咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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(真)


『龍門日和③&④』

 無音だ。人の気配はすれど、それが世界に左右されることはない、ただ時折その生活の音が、部屋に響いて、南の返しもなく消えていく。

 室内には二人の人間がいて、どちらも長身の美人である。

 

 特徴的なのは、彼女たちの対照的な容姿にあった。

 一人はショートカットの、ボーイッシュな雰囲気を持ち、一人は流れるような黒髪の和風美人。決して両立するようなタイプではない。

 

 ショートカットの少女を井上純。

 黒髪ロングの少女を沢村智紀、と言う。両者はひとつの部屋に、思い思いの体勢でくつろいでいた。

 ここが純の自室であることも合わさってか、純はタブレットをいじりながらベットにうつ伏せで臥せり、智樹はその近くに寄り添うような形で木の椅子に腰掛けている。

 室内は華美な様子であったが、智樹が腰掛けるのはシンプルな塗装の新しい椅子である。

 

 両者ともに無言、時折てにもつパソコン、もしくはタブレットに奔る指先の動きが音を奏でた。

 

 現在二人が何をしているか、というのは、純と智樹が龍門渕高校へとやってきた経緯とも重なる。両者はそれぞれ純が麻雀に、智樹がパソコンの操作に精通している。加えて透華によってその人間性を見初められ、誘われるようにこの龍門渕へ編入、別館に下宿することとなったのだ。

 二人共麻雀の腕を買われた、という理由もある。とはいえ、彼女たちは実動的に麻雀に対して関わるのではなく、むしろ裏方の作業に関わることとなっていた。

 

 そもそも編入生はある一定の期間公式戦に出ることが出来ず、また龍門渕のレギュラーはすでに決定している。

 彼女たちが担当するのはデータ集め、他校の牌譜や、実戦の動画を集めることに主眼を置かれているのだった。

 

「……ん」

 

 智樹が軽くパソコンを手渡す。

 

「お、あんがと」

 

 純がそれを待ってましたというように受け取る。代わりに少しタブレット端末を操作すると、それを智樹に手渡した。

 

「見てみろよ、面白いぜこれ」

 

 内容は去年のインターハイの様子だ。智樹は現在麻雀を勉強中の初心者であるため、こうして時折様々な動画を鑑賞も兼ねて純は智樹に見せている。

 どうやら麻雀を楽しむ素質があるようで、智樹はそのたびに――全くそんな素振りをしているようには見えないし、純も何とか解る程度なのだが――楽しそうにしている。

 何でも他人の打ち筋を研究するのは非常に興味深い、らしい。

 

 麻雀には様々な楽しみ方がある。そうやって麻雀を楽しむのもひとつの形なのだろうと、純はしきりに納得するのだ。

 

「……ねぇ」

 

「ん? どうした?」

 

 純が勢いよく体をぐるりと回転し、座る智樹の手元を覗きこむ。見やるのは牌譜だ。なにやら不可思議なところがあったらしい。

 

「この人の」

 

 ――と、智樹が見せるのは晩成の現エース、車井みどりの牌譜である。たしか晩成のレギュラーは全てデジタルの雀士で、かなりの実力を誇る選手だったはずだが……何が気になったのだろう、と純は牌譜の中身を確かめる。

 原因はすぐに解った。たしかにこれはなかなか理解し難い打牌だ。

 

「あー、これはだな、他家の捨て牌から手を読んだ結果だよ」

 

 ――例えばこの打牌があるから、対面の手牌はこう読める、だとか、そういった事を、この車井みどりという選手は読んでいるのだ。その上で山に残る牌の数を計算し、一見不可思議に見えても、事実その計算通りに“最善手”を構築する。

 そこら辺はすでに種が割れている。

 

「この車井ってのはとにかく記憶力がやばいんだ。後インタビューの記事なんかを見ればわかるが、すっげぇ頭がいい、晩成自体奈良屈指の進学校なんだが、その中でも成績トップクラスなんだそうだ」

 

「記憶力がいいのと、これは……?」

 

 少し言葉は足らずとも、純はすぐさまそれを理解する。両者の関係は短くとも、その繋がりは少しずつ、深くなってきているのだ。

 

「関係ならあるさ。計算能力も早くて、記憶力も高い、些細な事は絶対に見逃さないだろう?」

 

 ――オマエみたいに。そんな言葉を言外に滲ませて、それを智樹は納得する。確かに関係のないことに思えるが、自分自身に当てはめればすぐに分かる。純はそれをよく理解しているのだ。

 

「つまり、全部計算して見抜ける、ってこと?」

 

「本人は直感派だとかなんだか言ってるが、瀬々曰くアレは答えを先に出してからその後理由付けをしてるんだとさ。計算を思うかべるよりも早く答えを出せるんだと」

 

 データ集めが純と智樹の仕事だ。しかしそれによって集められた“不可思議なデータ”は瀬々と衣が見聞することになっている。

 瀬々はオカルトの正体を見抜くことができるし、衣はオカルトの専門家だ。デジタルに関しては、どちらも純と同レベル――知識として知っている――程度だが。

 

「純の、正反対みたい」

 

「……だな、俺は直感でしか動かねぇし、そもそもデジタル的な打ち方は、出来ない訳じゃねぇが性に合わない」

 

 どうしても非効率に感じてならないのだと、純は笑う。純の強みは、オカルトだけでなくデジタルにも精通しているということだ。

 当然透華や水穂のような、デジタルの極みに居る存在には届かないものの、それでも透華と同卓しても四割は透華より上の成績を取れる自負がある。

 水穂はオカルトまで絡んでくるので、それはそれで別の話になってしまうのだが。

 

「こーいうのはオマエ向きだよ、こんなアホの頂点みたいなことはできなくても、オマエの記憶力なんかは本物だ」

 

 ――これは休日の話になるが、智樹と純は他の龍門渕メンバーを伴ってよく近くのゲームセンターに遊びに行く。

 それぞれに得意分野があるのだが、智樹と純はその中でもトップクラスの実力を誇っている。そして智樹が理詰めでのプレイを好み、純は完全な直感によるプレイだ。

 

 これはシューティングゲームなどのゲームで顕著となる。智樹はパターンなどを完全に把握するのに対し、純は場当たり的な気合避けタイプ。これでどちらも成績はいいのだから手に負えない。

 ちなみに余談だが、瀬々にクイズゲーをやらせてはいけない、一方的な蹂躙の始まりである。――瀬々を連れてゲームセンターに初めて行った日、一の止めるのも聞かずに挑んだ智樹と純が、ボロ雑巾の様に捨てられて帰ってきた。

 

「……そもそも、これと似たようなことは、いつもしていた気がする」

 

 我が身を顧みてみれば、というやつだろうか、智樹は純の言葉にそんな風に返した。――まじかよ、と呆れ気味に返す純、とはいえ彼女の麻雀は、デジタルからしてみれば不可解もいいところ、人のことは言えない。

 

「――面白い」

 

 そんな折、智樹から飛び出た言葉は純粋な、あまりにも純粋で、莫大な意思を込めたような――そんな言葉だった。

 

「……そうか、ま、そうだよな」

 

 タブレットをそっと智樹に手渡すと、純は軽く体を奮って仰向けにベッドへ体を預ける。天井を楽しそうに見上げてから、ふぅと一息、同時に目を閉じる。

 その瞬間を、不思議な時間だと思いながら、楽しげに笑みを浮かべて、智樹の言葉に思いを馳せる。

 

 ――智樹が今まで生きてきた時間のほとんどは、ゲームによって費やされてきた。それらは例えばシューティングやアクション、そしてRTSのような様々なゲームであり、智樹はそのうち幾つものゲームを極めて、極めて、極め尽くしてきた。

 当然、その頂点とはいえないまでも、頂点へと至る一角として、その名を残す程度には。

 

 麻雀はその一つであり、そのどれとも違う特別な一つでもある。麻雀には正解がない。瀬々のもつチカラを持ってしても、その結果は多岐に渡り存在し、正しいと言い切れるものは何一つない。

 しかも、それだというのに答えは――これもまた、瀬々のチカラが証明するように――幾重にも存在する。誰かが選びとった解答そのものは、ある種の目線では正しいのだ。

 

「麻雀には、いろんな雀士がいる。そりゃあ他のゲームを取ってみても、いろんなタイプのプレイヤーが居るだろうさ。でも、麻雀ほど一人ひとりの打ち方が個性的になることはなかなかない」

 

 パターン化という言葉が存在する。それはシューティングゲームにおいて、敵の仕掛ける攻撃を、如何に切り抜けるかということをあらかじめある一定の形にしておくことだ。

 当然それらは幾重にもパターンが存在するが、ある一定の無駄を切り詰めていけば、たどり着くのは正解という一択に限りなく近い答えだ。

 

 例えばそれを麻雀という舞台に当てはめてみれば解る。あらゆる可能性を考慮し、牌効率という面で必ず正しい打ち方のできる雀士がいたとしても、必ず勝てるわけではない。そしてそんな雀士が負けたとしても、それは“失敗”ではない。

 それは単純な敗北ではなく、駆け引きと、それ以上の“運”が絡んだ“敗北”なのだ。

 

 格闘ゲームのような、対戦型育成ゲームのような、レースゲームのような、技術に技術を重ねる方法でなくとも、最弱が最強を一蹴しうるゲーム、それが麻雀。

 ならばその極みは、どこにある?

 

 瀬々は答えを知っている。しかし、それが必ず勝利にたどり着くわけではない。

 

 衣はあらゆる強者を屠る魔物であり、魔物を捨ててでも、勝利を除く絶対者だ。――しかし、それでも彼女が必ず勝てるわけではない。必ず勝ち続けられる保証などない。

 

 ――自称世界最強の高校3年生、そんな肩書きを持つものが居るらしい。だが、彼女はどこかの誰かと戦って、敗北している。

 

 それならば、どうすればいい?

 どうすればその頂点へ自分は至れる? ――そんなもの、わからなくてもいい。わからなくても、麻雀には勝てる。

 

 麻雀とはそういうものだ。

 

 智樹はそう考えているし、それはほとんど事実に反しないだろう。だからこそ、智樹はもう一度だけ、つぶやくのだ。

 あらゆる思いをその言葉にのせて。

 

 

「――面白い」

 

 

 そう、一言だけ、漏らすのだ。

 

 

 ♪

 

 

 世界に音はない。

 時折響くキーボードの打鍵音も、マウスのクリック音も、少女の耳には入ってこない。彼女の意識は完全に電子の海、精神の海底へと埋没されていた。

 ――龍門渕透華、それが彼女の名前である。

 

 透華の瞳に、電脳上の膨大な情報が照らされていく。マウスのホイールにリンクしていくインターネットの一ページに、ひたすら透華は思考を傾けていた。

 パソコンを操作し、透華のしていることは単純だ。ネット上から拾い上げた膨大な牌譜の検証である。

 

 麻雀が世界で大流行し、その一つの舞台として、ネット麻雀が挙げられる。数千万単位の人間がネットを通じて麻雀をプレイし、腕を磨いている。

 透華もまたその一人であり、ある一つのネット麻雀において、知る人ぞ知る強者の一人なのである。

 そんな彼女の練磨の一貫として、あらゆるデジタル的牌譜の見当というものがある。

 なぜこのプレイヤーはこんな打牌をしたのか、それを自身の考えと照らし合わせることで自分のスキルとするのだ。

 

 また、彼女が見ている牌譜はそれだけではない。世界中、あらゆる場所で行われる現実における麻雀大会、その牌譜も検討することが在る。

 例えば“自称”世界最強の高校3年生、アン=ヘイリーは国際大会にも多く出場し、そのほとんどで優勝している。

 

 他にも日本を代表する高校生雀士、宮永照などもよく牌譜を目にする。彼女の場合は日本での大会における牌譜が多いが、時折国際大会にも出場している。

 残念ながら、アンとの直接対決がかなったのは、去年のインターハイを除いて無いのだが。

 

 更には日本のプロ、世界のトップクラス雀士。高校生雀士として気になる相手。などなど、幾万にも及ぶ牌譜を、自身の目線から解きほぐし、咀嚼する。

 ここ最近は特にネット麻雀における牌譜が主だ。インターハイで直接相手にする雀士の牌譜を検分するのは純と智樹の仕事である。そんな仕事を含めて彼女たちを龍門渕へ誘う条件としたのだから、仕事を奪ってはいけない。

 

 透華は他人目線からみても“何でもできる”、いわゆる天才だ。しかしだからこそ、他人の役割を奪うことは絶対にしない。

 自身が何でもできるとわかっているからこそ、より巧くできる人間を見つけ出し、役割を任せ評価する、それが透華の性分なのだ。

 

 最前線を征くのではなく、最上段として君臨する。龍門渕透華とはそんな存在だ。――無論、それは孤独であるとも、後ろを任せるものはいないとも、言えるのだが。

 

 透華はふと、気がついたように画面に集中し、傾げていた体を持ち上げる。スラっとした体躯は、しかし猫背気味の体制に、少しばかり悲鳴をあげていた。

 ぐっと体を伸ばして――ふと、周囲を見る。

 

 ここは別館、透華の個室だ。

 普段彼女は本館に戻ることはない。父親に自由に使うことを許されているのが別館全てであるという関係上、透華の仲間、一達を筆頭とする者達へ近づくには別館に居座ったほうがいい。

 

 なんだかそれは、少しばかり冷たいような、気もするのだけれど。

 

(……まぁ、仕方ありませんわね)

 

 まだそれでも、衣のように、二度と出会えないということはない。瀬々のように、決定的に関係が冷えきっているわけではない。

 だからこそ今の自分に文句を言うのは贅沢というものだ。

 

(それにしても、なんだか変な感じですわ、一人というものが、孤独というものが、自分にも存在していたのですね)

 

 今、この部屋には一がいない。ハギヨシも歩もいない。ハギヨシ達はハウスキーパーも務めているし、一に買い出しを頼んだのは他ならない自分だ。

 智樹と純は――いつものように二人きりで牌譜を検分していることだろう。麻雀が打ちたくなれば、透華の元まで来るかもしれないが、一が出かけていることを知って入れば、瀬々たちの元に行くだろう。

 ここでは、一人面子が足りないのだ。

 

 そうやって考えて、意識が横道にそれていたことに気がつく。集中力が途切れていたらしい。見ればもう二時間は牌譜とのにらめっこを続けていたようだ。

 さすがにそろそろ目が疲れてきただろうか、それに感覚も、どうにも落ち着かなくなっている。

 

「はぁ――」

 

 ため息、欠伸ともいう。

 時計から目を離し、椅子に思い切り良く体を預ける。何度か目を瞬かせていると、ふと扉の方から音が響く。

 誰かがノックしているのだと、すぐに解った。

 

「誰ですの?」

 

「あたしだよ、瀬々だ」

 

 何気ない様子で言葉が帰ってくる。珍しい来客だ。休日は基本、ずっと衣と共にいる人間が、今日に限っては透華に用があるらしい。

 何か大事でもあっただろうか。

 

「どうぞ、何かあったんですの?」

 

 いや、それは無いだろう。瀬々の声音は平坦だ。別に何か感情のゆらぎがあるようには思えない。小さな感情の揺れにも聡い透華が、そんな変化を見過ごすはずもない。

 ならば大したようでもないだろうが、ならば透華である理由は一体? 考えを巡らせながら答えを待つ。

 

「いやあね、衣が昼寝しちゃったから、暇なのだよ」

 

 扉をゆっくりと開け広げながら入ってきた瀬々は、そんな風に応える。なるほど、衣と共にいられないのなら、確かに瀬々は暇になる。

 

「でしたら、私ではなく智樹や純のところに行けばいいのでは? ここではあまりおもてなしもできませんし、ただ話すだけでも暇でしょう?」

 

 透華の部屋は他の部屋と比べれば大分質素だ。もとより透華が他の別館住人よりも趣味の幅がパソコン一つに集約するためである。

 余り本を読むタイプではないし、ゲームもほとんどしない、時折手を出すのは大概パソコンのゲームで、態々コンシューマ機に手を出すことはほとんどしない。

 

 だから、透華のところに来るよりは、一人で時間をつぶすか、智樹や純の部屋に行って牌譜の検分を手伝いでもすればいいのだ。

 

 しかし瀬々は、そんな透華の言葉を否定する。

 

「いやいや、これがなかなか、一人でいるってのもつまらないし、それに智樹や純のところは何か入りにくいんだ。ちょっと中を覗いて見ればわかるけど、あの雰囲気は壊し難い」

 

 ――長年連れ添った熟年夫婦、ピッタリと息のあったコンビネーションは、見ていてそんな単語を思わせる。

 透華はふむ、と腕組みをして納得する。二人の新たな一面を見た。確かに正反対に見えて同じベクトルの嗜好を持つ彼女たちは、相性のいい夫婦にも見える。

 

「それで私と会話を、なかなか変わったご趣味をお持ちですのね」

 

「――四年間、ずっと一人で暮らしてきて解ったことが在る」

 

 四年間、瀬々が両親を喪ってから、この龍門渕に来るまでの時間。四年前は透華も瀬々も、まだ中学に上る前の事だった。

 その時透華は、瀬々を龍門渕に呼び寄せることが出来なかった。父が許さなかったのだ。

 

 何もおかしなことではない、彼は普通の人間である。加えて超常的な何かに聡く、瀬々の事も耳にはさんでいた。

 ならば、従姉妹のような、ごくごく限りない親等であるならともかく、単なる親戚の一人でしか無い子を、なぜ引き取る理由があろう。無論周囲の親族達は瀬々を引き取ろうともしたが、それも許さなかった。

 瀬々は必ず放逐される。彼女のチカラとはそういうものだった。ならば最後にお鉢が回るのは――間違いなく本家、龍門渕だ。

 

 透華もまた、親戚の誰かに預けることは良いこととは思えなかったし、ならばと使用人を瀬々の一時的な保護者とした。

 彼女は一人で生きていくチカラを持っていたし、事実高校に上がるまでの間、瀬々は一人で生き続けてきた。

 

 たった一人で、自分自身の生活費すら、彼女が捻出したという。

 

「一人って言うのは、随分と寂しいもんだ」

 

 ――一人。透華はその言葉に、鎮痛そうに眉をひそめた。扉から壁を伝って、それから壁に瀬々は体を預ける。丁度、透華と対角線上になるような場所で。

 

「だけど、一人でいると、一人の時間を続けていると、時間の流れは否が応に早くなる。当然だ、世界から隔絶して――時間の流れからも、逃避しているのだから」

 

 透華が瀬々をこの龍門渕別館に呼び寄せたのは、透華がこの別館を父親から買い取った(・・・・・)ためだ。土地も、館も、使用人も、全て父親から透華が、交渉と金によってもぎ取ったのが、この別館である。

 

 それを手に入れるまで、透華の居場所はきっと、どこにもなかった。

 瀬々と同じように、箱入りお嬢様、世間知らずで、味方といえる人間もいなくて。

 

「一人でいる時、透華はそれをどう感じてる? 寂しいか? 侘しいか? ……違うだろ。――多分あたしと、おんなじ風に思ってるはずだ」

 

 瀬々は、言葉を口先から転がす。軽快なステップの様に思えるそれは、会話事態を楽しんでいるかのようだ。

 こうして透華と会話をすることが、楽しくて仕方がない。

 

 

「なんにもないな――って」

 

 

 誰かとともに在ることが、嬉しくて仕方がない、と。

 ――透華も、瀬々も、面倒な人間だ。彼女たちには一人で生きていくチカラがある。何をしたって上手くいく。だがそれは、同時に孤独を感じることでもある。

 誰かと交わっているつもりでも、本質的には繋がりを得ていない。決定的に、親しみというものが足りていない。そんな世界で、彼女たちは生きてきた。

 

 別する世界は在るというのに、その世界の端を、境界線を感じ取ることも出来ず、ただただ沈黙するばかり。

 世界の広さを、絶望的なまでに、実感させられるばかり。

 

「一人で話して悪かったかな。……いやでも、楽しかった。あたしがそう感じてるんだから、透華もそう思ってるはずなんだけど」

 

「――あぁ、そうですわね。本当に、本当にまったくもって…………虚しいだけですわ」

 

 今は、違う。

 透華も瀬々も、それがわかっているから語る。

 

「似たもの同士……全然そんな気はしませんけど、私達、それなりに似ているんですのね」

 

「っぽいな」

 

 ――横に連れ添う人間が居て。そんな少女たちが、輪になって。今の瀬々と透華がいる。

 

 静かなノックが、戸を叩く。

 ――入ってきたのは、大荷物を抱えた一と、寝ぼけ眼をこする衣だ。

 

 それぞれが、それぞれの思いを抱えて重なって、世界が少し、出来上がる。自分の世界に、全く違う色がつく。

 透華も、瀬々も、それを嬉しく思い、喜ばしく迎えるのだった――




これ挿入で投稿した方がいいな、ということになったので、新しく投稿しなおします。
活動報告書くのもだるいですしね。

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