咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

46 / 102
――インターハイ・準決勝――
『大正義』先鋒戦①


 インターハイ準決勝、全国にあまたある高校のうち、たった八校だけがそこに座ることを許された席。更にはその中の上位二校がそれぞれ決勝に進み、最強を決める四校が出揃うこととなる。

 

 とはいえ、その形態事態はインターハイ第二回戦までと何ら変わらない。では、何が第二回戦との大きな違いとなるか。――それは、第二回戦とは違い、弱者となる高校がいないということだ。

 第二回戦までならば、県代表クラスの凡庸な高校であれ、進出の芽は残されている。しかし準決勝に進むには、そんな凡庸高校にとって、倒さなくてはならない相手があまりにも多すぎる。

 故に、準決勝の舞台に和了ることを許される、その多くの高校は、全国に名を馳せる強豪校であったり、それに対抗しうるだけの強者を要するダークホースであったりするのだ。

 

 Bブロック準決勝、シード姫松と、シード臨海が座るBブロックの第二回戦は、ある種対極的な試合内容であった。シード姫松の座る試合は、準決勝に進出すると思われていた強豪、姫松と晩成がまさかの敗退、ダークホース二校が激戦の末準決勝進出を決めた。

 シード臨海の座る試合は、臨海女子、及びそれに追従する永水女子の半ば一方的な試合展開。最後まで残る二校はその差を縮めることすらできず、敗退した。

 

 出揃ったカードは、強豪一校に、ダークホース三校、特に宮守女子は今年がインターハイどころか、県予選すらも初出場という様相のなかで、周囲の注目は自然と、ただひとつの強豪校、臨海女子へと向いていた。

 

 第二回戦の闘牌内容は、まさしく紙一重の一言。永水女子に後一歩まで詰め寄られた臨海女子は、果たしてこの準決勝、いかにして戦い抜くのか、対局は――臨海女子を中心に回る、だれもがそう、捉えていた。

 

 無論、それは何も間違いではない。少なくとも先鋒戦においては、まったくもってその通りと言わざるをえないのだ。

 

 

 ――Bブロック準決勝当日。

 対局を行う参加校が、会場の控え室へと向かっていた。控え室に向かうのはレギュラーの五名、残るチームメイトはそれぞれ別の場所で待機することが慣わしである。

 ――無論、宮守女子のような、部員総勢=レギュラーというような、参加人数ギリギリの高校はまた話が変わってくるが。

 

『――それでは、Bブロック準決勝、解説は……』

 

『瑞原はやりでーす☆ よろしくおねがいしまーす☆』

 

『よろしくお願いします。それでは、続きまして今日、準決勝で闘う四校を改めてご紹介いたしましょう』

 

 ――会場中に響き渡るアナウンサーの声。続き、非常に甘ったるいような、アイドルらしい声。瑞原はやり、通称『牌のおねえさん』であり、現役のプロ雀士でもある。

 

『まずは長野の強豪! 山奥からこのインターハイの会場へついに進撃! 狙うはただひとつの栄冠か!? ――龍門渕高校だ!』

 

 フラッシュのたかれた通路、その中央を進軍するのは龍門渕高校のまとめ役といってもいい少女、龍門渕透華である。どこまでも挑戦的な笑みを浮かべ、その右後ろには次鋒であり、透華の付き人でもある国広一が続く。

 更にその後ろは龍門渕のダブルエースコンビ、渡瀬々と天江衣だ。そして続くのは龍門渕レギュラー唯一の最上級生、依田水穂。ここにデータ班である井上純と沢村智紀の二名を加えた計七名が龍門渕の控え室入りメンバーだ。

 

『続いて、こちらは鹿児島の新鋭! 摩訶不思議のオカルト集団は、果たして不可思議に勝利をつかむのでしょうか! ――永水女子!』

 

 龍門渕高校はその制服の多様さから異様を誇る高校だ。しかしそれよりも、更に異様と思える高校がある。――その高校は、制服自体はいたって平凡な白とピンクのセーラーだ。

 前方を征く二名、一人は黒の山高帽をかぶり、大雑把に切りそろえられた黒髪を揺らす少女、永水女子の部長を務める三年生だ。足元まで伸びるロングスカートと、ノースリーブのアンバランスが特徴的である。

 もう一人は若干茶色味がかったロングを三つ編みにして前に垂らす、少し無口そうな少女。こちらは前をゆく少女と同程度の、一般的な少女らしい背丈に、若干アンバランスなスタイルとミニスカートが特徴だろう。

 

 そして、その後ろを歩く三人組、この少女たちが個性的だ。――制服ではない、のである。いわゆる巫女装束、それも旧来から使用されるものであり、決してコスプレに用いられるような雰囲気はない。

 それぞれ名を石戸霞。薄墨初美。そして神代小蒔といった。

 

『そして、今年度唯一である、初出場での準決勝出場校! 遥か遠く、イーハトーブの奥地から、このインターハイに舞い降りる! ――宮守女子!』

 

 宮守女子はまず、二人の少女、上級生である五日市早海と鵜浦心音が並び、その後ろに気だるげな少女――小瀬川白望が続く。が、どうやら彼女はその後ろ、同級生である臼沢塞と鹿倉胡桃に背中を押されているがためにこのような並びになっているらしい。

 小柄な背丈の鹿倉胡桃が、なんとか足に力を入れて踏ん張っているのが印象的だった。

 

『そして――』

 

 その通路には、それまで並んでいた記者たちの数倍はあるかというレベルのマスメディア関係者が並んでいた。無理もない、そこを通るのはこれまで紹介された高校とは、実績による格がそもそも違うのである。

 

『最強を称する絶対強者、アン=ヘイリー率いる臨海女子が、優勝のための覇道を歩く――!』

 

 中央に、アオザイの少女、アン=ヘイリー。そしてその脇に通常の制服姿のタニア=トムキンとシスター服のハンナ=ストラウド。更に後ろ、扇型のように広がったウチの、二人の少女。制服姿で歩くのはメガン=ダヴァン。そして最後に、和洋折衷の大正女学生。シャロン=ランドルフだ。

 

『以上四校のうち、決勝に進めるのは半分の二校、二つの高校がここで涙をのみ散ってゆく事となる――!』

 

『やはり臨海女子は有力候補です。この準決勝でも遺憾なくその実力を発揮してくれるとおもいます☆ それに初出場の宮守女子も、たった五人の部員でここまで上がってくるだけのポテンシャルは秘めているでしょう』

 

 話の締めくくり直後、解説である瑞原はやりが口を開く。それから一拍、何かを求めるようにテンポがあいた。残る二校の解説を実況に任せようというのだ。話の掛け合いの一種である。

 

『解説ありがとうございます。そして残る二校、龍門渕高校と永水女子はともに新鋭ながらも県では有数の強豪。今年はついに悲願の準決勝進出を果たしました! そしてこの二校の目玉はなんといっても大将の選手でしょう。ともに二回戦、派手な活躍で他校を圧倒しています!』

 

 ――かくして、準決勝を闘う四校は出揃った。それぞれ、切り札となるカードを抱えるか、もしくは勝利の想いを胸に秘めるか――運命の先鋒戦が、スタートしようとしている……

 

 

 ♪

 

 

 対局室は、半袖でも肌寒く感じない程度の、適度な空調が効いている。この常温である、というのがポイントだ。寒くても、熱くても、それはそれで対局者達の集中力を削ぐのである。

 

 最初に会場入りをしたのは、シード姫松の第二回戦を闘った両名、鵜浦心音と渡瀬々だった。

 

「きょうは負けないよー?」

 

 ――鵜浦心音:三年――

 ――宮守女子(岩手)――

 

 先に対局室へ到達していた心音が、壇上の上から、軽く振り返ってにやりと笑う。軽く顔を傾かせる心音に対して、それを見上げる瀬々は軽く顔を上げて軽く笑みながら応対する。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 ――渡瀬々:一年――

 ――龍門渕高校(長野)――

 

「わー、他人行儀」

 

「性分ですし、これからボコボコにする相手に気安くするのは気まずいじゃないですか」

 

 両者ともに、第二回戦での闘牌によるライバル意識のようなものがあるのだろう。軽口を叩き合いながら準決勝卓が鎮座する階段上へと足を進める。

 ――その時だった。

 

 

「……それは、私にも該当するのであるか?」

 

 

 ――永水女子の制服に、山高帽。先鋒を務める少女がそこに立っていた。

 

 ――土御門清梅(きよめ):三年――

 ――永水女子(鹿児島)――

 

 これで対戦校のうち、三校が出揃った。

 そして――

 

 

「――なに、気にする必要はないでしょう」

 

 

 その少女は――驚くほど自然にそこにいた。

 いつから? 果たしてそんなことを問いかける意味があるのだろうか。それとも答えれば、一からもういちど、“それ”を教えてくれるだろうか。

 

(……だれも求めちゃいないだろーな)

 

 その場においておそらくもっとも平然としていただろう瀬々ですらそう考えた。それくらい、そこに在る少女は圧倒的であり、驚異的だった。

 

 そう、

 

 ――アン=ヘイリーはすでに、対局者の座る席に、付いているのである。

 

 一拍、それこそ絶望をたっぷり駆り立てるような間を空けたアンが、それから改めて言葉を大きく広げる。

 

「――私が、これから全員、平等にのしてあげるのですから」

 

 ――アン=ヘイリー:三年――

 ――臨海女子(東東京)――

 

(やっぱこいつ、人の心をまるっきり完璧に掴んでやがる。いわゆる“ツカミ”は完璧ってところか)

 

 ちらりと、対局者達をみればそれは分かる。

 どちらも表情にはそれを明らかにしてはいないが、明らかに怯えている――萎縮しているといったほうがいいのかもしれない。

 かく言う瀬々は、すでにそんなことは浮かべてはいない。

 

「……あ、」

 

 すっかり歩みを止めて階段の途中で立ち止まっている心音の横を通り過ぎる。――ポツリと漏れた言葉があった。それを置き去りにして、瀬々だけが、アンの待つ卓の前へと歩み出る。

 

「待っていましたよ、瀬々」

 

「こちらこそ。そっちが健勝そうでなによりだよ」

 

「おかしなことを言ってはいけません、なんとかと高いところ好きは風邪を引かないと言いますからね、私は高いところが大好きなんですよ」

 

「ばーか」

 

 卓上には、よっつの牌が置かれている。それぞれ方角を表す、{東南西北}の計四枚。すでに最初の一枚、{北}がそこには開かれていて――アンもそれに対応した場所へ座っている。

 瀬々がそこへ手を伸ばした。

 

 現れるのは、{南}。アン=ヘイリーと向い合って座る席だ。

 

「運命を感じます、嫌いじゃないですよ?」

 

「行ってなよ……さて、それじゃあ――」

 

 椅子を勢い良くスライドさせながら、瀬々は軽く笑んで振り返る。――そこにいるのは、呆然と瀬々、そしてアンの会話を見守る二名の雀士。

 フリーズしている両者へむけて、軽い声音で声をかけるのだ。

 

「――始めましょうか?」

 

 階段手前で足を止めていた両名へ、どこか挑発めいた流し目は、少女たちを奮起させるには十分だったのだろう。ようやく意識をはっきりとさせた心音と清梅は、再び意識を好戦的に切り替えて、そうして自身の勝利のため、卓上に転がった牌へと、手を伸ばした――

 

 

 ♪

 

 

 席順。

 東家:鵜浦

 南家:渡

 西家:土御門

 北家:ヘイリー

 

 

 ――東一局、親心音――

 ――ドラ表示牌「{2}」――

 

 

 開始直後、手牌に変化を覚えたのは、まず瀬々の手牌からだった。

 

(六巡目、手牌としてはかなり上々だろうな)

 

 ――瀬々手牌――

 {二三四五五六③③③4467(横8)}

 

(このあと六巡もすればドラと平和がついて再テンパイできるけど……更にその前に、次巡ツモで一発だ。――当然ここは、速攻で行く)

 

 当然、と語る瀬々はしかし、どこか勢いに任せた姿勢がかいま見えた。ただ当然なのではない、必要性があるから当然なのだ。

 ――一瞬、意識をアンへと向ける。視線は向けない、アンはそういったことには敏感だろう。こちらが意識しているということを、欠片でも情報として与えてやるつもりはない。

 

(ある程度、全員の能力は把握してる。宮守の人はこれ以上の隠しダマは無いし、永水の人は今回使おうとしてる隠しダマが、この局で作用する恐れはない。――となれば、全容がしれないのは、アンのチカラだけだ)

 

 ――いや、とそこまで考えてアンのチカラ、という部分を瀬々は打ち消す。アンの雀風はチカラと呼ぶのはおこがましい(・・・・・・・・・・・・・・)

 

(とにかく、それを含めて、アンの思考の中――感情の有無を判別に必要とする状況を、実際の現象から導きだす。つまりこれは――一種の実験だ)

 

「リーチ!」

 

 瀬々/打{六}

 

 他人の思考までを、瀬々は読み取れるわけではない。故に、アンの思考の中にあることまで把握することはできない。しかしそれが行動として示されれば、瀬々は答えとして受け取る事ができるのだ。

 

 ――故に、ここで瀬々はリーチを打つ。

 読みとる内容はズバリ、瀬々のチカラをどこまで把握しているか。――傍目から見れば、瀬々のチカラはそう簡単には読み取れない。

 だからこそ、超越の雀士であるアン=ヘイリーが、どこまで瀬々のチカラを判別するか。

 

 そのために、今まで瀬々が切ってこなかった札を、――リーチ一発によるツモの選択肢(カード)を、切る。

 それに対して、いかにアンが手を打つか。

 

 一発に対する――それぞれの反応は明らかだ。臆せず攻めるものもいれば、萎縮して受け身に回るものがいる。この場合、前者が永水で、後者が宮守だ。

 ならば、臨海は? アン=ヘイリーは?

 

 ――その正解は、端的に言えばそう、“答えが読めない”とでも言うような、モノ。

 

 

「――チー!」 {横657}

 

 

 攻めこむ手札が、はたして功を奏するか。そんなことなど最初から期待していないかのような、無表情。動きの見えない感情に、瀬々が内心舌を巻く。

 

(……まいったな。永水の牌を鳴いたっていうのが、それが限界なのか、それともわざとなのか、判別がつかない。やっぱりこいつは、そーいう(・・・・)打ち手なんだな)

 

 ただこの状況で鳴いてきたのならば、解る。表情に出てくるほど感情が揺らめいているのなら、解る。しかしアンはそれをさせない。自分の鳴きが、強烈な攻めを伴うものなのか。はたまた一発を避けるための受け身によるものなのか。

 その境目の、判別がつかない。否、つけさせない所作でこちらに隙を与えないのだ。

 

 続く永水のツモ、手出しで現物を切る。――オリたわけではないだろう。少なくとも、今の永水にはそれほど悪い風が流れてはいないはずだ。

 

(まぁ、裏筋である{五}を抑えても、十分自摸れると、そう判断したんだろうな、手は悪くないはずだし、それよりも……)

 

 次は、臨海女子、アンのツモだ。――アンの手元から、卓の上へゆらりと右手が浮かび上がる。他者にはそれが、ふとそこに現れたように、認識されるのだ。

 

 伸びる右手が、まるでアンの姿から独立したかのように前へ伸びる。

 

 ただ在る、右手。

 しかし同時に、ただそれだけのツモ動作が、嫌に大きく思えるのを、他家は感じているだろう。そう見えるように、アンが手を動かしているのだ。

 

 ただただ強大。

 ただただ絶大。

 

 それがアン、アン=ヘイリー。

 

 そして、打牌。放たれたのは、{東}生牌の役牌。

 

(…………安牌に見えるから、打ったんだろうな。けども、周りからはそう見えないよな)

 

 あまりにも大胆な打牌。前局の鳴きから、この打牌はあまりにも、攻めに特化しているように思える。そう見えるように、手を動かしている。

 

(もしも、ここから本人が和了るつもりなら、{東}は多分、槓材になっているんだろうが、どちらにせよこれで、他家に対する揺さぶりとなることは確かだ。たとえば――)

 

 清梅/打{二}

 

 それは四巡目に瀬々が切った牌。安牌である。

 

(これで間違いなく、永水はベタオリだ。無論、最初からオリ気味だった宮守も。――アンは、それを間違いなく自分の手で引き出したわけだ)

 

 ――ならば、どうだ? アンは一体、どこまで瀬々のことを理解している? 次巡、さらにもう一巡、少しずつ切り開かれていく山を眺めながら、瀬々は考える。

 

(結局のところ、アンがそれを読み取らせてくれないのは事実だ。でも、もしもそれを知らずに、ただ攻めるため、守らせるために鳴いたのなら、それを隠そうとする理由はないんじゃないか?)

 

 これくらいは考えが及ぶ。――おそらくは、その程度ならばアンも最低限の情報であると諦めているのだろう。ならば、結論はすぐに生まれる。

 

(アンは少なからずあたしのチカラを理解してる。完全ではないにしろ、一発ツモが確定していることくらいは、おそらく)

 

 だとすれば、これはどうか――瀬々は自身のツモに手をかけ、そして考える。ここまでアンは一度鳴いただけ、可能性の糸を手繰れば、おそらくすでにアンはテンパイしているはずだ。

 テンパイを崩さずとも、こちらのツモより手が早いとみたか、それとも鳴いて動くことができなかったか。

 

(こいつの特性を鑑みれば多分前者だろうが、ともかく……)

 

 掴んだ牌は、一息に振り上げて、盲牌。――そのまま卓上へと叩きつける。

 

「ツモ! 1000、2000!」

 

(こいつはもう、防ぐことはできゃしない!)

 

 ――瀬々手牌――

 {二三四五五③③③44678横4}

 

 ――ドラ表示牌:{2} 裏ドラ表示牌:{北}

 

・龍門渕『104000』(+4000)

 ↑

・臨海 『99000』(-1000)

・宮守 『98000』(-2000)

・永水 『99000』(-1000)

 

(ってか、あぶねーよな。裏ドラ{東}じゃんか。まぁ、あたしのリーチで鳴かれたから、それ自体は関係ねーんだけどな)

 

 とはいえ、ドラ一平和を狙って手を進めていれば、おそらくアンはこれに対し暗槓からのリーチを仕掛けていただろう。最悪、役満クラスを覚悟する必要もある。

 

(とにかく、問題はここからだ。まずはひとつ、和了れた。けどそれ以上はどうだ? アンが許してくれるかどうか――あたしがアンを越えられるかどうか。全部はここから、ここからなんだ)

 

 点棒を受け取って、一息。されどそれ以上はない。

 あくまでここは準決勝という魔窟。魔の住まうところに、瀬々はすでに立っているのだ――

 

 

 ――東二局、親瀬々――

 ――ドラ表示牌「{③}」――

 

 

(……やはり、一発でツモっていましたね? 渡瀬々)

 

 ほとんど直感による確信から、アンは内心でほくそ笑む。無論それは表情には出さない、あくまで必要ではないから――ではあるが。

 

(牌譜を見た時から、あなたの打牌選択にはデジタル的な実力が伴っていないように思えた。となればあなたのチカラはオカルトに依るもの、ということになる)

 

 ――アン手牌――

 {二三四④⑧⑨34588西北(横八)}

 

 アン/打{北}

 

 配牌直後の第一ツモ、ここからアンは少しだけ考えて、打牌を選ぶ。それ自体は何らおかしさもない、至って平凡なもの。だがそれを、仰々しく放つことで、アンは手牌の下準備へと様相を変質させる。

 勢い良く周囲に響き渡る打牌音。音の響き方一つで、そこから伝わる他者への印象は、大きく変わってくるのだ。

 

(そこで私が考えたのは、瀬々がいったいどのように打牌を選択するか――ということ)

 

 思考はあくまで、渡瀬々という少女に対する情報の整理。しかしアンの動きはそんな思考の外に外れている。一つ一つの動作が染み込んだ技術によって成り立っているのだ。

 

 アン/ツモ{六}・打{西}

 

 意識することなく行動が可能であるほどに、アンはその動作に熟達している、というわけである。

 

 ――たとえば。アンの思考がそんな風に浮かび上がる。

 

(たとえば、この手牌)

 

 ――アン手牌――

 {二三四六八④⑧⑨34588(横七)}

 

(私の場合は、ここでドラを残す選択をします。しかし通常であれば、この手牌は愚形テンパイ。リーチをかける選択をするでしょう。ただし、瀬々はその選択が確定しない。むしろ、ドラを残すことが多い)

 

 アン/打{⑧}

 

(その上で、瀬々はその牌に対する有効牌をほぼ必ず引いてくる(・・・・・・・・・・・・・)。例外は――)

 

 心音/打{8}

 

「……ポンッ!」 {88横8}

 

 ――例外はほぼすべて、他家が牌を鳴いた時だ。

 

 瀬々の顔は、動かない。アンと同様に、あくまで鉄仮面のまま、闘牌を進めている。

 

(――けれども、動揺しているでしょう? しているはずですよ、牌をなくこと、それに対する手札があったとして、それでも副露が、ウィークポイントであることは変わらないはずです!)

 

 

「――ツモ!」

 

 

 振り下ろされる右手は、圧倒的な暴圧を伴う。それがアンのスタイルであるからだ。――同時に、それがアンの、猛烈な意思でも、あるからだ。

 

「……1000、2000!」

 

・臨海 『103000』(+4000)

 ↑

・龍門渕『102000』(-2000)

・宮守 『97000』(-1000)

・永水 『98000』(-1000)

 

(さぁ、先鋒戦はここからです! 瀬々にしろ、永水にしろ宮守にしろ、私が直接、叩き潰してあげますよ!)

 

 叩きつけた右手を少しだけ牌から離しながら、今にもそれに得物を伴い振るうかのように、アンは挑発的な笑みを、浮かべるのだった――




準決勝開始、最初の見せ場の対アン戦です。
今回は導入も含んでいるので闘牌は短いですが。
あとアナウンサーには名前ありません。特に決定する予定もありません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。