Was yea ra sonwe infel en yor…   作:ルシエド

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その手の奇跡は笑顔のために

 キャロルはずっと、父の手伝いがしたかった。

 だから父に頼られない自分が悔しくて、父に頼られるジュードが羨ましくて、すねてしまったこともある。

 仙草アルニムを確保して、拠点に帰ったキャロルは、父が自分に助手を頼んだことに心臓が飛び出るほど驚いた。

 

「キャロル、手伝ってくれるかい?」

 

「!」

 

 なんで今日は手伝うことを許可してくれたんだろう、とキャロルは思うが、彼女にとっては二つの意味で願ってもないことだった。

 父の役に立つこと。

 ジュードを自分の手で助けること。

 その二つは彼女が同じくらいに強く、心の底から願っていたことだった。

 

「いいの……?」

 

「ああ。ただし、パパが指示したことだけをするんだよ?」

 

「うんっ!」

 

 真剣な表情で器具に向き合うキャロルを見て、イザークは娘の成長を再確認する。

 今のキャロルなら助手も大丈夫かもしれない、と彼は思っていた。

 今日のキャロルがイザークの助手を問題なく勤め上げられたなら、キャロルは明日からもイザークの助手として使われるようになるだろう。

 勿論、キャロルが失敗して問題を起こしてしまう可能性もある。

 だがその心配は杞憂でしかない。

 

(ここまで真剣なキャロルの顔は、初めて見たな……)

 

 ジュードの病を治す薬を作るため、全身全霊を集中させている今のキャロルが、つまらないミスなどするはずがない。

 『大切な人を守るため』に打ち込むキャロルは、躓かない。

 深山の渓谷を踏破した時と同じように、進み続ける彼女の意志は止まらない。

 

 

 

 

 

 カチャリ、という音でジュードは目が覚めた。

 

「あ……起きたの、ジュード?」

 

 キャロル、と横になったままジュードは口を開こうとしたが、声が出なかった。

 症状はかなり悪化してしまっているようだ。

 寝て起きたというのに体力はほとんど回復しておらず、ジュードの体調は最悪一歩手前にまで至っており、今では喋ろうにも舌がまともに回らない。

 口から声を出そうとして、息しか漏れていない彼の体調に、キャロルは眉を顰めて手に持っていた木製の入れ物をジュードの口元に持っていく。

 

「はい、お薬」

 

「……ん」

 

 ジュードを寝かせたまま、キャロルは彼の口に少しづつ薬を流し込んでいく。

 一気に飲ませても、むせるか吐くかしてしまうだろうと考えて、少量づつゆっくりと。

 そうして仙草アルニムの薬効成分を調節し、他薬品も混ぜた上で、果汁などで味を整えるなど少女らしい気遣いで作られたキャロル製の薬は、全て飲み干されて消える。

 

 その効き目は抜群で、ほんの十数分でジュードが喋れるくらいにまで回復したほどだった。

 

「……楽になってきた」

 

「わたしが言うのも何だけど、効き目すごいね……」

 

 キャロルは初めて作った薬は、ジュードの命を救うための薬であった。

 それがちゃんと人の命を助けられたことに、キャロルはほっと息をつく。

 達成感、充実感、ジュードを助けられたという嬉しさで、彼女の胸の中はいっぱいだ。

 

「それ、わたしが調合したんだよ?」

 

「キャロルが? ということは……」

 

「うん。パパが手伝っていいって言ってくれたんだ」

 

 キャロルはいつもの彼女がそうするように、自慢気に胸を張る。

 されどいつもの彼女とは明確に違い、そこにはお淑やかさと落ち着きがあった。

 それを見て、ジュードは僅かに目を見開く。

 自分が寝ている間に、キャロルに一体何があったのか? そう思うも、答えは出ない。

 

(ちょっとだけ、21世紀(みらい)のキャロルに、近くなった気がする……)

 

 今のキャロルの雰囲気は、ジュードが初めて出会った時の二人のキャロルの、丁度中間くらいの雰囲気だった。

 子供でもなく、大人でもなく。

 一年前には確かにあったはずの子供特有の危うさがほとんど見当たらない。

 彼と出会ってからの日々という長い成長、彼が倒れてからの数時間という短くも劇的な成長、二つが綺麗に噛み合って、17世紀のキャロルを21世紀のキャロルに近付けていた。

 

 ジュードが思いを寄せていた、未来のキャロルに。

 

「夕方までには治ると思うから、ゆっくり休んでね」

 

「ああ」

 

 薬の影響で楽になったものの、まだまだ絶不調を脱していないジュードは、もう一眠りしようとする。だがそこで、キャロルが申し訳無さそうに自分の手を見ていることに気付いた。

 キャロルの薬のおかげでジュードの命は助かった。

 だがそれでも、彼女の薬はジュードの両手を元に戻すには至らない。

 

 奇跡を生む彼の指は、失われてしまったのだ。

 

「僕は好きでこうしたんだ。キャロルが気に病むことはないよ」

 

「でも……」

 

「キャロルを失ってたら、この手よりもっと痛い想いをしたと思うんだ。だから、いいんだよ」

 

 ジュードは痛みをこらえながら、傷付いた右手を誇らしげにキャロルに差し出す。

 その傷が何でもないものだと思わせるために、強がって、その手を繋ぐために差し出した。

 

「僕の奇跡は全部、君に届けるためだけにあるんだから」

 

「―――っ」

 

「キャロルが無事だったことが奇跡なら、それでいいんだよ」

 

 痛みをこらえて強がりながら、紡がれたジュードの本音の言葉。

 キャロルはその言葉を受け取って、ジュードが差し出した手を受け取った。

 痛みを生まないよう、差し出された彼の右手を優しく上下から両手で包み込む。

 俯くキャロルが頷いて、包帯でぐるぐる巻きにされたジュードの右手に、雫が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガリィはこの村に来てからというもの、自分の存在を徹底して偽装してきた。

 膝関節などは水の錬金術の応用でテクスチャを貼り付けてある。

 今のガリィは一見して、色白の若き美人といった風体にしか見えまい。

 更には、この村に来てから外を歩く時は極力目立たないようにし、イザーク達が薬を持って戻って来た後も、病人の治療の手伝いなどは一切しなかった。

 なので村人視点ではガリィが錬金術師であるという印象は持っていないだろう。

 せいぜい錬金術師お抱えの使用人、といったところだろうか。

 

 結果、ガリィは村人視点で絶妙な位置に居た。

 存在を認識されながらも、あくまで錬金術師のおまけでしかない存在。

 ガリィは自分の存在を認識されながらも、警戒はされていない。

 よって自分の存在を完全に隠し通す労力を払う必要がなく、見咎められても警戒はされない。

 

 ガリィは村人から自分に対する認識をコントロールし、"もしも"の時に自分が動きやすい状況を作り上げていた。

 

 村を歩き回り、村人の様子を見て回る。その際、村を包む異様な雰囲気も確認する。

 また、無防備で脳天気な使用人を装って、村人から自分への警戒度を引き下げる。

 いざという時、「あの青い使用人はどこに行った? まあいいか」「どうせ何も出来ないだろう」と思ってくれれば儲けもの。

 そうしてガリィは、頃合いを見て自分の姿を錬金術で消し、教会へと向かった。

 

 そこに集まっている者達の話を、盗み聞きするために。

 

「なあ」

「やっぱ、怪しいよな」

「村の医者が絶対に治せないって言った流行り病を、こんなに簡単に」

「……神の奇跡か?」

「いや、本人に聞いてみたらそうじゃないと言っていた」

「……なら……もしかしたら邪教の……」

 

 そこには村人の中でも、比較的若い者を中心とした集団が居た。

 かといって若い者だけではなく、それなりの歳の者も多い。

 彼ら彼女らは一様に殺気立っていた。怯え混じりの、疑心暗鬼から生まれる殺気。

 彼らの中心には一人の司祭が居て、彼らは司祭を取り囲んで思い思いに話し合っている。

 

 集団心理、というものがある。

 村人達は今まさに、集団心理という名の悪魔に取り込まれ、悪意的に操られていた。

 "○○ってこともありえる"が、"○○かもしれない"になり、"○○だって話だ"と変わり、"○○に違いない"と転換され、"○○だ"という断定に至る。

 群集の心理が、小市民の集団をおかしな方向へと暴走させる。

 

「俺は怪しいと思ってたんだ」

「錬金術って魔術の一つだと聞いたぞ」

「でも俺達を助けてくれたじゃないか」

「どうだか。別の目的があるに違いない」

「薬だってこんなに安いのはおかしいもんな。何か本当の目的が……?」

 

 有り体に言えば、イザーク・マールス・ディーンハイムは『有能すぎた』。

 そして、善人過ぎた。

 彼は人が神の奇跡としか思えないような術を披露し、多くの見返りを求めなかった。

 弱き人々にとってあまりにも都合のいい存在だったイザークは、「何か裏があるのでは?」と疑われてしまったのだ。

 そして善であれ悪であれ、異端は異端だ。

 人は異端を悪だから排除するのではない。"自分と違うから"排除しようとするのだ。

 

「流行り病が出て、すぐにあいつらが来て、あいつらがすぐに治した」

「! そうか、そもそもこの病を撒いたのが、あいつらだったのか!?」

「普通に考えたらおかしいもんな」

「医者が治せない病気が急に広がるのも……」

「……それを突然現れた奴がパパっと治しちまうのも、おかしい」

「じゃあ、黒幕はあいつらだったってのか!?」

「ゆるさねえ、うちの女房をあんなに苦しめやがって……!」

「私の家の子もだ!」

 

 何の根拠もない推論がまかり通り、それはいつしか確信へと変わる。

 彼らは『真実に近い推論』ではなく、『自分が最も納得できる推論』を求めた。

 古今東西、誰しも陰謀論というものは大好きだ。

 古今東西、人助けをして殺される人間を殺すのは、こういう人間だ。

 村人達は異端技術を用いる錬金術師という"おかしなもの"に抱く恐れを胸の奥に押し込んで、自分が恐れているということからも目を逸らし、集団の狂気に身を委ねていく。

 

「錬金術なんて異端を少しでも信じたのが間違いだったんだ」

「あれは姿を変えた魔女かもしれない」

「あれが神の奇跡でないのなら、人の身に過ぎた悪魔の知恵だ!」

「裁きを! 浄罪の炎でイザークの穢れを清めよ!」

「磔にせよ!」

「我々の手で、この村を守るんだ!」

「あいつらが何かをしでかさない内に!」

「神の名の下に、火と十字架に彼奴を捧げよ!」

 

 鍬を握り、鎌を握り、斧を握り、皆揃って大きな声を上げた時。

 彼らの中に『人を殺す』という意識はなく、狂気によって正気は削がれ、おかしな方向性を持った空気に誰もが酔っていた。

 ガリィが人間を"クズ"と断言した理由がよく分かる光景が、そこには広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈み始めた夕刻に、それは来た。

 横になっているジュードと、彼を看ているキャロルが居る部屋に、突如入って来る男達。

 男達の手には鎌や鍬といった人を殺せる農具が握られており、危機を感じたキャロルは咄嗟に動けないジュードを庇うように立つ。

 

「二人共、我々に付いて来てもらおう」

 

「な、なんですかあなたたち!」

 

「君達には異端の疑いがかけられている。招集を拒み、異端審問を逃れようとするなら――」

 

 有無を言わせぬ男達の声。

 が。

 

「あ、そういうのいいんで」

 

 何の前置きもなく現れたガリィが手を振れば、一瞬で全員が気絶してしまった。

 めまぐるしく動く状況にキャロルは頭が追いつかないが、自分達のピンチに颯爽と現れたガリィが助けてくれたこと、鮮やかな手腕で村人を気絶させたことだけは理解した。

 ジュードはまだ体調が万全ではないのか、黙って成り行きを見守る姿勢だ。

 

「ガリィ、何が起こってるの?」

 

「マスターのお父上が異端認定を受けました」

 

「……え?」

「なっ」

 

「今夜中に火刑が執行される運びとなってるみたいですねえ」

 

 ガリィの言葉に、キャロルとジュードの思考が止まる。

 

「ま、魔女狩りではありふれた光景ですねえ。

 記録されてる例だとスポーツ万能だった神父が

 『神父がここまで異常な身体能力を持っているのはおかしい』

 って理由で魔女認定食らった例もありますし。要するに目立ちすぎたってことですよ」

 

 この時代において錬金術師と魔術師を同一視する者は少なくなかった。

 そこにジュードを十数分で明確に回復に向かわせた、仙草アルニムによる治療だ。

 奇跡のような治療、奇跡のような効き目の早さが、人々に尊敬ではなく恐怖を抱かせたのも無理のないことだろう。

 それを理解したキャロルの顔から、さっと血の気が引いていく。

 

「ガリィ、パパを……パパを助けて!」

 

「え、やーですよ」

 

「……!? なんで、どうして!?」

 

 今キャロルが頼るのならば、絶大な戦闘力を持つガリィをおいて他には居ない。

 なのに、ガリィは自分にすがりつくキャロルの願いを断った。

 キャロルも驚いたが、ジュードも同様に驚いた。ガリィはなんだかんだ言うものの、キャロルに忠実な人形である。それが主の命を拒絶したことに衝撃を受けたのだ。

 

「あたしは人を殺さないよう作られてますので。

 あの数相手に殺さないよう加減して戦ったら、すぐに想い出切れちゃいますよ。

 第一、助け出した後はどうするんです?

 運良く想い出を温存して助けられたとしても、追手に狙われる毎日が来たらすぐ尽きますよ?

 マスターだってそうです。想い出燃やしても今のマスターじゃたかが知れてますし」

 

 ガリィは自分がいくら強くても、リソースの問題で勝てないと言う。

 イザークを助ける戦いで力尽きるかもしれない。

 イザークを助けたとしても、そこからの逃避行で確実に力尽きてしまう。

 有限のリソースでは軍隊には勝てないし、欧州には錬金術以外の秘儀(オカルト)がいくつもある以上、どこかで力負けする可能性すらある。

 ダメ押しとばかりに、ガリィは今魔女狩りに動いている村人の途方も無い人数という絶望を、キャロルに告げた。

 

「あたしにゃあの数は無理ですよ、マスター」

 

「そん、な……」

 

 キャロルは肩をすくめるガリィにすがりつくのをやめ、その場に力なく座り込んでしまう。

 希望がない。打開策がない。どうしようもない。

 少女の双眸から涙が漏れて、両の手が涙が流れる顔を覆う。

 流れる涙は、泣き黒子を伝って床に落ちていく。

 

「パパぁ……」

 

 だからこそ、彼は立つ。

 立たないわけがない。

 ジュードは立ち上がり、ガーゼがいたるところに貼られた体の上にシャツと上着を羽織る。

 そして、ガリィに"自分が行くべき場所"を問うた。

 

「ガリィ、場所は?」

 

「……ジュード?」

 

 少年は膝を折り、目線を合わせて少女へと語りかける。

 

「僕が行く」

 

「え?」

 

「僕がイザーク師匠(せんせい)を助けてくる。キャロルはどこか、安全な場所に隠れてて」

 

 その言葉に一瞬呆然としてから、すぐさまキャロルはジュードを止めようとした。

 

「む、無理に決まってるでしょ!?

 だってジュード、ただでさえ怪我してるのに……!」

 

「だったら、イザークさんのことを諦められるのか?」

 

「それは……」

 

 だが、ジュードに止まる気はさらさらない。

 キャロルの悲しみの涙を止めるためならば、彼は何だってする男だ。

 彼女もまた、父に死んで欲しくないがために、ジュードを本気で止め切れない。

 

 それでも、それでも―――キャロルは父と同じくらい、ジュードにも死んで欲しくないのだ。

 

「……諦められるわけ、ないよ……でも……」

 

 ジュードに危険なことをして欲しくないというキャロルの気持ちを汲み取って、ジュードは指一本動かない手で、不器用にキャロルの震える手を取る。

 キャロルの包帯が巻かれた手と、ジュードの包帯の巻かれた手が、重なる。

 

「大丈夫。いつもと同じさ。僕はキャロルに奇跡を見せる」

 

 絶望に沈み、悲しみの涙を流すキャロル。

 そんな彼女を前にして、彼はどこまでもいつも通りな笑顔を浮かべていた。

 奇跡を生み出す手を失ってなお、彼はいつものように笑っていた。

 

 そして取っていた手を離し、ジュードはキャロルを抱きしめる。

 

「だからいつも通り、笑顔を見せて欲しい」

 

「―――」

 

「僕に任せてくれ」

 

 ジュードに抱きしめられショートしてしまったキャロルを離し、彼はガリィに向き直る。

 

「ねえ、ガリィ。もしかして僕がこの時代に来た意味は、ここにあったのかな」

 

「ご名答。今日だけは褒めてあげるわ、ジュード」

 

 そしてイザークの居場所を聞き出し、たった一人でそこに向かい、走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走るだけで、腕が痛む。

 腕が痛むたびに組織液と血液が染み出して、包帯が変色してしまう。

 それでも、走る。

 

「はぁ……はぁ……痛っ……!」

 

 手首が自分の意志で動かない。

 指が自分の意思で動かない。

 だから走るたびに関節が勝手に動いて、そこから体液がにじみ出てしまう。

 皮膚がなく、包帯等を皮膚の代わりにしているジュードは、走る姿勢を変えて手首と指を固定しながらなんとか走る。

 

「ぜぇ……ぜぇ……!」

 

 行って何ができるのか?

 奇術さえも使えない今の自分に何が出来るのか?

 痛みと苦しみだけで、今にも倒れそうな自分に救うことが出来るのか?

 考えに考え、思考に思考を重ね、ジュードは走る。

 

「イザークさん……師匠(せんせい)……!」

 

 それでも、足を止める気は毛頭ない。

 ジュードがイザークがくれた優しい言葉を覚えている。

 イザークが撫でてくれた頭の感触を覚えている。

 家族として迎え入れてくれた時の嬉しさを、覚えている。

 

 "後から手に入れた家族の大切さ"を、知っている。

 

(! 見えた、あそこだ!)

 

 そしてジュードはとうとう、魔女裁判が行われている場所に辿り着いた。

 

「皆の者! これよりこの者が悪魔である証明を行う!」

 

 気付かれないよう距離を詰めるため物陰に隠れながら移動していると、魔女裁判の人の輪の中心から声が上がった。

 なんだろうか、とジュードがそちらを見れば、イザークの手の甲にナイフが突き刺されているではないか。

 一瞬目を見開いたジュードだが、イザークの手に傷一つ付いていないのを見てホッとする。

 

「この者は刃で突き刺しても傷一つ付かない!

 これはこの者が悪魔の力を借りている証明である! 異端は、証明された!」

 

 だが、ホッとしたのはジュードだけだったようだ。

 人の輪の中心で誰かが叫ぶと、その場に居た村人全員が盛大に叫ぶ。

 殺せ、殺せと、物騒な声まで上がり始めた。

 

「なんだ、あれ……?」

 

「魔女狩りの時代、奇術は魔女が人ならざるものであるという証明に使われていたのよ」

 

「! あ、ああ、ガリィか。驚かせないでよ」

 

「皮肉なものねえ。あんたが愛する奇術が、イザークの処刑に使われてたなんて」

 

 そこでジュードの背後に現れたガリィが、状況が読めていないジュードに解説を挟む。

 この時代、奇術師は魔女狩りの対象から外れたものの、奇術師の技術は権力者や教会の一部によって吸収され、魔女狩りの道具とされてしまっていた。

 今、イザークが「ナイフで刺したはずなのに切れていない」、「つまりまともな人間ではない」と人前ででっち上げの証拠を作られてしまったのを見れば、それがよく分かる。

 

 奇術師は魔女狩りで多くが殺され、その技術も奪われ魔女狩りの道具にされてしまった。

 今ここで、奇術がイザークを殺すために使われているように。

 それがこの時代に広がる現実だった。

 

 錬金術師、魔女狩り、奇術。この三つは、本当に密接な関係にあったのである。

 

「そんな……」

 

 その現実が、ジュードを打ちのめす。

 打ちのめされているジュードを、ガリィが静かな表情で見つめる。

 自分が信じた奇術が人を殺すために使われているのを見て、少年は歯を食いしばった。

 

「それが神の奇跡でないのなら、人の身に過ぎた悪魔の知恵だ!」

 

「裁きを! 浄罪の炎でイザークの穢れを清めよ!」

 

 だがイザークを殺そうとする人々の声を聞き、彼は前を向く。

 苦悩は後でいい。考えるのも後でいい

 ただ、今は、するべきことをする。

 自身の心に鞭を打ち、ジュードはしかと大地に立つ。

 

「ガリィ、それでも、僕は――」

 

 そして振り向き、ガリィに語る。

 

「――奇術(これ)は人を笑顔にするためにあるものなんだって、信じてる」

 

 自分が信じる、人を笑顔にする奇跡の術のことを。

 

 ジュードは無言で足裏に紋章(クレスト)を形成し、跳ぶ。

 そして人の輪の中心の空白、イザーク近くに落下し、素早くイザークに刺されたナイフを奪い取った。

 

「!? な、何だお前は!?」

 

「はい注目!」

 

 ジュードは自分が飛び込んだと同時には声を上げなかった。

 だが自分が飛び込んだことで、自分に注目が集まるのは分かっていた。

 それゆえに、集団の中から第一声が上がるのを待ち、その声を食い気味に声を上げたのだ。

 結果、この場の皆の視線は最高の状態でジュードに集中している。

 奇術の基本、視線誘導の技の応用だ。

 

「このナイフ、一見何の変哲もないナイフに見えますが……

 なんとこの刃が、押し込むと柄の中に入るようになっております!

 これでは生身の肌を傷付けることなどできませんね!」

 

「え!?」

「おいおい」

「……そうだったのか、あれ」

 

 そして視線を集めてからの第一声で、最高の効果を発揮した。

 奇術で必要なのは、五分以上退屈な時間を客に見せないこと。

 目まぐるしく速いペースで注目する事象を起こせなければ、観客に"目が離せない"という状態を押し付けられなくなってしまう。

 ゆえに、ジュードは登場からあっという間に畳み掛ける道を選択した。

 

 彼の登場で全員の視線が集まったタイミングを逃さず、この種明かしだ。

 村人の間に動揺が広がっていく。

 魔女裁判を開いていた側がインチキを行っていたという事実は、この場にも多い"流されるまま参加した者達"を動揺させ、人々の間に波紋を呼ぶ。

 

「ジュード君、どうして……」

 

「家族ですから。助けに来ました」

 

「―――」

 

 イザークとジュードの会話、人々の間に広がる動揺を見て、一人の男が大いに焦る。

 そして魔女裁判の熱が消える前に、有耶無耶にされる前に、畳み掛けようと声を上げた。

 

「お前も異端の仲間か……構わん! こやつも磔にするのだ!」

 

 その男の声に賛同した者、男の声で気を取り直した者、周りがそうしてるからと流されるまま従う者、多くの人間がジュードを捕らえようとにじり寄る。

 捕らえられたが最後、ジュードもまた縛られイザークと共に焼かれてしまうだろう。

 そんな未来は、最低最悪のバッドエンドに違いない。

 

「神の奇跡だ、悪魔の知恵だ、そんなこと言ってて楽しいかい?」

 

 だが、彼にそんなものを受け入れる気は毛頭ない。

 ジュードは地面をダンと踏むと、緑のクレストが彼を華麗に宙に舞わせた。

 "どれだけ見栄えよく宙を舞えるか"をとことん突き詰めた術式による跳躍で、ジュードはその場の全員の視線が届く位置に移動。

 そしてもう一度地面を踏み、茶のクレストを叩き込む。

 今度は地面を隆起させ、円筒状の高いお立ち台を錬成してその上に立った。

 

「さあ、幕を上げるよ、皆!」

 

 ジュードは円筒の頂点を踏み、五色のクレストを空中に浮かべる。

 この場の民衆は、イザークを異端として裁くために集まった者達だ。

 ……だが、流石にここまで現実離れした光景を目にするだなんて、想像もしていなかったのだろう。誰もが口をあんぐりと開け、ジュードに目を向けていた。

 目を奪われていた。

 心を奪われていた。

 ジュードが次に何をするのかと、一挙手一投足も見逃さないよう、凝視していた。

 

 それが奇術師ジュードの思惑通りであるとも、気付けぬままに。

 

「神の奇跡でもなく、悪魔の知恵でもない、人の奇跡をここに見せよう!」

 

 さあ、奇跡を始めよう。

 

 

 


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