なんかバッドエンドしかないキャラに転生したようです。 作:あぽくりふ
では、視点の違う8話です。
全く―――どうしてこうなってしまったんだろうか。
「―――嫌」
「は?」
「嫌。あなたにお金を貸す気はない」
きっぱりと拒絶する。僅かに語尾が震えていたのが自分でもわかったが、どうやら目の前の女子には悟られてないようだ。
……情けない。そんな自嘲に似た感情が湧くが、これでもかなり進歩はしている。以前の私ならばこうやって拒絶するのはおろか、対峙することすら出来なかっただろう。僅かかどうかはわからないが、あの世界での経験は着実に私を"強く"してくれている。
そう―――こんなただの同級生の女子とあのミニガンから吐き出される弾丸の嵐では、比較にすらなり得ないのだから。
「手前ェ……舐めてんじゃねえぞ」
右の目元を引きつらせ、女子―――確か遠藤さんが一歩踏み出してくる。それと同調するようにして残る二人の取り巻きが背後に回り、路地裏で囲まれるような形になってしまっていた。
……彼女らは暴力を振るう気はないだろう。彼女らとて、各々の家庭ではきちんと"良い子"しているのだ。警察沙汰になるのはもう懲り懲りのはずだ。だからこそ、彼女達は表沙汰になるような真似はできないに違いない―――。
だが。そんな安堵にも似た慢心は、次の瞬間に砕け散っていた。
「―――っ」
嘲るように、目の前の彼女の口が円弧を描く。同時にゆっくりと右拳が持ち上がり、こちらを指すように―――より正確に言うならば眉間を狙うかのように、人差し指が伸びた。例えるならそれは拳銃。なんてことはない、ただの幼稚なカリカチュア。子供がよく拳銃を模す際に取る形。
しかしたったそれだけの動作に、私の体は敏感に反応していた。さあっ、と血の気が引く感覚。さらに平衡感覚が遠ざかり、両脚は小鹿のように震え出す。周囲の
「ばぁん!」
それらを破り、唐突に声が響いた。敏感に反応した喉がくぐもった悲鳴を漏らす。
……これではダメだ。そう思ったが、体の奥の震えは止むことがない。すでに、私の体は私の意思を受け付けなくなってしまっていた。
「クッフ……なあ、朝田ぁ」
笑いの混じる声。毒々しさを増したそれに、今の私は完全に怯えていた。まるで幼児に戻ってしまったかのように。
「兄貴がさぁ、モデルガン何個か持ってんだよなぁ。今度、学校で見せてやろうか。お前好きだろ、ピストル」
「…………」
舌が動かない。水気が失せた口の中で、小さく縮こまってしまっている。
私は、震えながら首を横に振るしかなかった。
「おいおい、ゲロるなよ朝田ぁー」
彼女らの声が、下卑た笑い声が響く。
「いつだかみたいにここでゲロられても、あんた連れてってくれるカレシもいないわけだし」
「そうそう……って、あいつなんて名前だっけ? シン……シンなんとか」
―――カレシ?
収縮する胃を必死に押さえる中、私はその言葉に疑問を抱く。誰のことだろう。私には、今交際している異性などいない。そもそも、友人すら両手の指で事足りる程度なのだ。そして、その中でも異性と言えば、
「あれだ―――シンカワ、だっけ?」
「それそれ。あいつも趣味悪いよね、こんなゲロ臭い女に構って」
―――違う。
遠くなる意識の中、私は誰にとでもなく必死に否定する。私は彼と付き合ってなんかいない。そんなものじゃない。だって、私は彼にとって、ただの、
「―――お巡りさんこっちです」
その時。若い男の声が響いた。
背後からの声。それを聞いた途端、私を囲んでいた彼女達は驚くほどの速さで飛び退く。そして私の鞄を放り出し、普段では考えられない速度でアーケードの方へと走り去っていった。
……はぁ、と。思わず息を吐き、今度こそ完全に足から力が抜け、私は崩れるようにして路地裏にうずくまった。
懸命に呼吸を整え、蘇りかけた悪夢とパニックの発作を彼方へと追いやる。頭を空にするようにして周囲の雑音に集中する。
……何十秒そうしていただろうか。ようやく周囲に満ちる喧騒が耳に戻ってきた頃、軽い調子の声が背後からかけられた。
「……ったく。また絡まれてたのか、お前」
呆れたような声。だがそこに此方を気遣うようなニュアンスが含まれているのは、顔を見ずともわかった。
最後に一度大きく呼吸して、萎えかけた足に力を込めて立ち上がる。
「よう。大丈夫―――じゃねえな、うん。死にそうな顔してんぞ?」
度の入ってない眼鏡をかけ直しながら私が振り向くと、痩せた制服姿の少年の姿が視界に飛び込んでくる。率直に言って、小柄。だが私よりは背が高く、そしてこれからも高くなっていくだろうことは彼の年齢から容易に推測できた。実際、数日前には成長痛で関節が痛いだのなんだのと愚痴っていたのを覚えている。
「……もう、大丈夫よ」
「はいダウト。せめて顔色を戻してからその台詞は言いましょう」
彼の名前は、新川恭二。
この街で唯一味方と言える人物を前にして、私は安堵に息を吐くのだった。
「警察? え、嘘だけど?」
あっけらかんと。そう言い放つ彼を前にして、私は呆れながら短く首を振った。
「……よく咄嗟にそんな真似できるわね」
「俺演技派だから。将来の夢はドラマでよくある死体の役、動かないだけのお仕事です」
「なかなかハードね。あれ、3時間くらい動けなかったりするんでしょ?」
「マジかよ」
嘘だと言ってよバーニィ、と呟きながら新川恭二はコーヒーを啜る。そろそろ秋も後半に入るからか、彼が頼んだのはホットコーヒー。私の手元にあるのはいい香りのするミルクティーだ。両手でそれを包むように持つと、ようやく少し気持ちが落ち着いてきた。
……どうせまた彼女たちはちょっかいを出してくるだろうが、その時はその時だと懸念を心の隅に追いやる。
「……なんか奢ってもらったけど、いいの?」
「いいんじゃねえの? 別に金欠なわけでもないし」
「なによそれ」
猫舌なのだろうか。ホットコーヒーをそろそろと啜りながら他人事のようにそんな事を言う彼を見て、私は少し噴き出した。ここは彼が気に入っている喫茶店らしいが、正直言って意外だった。基本的にゲーム―――特にGGOにしか興味がないのだとばかり思っていたが、こんな小洒落た店にも来る様子があまり想像できない。
すると、そんな思考が顔に出ていたのだろうか。彼は苦笑し、弁解するように肩を竦めた。
「ラノベ買った帰りには此処で読むようにしてるんだよ。家に帰るのもなんだかあれだしな」
「成る程ね」
学校でもかなりの確率で本を読んでいる事が多い彼らしい理由だ。ライトノベルもよく読んでいるが、実際彼は乱読家だ。"海辺のカフカ"を読んで首を傾げていたこともあれば、なにやら一昔前の携帯小説のノベル版を読んで眉をひそめていたこともあった。以前それを不思議に思って尋ねてみた所、特に理由はなく、なんでも「前世の痕跡を探してる」らしい。おそらくふざけてるのか、何かのネタだろう。私にはわからなかったけど。
「……それより、さ。結局いつログイン出来そうなの?」
「んー、まあ第三回には間に合いそうな感じか。1ヶ月ログインしてないとなると、かなり勘が鈍ってそうなもんだが……」
―――第三回。すなわち、第三回"バレットオブバレッツ"。GGO内最強のプレイヤーを決定する大会のことだ。
第一回は北米サーバーで開催され、第二回以降はこちらでも開催されている
「…………」
「や、睨まんといて下さい。今回は大丈夫だから。きっと多分おそらくメイビー」
限りなく曖昧にして言葉を濁す彼を一瞥し、私は溜め息を吐く。勉強と両立させるのが難しいことはよくわかるが、それでも突然ログインを止めるのはやめてほしい。夏休みの途中で突如としてログインが途絶した時は、柄にもなく心配してしまったものだ。こうやって一緒にお茶することくらいはできる唯一の友人……少なくとも敵ではない人間を喪失するのは避けたい。私が彼に少なからず依存してしまっているのは、自覚済みのことだった。
「そういや、一昨日あのベヒモスを墜としたんだってな。掲示板で結構噂になってたぞ……"
「……その名前、止めない?」
げんなりとしながら私は懇願する。いつからか、ネットのスレッド掲示板ではそんなイタい名前が蔓延していたらしい。正直真正面から言われると、悶絶する程恥ずかしい。
「お前がヘカートⅡとかいう厨二感満載な対物ライフル持ってんのがいけないんだろ。いや俺はかっこいいと思いますよ?
「ぶっ飛ばすわよあんた」
にっこり笑いながらテーブルの下で脛を蹴る。鈍い音と「ぐおお……」と呻く声を無視し、私はそ知らぬ顔でミルクティーを口に運ぶ。
「……にしても、お前があのベヒモスを倒すとはなあ。随分強くなったもんだ」
脛を擦りながらも、感嘆するように彼はしみじみと呟いた。確かに、ベヒモスは今まで戦ってきた中でもトップクラスの
だが―――私はふるふると首を横に振った。
「……確かにベヒモスは強かったけど、作戦的に見ればこちらの失敗だったわ。こっちのスコードロンは六人中四人もやられたんだから。待ち伏せで襲ってその結果じゃあ、とても勝ったとは言えない」
結果として得られた戦利品も微妙なもの。経験としてはかなり貴重な一戦だったが、総合的に見れば割りに合わない。自分にも反省すべき点は多々あったはずだ。
「ミニガンは集団戦においてこそ真価を発揮する。
「……それほどでも」
予想外の方向から来た不意打ちに、もごもごと呟いて返す。だが、これではまるで―――
「うむ。もう俺が教えることは何もない。免許皆伝じゃ!」
「……あんた。まさか、引退するつもりなの?」
思わず語尾が震えた。確かに、今がやめ時なのかもしれない。1ヶ月もログインを空けたのだから、そのままフェードアウトすることも考えられる。もしや、新川は第三回バレットオブバレッツに出場し―――それを最後に引退するつもりなのではないだろうか。
「っ……」
嫌だった。もはや恐怖に似た嫌悪が体を這い回る。侵食するようにして心を満たし始めるのは怯えと恐怖。
―――新川恭二は、自己だけで完結してしまっている人間だ。
基本的に受動的な行動しか取らず、自分からアクションを起こすということがほぼない。学校でも誰とも話すことはなく、いつも本を読むかスマホをつついている印象しかない。だがだからと言ってコミュニケーション能力に支障があるわけではなく、話しかければ饒舌に返してくれる。人並みに常識も人道も弁えているし、性格にはなんら問題はない。極々一般的で普通な男子高校生、それが彼に対する第一印象だろう。
だが、少し付き合えばわかるが―――彼は他者に関して、あまりに鈍感に過ぎた。
同情もするし共感もする。だが、彼にとってはあくまで全て"他人事"なのだ。例えるなら、私たちがニュースを見ているような視点。フィルター越しに見ているような彼の視線。
他者を必要とせず、彼の中で全ては完結している。絶対的に"自分"と"他者"に境界線を築いているのが新川恭二の在り方だった。
……恐い。彼を喪うことが。彼との接点を無くすことが。
私は手の震えを隠すようにして、ミルクティーのカップを掴む。力を込めすぎて指が白くなってしまっていたが、そんな些細なことを気にする余地などなくて―――。
「んーにゃ? まだやめる気はないよ?」
思わず、脱力した。
安堵に息を吐き、訝しげな彼の視線から隠れるようにしてカップを傾ける。
……全く、人騒がせな男だ。そんな愚痴を内心で呟いた。
「ま、本選で首洗って待っとけよ? AGI型の真髄を見せてやる」
「スナイパーが苦手なくせによく言うわね。さっさと勘取り戻しときなさいよ?」
「うぐ……了解です、教官」
「よろしい」
冗談めかしてそう返し、ちらりと壁にかかっている時計を一瞥する。……そろそろ帰らなければならない時間だ。楽しい時間は体感的に早く過ぎるものらしいが、確かにその通りなのだろう。もうすでに六時を回りつつある。
「……そろそろ帰りましょうか」
「うっわ、もうこんな時間かよ……塾遅れるな、こりゃ」
「はいはい、急ぎなさいよ」
そう言って呻く新川の背を押し、勘定を済ませるべく急かす。だが、ふとその背中が止まった。
「……なあ、朝田」
「なによ?」
突然立ち止まった彼を見て、私は眉をひそめる。その表情は見えない。彼は振り返ることなく、言葉を続けた。
「もし、周りの全てが風景画にしか見えない人間がいたとしたら―――どう思う?」
「へ? ……何よそれ、何かの本?」
そう尋ね返す。すると、一拍置いて彼は答えた。
「―――そうそう、最近出たラノベに出てくるキャラなんだよ。しかも雑魚というかモブというか」
―――違う。
決定的な違和感。ざわつくような嫌な予感。私は今、何かを決定的に間違えてしまったのではないか。
そんな予感を払拭するように、思わず彼の服の裾を掴む。すると、彼は緩慢に振り向いた。
「なんだよ、ったく」
「――――――っ」
嗚呼、きっと私は間違えたのだ。
彼の瞳を覗きこみ、そう根拠もなく直感する。正体不明の後悔の念が胸中に湧いてくる。近いのに、果てしなく遠い感覚。そこにいるのに、決して届かないような……まるで鏡のように無機質に反射する虹彩。
そこに私は映っている。だが、彼は私を見ていない。
何の脈絡もなく、そう直感し―――私は取り繕うように微笑み、「なんでもない」と言うのだった。
次くらいから原作主人公登場?色々と拗れる予感しかしない第三回BoBに突入します。