断頭颶風の神殺し   作:春秋

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鉄也が放った燕返し(ネタわざ)は、思いのほか度肝を抜いたらしい。

狩猟の神は胸元と脇腹を薄く裂かれ後退した。

 

「――驚いたぁ。あんな事が出来るんだね、随分と芸達者だよ君は」

「……軽く避けておいてよく言うぜ」

 

首を飛ばし胴を裂き両肩を切断するはずの銀閃は、しかし切っ先が血に濡れる程度に留まっている。

 

「しっかし参ったなぁ。陽光の矢にも対処するなんて、どうしたものかなぁ」

「……アンタ、やっぱり太陽神なんだな」

 

ギリシア神話の男神、太陽の輝き、弓と狩猟の神。

あまり明るくないギリシア神話の知識を動員したところ、浮かぶ名前はひとつしかなかった。

 

「アポロン、なのか?」

 

おっかなびっくりで問う鉄也だが、対する太陽の神は朗らかに否定する。

 

「まあ間違いではないんだけどね。彼は僕の――いや、この場合は僕が彼の、になるのかな? とにかく、彼は僕と同一視された神でね、この僕は『彼と僕が習合した太陽神』の一側面なんだよ」

 

例えば、『神A』と『神B』の習合した『神AB』がいるとする。

その総てを受け継いで顕現した神はABのままだが、祖となった神の片方のみを継いだ神が顕現すれば、Aの性質を持つBとして顕現する事になる。

 

それがこの黄金の髪の男――ギリシア語の太陽を語源とした純然たる太陽神でありながら、狩猟の神アポロンと習合した事により弓を持って顕現した遠矢の神。

 

「僕はヘリオス、月の女神セレネーを姉妹に持つ神だよ」

 

どこか責めるような凄みを持って放たれた言葉に(おのの)く。

 

セレネーという名をここで出したその意味。

鉄也は否応なしに理解し、戦慄と共に後ろへ下がった(・・・・・・・)

 

(ダメだ、それを聞いたら――ッ)

 

らしくなく怯えをあらわにする鉄也へ、善意だとでも言うようにヘリオスは告げる。

 

「死の風を受けて理解したよ。君が殺したのはヘカテー、セレネーと同一視される月の女神だ。うん、その様子だとアタリみたいだね」

 

手が震える。

呼気が乱れる。

 

セレネー、ヘカテー……

 

(■■■――ッ)

 

もういなくなってしまった少女の残影を思い出し、足が竦んでしまう。

 

――もうあんな思いはしたくない!

 

邪念などと斬って捨てるには余りに悲しいその雑念が、神殺しの心境を揺るがした。

 

「だったら尚更、君は僕が殺さないとね――ッ」

 

先程までと違い、弓に番える矢は三本。

人差し指から小指までの四指でそれを挟み、わざとタイミングをずらして手を離す。

 

それぞれがまたしても陽光を宿し、更に以前とは比べ物にならないほどに数を増した。

 

「姉妹の仇討ちだ、神殺し」

 

言葉の矢を受け身体が重い。

だが、鉄也とて仮にも神殺しの戦士。

 

内から湧く生存本能に突き動かされ、武器として振るわれる布都御魂自身の支援もあって、雨あられと襲い来る矢を打ち払う。

 

しかし、鉄也の心は冷め切っていく。

やめろ、どうして、いやだ、いやだ嫌だ嫌だ。

 

まつろわぬ神と神殺しの魔王は、基本的に前者が上回っている。

だからこそ絶対に勝つのだという不屈の闘志が劣勢を覆す要素となるのだが、今の彼にそれは望むべくもない。

 

故に、この結果は順当なものだ。

 

――空を穿つ一矢が心臓を貫き、四肢の末端にまで毒素が廻った。

ヘリオスが習合したアポロンは、弓矢で疫病をもたらしたとされる。その弓を持って顕現した彼の矢は、射抜かれた者を死に追いやる病の呪毒を有している。

 

死ぬのか、と。

あまりにも当然のようにそう感じた。

 

殺し殺され、死に死なれ。

そういう世界だ、自分にもお鉢が回って来ただけ。

 

目を閉じ、死後に思いを馳せる。

 

だが何故だろう。

なにか、大切なことを忘れているような気がする。

 

とても大切な――

 

   愛しているわテツヤ。

 

……至高の刹那を。

 

「がっ、あああああああああああああああああ――ッ!!」

 

 

 

 

 

そして少年は思い出す。

何を信じ、何を願い、何を求めて、何に至ったか。

 

「――ああ、そうだった」

 

どうして忘れていたのだろう。

 

「俺は刃だ、神殺しの刃。俺が自分でそう在ると決めたのだから是非もない」

 

そう、あの時にそう決めたのだ。

 

時よ止まれ、君は誰よりも美しいから。

だから美しいままでいてほしい。俺の知る美しい君のまま、俺を殺そうだなんてしないでくれ(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「ふっ……」

 

鼻で笑い飛ばしたくなってくる。

所詮は俺も自己愛に囚われた天狗なのだから、ウジウジと悩む必要なんてなかったというのに。

 

俺はただ、生きていたかっただけなんだ。

だから殺した。愛していると嘯きながら、だからお前を壊すのだと。

 

彼女とてそれを見抜いていただろう。

仮にも女神だ、人間を読み解く程度の天眼は持ち合わせているだろうから。

 

――なんて無様。

 

「見縊るなよ、俺の感情は俺が決める……」

 

狂天狗だと嗤うなら嗤え。

だったらそれらしく振舞ってやろうじゃないか。

 

俺は俺を愛している。俺が至高なのだから、愛していると感じた俺自身を信じよう。

 

故に――

 

「俺は彼女を愛している」

 

他人の言葉を借りなければ口にも出せない弱い俺だけど、いつかは必ず自分の言葉を吐いてみせるから。

 

だから生きる。生きていくんだ。

 

   いつかまた出逢えたら、今度もあなたが殺してね。

 

そう、だから神殺し(これ)こそが――

 

「俺の女神に捧ぐ愛だ!」

 

故に石上鉄也は、神殺しの刃は砕けない。

霊刀を構え己の存在意義を高らかに謳い上げる。

 

 

 

――掛け巻くも(かしこ)き、神殿(かんどの)()神魂(かみむすび)に願い給う。

 

 

 

「曰く、この一児(ひとつぎ)をもって我が麗しき(なにものみこと)に替えつるかな。すなわち、頭辺(まくらへ)腹這(はらば)い、脚辺(あとへ)に腹這いて泣きいさち悲しびたまう。その涙落ちて神となる。これすなわち、畝丘(うね)樹下(このもと)にます神なり」

 

それはつまり、神を殺す為の刃で在りたいという祈り。

壬生宗次郎の色を帯びてはいるが、紛れもなく鉄也自身の渇望による誓い。

 

「ついに()かせる十握劍(つかのつるぎ)を抜き放ち、軻遇突智(かぐつち)を斬りて三段(みきだ)に成すや、これ各々(おのおの)神と成る。劍の刃より滴る血、これ天安河辺(あめのやすのかはら)にある五百個磐石(いほついはむら)、我が祖なり」

 

女神の血によって新生した自分は、神殺しこそが存在理由だと主張する。

この祝詞は求道を謳うものでありながら同時に女神への祈祷でもあるのだ。

 

(うた)え、詠え、斬神の神楽。他に願うものなど何もない。未通女等之(おとめらが)袖振山乃(そでふるやまの)水垣之(みずがきの)久時従(ひさしきときゆ)憶寸吾者(おもいきわれは)

 

女神を殺して得た余生。

ならばいま生きる我が生は、弑逆と簒奪の道であると。

 

八重垣(やえがき)佐士神(さじのかみ)蛇之麁正(おろちのあらまさ)――神代三剣、もって統べる石上(いそがみ)颶風(かぜ)諸余怨敵(しょよおんてき)皆悉摧滅(かいしつざいめつ)

 

ならばそう、敵は皆悉(みなこと)(くだ)き滅しよう。

(あまねく)く神の首を斬り飛ばしてみせん。

 

「――太・極――」

 

これぞ我が愛。我が求道。

恥じる事なき魂の宣誓なり。

 

神咒神威(かじりかむい)――経津主(ふつぬし)布都御魂剣(ふつのみたまのけん)ッ!!」

 

亡き女神へ捧ぐ神殺しの神楽。

断頭颶風(だんとうぐふう)』の神殺し、石上鉄也の繚乱舞闘(武刀)――今こそ開幕。

 

 

 

 





さあ皆さんお待ちかね、剣鬼の詠唱の時間です。

鉄也「――太・極――」

他にも誰か言わせたいなぁ……

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