スピードスター森崎   作:AMDer

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増えていくお気に入りにニンマリ
それではどうぞ


第五話 先陣の風

 スリップストリームという現象がある。先頭の後ろは空気抵抗が減るというものだ。レーサーなどは集団で走り、実力者はここで力を温存する。しかし森崎は思う。真のトップとは常に先陣を走るのではないかと。

 

5話 先陣の風

 

「--以上が剣道部乱入事件の顛末です」

 

へー、そうなんだー。大変だったね。

 

「森崎、相違ないか」

 

「俺はさらにあと、制圧間際に到着したので詳しくは。ただ、目撃者の証言とも辻褄は合います」

 

 他人事のように達也の簡潔で的確な説明を感心して聞いていたら、いきなり会頭に確認をされエリカとのやり取りを思い出しながら返事をする。その後風紀委員長、生徒会長、部活連会頭が今後の対応を決める。

 しかし、この三人で一高の三巨頭とか言われてるらしいが、なんか響きがいやらしい。当人たちは恥ずかしくないんだろうか。

 

「しかし森崎、もう少し穏便に介入できなったのか」

 

「抜くときは」

 

「あーいやいい、今後はもう少し手心を加えろ。違反者とはいえ当校の生徒だ。今回は初日だがら多目に見るが目に余るようならこちらとしても措置をとらねばならん」

 

「肝に銘じます」

 

 今度は俺が当事者達を昏倒させた件について委員長より追及とお叱りをうける。今度からは膝かっくんにとどめておこう。

 部活連本部から出ると達也は生徒会室に向かうといい別れた。俺も教室まで荷物を取りに行かないといけないのだが、億劫になり置き勉を決意しそのまま直帰した。

 

 

 

 

「……、手の空いている風紀委員は現場に向かってください」

 

「こちら司波です。了解しました」

 

 今日渡されたインカムを装着し達也は目的地に向かって駆け出す。その時達也は木陰に魔法の兆候を感知するが、確認するまもなく犯人が体勢を崩す。

 

「大人気だな、達也」

 

横合いから軽口を叩かれる。犯人はそれを確認すると、すぐに逃走にはいる。

 

「あっちは任せた、俺は第一体育館に向かう」

 

「了解した」

 

 魔法の発動を止めた風紀委員、森崎に告げると達也は当初の予定に戻る。

 そういえばあいつはすぐに準備を整え風紀委員室をあとにしていた。そのせいで委員長がインカムを渡しそびれており、見かけたら取りに来るよう言伝を頼まれていたのだが、今は検挙を優先すべきだろう。そう考え、達也は駆けていくのだった。

 

 

 

 森崎は逃走する犯人を照準に捉えるが、構えた特化型CADをおろし、懐から取り出した汎用型CADを操作した。発動した魔法は自己加速。犯人に対抗しようと思ってのことだ。もっとも両者の術式は大分異なる。犯人の自己加速は走行ストライドが長いウサギを思わせる優雅なものだ。対する森崎は神経系に作用し、筋肉の動きを速くする魔法である。視認きないほどに早く動く手足、その動きは3億年の時を生きる不快害虫を想起させるものだ。

 犯人が女子生徒の前を横切りと何事かと女子生徒が目をぱちくりさせる。

 

「待て待てー、御用だ御用だー!」

 続いて後ろから聞こえてくる声に”ひっ”と声が漏れ、腰を抜かす。

 

ピョンピョンピョンピョン、カサカサカサカサカサカサカサカサ

 

「なにあれ」「きもっ」

 

 動き自体は非常に整ったものだが、その速さが不快感を醸し出す。そんなウサギとゴキブリのチェイスに黄色い声援が飛び交うがそれすらも置きざりにして、森崎は前の背中を追いかける。追いかけ追いかけ、そして犯人を追い抜く。トップを走った時の風が頬を叩き、森崎は思わず破顔する。やはり俺は速い!思わず両手を広げガッツポーズを決める。

 と、いきなり地面の感触が柔らかくなり、そのまま倒れこみ、地面にのめりこむ。しばらく滑走してやっと止まり、森崎はなんとか顔を起こす。

 

「風紀委員に魔法をかますとはいい度胸だ!先生怒らないから正直に前に出てきなさい!」

 

「風紀委員って、あんたねー」

 

 ボーイッシュな女子生徒が前に歩み出てくる。

 

「風紀委員です。違反行為により同行を命じます」

 

 立ち上がると泥だらけになって、視認できない腕章を見せ森崎は勧告するが

 

「あんたの方が余程迷惑よ、まわり見てみなさい」

 

「え」

 

 その言葉を聞いて周りを見回すと、トラックコースに動きやすい服を着た生徒たちが目に入る。まばらに新入生らしき生徒もいる。どうやら気づかぬうちに陸上部の勧誘に突っ込んでしまったようだ。

 

「すみませんでした」

 

 謝罪し、何事もなかったように立ち去ろうとするが

 

「待ちなさい。そんな泥だらけの格好で行く気。シャワーでも浴びていきなさい。それと」

「それと?」

 

「いい走りだったわ、あなた新入生でしょ。陸上部に入らない?」

 

 有無言わせぬ笑みに森崎は首を縦に振るのだった。

 

 

 

「森崎、あの犯人はどうなった?」「あっ」

 

 

 

 

 次の日、あれからも達也は幾度となく襲撃を受けていた。検挙数もダントツだ。忙しいだけなのでちっとも羨ましくないが。いっそ校庭のど真ん中にこいつを吊し上げ風紀委員全員で網を張った方がいいのではないか。楽でいいし、この学校もよほど風通しがよくなるだろう。

 思い立ったが吉日。実際に吊るすわけにはいかないので監視することにし、見晴らしのいい校舎の屋上に機材を持ち込みやつの周囲を監視することにした。さいわい森崎家はボディーガードを生業としていてその手の機材を揃えるのに苦労はしない。スナイパーライフル型の特化型CADを準備しスコープとレコーダーをつなぐ。脳波を感知してズームを行うスコープには、襲撃者の名前がわからない可能性が高いので顔識別機能をつけた。念のためにキルリアン・フィルターもつけておく。そばにはスコープをトラッキングする超高性能集音マイクと勧告のためのスピーカーを設置する。無力化した違反者には録画と氏名を抑えてることを勧告し後に出頭してもらおう。近くに他の委員がいるならば任せてもいい。

 こうして意気揚々と取り締まり活動に入る。と、早速違反者を発見し勧告する。

 

「2-B 鈴木信二先輩、違反行動により風紀委員室への出頭を命じます。なお、一連の行動はレコーダーに録画してあるので言い逃れはできません。勧告を無視した場合は罰則が重くなる可能性があります。繰り返します…」

 

膝かっくんされうろたえる生徒に勧告をする。達也君どこ~?

「3-A……」「2-C……」「1-D……」

 

「あの森崎君…」

 

「あっ?」

 

「ひっ」

 

 背後から女子生徒に声をかけられ、本業モードに入っていた森崎はついつい威圧する声を出してしまう。はっ、そういえば達也どこだ。振り返ると小動物のような女子生徒がいた。

 

「あの、生徒会書記の中条あずさです」

 

 それにしても狩猟本能をくすぐる姿だ。

 

「やめてください!射たないでくさい!」

 

 そんな気配を察知してか、思わずあずさが声をあげる。あずさの慌てた声に森崎が正気を取り戻す。

 

「イヤダナーウツワケナイジャナイスカー、それでいったいどんな御用で?」

 

「風紀委員長からこれを渡すようにと」

 

 インカムを渡し、あすさはそそくさと屋上をあとにする。若干涙目だった。インカムを着けスイッチを入れると凛々しい声が耳に入る。

 

「頑張ってるじゃないか森崎」

 

 風紀委員長の声にそういえば許可を取っていなかったことを思い出す。まずい、また目玉をくらうかと思ったが声音にはそれほど険がない。

 

「君のおかげで表で騒ぎを起こすやつはかなり減った。なので他の委員はそこから死角になるところを重点的に見回るよう指示した」

 

 え、それじゃ達也監視できないじゃん。

 

「達也もですか?」

 

「達也君?」

 

「ええ、あいつは違反者を引き寄せる質のようななので周囲を監視すれば効率的に検挙できるのではないかと思って」

 

「ふむ、まあ一理あるがそれはあいつに任せておけ、怪我をする心配もないだろう。お前は引き続き監視、他の委員のバックアップ、それに加え騒ぎがありそうなところは生徒会長に連絡しろ。ことが大きくなる前に生徒会と部活連が仲裁する」

 

「よろしくね森崎君」

 

生徒会長の声が聞こえてくる。なにやら達也にかわり一番忙しくなりそうだ。

 

「はあ、了解しました」

 

「ああそれとこういうことは事前に報告してくれ、私も生徒会もそこまで狭量じゃない」

 

「すみません、以後気を付けます」

 

 よかった、最悪カツアゲされるかと思っていたから一安心だ。もっとも持って帰るのも面倒なので事実上進呈してしまいそうだが。

 

「それじゃ、頑張ってくれ」

 

通信が途絶えると、溜息をつき再びスコープを覗く。

 

 

 

 

「ようやく渡せたな」

 

「摩利もずっと忘れてたんでしょ、自分で渡しに行けばよかったじゃない」

 

「あいつは生徒会の手伝いもするんだ、顔は繋いでおいたほうがいいだろう」

 

 独りごちる摩利に真由美はつっこむが、摩利も言い訳をはじめる。そこに涙目になったあずさが戻ってきた。

 

「どうしたの!あーちゃん」

 

「いえ、大丈夫です。森崎君がちょっと怖かったので」

 

「本当にそれだけ?」

 

「本当にそれだけなんです!ごめんなさい!」

 

「はあ、まあいい」

 

 あずさのわけがわからない謝罪に摩利も真由美も困惑するが、仕方ないので摩利は話を戻すことにした。

 

「しかしあの機材が達也君を監視するためとはな、なかなか友達思いじゃないか」

 

「本当、やっぱりあのときのいざこざは勘違いだったのかしら」

 

 二人は入学2日目のことを思い出す。あの時は落胆したが、こうして付き合ってみると悪いやつではない。突っ走るところがあるが。その時ガタっという音がした。

 

「お、お兄様を監視?」

 

「あ、ああ。君も達也君が度々襲撃されているのは聞いてるだろう。それを心配してのことだそうだ」

 

 深雪が慌てて席を立ち、その剣幕に摩利も圧倒されるがなんとか説明をする。当の深雪はあまり聞いていないようだった。

 

(お兄様を監視、やっぱり森崎君は)

 

 深雪の疑念が確信に変わる。




元ネタは走る名人ですね。割と使い古されたかんがありますけど。
続いて6話を投稿します。

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