――実紀対局――
――オーラス――
(さぁて……ラス目。解ってたことだけど、このクラスの相手だと総合的な収支はともかく、一回戦で勝ち切るのは難しいなぁ)
大豊実紀。
その強みは役満一つで状況を決定づける火力である。長期戦、特に複数回戦を戦う場においては、彼女の役満は何度も脅威足りうるのである。
それが、短期決戦である半荘一回では、極端なまでに薄められる。実力者がいないのであればともかく、上級者同士の対局で、大豊実紀の勝率は決して高くない。
――それでも、基本、彼女の参加した大会で、彼女以上の火力を持つものは絶対に存在しないのであるが。
ともかく。
(――ここまで、役満は一回しか来なかった。半荘一回分で、一度だけ。そうなれば当然このオーラスでの役満は保証されているんだけれども……)
ちらり、と手牌を見る。
そこにある“気配”は、流れに疎い実紀でも理解が及ぶ。
――実紀手牌――
{一一七⑧⑧⑧25999東東}
(……想像通り、かな?)
実紀の手牌に訪れる役満はランダムだ、統計によれば、それは役満の和了りやすさと同期しているそうだが、それは余談だ。
――そして、ここに来てやってきた役満は、四暗刻。
国士無双と並んで、役満における最もオーソドックスな手。見慣れるほど見慣れた、実紀の得意とする所。
ならば――ここからは、実紀の主戦場が舞台となるのだ。
(まぁ、負けるわけには行かないなぁ)
オーラスで、ようやく恵まれた役満チャンス。これを安手で済ますほど、実紀は積極性を見失ってはいない。
それは周囲にも、容易に伝わることであった。
(……四暗刻、かぁ。高いのは嫌だなぁ)
思考。
面倒ではあるが、考えを止めては、自分のアイデンティティを逸してしまう。考えることは面倒だ。面倒なことは嫌いだ。けれども、そんな面倒なことを続けなければ、白望は自分の麻雀を保てない。
本当に、難儀なものだと、小瀬川白望はどうでもよさげに考える。
同時、ぴくりと
(……手が、止まった。難しいなぁ、何でこんな面倒で難しいこと、考えなくちゃ行けないんだろう)
――自分の感覚は、あくまでヒントしか来れない。
それを纏めて思考に変えて、打牌へ移すのは白望の仕事。
(最善手を選んでも……それを上回れる可能性がある、かぁ。次元が違う、っていうのかなぁ)
白望が相手取るのは、かの三傑。
日本最強の一角なのだ。
(プロで戦えるレベル――それもトッププロとして。じゃあプロに行って欲しいんだけど、あと四年はアマなんだよなぁ。……まぁ、それでも諦める気はないけど)
面倒になりそうな思考を打ち切って、打牌を選ぶ。
――このオーラス。
白望達がすべきことは、明白であった。
――打牌が続く。
それぞれの手牌も、少しずつ完成へと近づく。無論それは実紀も同様では在るのだが、若干その表情は苦しげだ。
この局、三者の取った手は単純だ。
極端な対子場の形成である。
実紀がこの局持ち込んだ役満、四暗刻。
役満としてはシンプルであり、オーソドックスであるぶんいささか地味だ。けれども、それゆえにそれ故に、その特性は非常に“万能”かつ“隙がない”。
役満を防ごうと思って、防げる役満ではないのだ。
これが例えば、字牌を使った役満であれば、いくらでも手を打てるだろうが――
(……難しいに、決まってるんだよな)
やえがおも苦しげに嘆息する。四暗刻は防ごうと思って防げる手ではない。ならばせめてもの反抗として、実紀にとって不都合な状況を作っているのだ。
なお、そのうち一人、るう子は“物理的に対子を作れない”。故に、彼女の場合は、“他者の捨て牌”を抱えることで、擬似的な対子としている。
このようなことができるのは単純に、るう子がこの時点ではトップだからだろう。
この状況、るう子を上回るには、白望の場合はツモで構わないが、やえの場合ハネツモ以上に手を仕上げる必要がある。
やえの逆転が困難である以上、るう子は白望と実紀の手牌を同時に縛る。一応、勝利を目指すための手は、誰もが打っている。
(とはいえ、幸いな事に、私の手牌に現在ドラ2が入っている。逆転条件は満たしているな)
――後は、リーチをかけて自摸るだけでいい。
どちらにせよ、包囲網は敷かれている。
既に、賽は投げられているのだ。
(……こまったにゃあーん)
実紀、一人ごちる。
手牌は既に完成していた。
――実紀手牌――
{一一一⑧⑧⑧55999東東}
――ツモり、四暗刻。麻雀における最上役。役満の一つ。
(ぜんっぜん引けない。私の役満は、あくまでテンパイまでに補正がかかるだけ。その後も、決して補正がないわけじゃないけれど……こうやって“止められちゃう”と物理的にダメなわけだ)
現在{東}は一枚切れ、そして{5}は生牌である。そこから察するに――おそらく、{東}は蔵垣るう子に、そして{5}は、小走やえか、小瀬川白望に抱えられている。
こうなってしまえば、実紀は絶対に和了ができなくなる。和了しようとしても、それに見合った手が作れなくなる。
(この土壇場で、勝負強さが他の三人に負けたかな。……私が去年のインハイ団体で勝てなかったのって、やっぱ勝負強さが足りないのかねー)
いや、そんなことはないはずだと頭を振って意識を切り替える。
――そもそも、それならば自分はあの三年間、大将として三傑の、風越の最後を任されてはいない。
意識を込めて牌をつかむ。
――まだ、この半荘は終わっていない。
(……だったら)
ツモを、感じ取る。
盲牌と同時に、その気配を実紀は理解した。
(証明してみようじゃないか。……私の勝負強さって、ヤツをさ!)
――実紀の打牌。
{東東55}。これが連続して続いた。つまり、手牌を切り替え、彼女はまだ諦めていないということ。
白望達も、それに思わず息を呑む。
気配が変わった。ツモの瞬間、実紀は自身の意識を切り替えたのだ。理解せざるを得ない、実紀は勝利しようとしている。
己が意思で。
(――そして、その意味するところは、今、あの人の手の中にある牌は……)
面倒そうな表情を隠そうともせず、白望は嘆息した。
引いて、しまった。
――白望手牌――
{
({③}か、{九}か……解る。この内どちらか一つが私の勝利につながっていて、もう一つが大豊実紀の勝利につながっている)
だが、そのどちらかが解らない。
このまま切れば勝利できるか、はたまた、これを“切らない”ことで勝利できるか、そこから先は、もはや闇。
(執念、というべきなのかもな。……私達三人は、あの人の役満を完全に“殺した”はずだった。だのに、今この瞬間、もう一度あの人は役満をこの場所に呼び寄せた)
見る。
自身の勝利を求める前傾姿勢。――大豊実紀は、笑っていた。自身の勝利を疑わず、さりとて自身の奮起を驕ることなく。
強者として、
――絶対的な、優位者として、そこにいる。
(……それはまぁ、なんというか)
そして、現在、この場に置いて“勝利”できるのは自分か実紀の二人だけ。この四人の中で、小瀬川白望と、大豊実紀だけが、勝利の選択を手にすることが出来たのだ。
今この瞬間に選ぶ。
勝ちか、
負けにつながる。
――二本道。
そう、それは――白望にとって、どうしようもなく――
(めんどう、くさい)
薄く浮かべる笑みを、額に当てた手で白望は隠して、
切った。
白望/打{③}
ここで、点数状況を一度だけ確かめておこう。
現在トップの蔵垣るう子は34600点。対して、小瀬川白望は26900点。
逆転条件を満たそうとする場合、小瀬川白望は三翻――つまり、1600オールでは届かない。故に、四翻のチートイツを作る必要があるわけだが、その場合。
{③}を切らなければ、タンヤオをつけて、四翻となるのだ。
――けれども、白望は{③}を切った。この場合、どうなるか。無論、このままでは届かない。しかし、白望の手は現在門前――つまり。
「リーチ」
これで、四翻。
逆転条件を満たしたことになる。
なぜ、
ここで、その選択を取るか。
訳は単純。
リーチをしたかったのだ。
この勝負、コクマ決勝のような、大一番ではない。ならば、負けて損になる点は何一つ無い。なにせ今はコクマ一次予選。白望は、一回負けたところではどうともならない程度の成績である。
ならば、リーチをしなくてはならない。
ダマはだめだ。――何も残せない。何も残せない負けは、許容できない。雀士として――勝負師として。
そして当然。
このリーチ、この卓における“最強”が乗ってこない、はずはない。
「――ポン!」 {③③横③}
実紀の手が閃いた。
白望の表情が、苦しい物に変わる。
それでも構わず、手を動かした。
(まだ――このツモがっ)
――白望/ツモ{8}
(……ざん、ねん)
ツモ切り、である。
あと一歩、あとひとつが届かなかった。少しだけ、横にそれてしまった。道を――踏み間違えてしまった。
悔しくてならない。
闘って、悩んで、そして選んで負けた。これほど、悔しくてならないことはない。そう――
だから、たまらないのだ。悔しいと、思ってしまうくらいの負けが、コレほどまでに、たまらない。
――白望は、後悔して負ける。それでもその後悔は、決して誰かのせいにできるものではなく、自分が選んで、そして負けた、それだけのこと。
白望は手牌を伏せる。ただ、やえ達は伏せなかった。そして――
「――カン」 {③③
決着に、至る。
ここで全てのタネを明かそう。
数巡ほど前、実紀はある牌を引いた。{一}である。つまり、槓材。そう、実紀は狙いを四暗刻から別の役満。
――四槓子へと、切り替えたのである。
あとは、ここまでの経緯通り。
{③}をポンして、更にツモり、加槓。更にひいてきた{九}で、暗槓。そこからは怒涛の連続カンである。
あっという間に、四連続カンはなされた。
実紀の手牌が、四暗刻テンパイから、四槓子テンパイ裸単騎へ、切り替わった瞬間である。そして――
「ツモ!」
嶺上開花。
二の太刀は、必要ない。一撃で、殺しきる。
決着であった。
「――8000、16000」
役満モンスター大豊実紀は、きっちり、自身が持つオカルトを要いて、その上で、“勝負”に打ち勝ち、半荘を終えた。
♪
かくして、三傑の対局は、それぞれ自身の勝利で幕を閉じた。一次予選二日目、注目の四連戦、内三戦が終了する。
そのどれもが、強者三傑の勝利という形で幕を閉じた。
激闘必至のコクマ二次予選。
そこへ向けて、よい前哨戦となっただろう。だが、全てが決着を見たわけではない。
あとひとつ。
――最後の目玉が、待っている。
「よろしくお願いします」
瀬々は、卓に着いた四者へ、まずそう声をかけた。
対局者は渡瀬々。
国広一。
福路美穂子。
そして、神姫=ブロンデル。
奇しくも神姫に相対する三者は長野勢。瀬々は語るまでもなく、残る両名も、長野屈指のプレイヤーである。
「よろしくお願いします」
「よろしくおねがいしますね」
一と、美穂子がそれに応える。そして――神姫。
ちらりと、一、美穂子の方をそれぞれ見た。そして真正面――対面に座る、渡瀬々へと意識を向ける。
だが、それも一瞬。
三者を同様の時間見て、そして顔を落とす。
「……よろしく、お願い致します」
幽かに揺らめく声音。やもすれば聞き逃してしまうかもしれないそれは、けれども瀬々達の元へ届いた。
「じゃあ……」
つかみ所のない人だ。
瀬々ではなくとも、実際に相対すれば思うだろう。ただし、瀬々の場合は“得体のしれない”という神姫の特性を半ば無視している。
瀬々にしれない得体はない。たとえ今は掴めなくとも、すぐに彼女の正体を掴んでみせる。そのために瀬々は、この半荘で、神姫=ブロンデルを、“攻略”する腹積もりであった。
「――はじめましょうか」
言葉と同時、周囲の照明が落ちる。
起親、瀬々が、自身の投げる賽へと、手を伸ばすの出会った――
指を蜂にやられてしまいました。
それとはあまり関係ないですが多分次回はいつもの間隔じゃ無理だと思います。