断頭颶風の神殺し   作:春秋

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迷いを吹っ切った鉄也は、切っ先を地面に突き立てて口を開く。

 

種種ノ罪事ハ(くさぐさのつみごとは)天津罪国津罪(あまつつみくにつつみ)許許太久ノ罪出デム(ここだくのつみいでむ)此ク出デバ(かくいでば)

 

朗々と紡ぐのは『天つ罪・国つ罪(あまつつみくにつつみ)』の言霊。

神道における罪の観念であり、祝詞の対句であるそれは冥府魔道の権能には相応しいと言える。

 

だが、この場合は違う意味合いの方が強い。

 

「頼んだぞ屑兄さん、でもって武蔵さんよォ!」

 

思い描くのは黒円卓の屍兵。

絶世の名工たる初代と清らかな渇望の三代目。

 

その内約は、腐食毒を撒き散らす死界の創造。

 

此久佐須良比失比氏(かくさすらひうしなひて)――罪登云布罪波在良自(つみといふつみはあらじ)!」

 

これより以降、周囲500メートル四方は大地すら腐敗する冥界の具現と化した。

 

草木は枯れ落ち、どころか形すら失い灰と消え。

コンクリートや鉄筋などの人工物、砂利や土石も塵へと還る。

 

それ程の腐毒、神とは言え血肉を持つラーフも影響を受けた。

 

「ぐぅ、ォオオオオオオオオオ――ッ!!」

 

皮膚は溶け落ち肉も崩れ、箇所によっては骨の白さえ見えている。

 

ラーフは不死の霊薬たるアムリタを口にしたが、それを飲み込む前に首を絶たれてしまった。

不死身なのは首から上のみであるため、四肢は権能による死に抗えない。

 

だが、それでも彼は修羅たる闘神。

形が残っている内にとばかりに、錆び付いてきた剣を振りかざす。

 

それはともすれば、追い詰められて更に鋭さを増してすらいた。

 

「おのれ羅刹王ぉおおおおおおおおおおおおお――っ!!」

「いい加減にくたばれ――っ!!」

 

対する鉄也もチャンスとばかりに前に出る。

 

捌く、捌く、捌く――

肉を抉られ血を撒き散らしながらも、致命的な傷は避けつつ応戦する。

 

短い時間の中で幾十幾百と打ち合い、勝機が訪れた。

 

「クッ、我が佩刀をっ――」

 

刀身に宿る死風と周囲から侵食する腐毒に耐えかね、身体より先に剣が崩れた。

砂のように流れ落ちる刃が、二本、三本と増えていく。

 

それを認めたラーフは最後の足掻きか、相討ち覚悟の大振りで真っ直ぐ唐竹に振り下ろす。

 

決死の一撃に対して鉄也は、真っ向から打ち破るべく聖句を唱えた。

しかしそれは、先程までとは違う輪廻転生の言霊で。

 

「ギロチンに注ごう飲み物を、ギロチンの渇きを癒すため」

 

なぜ鉄也が『冥界の処刑刀(ヘカート・デスサイズ)』の権能を黄昏の女神に例えたか。

それは女神(ヘカテー)を愛していたというだけに留まらず、その異能が斬首を本懐としていたからだ。

 

女神は生来の罰当たり、触れば首を刎ねてしまう。

そしてこの権能は断頭刃、首を撥ねれば不死でも殺せる。

 

首を落とす事が制約となったのは、首飛ばしの颶風(みぶそうじろう)という繋がりからか。

 

それとも、もしかすると。

人を愛した女神に惚れ込んだ、どこかの主人公(ばか)と似ていたからなのかもしれない。

 

断頭台(くびとばし)の……颶風(かぜ)ェ――ッ!!」

 

再び顕れた斬首の死刀は、以前のそれとは別物で。

気合が違う。気勢が違う。掛ける想いが――信仰が違う。

 

女神の断頭刃(このやいば)で断てない(くび)などあってはならない。

自ら黄昏(ギロチン)を冠したからには、この程度の雑破神などに負けられない。

 

猛き狂念は常理を歪め、太陽の加護ごと斬り捌く。

 

剣を折り、太陽を降し。

遂にはその首を撥ねるに至った。

 

「あな憎し――否、口惜しや。我が剣舞、羅刹を斬るには至らずか」

 

首だけに戻ったまつろわぬラーフは、修羅の凶相を疲労の色で打ち消していた。

ふわふわと浮遊しながらも、確かに神々の領域に帰ろうとしているらしい。

 

「今生の別れとなる。此度の敵手よ、名を聞きたい」

「……石上鉄也」

 

少し躊躇したが、彼も剣士の端くれだ。

神殺しの戦士として冥土の土産と名を告げる。

 

「記憶した。次に人界に立つとき覚えているかは分からぬが、存命ならばこちらが挑むとしよう」

 

それだけを言い残し、修羅たる神は霞と消えた。

 

直後、両肩に荷物を乗せられたような重みを感じる。

最期は意外と潔かったラーフだが、伝承を思えばむしろしつこい性格をしていそうだ。

 

新たに増えた権能が再戦の意気込みを訴えているように感じ、戻ってきた光が何だか忌々しく思えたのだった。

 

 

 

 

八重垣(やえがき)佐士神(さじのかみ)蛇之麁正(おろちのあらまさ)――壬生宗次郎でお馴染みの神代三剣。

 

その内のひと振り、佐士神こと布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)

石上神宮で神体として祀られるそれを、鉄也は手に取っていた。

 

刃の方に湾曲している内反りの鉄剣。

どちらかと言えば剣というより鎌に似ているとさえ思える。

 

まつろわぬラーフとの戦いがあった翌日、一晩寝たら全快してカンピオーネのデタラメさ加減に戦慄した昼頃。

戦闘後に脆く崩れ去った刀に落胆した代わりに、奈良県は天理市までやって来た目的を遂に果たせたのだ。

 

――霊剣・布都御魂。

 

神体として祀られ多くの信仰を集めたそれは、元がどうあれ紛れもない神刀であった。

確たる意思こそ持っていないが、『Dies irae』で言う聖遺物のそれに近い力を宿している。

 

今は夜を過ごした近隣の宿で、これを相応しい形へと変えるところだ。

許可は(半強制的に)とってあるし、そうしないと実戦では使えない。

 

それに何より、抜刀と同時に斬殺という宗次郎節が再現できないではないか。

……いや、実行する気はないが。

 

しかし、出来ないのと出来るけどやらないの差は大きいのだ。

などと己を正当化しながらも、慎重に呪力を流し込んでいく。

 

錬金、製鉄、変性、変形。

 

呼び方は何でもいいが、つまり金属の形を変える術である。

のだが、この場合は少々事情が異なる。

 

仮にも神刀、仮にも神体。

宿った中身を蔑ろにしてはこの剣を使う意味がない。

 

慎重に馴染ませ、それに最も相応しいと感じる言霊を詠唱する。

それさえ出来れば失敗はないと直感しているから。

 

まあ、鉄也がここで詠唱するものなど決まっているが。

 

壱、弐、参、肆、伍、陸、漆、捌(ひ ふ み よ い む な や)玖、拾(ここのたり)布留部、由良由良止、布留部(ふるべ ゆらゆらと ふるべ)

 

傍で気配を殺している冬馬も予想した通りの詠唱を始めた。

布留の言(ふるのこと)十種神宝(とくさのかんだから)を意味する魂鎮めの法。

 

剣神となった壬生宗次郎の神咒だ。

 

八重垣(やえがき)佐士神(さじのかみ)蛇之麁正(おろちのあらまさ)――神代三剣、もって統べる石上(いそがみ)颶風(かぜ)諸余怨敵(しょよおんてき)皆悉摧滅(かいしつざいめつ)

 

ドクンと、大きく鉄剣が脈打つ。

鉱物ながら生き物ように脈動し、震えている。

 

次いで、宣誓のように告げられた言霊に呼応した。

 

「――太・極――」

 

それに本来の意味はない。

ただ詠唱の一部としてあるだけだが、それが重要な部分だと剣も理解しているのだろう。

 

そう、理解。

鉄剣は意思を持った聖なる器物へと新生し、主に相応しい形を成す。

 

経津主(ふつぬし)布都御魂剣(ふつのみたまのけん)

 

神咒(かじり)ではない。

神威(かむい)でもない。

そこに神楽(かぐら)はなく。

 

故に太極に非ず。

 

しかして奇跡には違いなく。

霊剣・布都御魂は、こうして魔王の佩刀に新生したのだった。

 

 





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