断頭颶風の神殺し   作:春秋

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終段といえば神格召喚である。
じゃけん神座闘争はじめましょうねー。



終章・終段

 

 

 

「――天地開闢(απαρχές)――」

希望に満ちた災禍(Παν πίθος)

 

 それは第六天、絶望の導師パンドラが希望と絶望の壺を押し広げること。

 否、そうではない。壺は太古の昔に押し広げられ、今やこの宇宙そのものとなっている。だからこそ、壺を揺すって波立てるだけで世界そのものが崩壊しかねないのだ。

 だがしかし、彼女にそれを実行するつもりはない。

 世界を揺さぶるに足る膨大な力を、ただこの場にのみ収束させる。

 神ならぬ者の悉くを排除する必滅の審判。世界の荒波を正面から打倒するには、それは神の御業でなくてはならない。

 

 故に――――。

 

「是に建御雷神(たけみかづち)御佩(みはか)せる十掬剣(とつかのつるぎ)を抜き放ち、(さかしま)に浪の穂に刺し立て、其の(さき)(あぐ)み坐する」

「次に此の神、天照大御神(アマテラスおおみかみ)高木神(たかぎのかみ)(みこと)以ちて、問ひに使はせりと()りたまひけらく」

「建御雷神、返り参上(まゐのぼ)りて、葦原中国(あしはらなかつくに)言向(ことむ)和平(やは)しつる(さま)を、復奏(まを)したまひき」

「是を曰く神武東征(しんむとうせい)――もって統べる石上(いそがみ)颶風(かぜ)諸余怨敵(しょよおんてき)皆悉摧滅(かいしつざいめつ)

 

 ――――故にこれは、真に神なる者の武威。

 

「――太・極――」

「神咒神威――豊布都(とよふつ)武甕雷男神(たけみかづちのかみ)ッ!!」

 

 その神咒を武御雷。

 その神威を求道太極。

 その神楽を、来たる次代に捧げよう。

 

 豊布都とは布津主を表し、布津主神と建御雷神はその逸話の多くを共有する。 神武東征、葦原中国の平定もそのひとつであり、両者は時に同一視すらされる剣神である。

 彼が得た神号の由来は今更言葉にするまでもなく。

 傍らに花嫁を伴って、断頭必滅の神咒神威が吹き荒れる。

 

はじめまして(・・・・・・)ですね義母上(ははうえ)、これもあなたの望み通りですか?」

「ええ、勿論よ私の人形(むすこ)、万事総て偽りなく私の手のひらの上だわ」

 

 今までのような世界の内に落とした影、触覚を通じての会話ではない。

 真実、この二人は初めて顔を合わせたのだ。

 

 

 

 「神を殺したい」という覇道(かつぼう)と、「神殺しの刃になりたい」という求道(かつぼう)。宿主と自滅因子の関係を思えば当然とも言えるが、それにしても似通(にかよ)い過ぎた二つの理。真正面からぶつかり合って、競り勝ったのは後者の方だった。

 通常、覇道神と求道神では、同じ地平に立ってはいても力の優劣は前者が(まさ)る。己の肉体を単一の宇宙として研ぎ澄ます求道よりも、己を中心に宇宙を広げる覇道の方が圧倒的な質量を持つからだ。それが座を統べる覇道神ともなれば、力の差はまさに一人の人間と一個の宇宙という関係になる。

 だというのに求道が覇道を退けたとするならば、太極の性質にその謎を解く鍵がある。

 女神パンドラの理は神殺しの法則。神を弑逆(しいぎゃく)するため流れ出した、殺神のみを目的とした覇道の宇宙。神威に至った彼女の法は、先代の座を一撃の元に滅相した。第六天が誇るのはその殺戮性。神座闘争において絶大な効果を発揮する、反則的なまでの特攻性。

 しかし世界は皮肉で、そしてどこまでも誠実だ。鋭く尖った凶刃は、だからこそ容易く折れもする。弑殺曼荼羅は「神座(かみ)を殺したい」という渇望を忠実に叶え、座を統べるべき覇道神を殺し尽くす(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

――裏を返せば、求道神を相手にその絶対性は発揮しない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 故にこそ、石上鉄也は自滅因子(アポトーシス)でありながら求道神として此処にいる。覇道神では第六天を殺せず、求道神ではパンドラに勝てない。だからこそ神座は――その(たもと)に潜む■■■は、交代劇を引き起こすべくネイアを現世に顕現させた。新世界を担う覇道の女神と旧 神を討つ求道の男神。歌劇や絵巻にも見られたその構図が実現すれば、第七天へ移り変わるという未来を予見して。

 その結果が特異点に広がるこの光景だ。

 (かみ)殺しという覇道神の性質を極限まで突き詰めたパンドラ。宿主(かみ)殺しという自滅因子の性質を極限まで突き詰めた鉄也。地力で勝る神座の覇道も、全力を発揮できないのでは天秤が傾く。神殺しの刃は一刀で旧神を斬り伏せた。

 

 

 

――――だが。

 

「それではダメなのよ。癌細胞(アナタ)に殺されたんじゃ、新世界への路は開けない」

 

 パンドラとてその本質は自由と成長を尊ぶ母性。

 邪神として君臨した訳ではない彼女は、己の自殺に世界を道連れにする気はない。

 故に、返す刃に全霊を賭して。さあ旧神(じぶん)を超えて見せろと、お前たちの覇道(キズナ)を魅せてみろと試練を課す。

 

「まず感じたのは『哀愁』――求めしものは滅びなき世界」

 

 発した祝詞は彼女に由来するものではない。

 神座闘争はその在り方ゆえに、新たな神が先代の覇道を呑み喰らって成長していく。支配領域を拡大し、保有質量を増大し、無限に広がって流れ出すものこそ覇道神。

 そうして次代に呑まれた神座の覇道は、そのままの形で記録されていく。以上でも以下でもなく、肥大化も減少もせず原型そのままの力を持って。

 

「万象悉く(まろ)がる様こそ至高なれども、人は移ろい定まらない」

 

 ただし、その力を余すことなく発揮できるかは別の話だ。

 そも覇道とは――それが求道であれ同じく――主神の渇望が根幹にある。本人の何をしたいかという祈り、何を以ってその願いを抱いたのかという経緯への共感。それ無くして理の支配力・強制力は体を成さず、法則は本質から遠のいていく。

 

「人に非ず悪魔に非ず、なればこそこの身は修羅にも勝る」

 

 彼女がいま身を浸しているのは四代目の天が抱いた哀愁の渇望。意思に反して人を外れ、日常の平穏を奪い去られた魔造の魔人。

 友と道を違え人魔と争い、彼らの理を跳ね除けて流れ出したのは望郷の念。退屈で窮屈な元の日常を取り戻したいという半人半魔の切なる願い。生まれた理は世界の再誕。過去を押し潰し踏み台にして、それでも人の可能性を潰えさせないための世を創ること。

 

「創世を願い、遍くすべてを混沌の泥に沈めよう。在りし日の平穏をもう一度――渾沌楽土」

 

 過程も結果も大きく違えど、共に自由な世界を望んだ者同士。汲み上げた渇望には一定の共感を示し、そして再現した。

 特異点に広がるオリュンポスの神殿がひび割れる。

 地鳴りと共に鳴動し、隙間から吹き上げるのは大地の息吹。

 

「ぐっ……ぁあああああああああ――ッ!!」

 

 斬る。

 斬る斬る斬る。

 斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬っ斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬ッッ――――!

 

 それに応えるは斬の暴風。

 足元から押し寄せる破壊の奔流に身を焼かれ、それでも鉄也は刃を振るう。この神威が第四天のものであるからと油断はできない。それを使うのは覇道殺戮の第六天ゆえに、伴侶を守るべく奮起する。

 地母神へ捧ぐ最期の晩餐。

 贄たる挑戦者を呑み食らおうとする地脈の暴威に、断頭の嵐を振り下ろす。

 神威の天閃と化した首飛ばしの颶風が、一条や二条では足りない無限刃――摩利支天の権能で以って吹き荒れる。

 文字通りの意味で神の権能と化した鉄也の異能。神座から零れ出た神威の欠片は、既に彼の色に染められているのだ。振るわれる刃の風切り音はもはや轟雷の域に達している。

 これぞ剣神にして雷神、鬼神武御雷の武技。仮令術理すらなくとも一太刀一太刀が神の御業に相違ない。それが高密度かつ広範囲に広がる様は、極限まで行き着けば覇道神の支配域にも伍するだろう。

 無論、至ったばかりの鉄也にそこまでの芸当は望むべくもない。

 しかしそれでもパンドラに立ち向かうには十分だ。

 

 

 

「アクセス――我がシン。来たれ無価値なる者、罪悪の王」

 

 (シン)(シン)から、(シン)(シン)へ――更なる奥の(シン)(シン)まで。

 

 堕ちろ、堕ちろ、底の底まで沈み征け。

 凶気を正気へ。渇望を法則へ。殺刃より殺神へ。この求道(いのり)を――神座(せかい)へと。

 

我は汝を召喚す――(ディエスミエス・イェスケット・ボエネド)闇の焔王、悪辣の主よ(エセフ・ドウヴェマー・エニテマウス)

 

 ここで改めて確認しよう。

 石上鉄也は自滅因子だ。求道に歪んではいるものの、その根幹に違いは無い。

 そして自滅因子とは癌細胞。

 宿主たる座の神を殺す――延いては世界に対する反存在。物質界を構成する神を蹂躙するための、身体(せかい)を死に至らしめる自壊細胞。

 それは即ち、主をも焼き滅ぼす神の炎。

 

「肉を裂き骨を灼き、霊の一片までも腐り落として蹂躙せしめよ。死を喰らえ――無価値の炎」

 

 霊剣が腐毒と魔炎を纏って死に浸る。黒の腐炎(メギド)、あるいは滅死の腐剣(デスサイズ)

 現行世界に影響を与える力であるなら、座より流入する力でその一切を焼き滅ぼす無頼なる者。その由来の通り座の自滅因子として力を引き出し、求道神でありながら覇道に似た支配領域の拡大を始める。

 浸し、侵し、犯せ。権限を領域を凌辱せよ。

 堕ちろ、堕ちろ、腐敗しろ。

 

――神座の支配権を寄越せッ!

 

 

 

 天壌に座してイーピゲネイアは夢想する。

 

「ただ(いたずら)に死者を抱き締めつづけるなんて、もう嫌なのッ」

 

 だからこそ、この渇望(さけび)覇道(きぼう)に変えよう。

 何時か何処かの宇宙にて、藤井蓮が「失った物は戻らない。だからこそ今あるものを大事にしたい」という思想でもって、「死者の生を認めない」という方向性に転化した。それとは違う宇宙では、摩多羅夜行が死を振りまくだけの傀儡から、死後を裁くという概念を生み出した。

 ならば死を抱く己が進むべき道は、地母神として当然の在り方。死を抱き、次の生へと繋げること。黄昏の二番煎じであり模造品。彼女に(あやか)っただけの薄汚い金鍍金(メッキ)。だが、それこそ鉄也(かれ)には相応しいのだと胸を張ろう。

 

「私が死者(アナタ)を抱き締める」

 

 そうして、今や座に坐する新世界の女神は謝罪した。

 

 ごめんなさい、テツヤ。私は本当に酷い女だね。アナタの望みを、また叶えてあげられなかった。でもアナタが自滅因子に目覚めてしまった以上、私が神座を取ることになった以上、パンドラを殺すことは出来ないの。だからお願い、抱き締めさせて。いつかきっと、大欲界天狗道(ダイロクテン)の再来が現れるのかもしれない。けれど、だからって、アナタと過ごす今を手放したりはできないよ。

 

「だからお願い、旧神(かのじょ)の事を抱き締めさせて……」

 

 女神パンドラと石上鉄也の理は、異様な程に似通っている。共に神殺しという属性ゆえに、そして宿主と自滅因子という関係ゆえに、互いの存在がよく馴染む。神殺しの断頭刃(イシガミテツヤ)という宇宙の中に覇道弑殺(パンドラ)という太極(いろ)を混ぜた所で、神座でさえも同一と認識できてしまうほどに。

 そして死を求めるという彼女の在り方は、幕引きの鉄拳(マキナ)の求道に通じる部分がある。ネイアが目論んだ通り、座を辞した彼女は鉄也の渇望に引き摺られて求道に転化したのだった。

 

「私は黄昏の聖母(かのじょ)ほど寛容じゃないけれど、求道神なら神座の管轄じゃないから容量が軋轢する事はない。でしょ?」

 

 死愛の冥神、イーピゲネイア。

 断頭の颶風、石上鉄也。

 災禍の運び手、パンドラ。

 次代に譲り渡して死に行きたいという渇きは潤わず、神を殺し恋人と永遠の安息を得るという望みは叶わず、死を抱き生を育むという祈りは天命に至った。両者相打ち、伴侶たる女神の一人勝ちというわけだ。

 これこそ喜劇と呼んで差し支えあるまい。

 女神とその眷属たる剣神、そして零落した旧神。

 この三柱を以って、ここに第七天が完成したのである。

 

 

 





断頭颶風の神殺し、これにて終幕。
明日に軽い設定などを載せて、連載中から未完に変更しようと思います。

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