司令塔と艦橋の区別間違いを修正しました。
第107話「リベリオン空母でご飯」
427空の皆には2人用士官部屋があてがわれた。卜部達士官だけでなく天音や優奈ら下士官もで、少々狭いとはいえ2段ベッドに書き物机まであって、「神川丸より待遇いいんですけど」と優菜は大喜び。
「このままリベリオン空母に囲い込む作戦かもしれないよ」
勝田がニヤついて言う。
「シャワールームへご案内します」
頃合いを見てジェシカが呼びに来た。
「時間制限なしでいいそうですから、存分に熱い湯を浴びてください」
「蛇口開けっ放しでいいって事ですか?」
「はい。ハリウッドシャワーです」
天音も香港やシンガポールで洋風宿舎に泊まることも多々あり、今やシャワーにも慣れたものであるが、真水の貴重な艦上でお湯流しっ放しが許されるとは思ってもみなかった。
◇◇◇
硝煙と海の塩を落としてさっぱりとしたところで、石鹸のいい匂いを漂わせピンクに上気した頬を揃えて、427空は食堂へとやって来た。半数以上が10代で子供のようなのもいるとはいえ、扶桑女性が7人もやって来るとなると、部屋の雰囲気も匂いもいつもとは全然違って、軍艦の中とは思えない華やいだ空気が広がる。
食堂は卜部の希望で下士官用のメス・ルームにしてもらった。士官食堂はかしこまっているので、ラフな所の方が天音達が寛げると思ったからだ。
ところがリベリオンは階級社会。それではと下士官の中でも最高峰のCPOと呼ばれる人達の食堂、CPOメスに案内された。
「CPOって?」
天音がジェシカに聞く。
「Chief Petty Officerの略です」
「Petty Officerならわたしもその階級の中に入るけど、扶桑で言うと何ですか?」
今度は勝田に聞く。
「うーん、兵曹長の中でも先任の人かな。いわゆる先任伍長なんていう叩き上げのトップの人達だよ」
「うちで言うと勝田さんだね」
西條が補足した。
「卜部さんもそこから士官に上がった人だから同じ部類だね」
「それって偉いんですか?」
「やだ、偉いなんてもんじゃありません!」
ジェシカが血相を変えて言った。
「兵隊の実務を経験して上り詰めた叩き上げのトップ。つまり艦内を実質取り仕切ってる、艦長の次くらいに一目置かれている人達です。わたしなんか階級だけは上ですが、もう赤ん坊扱いされちゃうくらい
「マジか!」
これには依頼した卜部も驚いた。下士官食堂と甘く見過ぎていたようだ。実務のトップたるCPOはリベリオン海軍ではもはや特権階級なのである。
「今回はちゃんと招待受けてますので大丈夫です。もっとも先程の話だと、卜部少尉と勝田准尉は既にその資格をお持ちのようですね」
「そんなに偉いんですか?! この2人が!」
「筑波、もうお前、私らになんかおかしな偏見もってるだろ」
「筑波君もあと3年もすれば同じ域になるよ」
西條がニコニコして言った。
「えー……、生きてるかしら」
メス・ルームの入り口では、そのCPOの中でもさらに上に立つ Master Chief Petty Officer が出迎えた。どれだけ格差をつければ気が済むのかこの階級社会は。MCPOはきちんと制服を身にまとって完璧な身だしなみだったが、その迫力は士官にはないもので、ギャングのボスのようだった。
「扶桑のウィッチの皆様を迎えられて大変光栄です。どうぞ寛いでいってください」
「無理言ってすまなかった。お邪魔させてもらうよ」
「いえいえ、何をおっしゃいますマドモアゼル」
やはり叩き上げの卜部は肝が据わったもんである。そこへいくとジェシカと同じ学校出の新米少尉に毛が生えた程度である葉山はびくびくしていた。
「は、ど、どうも、お、お邪魔いたします」
「ははは、取って喰いやしませんから」
メス・ルームはビュッフェ形式になっていた。ジェシカが先頭に立ってお手本になりながら料理を取っていった。
「お好きなものをお好きなだけトレイにお取りください。やだ、今日はすごい豪華だわ」
「今日はネウロイに勝ったってんで、お祝いでサーフアンドターフですよ。どんどん食ってください。付け合わせのマッシュポテトも取り放題です」
「サーフアンドターフ? 波と芝?」
ハテナを浮かべて見合わせる天音と優奈のトレイに、調理の兵隊が焼きたてを載せてくれる。どさっと盛られたのはでっかいステーキとロブスターだった。
「な、なにこれ!」
ジェシカが顔をほころばせて解説する。
「波、つまり海のものと、芝、つまり牧場のものの組合せ。ということでロブスターとステーキのセットのことです」
「ひぇ~」
「なんでこの組合せなの?」
「贅沢の粋を極めたものってことです」
そのボリュームに天音と優奈は瞳をくるくるさせた。
「すごーい、こんなに食べられるかなあ」
「こんなの食べてればリベリアンの体が大きいわけよねえ」
「う、わたしも食べて優奈に追い付かなくちゃ」
天音は優奈の胸に目をやる。
「ざーんねーん、あたしも同じもの食べるんですけど」
トレイを持ってテーブルに向かう優奈の胸は歩く度にぷるんと揺れた。
「そちらのウィッチさん、痩せてるね。もっと食べなきゃダメだよ」
そう言われたのは千里だ。
「じゃ遠慮なく、
「え?」
「ステーキ10枚。エビ10匹」
肉汁滴るTボーンステーキと真っ赤なハサミを振りかざす甲殻類を指差した。
『やっぱりこの人ティラノサウルスだー!』
ジェシカが声をあげずに驚愕の表情をする。その後も千里はここぞとばかりに食料を取りまくる。
マッシュポテトは自分の分を取り分けるのではなく、配膳台に置かれているバットをそのまま貰ってきた。
「パンも焼きたてだよ。何枚?」
「あ、切らなくていい。そのまま貰う」
50cmくらいある一斤をそのまま抱えて持ってきた。ジェシカは戸惑いながら千里を諭そうとした。
「あ、あの、扶桑は分隊単位で分けてもらうのかもしれないけど、リベリオンじゃ一人ひとり貰い受けるんです……」
「知っている。大丈夫、これ私の分だけだから」
『ブロントサウルスとか、ブラキオサウルスだったーっ!!』
ジェシカがまた声にならない叫びをする。
「士官さんはご一緒させてもらっていいかな? 食べながら少し話を聞きたい」
スプレイグ少将と艦長や参謀などのお偉いさんが入ってきた。さすがにこの人達にはCPOも道を開ける。そして卜部達のテーブルにやって来た。
「葉山少尉」
卜部が目配せする。
「駄目です。私は対潜作戦だけ。航空隊全般の運営責任者は卜部さんです」
「ちっ。じゃ勝田も」
「え?! ボクは士官じゃないし」
「准士官だろ。いてもおかしくないし」
お偉いさん相手の堅苦しいのから逃れようと足掻く卜部や勝田だが、
「お二人共、御同席願います。命令です」
とこんな時に限り階級を有効に使う西條。
「んなぁ~」
「ひぎゃ!!」
横で千里が50cm食パンにガブッとかぶりついたのを見て悲鳴をあげたジェシカ。それでスプレイグ少将が気付いて顔を上げるとジェシカとレアを呼んだ。
「ブッシュ少尉、ナドー少尉もこっちへ来てくれるか?」
「イ、イエス・サー! 喜んで!!」
逃げるようにやって来たジェシカをスプレイグ少将はにこやかに迎える。
「ブッシュ少尉は若いが
「それは凄い」
12歳で航空隊長という非常識なウィッチの世界に、二十歳過ぎで普通の人である葉山少尉は、それが務まるウィッチに改めて恐ろしさを覚えた。さっきも天音でさえ師匠呼ばわりされるし、ひょっとするとウィッチの1ヶ月は普通の人の1年に相当するんじゃないだろうか。そう考えると大ベテランの卜部が少尉で一飛行隊長というのは、本当にそれでいいのだろうかという気持ちがわいてくる。さっきジェシカが言ってたように扶桑海軍のよくわからないウィッチ昇進制度のせいなのだろうか。
「あれ? リベリオンウィッチには中尉がいらっしゃいまたよね?」
西條が思い出して訊ねた。
「ホワイト中尉は臨時で加わってもらっている正規空母のウィッチだ。ブッシュ少尉の指導係りでもある」
「はい。歴戦の空母『サラトガ』に乗っておられた方で、厳しい方です」
ジェシカが頷く。そして
「マイティ・ラット人に向けて撃つし」
と斜め下に口を尖らせて小声で付け加えた。
「外の様子を知りたい。この暗雲はどれくらい広がっているんだ?」
卜部が肉を切り分けてグレービーソースをまぶしたところで答えた。
「私達が真っ黒い雲の壁に突入したのは、泊地の諸島の50km手前です。事前に扶桑潜水艦の伊401が雲の壁の中に入って中の様子を伝えてきてくれていたので、ここまでの移動はあらかた想定通りできました」
「暗闇ではどんな航法を?」
レアが聞く。卜部は肉を頬張るとモグモグしながら言った。
「基本推測航法だけど、私らは加えて一崎に海底を見てもらいながら移動した。一崎がリアルタイムに進行方向の海底の地形を目標に定め確認しながら進めたから、そういうことでは推測航法というより目標物と照合しながらの地文航法に近いね」
「天音さんは深いところの海底も見えるんですか?」
「南シナ海は大部分が200mくらいしかないからな。あいつには浅いって認識だそうだ。その気になれば1000mくらいでも見えるらしいしな」
「さすがですね。光に頼らないからできる芸当です」
「上空にはどれくらいまで達しているんですか?」
参謀の一人が聞くと、葉山が答えた。
「飛行艇の偵察報告では1万2千メートルくらいあったそうです。その時、暗雲のさらに上に飛行型ネウロイを2機見つけたらしいですが、向こうもこっちを認識してるはずなのに、攻撃してこなかったとか」
「ほう」
「普通のレシプロ機では限界的高度だな」
「それとすごく気になったんですが、暗雲に入る少し前から風が全然なくて、むあっと湿った空気が淀んだままで……ずっとこんなですか?」
スプレイグ少将が頷く。
「そうなんだ。無風なもんだから、私達も大型の雷撃機を発艦させられなくて、対潜捜索・攻撃力が発揮できないでいる」
「海は穏やかだったから、水上滑走するには都合良かったけどね」
西條がロブスターと格闘しつつ言う。
「しかし視界もレーダーも駄目にされたせいで、雷撃機の代わりに偵察へ出した戦闘機を多数失ってしまった」
参謀の一人がそう言うと、サンガモン側の人達が一様に俯いて暗くなってしまった。
「そうそう」
勝田がフォークをかざした。
「伊401がリベリオンの戦闘機パイロットを一人救助したよ。えっとね……」
ポケットをまさぐるとメモ帳を取り出した。
「ジェフ・アンダーソン少尉だよ」
ジェシカがぱあっと笑顔になった。
「アンダーソン少尉、生きてたんですね!」
「哨戒に出て、燃料切れで不時着、漂流してたとことをトンボ釣り……引き上げたそうだ」
「よかったぁ。ジョディが喜びます」
母艦を探して飛ぶアンダーソン少尉の無線を一瞬捉えたジョデルは、暗闇に突入して彼の機を探した。ジョデルについて行ったジェシカともども危うく遭難しそうになる捜索だったが、結局見つけられなかったのである。消息を絶ったアンダーソン少尉は未帰還機にカウントされていたのだ。
「伊401はアンダーソン少尉を救助した後、引き返して暗雲から出て、今度は雲の縁に沿って外周を回って暗雲の広がりを調査してる。偵察と隠密行動は潜水艦の得意分野だからな」
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その伊401は、暗雲の外周を回りつつ色々な観測をしていた。
艦橋の上の固定式双眼鏡を覗くシィーニーが暗雲の上をじっと凝視している。
「イオナ少尉。点が3つ、集まってきてます」
≪よく見えるな。確かめてみる≫
「ふふん、目だけは良いんです」
雲の縁を飛んでいた水上攻撃脚『晴嵐』が高度を上げていった。