『インターハイ決勝、先鋒戦はあまりにも鮮烈な結果で終局――! チャンピオン以外には無敗を誇る最強の英傑、アン=ヘイリーが無名の一年、渡瀬々に敗れ去ったという結果となりました!』
闘いの舞台へ、意思を込めて足を向ける者がいる。沈黙とともに、ひたすら前に進み出ながら瞳を燃やすものがいる。
不屈とも言える闘志、そして何より敗れ去った仲間の顔を思い留めて、闘いへ向ける矛の一つとする。
踏み出す足が、風を切って大地を揺らす。スラっと流れるような足元から、体にかけて、ゆっくりと前に少女は存在をつきだしてゆく。
『とはいえトップ龍門渕に並ぶのは臨海女子、他二校はそれを追う形になった――!』
周囲にはマスコミのフラッシュが大いに焚かれていた。無理もない、彼女はこの次鋒戦における注目選手の一人だ。
『続く次鋒戦に登場するのは、臨海女子、シャロン=ランドルフ、春の大会から次鋒を務める優秀な臨界の三年生レギュラーと――』
黒髪は、長く、瞳は少しおっとりしているが、今はそれを引き締めて力強い。制服は――千里山女子のもの。
『こちらも、秋の大会からのレギュラー、二年生の――――清水谷竜華!』
その少女が前を見据えて、一歩を踏み出そうとしていた。
♪
席順。
東家:ランドルフ
南家:鴨下
西家:清水谷
北家:国広
順位。
一位龍門渕:119800
二位臨界 :117200
三位千里山:85100
四位白糸台:77900
――東一局、親シャロン――
――ドラ表示牌「{①}」――
最初の一局。
和了したのは清水谷竜華だ。
「ツモ、1600と3200」
――竜華手牌――
{②③④⑥⑥⑧⑧白白白横⑥} {①横①①①}
(リーチ棒が無駄になった……)
――槓ドラの表示牌が{③}だったことにより、この手は三翻の打点になる。当然自摸れば五十符も付く手、和了れたのは僥倖なのだろう。
とはいえそれは対戦相手である一にとっての不幸でもあるのだが。
――一手牌――
{六七八⑥⑦⑦⑦678東東東}
(前々から聞いていたとおり、こっちの手を完全に読みきってくるなぁ。しかもその上で打点まで上げてくる、か)
一のリーチ宣言牌である{①}を大民間するまで、竜華は{⑥⑥⑦⑧⑧}の形で聴牌していた。無論それでは和了り目など無いが、{①④⑥⑧}のどれかを引ければ自摸り三暗刻の手に変化するそれを待っての形聴であったのだろうが、結果として一の出した{①}を大明槓、{④}を引き寄せ聴牌しなおしている。
(普通、だれもそんなことはしない。でも、これが有効だと思ったから清水谷さんはカンをした。もしかしたら彼女の中では{⑤}は純カラだったのかもしれないな。そうであればこの手は純粋な自摸勝負になるわけだし。そしてボクは引き負けたわけだ)
捨て牌に{⑤}は二枚。清水谷自身が一度聴牌した時に切った{⑤}と、一のリーチ前に白糸台の鴨下宮猫が打った{⑤}。残りは、山の中か手牌の中か。
一にはそれを読み取る技能はないが、とかく。
(こっちの手を封殺したうえ、息を吸う用に打点を上げた。……これが関西でも五指にはいると言われる平均獲得素点の持ち主。清水谷竜華さんの闘牌、ってわけだ)
相手の手牌を読みきって、その上で打点まで向上させる。厄介極まりない相手ではあるものの、しかし完璧ではない。付け入る隙はある。
竜華の手は主に符ハネで打点を上げてくる。今回の場合、大明槓での十六符、そして白の八符と自摸の二符に暗刻の四符。系三十符が彼女の和了に用いられた符数だ。
しかし、これにもしもうひとつ符がついていれば符ハネで、六十符三翻。三十符四飜と同等の点棒を得ていたことになる。
彼女自身が二年生であるということもあって、未だ技術は完成の域には至っていない。だからこそそこを狙っていかなくてはならないのだ。
そして――
――東二局、親宮猫――
――ドラ表示牌「{白}」――
この局、一は行動を起こそうとした。しかし手牌は思ったようには行かず配牌四向聴。渋い顔をしながら打牌をした。
動いたのは白糸台。千里山が放った役牌ドラを鳴き、四飜を確保。更には染めての気配すら見せる。
とはいえそこは間違いなく千里山の狙い通りだろう。これで思うように一は動くことができなくなった。しかも、
「リーチ」
その直後に竜華が攻めた。牌を曲げ、親満など気にしてもいないと言わんばかりのリーチで、他家をけん制する。
――一手牌――
{
(嵌張が埋まったけどさすがに二向聴は攻められないな)
これで一が降りる。現物である{二}の対子を払うところから始まり、きっちりと色気を出さないベタオリである。優等生らしい一の打牌だ。
そして、竜華のリーチはそこに狙いがある。手の遅い一はこれでベタオリをするという確信があったゆえの打牌だ。
加えて他家に対しても、一つずつ手札を用意しているのだ。
まず臨界のシャロンには、五面張という膨大な待ちの数で手を打っている。
――竜華手牌――
{二三四五六七④⑤⑥⑦⑧⑧⑧}
これだけの待ちであれば、他家はそれをつかみやすくなる。何もシャロンだけに有効なのではない。こういった手を作るセンスも、また竜華の武器であるのだ。
この場合、特にシャロンに対してそれが有効なのである。
そして白糸台、鴨下宮猫は親の染め手だ。染め手はよほど手の中に一つの牌が固まっていない限りかなり無茶な手になるものだ。この場合の宮猫もまた同様。
もとより手が遅いのである。しかも狙い撃ちのし易い手牌。それをドラを鳴かせることで“退けなく”する。これにより手牌が完成するのだ。
結局、だれもが和了に一歩手が届かず、状況は終了する。
「――ツモ、裏がひとつ乗ったなぁ。――――2000、4000」
・千里山『100500』(+8000)
↑
・龍門渕『115200』(-2000)
・白糸台『72300』(-4000)
・臨海 『112000』(-2000)
おとなしい竜華の声音は、その奥に潜む彼女の“牙”を覗かせるかのようだった。
――東三局、親竜華――
――ドラ表示牌「{⑤}」――
――清水谷竜華、この場でもっとも勝利を期待される、千里山女子の次鋒。強豪というネームバリューは、それだけ多くの支持者を呼ぶのだ。
特にこの場にいる強豪校は片方が外人オンリーの、いわば“ヒール”のような敵役。千里山に期待を寄せるのはある種当然の成り行きといえた。
しかし、対戦相手がそう思うはずもない。決勝卓という舞台において、竜華は一人の対局者に過ぎない。
(結局のところ、この人に特殊なツモの偏りはない。東発も東二も、ただ運が良かっただけにすぎない)
彼女の強みは分析の強さにある。そしてそれを発揮するには好配牌が必要だ。もしそれを手に入れられなかった場合、その脅威は半減する。
放銃が少ないという強みはもちろんあるが、そんなもの、全国クラスのレギュラーならば当然もっていてしかるべきものである。
(この場に来て、出和了りはハナから期待していない。最高の牌効率で挑めば、手牌の良さで勝ちに行ける!)
――一手牌――
{②②三四五七③④56⑥⑦⑧}
そうして来たのが、この絶好の手牌。多少相手の目をごまかすために理牌を弄った手牌。配牌直後のツモで一向聴まですすんだ。
一巡挟んで、三巡目。
「チー」 {横②③④}
即座に手が動いた。
一/打{七}
これで聴牌だ。竜華は冷徹な視線を見せるのみに留まり手は動かない。しかし、打った牌は現物であった。回して打ったのかどうかは、一には判断が付きそうにない。
とかく、これで早々にテンパイし、後は牌を待つのみとなった。
そこに食らいつくものがいる。
「――ポンですよぉ」 {東横東東}
(鳴いてきた――)
再び役牌の副露。鳴いたのは鴨下宮猫。目を光らせて、飛び出た牌に飛びついた。特急券を手にしたことになる。
しかし、それでも一の聴牌速度を上回ることは不可能だ。それほどまでに一の手は速すぎる。――よって。
「ツモ」
宣言したのは、当然のように一であった。前傾で勝負を挑んできた宮猫と、そして先程まで状況を支配していた竜華に一度ずつ目をくれて、それから自身が伸ばす手の先、サイコロへと目を落とした――
――東四局、親一――
――ドラ表示牌「{②}」――
鴨下宮猫。インターハイチャンピオン、宮永照を要する白糸台の次鋒。現行最強の高校の三年生レギュラーであるものの、彼女は今年からのレギュラーだ。
無論、白糸台の特殊なレギュラー選抜方法もあるものの、その実力はせいぜいが県代表のエースレベルだ。全国一回戦で散っていく高校のエースが果たしてこの決勝で通用するか、考えるまでもないだろう。
それでも、彼女にはある特徴的なデータがある。
それは副露率だ。無論速攻派の、例えば水穂などは副露率は三割を超えるのが当たり前だし、第二回戦で一が激突した晩成のあの少女は四割を越える副露率を誇っていたはずだ。
しかし、さらに特徴的なのはその副露した牌の割合。九割が“役牌”なのである。それが如何に異様であるかは、語るまでもないだろう。
言うなれば役牌使いのプロ。彼女の配牌に役牌がある可能性は瀬々いわく他者よりも一割程度増しているだけ、異能と呼ぶには明らかに貧弱である。
それでも、解ることがある。
(――この人はとにかく速い。それも依田先輩や、晩成の次鋒とはまた違う速度特化の副露使い!)
「――ロン」
あっという間の電光石火。語ることすら無い見事なツモ。先ほどの一と何ら変わらない。しかし違うのは、一のそれが幸運をしっかりと形にしたものであり、宮猫のそれが、速度を形にしたものであるということだ。
(とはいえこれは、千里山に防がれたって面もあるかな。残念だよ)
白糸台へ、千里山の差し込み、誰もがそう思うであろう、放銃であった。
――一手牌――
{一三四四五五六六⑤⑤⑥⑦⑦}
――南一局、親シャロン――
――ドラ表示牌「{二}」――
瀬々が言うには、鴨下宮猫の最も特徴的であるところは、重なっていない役牌を引き寄せてくる嗅覚だそうだ。支配ではない、あくまで察知し、役牌を残すのである。
宮猫/打{發}
宮猫が放った打牌は、十中八九彼女のツモでは重ならない牌だ。
「ポン」 {發横發發}
一が鳴いて、手を進める。特急券を鳴けば二向聴の手牌だ。ドラ一と頭がある以上、ここは鳴きが正着である。
そして、追い縋るように宮猫も手を進める。
一から見て右端から二番目の{西}を切り、開いた場所に牌をおさめる。宮猫は理牌に細工をしないから、それを読むのに長けない一でもなんとなく解る。あれは役牌を重ねたのだ。それがダブ南なのか、はたまた三元牌なのかはしれないが。
とかく、その直後に手を進めたシャロンから{南}がでたことにより、宮猫が副露、ダブ南が確定した。
そして、
(……張った。対面がダブ南確定だけど六巡目だから聴牌が読めないな。引いていくような状況じゃない)
一が両面待ちにかまえて聴牌。打牌し待ちを取る。その後一度自摸って、二度ツモ切った。その時だった。
「――ロン、2000ですねぇ」
・白糸台『75100』(+2000)
↑
・龍門渕『115200』(-2000)
しまったと、言わんばかりに一が表情を歪める。ダブ南をポンした時点でテンパイしていた。和了したのは鴨下宮猫だ。速度を得意とする雀士。
しかし、それだけで彼女は終わらない。
――南二局、親宮猫――
――ドラ表示牌「{六}」――
「鳴かせてもらいましょぉ。ポン」 {東横東東}
一つ。
「それもですぅ、ポン!」 {横南南南}
二つ。
あっという間に副露を重ねた。一とシャロン、それぞれが切らなくてはならなかった字牌を掬い取るように、鳴いて自身の右端で晒す。まるでそこが自分自身の“縄張り”であることを示すかのように。
いわばそれはマーキングだ。
字牌を刻むことで、“人に解るよう”存在を示す。
数牌ではだめだ。あれは人が読める文字ではない。だから字牌を選ぶ。そんな動物的な習性が、鴨下宮猫の根幹にはあった。
速度の雀士、鴨下宮猫はその実オカルトに特化した雀士だ。技術的な面では理牌の工夫などする気もないし、牌効率だって一より悪い。
だが、それを補って、戦いに足るチカラを彼女は持っている。
――勝ちたいという思い。そしてそれ以上に強い、己の役割を果たすことに対する使命感。一つのチームとして白糸台は成り立っている。
その一翼を担う意味を、理解した上で動くのが宮猫の役目。
そしてそれはエース、宮永照と、チームで照を除き唯一全国クラスの実力を持つ菫以外の皆がやらなくてはならないことだ。
手を抜くつもりは、端から無い。
対子を操る役牌マスター。その特性を活かせば、ただ速いだけでない手牌も、作ることは可能である。そう、二つも字牌を副露してさらに、もう一つ手牌に対子があれば、染め手の二翻と頭の完成である。
あまり染めてに拘っては、周囲に対策を取られ動きが鈍ってしまう。しかしそれでも、狙う時に狙うのが宮猫のスタイル。
今回も、またそうだ。
二つ鳴いて手を染めた。三者が警戒しながらそれに対応せざるを得なくなる。一はもとより攻めるつもりもない手牌だ。彼女自身、自分の役割くらいは理解しているのだ。
そのための聴牌、そのためのツモ。
宮猫の聴牌に、三者はそれぞれ対応を見せた。シャロンは当たり牌など気にせず前進。しかしリーチはかけず、嫌な予感を感じているようだ。
一は少し戸惑っていたものの、手を何とか進めリーチまでこぎつけた。先制リーチは彼女からである。
そして竜華は、自身の手で宮猫に妨害を駆けることは不可能だと判断したのであろう、全速力で聴牌を目指し始めた。躊躇なく宮猫の危険牌を切るが放銃はない。宮猫の手牌が見えているかのようだった。
竜華もリーチをかけ、状況は四者四ツ巴といったところか。
抜けだしたのは、二度の和了で気運を掴んだ宮猫であった。
「ツモ! 3900オール!」
・白糸台『88800』(+13700)
↑
・龍門渕『110300』(-4900)
・臨海 『107600』(-3900)
・千里山『93300』(-4900)
手首をひねって、牌を回して、晒して宣言、そして和了だ。積み棒が積まれれば、そのまま一本場の開始である――
――南二局一本場――
――ドラ表示牌「{⑨}」――
強い。誰も彼も。次鋒戦唯一の一年生――とはいっても、龍門渕は水穂以外のすべてが唯一の一年生であるわけだが――ということもあって、他校との差はどうにも感じてならない。
オカルトのシャロンや宮猫は言うに及ばず、強豪校で自身を磨き続けてきたであろう清水谷竜華は、間違いなくこの卓屈指の強敵だ。
今この場で、手を伸ばして勝てるとも思えないような、雀士達。
(とはいえボクも、そこまで密度の低い麻雀を打ってきたつもりはないけどね)
国広一と、それ以外の雀士の違いとはなんだろう。
その違いとは、果たして強さを隔絶させるものだろうか。わかりはしない、考えても答えなど出るはずもない。
加えて、先鋒戦の時の瀬々のように、劇的な覚醒はタダの凡人である一には望めない。
(だからこそ、ここでボクが彼女たちに勝利しうる方法は一つだけ――運で勝利することだ!)
速度では上をいかれ、観察力など語るまでもない。オカルトもなく技術しか無いというのなら、必要なのはその技術を最大限利用して、運で敵を押しつぶすことだけだ。
(理不尽な状況じゃない。理不尽な相手もいない。であるなら、あとは攻める時と攻めない時をしっかり見極めて、取捨選択をすればいい。つまり――)
思考の末の、第一打。
それは、迷いのないものへと変わる。
(この局は、攻めるべき局面だ!)
ひらめく手のひらが、踊るように卓上から牌を引き寄せ前へと進む。
――結局この局の和了は、一のそれに終わった。
速度を得意とする鴨下宮猫にも、妨害を得意とする清水谷竜華にも、対等に渡り合うだけの技術は、一にだってある。
後は――それを何かに昇華するだけ。
足りないことは一にだって解る。ただ、その足りない何かが、未だきっかけしか掴めずにいる。準決勝次鋒、あの時の和了のように、何か何かを掴めないものだろうか。
その時だった。
ふと見渡した視線の先で、シャロン=ランドルフが少しだけ笑ったような気がした。――気がしただけだ。それが幻覚ではなかったか、何のために笑ったのか、意味も事実すらも理解できず、一はシャロンの瞳に吸い込まれるような感覚を覚えるのだ。
そして、次局。
先ほどまでの沈黙をまるで無かったかのようにシャロンは精力的に動きまわった。
結局、リーチをかけた白糸台から出和了りで和了をもぎ取り、これで焼き鳥を回避――そして。
オーラス。
その局面はまるで準決勝に対する意趣返しのようでもあった。攻めこむ一に対して、同じくシャロンはリーチで応戦。まくりあいとなりシャロンの勝利。
準決勝後半での放銃でもぎ取られた満貫プラスリーチ棒をそのままそっくり一へとぶつけたのである。
――力不足、それを感じざるを得なかった。
『前半戦、終了――! トップにたったのは臨海女子! 稼ぎ負けこそしたものの、大きく稼いだアン=ヘイリーの点棒を守り切った――!』
立ち上がるシャロン。一度対局室を離れようというのだろう。気に留めるものはいなかった。気に留める余裕のあるものも、またいなかった。
『そして二位は龍門渕。先鋒戦での貯金をほぼ使い果たした結果だー! しかし、十分他校に喰らいついているのはさすがにレギュラーといったところか!?』
一もまた、その一人であり、一は同時に、周囲の状況すらも認識できないほど、意識の海に沈んでいるのだった。