断頭颶風の神殺し   作:春秋

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蝿声――鉄也が最も多用し最も信頼を寄せる術剣(わざ)

 

権能の風を合わせた斬死の颶風(ぐふう)が上昇する。

使用者の意思と比例して威力が高まるという性質をそのまま受け継ぐこの剣は、最高潮に達した気勢を受けて迫り行く。

 

空を斬り、音を裂き、摩擦を殺し――勢いの一切を減ずる事なく対象に斬閃を届けんとする。

 

それを黙って見ている怪物ではない。

仮にも神の位階にある存在だ、龍尾を踊らせ華麗に躱す。

 

「でも、それじゃ躱せてないよ」

 

言葉通り、交差した刃風が弧を描いて旋回した。

 

自動追尾、という訳ではない。

権能の風を混ぜたことにより、ある程度の距離なら自由が効くというだけだ。

 

日が隠れて闇に閉ざされた星空で、龍尾の巨体が舞い踊る。

 

「そのまま来い、(なます)切りにしてやる」

 

魔王の指揮で踊った先は、絶命による決着が待つ。

追い詰められて低空飛行になった神に向け、斬断の気質を解き放った。

 

「だぁあああ――――ァ!!」

 

先に放ったそれと合わせ、計五陣の颶風が囲い込む。

剣風の檻に囚われた龍はその胴を九の肉塊に分割される事になる。

 

『GI――AAAAAAAAAAAAA!!』

 

だが、鉄也の顔は晴れない。

人面龍の上げた絶叫が、悲鳴ではなく雄叫びのように聞こえたからだ。

 

そして、その予感は的中する。

 

『GUUUAAAAAAAAAAAァァァァァァァァァァァァ――ッア!!』

 

怪獣の、分かりやすく言えばゴジラ的な響きだったそれが、いつの間にか人の肉声に近くなっていく。

 

龍鱗に覆われた肉塊が、首に集まって溶け出した。

変形し硬度を取り戻していった様は、鎧に包まれた手足そのものである。

 

「中々にやるようだな神殺しよ。仮初とは言え、地上から我が胴を切り落とすとは」

 

厳かに通る神の肉声。

四つある拳を握っては開き、体の具合を確かめているらしい。

 

「自分の体を……ケートゥを従属神として召喚したのか?」

「然り。その物言いから察するに、我が名は見知っているらしい」

「博識な知り合いがいてね」

「ならば隠す事もない。我はラーフ――太陽(スーリヤ)(ソーマ)に報復を誓う者である!」

 

ラーフ、それがこの神の名前。

冬馬の予想は的中していたようだ。

 

仏教では羅喉(らごう)星として九曜の一角に数えられる架空の星。

胴体は計都(けいと)星として、こちらも実在しない空想上の惑星だ。

 

どちらも月の交点であり、かつては実在の物と考えられていた。

一部の経典ではケートゥは彗星・流星とも記されており、これが計都・天墜の元ネタとされる。

 

「胴体が生えたからって、調子に乗るなよ首無しがッ」

「あまり息巻くな、己の矮小さを晒すことになるぞ?」

 

四本の腕と一本の尾を持つとされるラーフは、龍尾を斬り落とされた事で逆に荒ぶる戦神へ回帰したらしい。

すべての腕に剣を握り上段下段と構えた。

 

「さあさあ行くぞ羅刹の化身よ! 我が剣舞にて散り砕けるがいい!」

「吐かせ羅喉星、斬神の神楽に塵と消えろ!」

 

初太刀から放つは斬首の死に風。

 

溜めなしに近い瞬間発動のそれは、首飛ばしの颶風として見れば異様だ。

だが先日の鉄也ならまだしも、今の彼には威力と溜めを反比例させる手段がある。

 

冥府の死に風による権能の後押し。

極小規模であれ蝿声を放つ最低限の間隙(かんげき)さえあれば、後の火力は権能で水増し出来るのだ。

 

故に。

 

「冥界の息吹よ吹き(すさ)べ!」

 

放たれた斬閃は七条の鎌鼬(かまいたち)として殺到する。

 

それぞれが四手二足一首を獲物と定め、今にも食いつかんと差し迫る。

しかしラーフはアスラの一角、時代が下るに連れて戦神として信仰を受けてきた神格だ。

 

この程度は児戯に過ぎぬと、体を回転させながら斬り伏せる。

遠心力の勢いを殺すことなく、そのまま四陣の斬撃で襲い来た。

 

「ぬおおおおおおおおおおぉっ!」

 

初太刀は上体を反らして躱し、二刀目は体を捻ってかすり傷で済ませる。

 

人間が相手ならここで間が空いた事だろう。

だが敵は四本の腕を持つ阿修羅の一体、そうは問屋が卸さない。

 

更なる追撃に回避できる体勢ではなく、三撃目は刀で受けるしかなかった。

人では有り得ない膂力により(くう)に打ち上げられたあと、終の剣閃を叩きつけられ吹き飛んだ。

 

漫画やアニメでしか見られないような地面と平行した滑空を味わってから、何度もバウンドして地面に打ち付けられた。

 

受身すら取れない無様な着地体勢を敵が見逃す筈もなく。

地に伏せる鉄也をラーフが追いかけてくる。

 

だが、そのまま安安と殺られる神殺しではない。

 

「冥府魔道の、息吹よ……此処にっ」

 

クラクラと揺れる視界に目を瞑り、自分を中心に冥界の風を撒き散らす。

 

「死神の吐息か、だが効かぬわ!」

 

ラーフがアムリタを飲み不死化しているのは承知の上だ。

だからそれは砂利を巻き上げ敵の目を塞ぐと同時、体を上空に打ち上げる役割も持っていた。

 

飛び上がった鉄也は刀を強く握り直し、己が権能の真価をみせる。

 

「我が成するは霊魂の導き、其が行き着くは絶命と知れェ――ッ!!」

 

その聖句の通り、冥府へ誘う死神の剣を生み出した。

死毒を宿し鳴動する刀身が、無防備に晒された青い首へと――

 

「忌々しき太陽の加護(ノロイ)を知れ!」

 

確かに届いた。

紙一重で冥府の風を祓われた直後に。

 

死の祝福なき鉄剣で、不死の阿修羅を斃す事はできず。

薄皮を切り裂いて終わったその隙に、柄尻の殴打を受け再び倒れた。

 

「我はいま太陽(スーリヤ)を呑んでいる。忌々しいことこの上ないが、この腹の光が闇を祓ったのだ」

 

苦虫を噛み潰したような表情で宣う日蝕神(らごう)

まさかこの闇の空にそんな効能があったとは。

 

立ち上がり切っ先を向け、馬鹿にしやがってと敵を睨み……

 

「あー、やっぱダメだ」

 

呟いて、鉄也は息を吐き脱力する。

 

「諦めたか神殺しの羅刹よ」

「うん、無理みたいだ」

 

無理だった、無茶だった。

カッコ付けたかったけど無駄だった。

 

「殺し合いだからネタに走るのはやめとこうとか思ってたけど、やっぱモチベーションあがらねーわ」

 

神殺しの際に黄金と刹那を連想したからだろうか。

それとも権能のイメージに黄昏とか悪路とか言っていたからだろうか。

 

いや、そもそも――

 

「壬生宗次郎の威を借りながら、今更何を言ってるんだって話かぁ」

 

元がゲームキャラの技を真似ておきながらどの口が言うのだと、そういうことだ。

ならばここからは全力全開。

 

「思いっきり趣味に走るとしましょうか」

 

故にこそ、敵は悉く斬り伏せるのみ(諸余怨敵皆悉摧滅)――

 

 





>放たれた斬閃は七条の鎌鼬として殺到する。
ねーちん「七閃!」
イメージした訳じゃないんですが、そうとれなくもないかなと書いてから思いました。

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