絶望的な戦力を持つ地球連邦の大艦隊に対しての歴史的な大勝利、その熱狂も覚めやらぬズムシティの一角、周囲の熱狂から少し外れた酒場・・・、その片隅で彼はちびりちびりと一人で酒を飲んでいた。
《赤い彗星》シャア・アズナブル・・・。
ルウム戦争において単独で戦艦5隻を撃沈、その飛びぬけた功績により2階級特進を果たし、更に宇宙攻撃軍指令ドズル・ザビに目をかけられる、更にはその戦いぶりから赤い彗星の異名まで得た。
大々的な凱旋式や様々な式典、それらがようやく一段落し、彼はいろいろと考えをまとめるために落ち着けるこの場所に来ていた。
「どうしたんだい?英雄たる君がこんな所で黄昏るなんて」
そこに現れたのはザビ家の末弟たるガルマ・ザビであった。
「ガルマ・・いやガルマ・ザビ大佐と言うべきか?」
「それを言うなら私もシャア・アズナブル少佐と呼ばなければ。以前と同じガルマで良い」
他愛も無い軽口を叩きながら彼はシャアの隣に座る。
「実際どうしてこんなところ・・・おっと失礼、にいるんだい?」
「まあ・・・少しな・・・」
「アレだけの激戦だ・・・少し精神が参ってるのかもしれないな」
店主の視線に失礼、と答えたガルマのに答える。
「そう見えるか・・・そうか・・少し、呆けてしまったかもしれんな・・・」
それも本当であった。
飛び交う光弾、美しいビームがきらめくその戦場、一瞬の油断が死を招くその場で限界ぎりぎりまで飛び回っていたのだ、思っていたより消耗していたのは間違いない。 だがそれよりも・・・。
それは一瞬の出来事であった。
対艦ライフルもザクバズーカも撃ちきり、ザクマシンガンも残弾がのこりわずかとなったとき、その瞬間は来た。
単機で駆けるそのSフィッシュを見つけ、そういえば突入の際に噛み付いてきた部隊がいるのをふと思い出した。
シャアが艦隊に突入し戦果を挙げている間でも最初の迎撃地点で戦闘の光が絶えることは無かった。
そして、だいたいその方向からボロボロのSフィッシュがやってきたのだ、少し興味があったのは間違いない。
自分が相手の死角にいることは確認できた彼は、そのSフィッシュを撃墜して更なる戦果を得ようとした。
だが、その必殺のタイミングで放たれた蹴りは虚しく空をきり、彼のザクの体勢を崩してしまった。
「チィッ!!」
舌打ちと共に体勢を瞬時に立て直した彼がザクマシンガンをむけた瞬間、そのパイロットと目が合った。
《マーク・ギルダー!?》
昔の面影が有る・・・とはいっても遥か昔のことであるし、コクピットとパイロットスーツに阻まれてその顔を見分けるのは不可能のはずであり、本来ならば知らずに自分は彼を撃ち殺していただろう。
だがそうはならなかった。
なぜか・・・と聞かれても分からない、ただあの瞬間自分は彼がマークだと気付いたし、不思議とマークが彼を自分だと認識したと感じた。
(これが・・・父の言っていたニュータイプなるものの一端なのか・・・?)
しかし思索する時間を戦場は与えてくれなかった。
破壊されたマゼランの破片がSフィッシュのエンジン部とコクピットの連結点を破壊し、コクピット部分が彼の所に飛んできたのである。
思わず受け止めてしまった彼はそのままマークを捕虜とし、そして自分の艦へと帰還した。
なお、秘密裏にではあるがマークを捕虜にしたことはこれも功績大なりとされ、彼の2階級特進へとつながることになった。
「それじゃあ私は行くけど君の事はドズル兄さんも気にかけている、もう戦争も終わりなんだ、あまり深酒をして体を壊すなよ」
「わかっているさ・・・もう少ししたら官舎に帰るさ」
しばしの歓談の後、ガルマは帰って行った。
一人残ったシャアは考えをまとめる。
(一先ず彼を殺さずにすんだことを良かった・・・と思っておこう、しかし、彼を連れ帰って本当に良かったのだろうか・・・。)
破天荒で型破りな幼馴染の姉弟を思い出す、何かにつけてこちらの予想の少し斜め上を行くミシャ、そして確信犯的に人を嵌めてくるマーク。
これまでの人生の中で最も幸せな時期に嵐のように現れては大騒動を引き起こし、後には独特の倦怠感と楽しかったという思い出を残した彼ら。
(絶対何かやらかす・・・)
そう思いながらも彼の仮面の下は、何かを起こすだろう幼馴染のことを想い、つい微笑がこぼれるのであった。
ズムシティに・・・いや、サイド3の中枢である公王庁において2人の男が話しをしていた。
公王たるデギン・ザビと、その長男にして実質的な指導者であるギレン・ザビその人である。
「ギレンよ、この短い間でずいぶんと戦果を挙げがで、連邦は本当に講和にのると思うか?」
「心配性ですな父上、既に制宙権を失った連邦軍に対して民衆は不信感を持っております」
公王の私室というプライベートな空間で、親子は余人を交えずに二人で杯を交わしていた。
二人は親子ながら政治的にはやや対立していたが、ジオン公国の完全なる独立は二人にとっての悲願であり、こうして独立が成就することの前祝をすると共に、こんなときだからこそデギンがギレンの腹の底を確認したがったというのもあった。
「なに、この条件を飲めねばコロニーを再び落とすと言えば防ぐ手立ての無い以上、飲む以外にありません」
ジオン公国の完全なる独立を初めとして、各コロニーやルナツーなどの宇宙要塞や資源衛星の支配権を初めとして、賠償金の代わりにコロニーの再建費用までも連邦に出させ、ほかにも様々な形でジオンが有利になるように交渉団は南極にて交渉を進めていた。
「連邦の無能な政治家や官僚共は己の権益さえ守れればよく、愚民どもは宇宙に住むものなどなんとも思ってません、己の懐がしばし痛いだけならば少々の不満はあれど問題にはなりますまい」
「連邦を地上に押し込み、経済や行き場の無い不安と怒りによって内部抗争を激化させ、それにより地球の人口を管理できるまで減らしてから再建したコロニー群へ強制移住させる、それにより地球の環境を改善する・・・か、」
いまだに地球の中でも分離主義者や、連邦の強引なやり方に対する反抗などは存在するのだ、宇宙という植民地を失った連邦が経済を傾けるのは間違いないし、社会と経済が不安定になればそういった反連邦組織が力をつけるのは間違いないのだ。
ならばその火に油を注いでやるだけで地球の紛争は熾烈さを増し、少し時間は掛かるだろうがジオンが主導する世界が作れる、そしてその世界を管理、運営しきる自信がギレンにはあったし、デギンもこいつならやれると確信していた。
「恐ろしい男だな、貴様は」
ため息と共に吐かれた台詞ににやりと笑い返す。
「教育が良かったのですよ」
と返した。
「ギルダー家の跡取りを捕まえることが出来たのも行幸でしたな、この戦いで疎遠になっていたのを引き寄せれます」
「ああ・・・彼か」
ふっと話題がそれる。
ギルダー家の当主たるマックスは武力による独立もやむなし、とは理解していた。反骨心もまた立派なフロンティアスピリットだと思っていたからだ。
しかし、それが同胞たるフロンティアの民・・・他のコロニーに対する虐殺となれば話は違う、この件によって彼は彼らはフロンティアスピリットを失いかけているとして、その抗議として鉱物資源の輸出を停止していた。
もちろんグラナダや所有する資源衛星から資源は入手できるがそれはジオンの工業力を満たすには足りず、ギルダーマテリアルの資源輸出を再開させるカードとしてはマークは良い手札であった。
「キシリア辺りが自らの戦果のために講和の妨害をするかと警戒はしていましたが・・・どうやら杞憂ですんだようですな」
「まったく・・・アヤツももう少しな・・・」
再びため息、それを見たギレンは笑みを深める。
「なんにせよ、後は交渉団しだいで・・・」
と言ったところにギレンの秘書であり愛人であるセシリアが駆け込み、デギンに一礼するとギレンに何かを耳打ちし、その内容を聞いたギレンの表情から顔色がうせる。
「父上、戦争計画を練り直さねばならないかもしれません」
「何があった?」
セシリアに非常線を張るように指示を出すギレンに、尋常なことが起きたのではないと悟ったデギンが問いかける。
「捕虜が脱走しました」
「どちらだ?」
いやな予感がするが確認をせずにはいられなった。
「・・・両方です・・・」
空虚な沈黙だけがその部屋を漂うことになった・・・。
その少し前、捕虜収容所のVIPルームでマークが日課の筋トレをしていた。
シャアに捕まる際にかなりの衝撃を受けており気絶してしまっており、気がついたらズムシティの病院の一室であり、目が覚めたらすぐにこの部屋に招待された。
(悪運しぶとく生き残ったか・・・)
まずは生き残ったことに安堵していた。だが、すぐに脱出の機会を窺い始めていた。
(アレから何日たったのかよー分からんし、下手に捕まったままだと親父に迷惑かけちまうだろうしな)
脱出の機会は必ずあると知っていた、レビル将軍を脱出させるために特殊部隊・・・もしくは戦争を望むキシリアや、和平の後押しにしたいデギンなど諸説あるレビル救出部隊が現れるはずである。
(だが、レビル将軍がほんとにこの施設に居るんだろうか・・・この部屋から出してもらえんし、なんとなく居る気はするがどうにも確証がもてん)
実際、自分以外にも捕虜が居るのは間違いないし、ほかの収容所の事なんか分からない、ならば・・・。
(自力での脱出の準備もしておくか・・・いつごろ出来るかまでは知らんが)
内心無理ゲー臭凄すぎワロタと思いながら兵士の巡回パターンなどを確認していると、その中の一人にどこかで見た覚えの有るやつが居た。
誰だったか・・・と思いながら過ごすこと数日、脱出の機会?が訪れた。
「まさか本当にこんなのに引っかかるとは・・・」
奥歯をへし折り、そのときの血を使って喀血してるように見せかけ、あわてた兵士が部屋に入ってきたところをCQCで落として、武器を奪って脱出した。
監視カメラで見られたらしく追跡してきた兵士たちと銃撃戦が発生したが、ニュータイプ技能は生身でも遺憾なく発揮でき、それらを返り討ちにしながら先へ先へと進み収容所を脱出した。
どうも同時期に各地の収容所で脱走騒ぎがあるらしく、様々なところで騒ぎが発生していた。
(よく分からんがチャンス・・・と見るべきだな)
封鎖されているだろう宇宙港を目を目指すか、それとも市内に潜伏するかと迷っているときに、彼の横に幌付のジープが急ブレーキで止まった。
「お客さん、乗っていくかい?」
その車にはジオンなまりのない絆創膏を張ったジオン軍人と、ジオン軍の服を着て帽子を目深にかぶった立派なヒゲの軍人が乗っており、後部座席にはなぜかジオンの軍服が置いてあった。
「・・・じゃあ、地球までよろしく頼む」
「了解、荒っぽくなるからシートベルトをわすれないように!」
逡巡は一瞬であった。
彼はジープに乗り込み、急いで軍服を着替えた、そしてちらりと横を見ると、隠しようの無い立派なヒゲが目に入った。
(こっちの男・・・《絆創膏の男》か!!)
それはゲームギレンの野望のムービーでレビル将軍が帰還するときにチラッと映る謎の男であった。
(となるとこちらは間違いなく・・・)
着替え終わったところで姿勢を正し、宇宙軍の敬礼を送る。
「ご無事で何よりで有ります!!レビル将軍!!」
その言葉に彼も敬礼で答えてくれた。
「うむ、こんな所で会うとは奇遇だね、ギルダー少尉」
こうして一年戦争において重要なキーパーソンであるレビル将軍と合流することが出来たマーク。
しかし、ジオンの封鎖線を突破するのは決して容易ではない、果たして彼らはこの窮地を逃れることが出来るのであろうか・・・。