「ケラーネ少将!連邦内部のスパイから緊急連絡が入りました!!バターン号が出撃体制に入った模様です!!」
「なんだと!!この段階で動いたというのか・・・、レビルめ、嫌な時に動いてくる!!」
ジオンヨーロッパ攻略軍の指揮官であるユーリ・ケラーネがその報告を聞いたのは、西ヨーロッパにおける最大の抵抗拠点であるパリに、ヨーロッパ方面軍主力が王手をかけようとしていたその時であった。
いずれはこちらの妨害のために動いてくることまでは予想しており、それを防ぐためにブリテン諸島の整備場は入念に襲撃をさせた、バターン号こそ捕り逃したものの連邦陸上艦隊は大きな被害を受けており、復旧にはいましばらくの時間が必要のはずであった。
それゆえに彼は大きな衝撃を受けたが、彼の精神はその衝撃を飲み込んだ。
「・・・厄介だな、上陸される場所によっては後方の物資集積所も被害が出かねん、スパイから詳細はつたわってないのか?」
「いえ、それはまだ・・・、しかし、連邦軍大西洋艦隊がイギリス海峡を念入りに哨戒しており、我が軍の潜水艦隊は手が出せない状況が作られています、パリ戦線への救援のためにブリテン島から近いカレー、もしくはパリに近いピカルディかノルマンディへ押し渡り第二戦線を形成し、パリに対する攻勢圧力を分散させるのが狙いと見られます」
「解った、とにかく部隊規模と目標地点の正確な位置を調べろ、どこに来るかで大きく戦線を見直す必要が有るな・・・、ひとまずドーバー海峡に偵察用ザクの小隊を配備、そしてそれ以西の部隊から海岸警護の部隊を抽出して海岸をパトロールさせろ!!」
そこでいったん言葉を区切ると、ケラーネは自分が大切なことを確認していないことに気付いた。
「それで、連中はどれだけの数を出してくる?整備基地への襲撃自体は成功している、稼働不良の物も出してきたか?」
「それが・・・どうやら奇襲を逃れたバターン号だけでの作戦の模様です」
「単独だとぉ!!??」
バターン動く・・・それも単独で、その一報にジオンヨーロッパ方面制圧軍司令部は大きく反応した。
意外かも知れないがビックトレーは戦略的にも、戦力的にも大きな意味と力を持っているのである。
陸戦兵器として十分な装甲は生半可な攻撃を容易くはじき返し、陸戦兵器として破格な巨砲群は地平線のかなたのモビルスーツを小隊事吹き飛ばし、ホバーでの走行能力は走破する場所を選ばず、不整地どころか海を渡って揚陸すら可能なのだ。
それなりの速度で移動できるが故に追いつくための機動力の足りないザクでは撃破が難しく、ド・ダイに載せて攻撃するにも強力な防空網に阻まれる、また、大抵複数の陸戦艇による強力な陸上艦隊を形成しており防備も固く、ジオンヨーロッパ方面制圧軍にとっては目の上のこぶであった。
今作戦では連邦軍陸上艦艇軍の整備タイミングを調べ上げ、なおかつ事前に奇襲を仕掛ける事により彼らが動けない状況を作り出したうえでの作戦であり、撃破される危険を犯してまでジオンの爪牙の届く距離まで進出してくるとは思われておらず心理的な奇襲となっていた。
確かにバターン号が欧州本土に上陸し、各地の物資集積所などに攻撃を加えるなどして支援に入れば各地での連邦軍の士気は向上し、強い圧力を受けるジオンの攻め手は緩むことになり、少なくともパリ攻略の可能性は激減することになるだろう。
だが、仕留めることが出来なくとも動けなくしてしまえば後は如何様にも処理はできる、ブリテン島で穴熊を決めこまられるよりは撃破できるチャンスは格段に増える。
特にバターンは連邦ヨーロッパ方面軍司令部が置かれてるうえ、連邦陸上艦隊の旗艦を勤めておりレビル将軍もこの艦に座上しており、この艦を仕留めれば戦略的価値は計り知れない。
(出来れば移動中に火力の高い潜水艦隊の奴らが仕留めてくれるほうが楽ではあったが、それが難しいなら上陸してきた時点で体制が整う前にモビルスーツによる肉薄攻撃を仕掛けるしかねぇ、こちらもダブデが使えればよかったんだが、マ・クベが渋った上にキシリアもマ・クベを支持しやがったから数が足りん、ギャロップでは力不足だ、・・・タイミングさえよければいけるか?・・・いや、やばそうなら逃げ出すか・・・難しいな)
対抗手段の一つとしてジオンも大型陸戦艇を生産しているが圧倒的に数が足りず、地上における最重要拠点であるオデッサを防衛するためにも容易く動かすことは出来なかった。
「・・・情報が足りんな、一先ず偵察部隊を出して上陸されたらすぐに対応できるようにせねばな、最悪、パリ包囲軍の右翼は後退させねばならんな」
(しかし、このタイミングで、しかも単独で仕掛けてきたのが解せねぇ、欧州半島の喪失を阻止するためとは言っても幾らなんでも早すぎる、何日か待つだけで他の船も復旧してくる、撃沈のリスクを考えればブリテン南部からの砲撃支援がせいぜいだと考えていたが・・・、揚陸後に守りきれる自信がある?もしくは確実に海上まで避難できると考えているのか・・・?レビルは勇敢だが状況が見えない奴じゃない、突っ込んでこれる何かがあるはずだ・・・)
「・・・彼らを使いますか?新型モビルスーツにも慣れた頃合い、一度レビルを拿捕した彼らと新型モビルスーツがあれば、護衛を蹴散らしてレビルの首に手が届くと思いますが」
その言葉にしばし逡巡したユーリが頭を横に振るう。
「いや・・・、連中が近づいてるとなれば奴は逃げを打つはずだ、推進剤の都合もある、確実に仕留めれるまで動かしたくは無い、それに連中はキシリア閣下のお気に入りだ、下手に消耗させると後が怖い」
(もっとも、いざとなれば使うしかないかもしれんがな)
参謀の言葉を退けた彼はしばし考え、そして大きな声で指令を発した。
「よし!!動かせる航空部隊を集めろ!!上陸地点が判明しだい航空攻撃で足を止めさせてモビルスーツ部隊による肉弾攻撃を仕掛ける!!最悪、追い返せればそれでいい!!」
釈然としないままであったがユーリは各方面に指示を飛ばす、レビルの意図は読めないが既に賽は投げられルビコン川は渡ってしまったのだ、今更引き返してしまえば面目もたたず、更なる地位上昇を狙うユーリにはそれは選択できない、それならば今できる最善手を打つだけである。
「進撃速度を上げて本隊もパリ市内へ突入しろ!!いくらレビルとはいえ、市内で乱戦に持ち込めば迂闊には撃ってこない!!一度乱戦に持ち込めばモビルスーツの独壇場だ!!」
気持ちを切り替えた彼は参謀たちに檄を飛ばす、獲物に食らいつく野生の獣のように。
それは荒々しい彼の気性によるものか、それとも、読み切れない敵の見えざる一手におびえてなのか。
それぞれの思惑は絡み合い、欧州の戦火はさらに燃え広がっていく。
(ここを抜いてジブラルタルまで落としてしまえばオデッサの守りは盤石になる、そうなれば軍部はともかく腰抜けの政府が折れるまでの時間が稼げる、そうすれば俺の功績は無視できん・・・、俺だってまだ若い、さらに上まで登れるはずだ!!)
欧州本土を攻略を達成し、地中海の聖域化を進めてオデッサの守りを盤石としたいジオンが攻め切るか。
(さて、これまでの数か月、様々の事があったがついに我が軍のモビルスーツの実践投入の時だ、スペック上は問題なくザクを駆逐できるはずだが油断は禁物、ギルダー君達を信じるしかないのが辛いところであるが、すでに矢は放たれた・・・か)
ついに実践投入される連邦軍の巨人たちが、ジオンの攻勢をしのぎ切るのか。
それとも・・・?
『ヘッド1からヘッド3へ、機体の調子はどうか?』
『ヘッド3からヘッド1へ、こんなところとは思えない程度には良好です、これならすぐにでもジオンを狩り尽くせますよ』
『その調子だ・・・、今回は今までにない連戦になる、常に機体の調子は確認しておけよ』
『了解!!』