終段といえば神格召喚である。
じゃけん神座闘争はじめましょうねー。
「――
「
それは第六天、絶望の導師パンドラが希望と絶望の壺を押し広げること。
否、そうではない。壺は太古の昔に押し広げられ、今やこの宇宙そのものとなっている。だからこそ、壺を揺すって波立てるだけで世界そのものが崩壊しかねないのだ。
だがしかし、彼女にそれを実行するつもりはない。
世界を揺さぶるに足る膨大な力を、ただこの場にのみ収束させる。
神ならぬ者の悉くを排除する必滅の審判。世界の荒波を正面から打倒するには、それは神の御業でなくてはならない。
故に――――。
「是に
「次に此の神、
「建御雷神、返り
「是を曰く
――――故にこれは、真に神なる者の武威。
「――太・極――」
「神咒神威――
その神咒を武御雷。
その神威を求道太極。
その神楽を、来たる次代に捧げよう。
豊布都とは布津主を表し、布津主神と建御雷神はその逸話の多くを共有する。 神武東征、葦原中国の平定もそのひとつであり、両者は時に同一視すらされる剣神である。
彼が得た神号の由来は今更言葉にするまでもなく。
傍らに花嫁を伴って、断頭必滅の神咒神威が吹き荒れる。
「
「ええ、勿論よ私の
今までのような世界の内に落とした影、触覚を通じての会話ではない。
真実、この二人は初めて顔を合わせたのだ。
「神を殺したい」という
通常、覇道神と求道神では、同じ地平に立ってはいても力の優劣は前者が
だというのに求道が覇道を退けたとするならば、太極の性質にその謎を解く鍵がある。
女神パンドラの理は神殺しの法則。神を
しかし世界は皮肉で、そしてどこまでも誠実だ。鋭く尖った凶刃は、だからこそ容易く折れもする。弑殺曼荼羅は「
――裏を返せば、
故にこそ、石上鉄也は
その結果が特異点に広がるこの光景だ。
――――だが。
「それではダメなのよ。
パンドラとてその本質は自由と成長を尊ぶ母性。
邪神として君臨した訳ではない彼女は、己の自殺に世界を道連れにする気はない。
故に、返す刃に全霊を賭して。さあ
「まず感じたのは『哀愁』――求めしものは滅びなき世界」
発した祝詞は彼女に由来するものではない。
神座闘争はその在り方ゆえに、新たな神が先代の覇道を呑み喰らって成長していく。支配領域を拡大し、保有質量を増大し、無限に広がって流れ出すものこそ覇道神。
そうして次代に呑まれた神座の覇道は、そのままの形で記録されていく。以上でも以下でもなく、肥大化も減少もせず原型そのままの力を持って。
「万象悉く
ただし、その力を余すことなく発揮できるかは別の話だ。
そも覇道とは――それが求道であれ同じく――主神の渇望が根幹にある。本人の何をしたいかという祈り、何を以ってその願いを抱いたのかという経緯への共感。それ無くして理の支配力・強制力は体を成さず、法則は本質から遠のいていく。
「人に非ず悪魔に非ず、なればこそこの身は修羅にも勝る」
彼女がいま身を浸しているのは四代目の天が抱いた哀愁の渇望。意思に反して人を外れ、日常の平穏を奪い去られた魔造の魔人。
友と道を違え人魔と争い、彼らの理を跳ね除けて流れ出したのは望郷の念。退屈で窮屈な元の日常を取り戻したいという半人半魔の切なる願い。生まれた理は世界の再誕。過去を押し潰し踏み台にして、それでも人の可能性を潰えさせないための世を創ること。
「創世を願い、遍くすべてを混沌の泥に沈めよう。在りし日の平穏をもう一度――渾沌楽土」
過程も結果も大きく違えど、共に自由な世界を望んだ者同士。汲み上げた渇望には一定の共感を示し、そして再現した。
特異点に広がるオリュンポスの神殿がひび割れる。
地鳴りと共に鳴動し、隙間から吹き上げるのは大地の息吹。
「ぐっ……ぁあああああああああ――ッ!!」
斬る。
斬る斬る斬る。
斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬っ斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬ッッ――――!
それに応えるは斬の暴風。
足元から押し寄せる破壊の奔流に身を焼かれ、それでも鉄也は刃を振るう。この神威が第四天のものであるからと油断はできない。それを使うのは覇道殺戮の第六天ゆえに、伴侶を守るべく奮起する。
地母神へ捧ぐ最期の晩餐。
贄たる挑戦者を呑み食らおうとする地脈の暴威に、断頭の嵐を振り下ろす。
神威の天閃と化した首飛ばしの颶風が、一条や二条では足りない無限刃――摩利支天の権能で以って吹き荒れる。
文字通りの意味で神の権能と化した鉄也の異能。神座から零れ出た神威の欠片は、既に彼の色に染められているのだ。振るわれる刃の風切り音はもはや轟雷の域に達している。
これぞ剣神にして雷神、鬼神武御雷の武技。仮令術理すらなくとも一太刀一太刀が神の御業に相違ない。それが高密度かつ広範囲に広がる様は、極限まで行き着けば覇道神の支配域にも伍するだろう。
無論、至ったばかりの鉄也にそこまでの芸当は望むべくもない。
しかしそれでもパンドラに立ち向かうには十分だ。
「アクセス――我がシン。来たれ無価値なる者、罪悪の王」
堕ちろ、堕ちろ、底の底まで沈み征け。
凶気を正気へ。渇望を法則へ。殺刃より殺神へ。この
「
ここで改めて確認しよう。
石上鉄也は自滅因子だ。求道に歪んではいるものの、その根幹に違いは無い。
そして自滅因子とは癌細胞。
宿主たる座の神を殺す――延いては世界に対する反存在。物質界を構成する神を蹂躙するための、
それは即ち、主をも焼き滅ぼす神の炎。
「肉を裂き骨を灼き、霊の一片までも腐り落として蹂躙せしめよ。死を喰らえ――無価値の炎」
霊剣が腐毒と魔炎を纏って死に浸る。
現行世界に影響を与える力であるなら、座より流入する力でその一切を焼き滅ぼす無頼なる者。その由来の通り座の自滅因子として力を引き出し、求道神でありながら覇道に似た支配領域の拡大を始める。
浸し、侵し、犯せ。権限を領域を凌辱せよ。
堕ちろ、堕ちろ、腐敗しろ。
――神座の支配権を寄越せッ!
天壌に座してイーピゲネイアは夢想する。
「ただ
だからこそ、この
何時か何処かの宇宙にて、藤井蓮が「失った物は戻らない。だからこそ今あるものを大事にしたい」という思想でもって、「死者の生を認めない」という方向性に転化した。それとは違う宇宙では、摩多羅夜行が死を振りまくだけの傀儡から、死後を裁くという概念を生み出した。
ならば死を抱く己が進むべき道は、地母神として当然の在り方。死を抱き、次の生へと繋げること。黄昏の二番煎じであり模造品。彼女に
「私が
そうして、今や座に坐する新世界の女神は謝罪した。
ごめんなさい、テツヤ。私は本当に酷い女だね。アナタの望みを、また叶えてあげられなかった。でもアナタが自滅因子に目覚めてしまった以上、私が神座を取ることになった以上、パンドラを殺すことは出来ないの。だからお願い、抱き締めさせて。いつかきっと、
「だからお願い、
女神パンドラと石上鉄也の理は、異様な程に似通っている。共に神殺しという属性ゆえに、そして宿主と自滅因子という関係ゆえに、互いの存在がよく馴染む。
そして死を求めるという彼女の在り方は、
「私は
死愛の冥神、イーピゲネイア。
断頭の颶風、石上鉄也。
災禍の運び手、パンドラ。
次代に譲り渡して死に行きたいという渇きは潤わず、神を殺し恋人と永遠の安息を得るという望みは叶わず、死を抱き生を育むという祈りは天命に至った。両者相打ち、伴侶たる女神の一人勝ちというわけだ。
これこそ喜劇と呼んで差し支えあるまい。
女神とその眷属たる剣神、そして零落した旧神。
この三柱を以って、ここに第七天が完成したのである。
断頭颶風の神殺し、これにて終幕。
明日に軽い設定などを載せて、連載中から未完に変更しようと思います。