てとこですな」
「30ノットくらい出せられればなあ。30分ほどで着くのに」
「ついでに時間制限なく潜ってられればいいですね」
理想の潜水艦像を語る乗組員達は「まあ夢のまた夢だな」と言って笑っていたが、千早艦長は不可能なことだろうかと思った。
「進歩する技術はいつも夢と思っていたことを実現させてきた。飛行機がいい例だ。きっと当たり前にできるようになるさ」
≪こちら水測。子クジラで艦後方に音源を探知。推進音と思われます≫
和んでいた人達の表情が一斉に鋭い目つきに変わった。
「方位は?」
≪真後ろです。深さもほとんど同じと思われます≫
「方位変化は?」
≪ありません≫
方位変化がないということは、針路が全く同じ、つまり横切ったりしているのではなく、真っ直ぐ追尾してきている可能性が高いということだ。
「我々以外に人類の潜水艦はこの辺にはいない。他に水中を進む奴がいるとすれば潜水型ネウロイだけです」
「推進機停止。無音潜航」
艦長の号令で直ちにスクリューが止まった。
「無音潜航、音を出すな」
「音を出すな」
「小クジラが慣性でまだ動いてるぞ。ダウントリムかけて高低差をつけとけ」
ヒソヒソ聞こえていた声も静まった。士官食堂のウィッチ達も口をつぐんで緊張した面持ちになる。
「曳航式聴音機がさっそく役に立ったな」
「はい。まさか本当に真後ろに気付けるとは」
≪音源方位変化あり。……左右に行ったり来たりして……≫
その時、水中に金属をこすり合したような音が響き渡った。甲高い金切り音がシャーロット・E・イェーガー大尉の非公式最速記録の4倍以上の速さで水中を走る。
「こ、これは、ネウロイの叫び声!」
≪こちら水測、後方の音源加速して接近! 速い!≫
シャアーッといかにも速そうな音をたててネウロイが接近し、ゴオンと大きな音が艦内にも響いてきた。
≪ぐあっ!!≫
「どうした!」
少しして別の声が返答してきた。
≪こちら水測室、曳航式聴音機に激突したようです! 主水測員が耳をやられました。聴音機不通!≫
少し短めに切って401対ネウロイの戦いを3話くらい続ける予定です。霧の401と違ってほぼ史実の伊400型潜水艦ですから戦いになるのか……
ところで感想投稿でご指摘ありました普通と違うシュノーケルの使いっぷり。未だ新しい妙案が思いついてません。98話辺りからずっとそのうちいいアイディアが出るだろうと放置してきましたが、無害化してしまった暗雲の代案は思い浮かばず、そろそろ捨てた方がいいかなという気になってきました。
2019/6/9追記
おかしなシュノーケルの使い方への指摘、99話にその訳を加筆しましたので読み直してみてください。