咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『国民麻雀大会選考会』

「なぁなぁ憧、暇ー」

 

「ちょっとシズ、だったら勉強か何かしなさいよ。いちおう受験生でしょ!?」

 

「えー、でも阿知賀はエスカレーターだぞ? 別にいーじゃーん」

 

「だったら麻雀の練習でもする! はい、何切る。全部牌効率関係の問題だから」

 

「じゃあ憧、麻雀打ってよー」

 

「あたしは一応受験生なの。それに、たとえ阿知賀が楽勝だからって手を抜くつもりもないし」

 

「憧は真面目だなー。まぁそもそも二人で麻雀って言っても微妙だけどね」

 

「……そういえば、麻雀といえばこんなの来てたわよ」

 

「――え? なになに、コクマ? 何それ」

 

「いやいや、一応雀士ならコクマくらい知ってるでしょ。それ、麻雀部に所属してなくても出れるのよ。実戦で経験積めば練習するだけよりも強くなれるし、玄とか宥ねぇに話してみれば?」

 

「へー、面白そう!」

 

「あたしは出ないけどね」

 

「あ、じゃあ今から行ってくる!」

 

「今から!? 今丁度お昼時で忙しいんじゃぁ――! ……ってもう言っちゃったし。……んー、あたしも大分勉強したな。ここらでちょっと息抜きでもしてくるかー」

 

 

 ♪

 

 

 往々にして、コクマの選考会というものは注目度が低い。というのも、有力な雀士がそもそも選考会に出てくるはずもないのだ。悪い言い方をすれば、選考会は敗者復活戦。それも、勝者となりうる実力があるのであれば、敗者となるはずがない復活戦。

 見る意味が薄いと言わざるをえないのである。

 

 案の定、長野の中学生コクマ選考会は、さほど人が集まっているというわけでもなかった。しかし、それでも例年と比べれば、驚くべきほどにその日は観客が集まっていると言ってよかった。

 というのも、今回の選考会、今日が二日目となるのだが、一日目の東風戦。異次元の成績を残す雀士が四人もいたのだ。

 

 そして数奇なことに、その四人が二日目最終戦、選考会最後にして唯一の切符を争うことになる。

 

 ――そんな選考会には、渡瀬々、そして天江衣の姿があった。他のメンバーは来ていない。瀬々と衣が偶然互いに持ちかけた話しであった。

 

「それにしても、衣が中学の選考会に興味を示すとは、どういう風の吹き回しだ?」

 

「何、簡単な話だ。衣の友人がこの選考会に出るそうなのだ。そもそも、瀬々こそ珍しいな、瀬々は普段、出不精であると記憶しているが?」

 

 と、いうのが両名の会話であった。

 かくして選考会に訪れた両名であったが――

 

 ――おい、あれ天江衣じゃないか?

 

 ――隣にいるのは渡瀬々じゃないか。なんでこんなとこに。

 

 明らかに、周囲は瀬々達へと意識を向けていた。無理もない、インハイの猛者が、わざわざ中学のコクマ選考会におとずれているのだ。何がしか目的があるのか、はたまた何かの戯れか。

 

「……にしても」

 

 周囲の注目などどこ吹く風。瀬々はなんという風でもなく衣に問いかける。

 

「すごいな、衣の知り合いっていうのは」

 

「そうだろう。“どちらも”、衣や実紀……三傑等と競い合ってきたわけだからな。まだ中学にあがりたてとは言え、強いぞ?」

 

 衣の言う知り合い。

 中学1年生の双子姉妹であるそうだ。

 

 苗字を桂。姉は静希、妹は柚月というよく似た姉妹だ。今朝方、一度挨拶をしたが、姉はおとなしい性格、妹は活発な性格と、かなり対照的な姉妹である。

 

「――来たぞ」

 

 既に選考会は最終戦。四位につけるは一日目の東風戦で選考会の記録を塗り替えた“片岡優希”。

 

「……高遠原中、だっけ。透華が言ってたけど、今年の全中チャンプと同じ高校なんだっけ」

 

「原村()()()だな」

 

 ――いや、(のどか)だろう、というツッコミは差し控える。あの場でそういう風に聞こえる言い方をした透華が悪いのだ。

 

「そんで、次は衣の知り合いか」

 

 桂柚月。雀風の関係か、姉の静希とは少し離れて三位であった。とはいえ、ほんの十点程度の差である。

 特徴的な左側で結んだ房の大きいサイドテール。短髪で、中1と言うことも在ってか、顔立ちは幼い。

 

「柚月は感性の雀士だ。見ていればわかるが、考えるよりも感じることの得意な雀士だな」

 

 故に、読みにくい。元気そうな表情も、どこか読み取りにくい真意を隠しているように見える。少なくとも、芯は強そうだ。

 

「静希は思考の雀士だな。というよりも、思考こそがあ奴の持ち味。……足元を掬われないといいが」

 

 桂静希。どちらかと言えば古風な打ち筋を好む高火力雀士。現在は総合二位につける。

 こちらは長髪に、房の小さい右側サイドテール。柚月とは双子ということもあってか、似通ってはいるが、どちらかと言えばこちらのほうが大人びた容姿をしている。ただし、あくまで中1にしては、だが。

 

 彼女はどうやら落ち着いた性格をしている。大人びているとも言えるかもしれないが、どちらかと言えば冷静というよりも、引っ込み思案に思える。

 メンタルの強さで言えば妹とそう変わらないのかもしれないが、不安を気にしない分、妹のほうが前向きなのではなかろうか。

 

「どっちもいい感じの雀士だな。……でも、まだ中1なんだよなぁ」

 

「そこだな。あの二人、筋はいいが伸びるのはこれからだ。……おそらく、今年は厳しい」

 

 成長すれば、少なくとも全国トップクラスの強豪校でもエースをはれるほどの逸材であるだろうが、今はまだ、高校生ともやりあえる可能性もある、中学3年生の片岡や、これからこの場に現れるであろう現在選考会でトップをとっている少女には及ぶまい。

 

「……さて、最後があたしの目当て何だが、衣、今日直接あの娘と会ったか?」

 

「――すれ違った。何だアレは、“あんなもの”がこの会場にいるのか」

 

 最後の一人。

 彼女こそ、瀬々がこの選考会に訪れる理由。

 

「まー、そりゃあそうだろ。なんたって――」

 

 現在、総合収支第一位。名を、

 

 

「あの宮永照の妹なんだから、さ」

 

 

 ――宮永咲、と言った。

 

 

 ♪

 

 

 席順。

 東家:片岡優希

 南家:桂柚月

 西家:宮永咲

 北家:桂静希

 

 

 ――東一局――

 ――ドラ表示牌「{發}」――

 

 

 配牌直後。二巡目。

 

「リーチだじぇ!」

 

 優希/打{東}

 

 はやい、と誰もが感じたことだろう。咲の瞳が揺れる。一瞬の逡巡。柚月が{西}――前巡、優希が切った牌だ――を切った後、ツモ。

 

 ――咲手牌――

 {三三三六⑧⑨1179東發中(横發)}

 

(……、)

 

 咲/打{六}

 

 脂っこい打牌。周囲からは、安牌が無いための無謀に移るだろうか。――が、反応はない。静希は安牌ツモ切り。そして、

 

 

「ツモ! 8000オールだじぇ!」

 

 

 ――優希手牌――

 {②③③④④⑤⑧⑧南南白白白横南}

 

「……うえー」

 

 思わず、と言った様子で。言葉が漏れだしたのだろう。柚月のそれは多文にゲンナリとした様子を含んでいた。

 

「――まったく、失笑モノだじぇ。このくらい、ずらして避けるのが雀士というものだ!」

 

 明らかなトラッシュトーク。咲は無反応、少しだけびくっと静希が動揺を見せるがそれだけだ。対照的と言うべきか、それに嬉々として反応するのは、桂柚月。

 

「っへ! 言ってくれるじゃんセンパイ! 最後に吠え面書いてもしらないかんね!」

 

「ほほう、やるか? この東風神、ゆーき様の御膳で、よく啖呵を切ったもんだ」

 

「あったりまえじゃん。見ててよね、この対局に、私以外の積み棒は必要ない!」

 

 ――柚月の言葉を尻目に、優希はサイコロを回す。

 

 

 ――東一局一本場、親優希――

 ――ドラ表示牌「{②}」――

 

 

『チー』 {横⑧⑦⑨}

 

 ――柚月手牌――

 {一七①③⑤⑨6678東} {横⑧⑦⑨}

 

 柚月/{⑨}

 

 桂柚月は感性の雀士だ。それはつまり、周囲の状況を感覚でのみ受け取り、思考に直結させないということ。彼女の特性は、それにより精神面が周囲の影響を受けないということであるが、それだけではない。

 通常の人間であればどう考えても渋るこの鳴きを、一切の躊躇いもなくする。

 

「割りとアンみたいな戦い方をするな。……そのうち、この感性を理性が操作することになりそうだ」

 

 無論、そうなれば強くはなるだろうが、そこで一度実力は頭打ちとなりそうだ。スランプ脱せればアンと並び立つ雀士になりうるが、それにはまだ六年の時間を要するか――

 とかく、衣が瀬々のつぶやきに対して答える。

 

「解るか。柚月も静希も、別に何かが見えている訳ではない。衣はアナログも、オカルトも同様に扱ったが、あ奴らはアナログの人間だ。逆に、三傑は大概オカルトだよ」

 

 三傑。どうやらその言い方は、衣の中ではかなり気に入っているらしい。

 それを他所に、状況はさらに変化を見せた。

 

『チー』 {横978}

 

 いいところを鳴く。瀬々は声に出さずそう感じた。これで柚月の手牌は役牌バック、チャンタ、三色のどれかに絞られるように見える。

 すべて在ったとして、ドラを含めて満貫程度になろうかという手。

 

 そして次巡。{②}を引き入れテンパイ。{七}切りが、他者に対して警戒を及ばせる。

 

 対して、他家はそれぞれがそれぞれの思惑にそった動きを見せる。

 

 ――咲手牌――

 {二二二四五⑥⑦33378(横9)}

 

 咲/打{五}

 

 若干賛否は別れるだろうが、咲は異様にカンを好む雀士だ。判断に迷うこの打牌、彼女としては妥当と呼ぶべきか。

 しかし、そもそも現在の彼女は、どこか勝負に対して蚊帳の外であるかのように思える。

 

 ――静希手牌――

 {四五五七②④12244白白(横三)}

 

 静希/打{七}

 

 堅実に、静希は安牌を切った。既に柚月がテンパイしていることは、少なくとも彼女にとっては自明の理。そして彼女は柚月の双子の姉である。柚月の考えることなど、お見通しだ。

 もしもここから攻めこむとしたら、七対子でなければ苦しいだろうか

 

 そして、片岡優希。

 彼女は既にテンパイしていた。リーチをかけるには、辺張という待ちと雀頭となっている役牌が足を止めさせていた。

 ツモは――{⑥}。

 一瞬手を止めるが、それでも切る。

 

「ロォン! 2000だ」

 

 安手――だが、優希の思考の隅をえぐった、いい手牌だ。

 

「……喰い一通。三色でもチャンタでもなく、……安手だな」

 

「んだとぉ!? ――へへ、でもこれで私のターンだ」

 

 勢い良く右手を天へと掲げてみせる。狙い定めるはサイコロ。そう、此処から先は――

 

「――親番、はじめぇ!」

 

 

 そして、そこから怒涛の連続和了が始まる。

 

「――ツモ! 1000オール!」

 

 まずひとつ、役牌ドラ1で和了すると、

 

「――ツモ! 一本場だから600オールだな」

 

 これまた難しい手牌だった。

 

 ――柚月手牌(配牌時)――

 {四五①③⑤5799東南西北}

 

 この手牌から、柚月はノータイムで{横④③⑤}を鳴いた。狙いは当然、喰い三色である。ダブ東が重なれば三翻は見えるし、そうでなくとも三枚のオタ風で防御力は十分だ。

 鳴いた直後に、柚月はここから{①}を切った。

 

「ロォン! 今度は高いぜ、5800の二本場!」

 

 そして、再び優希からの直撃。

 柚月の鳴きは、手牌としては至極合理的ではあるのだが、他人にその中身を悟らせないチカラはピカイチだ。自然とそうなる――アナログ的な内筋が、オカルトへと変じているということだろう。

 

 

「……大暴れ、ってほどではないかもしれないが、小気味いいな」

 

「あの高遠原のが言った通り、打点がないのが悩みの種だ。もっとドラを大事にすれば変わると思うのだがなぁ」

 

 柚月の感性は、とにかく和了にフルスロットルであるらしい、東二局でのドラ1も、あくまで両面の高めを引いたからドラ1がついたのであって、最初からドラを考慮していた訳ではない。

 

「――?」

 

「どうかしたか? 衣?」

 

 そこで、衣がふと何かを感じ取ったようで、眼を細めた。隣で訝しむ瀬々も、何か胸底にかすめる心情を感じ取った。

 

「いや、今――何か、おかしな気配がしたような?」

 

「……そうだな、あたしもしてる。多分これ――」

 

 ――咲のだ。

 言葉にはせずとも、衣には伝わったようであった。

 

 

 ――東ニ局三本場、親柚月――

 ――ドラ表示牌「{二}」――

 

 

「――カン」 {西横西西西}

 

 動いた。

 第一打。優希の牌を喰いとった。

 

(……大明槓、ですか?)

 

 桂静希、逡巡の一瞬。

 オタ風を躊躇いもせず大明槓など、正気の沙汰ではありえない。そんな正気とは思えない事を躊躇いもなくやってくる人間を静希は何人か知っているが、――宮永咲とは、そういった手合と同タイプなのか?

 

(いやいや、それはそれでよいですが、今はこの大明槓の意味です)

 

 血迷ったのでなければこの一打。――宮永咲という少女を体現する一打ではなかろうか。通常であれば誰もが血迷ったと見るであろう一打。

 それでも、決して無意味とは思えない。

 

 ――静希/ツモ切り{北}

 

 それ自体には、意味を感じない一打。柚月ならば何かを感じ取ったかもしれないが、静希は、一切ためらうこと無くそれを切る。

 そして。

 

 

「カン」 {北北北横北}

 

 

 再び、大明槓。

 

(……カン、かな?)

 

 そこを静希は重要と読み取った。それもそうだろう、宮永咲はここに来て動いた。それは絶対に間違いない。だからこそ、大明槓を咲が意味する符号であると、位置づけた。

 

 そこから、タン、タン、と打牌の音だけが響く。

 機械的とも言える一瞬。周囲に動きはなく、鳴きも、リーチも、入らない。

 

 当然ツモなど、ありえない。

 

 現象はそのまま過ぎ行き、河は一段目を切り返し、八巡目。静希は思わずうめき声を上げそうになった。表情は、少しだけ眉を顰めた物へと変わる。

 

 ――静希/ツモ{東}

 

(……やばいの、引いちゃいましたね)

 

 見えていないのだ。この{東}が。何処にもない。捨て牌にも、そしてドラの表示牌にも。――現在、{東}は静希に見えているだけで一枚。同じ風牌の{南}に至っては――どこにも存在していない。

 完全なアンノウンである。

 

(どう考えても誰かが抱えている牌。そして考えたくはないですが、一枚も風牌が見えていない以上、可能性は消えていない――)

 

 {東}、{南}、{西}、{北}。四種の風牌を集めることで成立する役。

 

 ――咲手牌――

 {裏裏裏裏裏裏裏裏} {北北北横北} {西横西西西}

 

(――役満。“四喜和”!)

 

 静希/打{四}

 

 優希/ツモ切り{⑨}

 

 柚月/ツモ切り{3}

 

 優希と柚月。両名はそれぞれ無軌道な打牌であった。テンパイを待っているのか、はたまた既にテンパイしているのか。

 

(柚月は鳴いていない。手牌と捨て牌を見る限り遅い手ではないはず――何かを止められていると見るのが正しいのでしょうか)

 

 対して優希は、おそらくテンパイだ。

 

(東風戦では異様なほど稼いでいたのに、今日の東南戦ではぎりぎり追いすがる程度の四位。そこから察するにこのセンパイは“東場に強い”と見えます。事実、彼女にはいつも東風が吹いている)

 

 柚月は、あくまで論理に乗っ取った世界に在る。しかし、その論理は桂静希独自のもので、それらが今後発展していけば、おそらくは三傑――小津木葉と同じような、しかし決定的に視点の違う雀士となることだろう。

 

 結局のところ、柚月にしても、静希にしても、そして片岡優希にしても、――三者は今後に期待が持てる成長株なのだ。

 育ちきっていない芽。これから彼女たちは大いに成長していくことだろう。

 だが、だからこそ、言えることがある。

 

 ――既に大勢し、そして圧倒的な実力を持つ存在と彼女たちが相対した時、優劣は間違いなくその存在にある。

 

 そう、

 

 たとえば、

 

 

「――カン」 {南裏裏南}

 

 

 この少女。

 宮永咲のような、存在に。

 

 誰もが直感する。

 まずい。絶対にまずい。――ただそれだけは解った。けれども、それ以上ではない。咲のしたこと。咲によってされたこと。

 

 

 ――優希手牌――

 {一一八八②②115566東}

 

 

 ――柚月手牌――

 {五六六⑤⑥⑧56799東東}

 

 

 そも、咲が真面目に四喜和を目指すというのならば、それには相応の時間が要する。だが、本来であればそれよりも先に、和了にこぎつけることのできる雀士は二人いる。

 彼女たちを躱し、なおかつ読みの雀士である静希を欺くには、役満すらも隠れ蓑にする必要があった。

 

 他者を欺き、その雀風を受け流し、時には利用し和了に持ち込む。

 独壇場とすら言える展開。

 

 ――それは、かのインハイチャンプ、宮永照とどこか似ている。

 

 

「――ツモ」

 

 

 ――宮永咲手牌――

 {三四五⑦横⑦} {南裏裏南} {北北北北横} {西横西西西}

 

「自風南、三槓子――嶺上開花は2000、4000の2300、4300」

 

 これが――咲。

 宮永咲の、闘い方だ。




選考会といえば、皆さんは何を思い浮かべますか?
私は遊戯王を思い浮かべます。

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