Was yea ra sonwe infel en yor…   作:ルシエド

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予約投稿日ミスってたてへぺろ


奇跡が悲劇であることを彼だけが知っている

 ジュードには一年をかけて付けた錬金術の知識がある。

 ディーンハイムの錬金術における代表的なものの数々は、彼には扱えなかった。

 しかし彼は21世紀の義務教育と高等教育、21世紀のキャロルの研究資料という、17世紀の人間にとって値千金どころではない知識を持っていた。

 そういう意味で、イザークの錬金術研究にブレイクスルーをもたらす存在だった。

 

 ジュードとガリィがこの時代に来てから数ヶ月。

 自然の成り行きで、ジュードはイザークから錬金術の基礎を学びつつ、イザークの助手として日々を過ごすようになっていた。

 今日も彼らは、ディーンハイム親子の拠点である一軒家にてフラスコを見つめている。

 

「ジュード君、A11フラスコをこちらに」

 

「はい、どうぞ。沸騰石足りてます?」

 

「……少し心もとないな。取って来てくれるかい?」

 

「了解です」

 

 ジュードは以前未来のキャロルに対し、外見年齢に不相応の落ち着きがあると感じた。

 それは今のイザークがジュードに対しそれを感じているそれと、ほぼ同一のものである。

 知識だけの子供ならばイザークもジュードを助手に付けることなどしなかったのだろうが、幸いジュードには子供特有の危なっかしさがなかった。

 その点ではある意味、見習い錬金術師のキャロルより頼られていると言えるのかもしれない。

 

「二番倉庫の右列三番目で良かったですよね?」

 

「ああ。頼んだよ」

 

 記憶力が優れているのではなく、助手作業の過程やイザークの言ったことを逐一メモして記憶力を補っているジュードは、この数ヶ月でそこそこ信頼されるようになっていた。

 ジュードは優れているわけではない。ただ、懸命なだけだ。

 面倒見のいいイザークのことだ。頭のいい生徒より、こういうやる気のある生徒の方が教育には気合が入る。フラスコを見つつ、彼はこれからジュードにどう学ばせるのかを考えていた。

 とりあえず基礎をしっかりと……と考えたところで、部屋のドアが開く。

 

「早かったね、ジュードく……おや?」

 

「ちょいと失礼いたしますよ」

 

 バレエの動きを思わせる所作で一礼し、入って来たのはガリィであった。

 イザークの錬金術を受け継いだ、未来のキャロルが作ったという自動人形(オートマータ)

 本来ならば紋章錬金術師(クレストソーサレス)であり、相応の知識も持っているガリィ以上に錬金術師の助手が相応しい者など居ないのだろうが、本人は「やーよ面倒くさい」とイザークの手伝いを頑なに拒み続けている。

 なのでイザークと話す機会もジュードほど多くはない。

 いい機会だ、とイザークは考え、口を開いた。

 

「ガリィ君か。丁度よかった、少し君に聞きたかったこともあったんだ」

 

「オートスコアラー、の名の由来ですかあ?」

 

「! 流石勘がいい……いや、もしや、私がそう聞くのを知っていたのかな?」

 

「さーてどうでしょうかねー」

 

 はぐらかすガリィに、確信に至るイザーク。

 これだから頭がイイ奴は嫌なのよ、とガリィは頭の中で呟いた。

 

「オートマータと、記録(スコア)を合わせた造語……いや、譜面(スコア)かな?」

 

「いえいえ、そんなご大層なものじゃありませんよ」

 

 『オートスコアラー』の名の由来を問うイザークの言葉に、ガリィは肩をすくめて答えた。

 

「ガラじゃないと思うんですがねえ。幸運(スコア)でございます」

 

 "譜面"や"記録"とは無縁ですよと、ガリィは言う。

 それを聞いてイザークが微笑んだのは、未来でも娘がそんなに変わっていないことを知ったがための安心感か。

 何にせよ、イザークはガリィとの問答の中で一つの確信を得たようだ。

 問いかけの内容とは、関係なしに。

 

「それじゃ、あたしの話をしても問題ないですかあ?」

 

「ああ、構わないよ。すまないね、こちらの話を優先してもらって」

 

「いえいえ。あたしの話は、ジュードをどう指導するのかという話でして」

 

「……? 何か腹案があるのかい? 聞かせてもらってもいいかな」

 

「そういうわけじゃないんですけど、来週あたりに改めて考え直す予定で居た方がいいですよぅ」

 

「?」

 

 ガリィは自分の服の襟元を直しながら、ガリィの言葉に瞬時に幾百もの予測を頭の中で組み立てている、聡明なイザークに笑いかける。

 

「どうせ、来週には紋章(クレスト)余裕で作れるようになってますからねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イザークの研究や仕事を手伝い、イザークから報酬代わりに錬金術の基礎を教わるジュードは、空いた時間にも自分なりに勉強を続けていた。

 今日も今日とて、21世紀のキャロルを真似して紋章(クレスト)形成を練習練習。

 が、女の子が見てる前だから格好付けて頑張って成功させられた、なんてことはなく。

 キャロルの前でジュードが形作ろうとしていたクレストグラフは、形にもならなかった。

 

「ダメか」

 

「ダメみたいだね」

 

 はぁ、と溜め息を吐くジュードを、キャロルが励ます。

 ディーンハイムのそれをキャロルが昇華させた錬金術は、エネルギーの制御を主とする。

 そのため基軸に錬金術の技術を据えつつ、魔法のような現象を引き起こすことができるのだ。

 が、誰にでもできるわけではないようで、ジュードは今日に至るまで一度も成功させることができていなかった。

 

「うーん……術式は多分間違ってはないと思うんだけど……」

 

「ジュードにも原因は分からないの?」

 

「僕だから分からないのかも。未来のキャロルなら、すぐに分かったかもしれない」

 

 キャロルの前でいい格好をしたいのか、普段より少しだけ気合を入れるジュードを、頬杖をついたキャロルが見守る。

 少年の言葉の節々から、少年の未来のキャロルへの確かな信頼を感じさせる言葉が、未来のキャロルへの確かな評価が、それらを耳にするたびにキャロルをこそばゆい気持ちにさせる。

 素直な好意というものは伝わるものだ。

 たとえ、ジュードのそれが、目の前のキャロルではなく未来のキャロルへと向けられるものであったとしても。

 

「未来のわたし、そんなにすごい人だったの?」

 

「頼りになる人だったよ。少なくとも、僕にとってはそうだった」

 

 父に付き従い各地を点々とするキャロルにとって、ジュードは数少ない同年代の友達だった。

 会いたい時に会えるという意味では、唯一の友達であると言っていい。

 そんなジュードの勉強をじーっと見つめていたり、飽きてジュードを遊びに誘ったりする毎日を送っていると、キャロルも自然とジュードが書いたり読んだりしている文や絵図を覚える。

 一々メモを取るタイプのジュードとは違い、キャロルは記憶力には自信がある。

 一度記憶した想い出をそうそう忘れない記憶力は、彼女が胸を張って自慢できる長所だった。

 

 彼女はそうして、ジュードが頑張って真似しようとしている『キャロルが考えた覚えのない、キャロルが考えた錬金術』を覚えていく。

 

(『わたし』の錬金術、か)

 

 新しいことを覚えると、好奇心から試したくなるのが子供というものだ。

 子供は行動の前にあまり深くは考えない。

 小学生が何も考えずエアガンを友達の顔に向けて引き金を引き、後悔するのがそれにあたる。

 ましてキャロルが覚えたそれは、未来の自分が生み出した技。

 理屈をひとたび覚えてしまえば試したくなるのは当然の成り行きであった。

 

「……こうかな?」

 

 キャロルの指が(くう)を滑る。

 滑る指先がジュードの描いた絵図を真似して、空中に緑の紋章(クレスト)を描いた。

 すると、力の流れが自然界の中ではありえないレベルでスムーズに流れ、形を成す。

 それは大気に干渉する風の錬金術となり、ジュードの手元の紙を舞い上げた。

 

「うわっ!? って……キャロル!?」

 

 見様見真似で魔法に等しい錬金術を行使したキャロルに、ジュードも驚きを隠せない。

 この知識を持って来たジュードも、その知識を知った一流の錬金術師であるイザークでさえもまだ何も使えていないというのに、だ。

 それは、錬金術における稀代の天才の膨大な才能が、密かにその片鱗を見せた瞬間だった。

 

「ふふふ、未来のことだけどわたしがおししょーさんだからね。

 弟子のジュードには負けられないのだ! すごいでしょ!?」

 

「さすがキャロル。錬金術に関しては、やっぱり僕じゃ足元にも及ばないみたいだ」

 

「でしょー?」

 

 キャロルが研鑽した錬金術だ。彼女が使うために最適化されていたとしてもおかしくはない。

 が、それを差し引いても彼女の才気は凄まじい。

 これは野球少年が未来にメジャーリーガーになっていた自分のプレーを見て、それを真似して小学生なのに高校球児並みの能力を発揮したに等しい。

 キャロルに自覚はないようだが、ジュードは彼女に対する確信を更に深めていく。

 キャロル・マールス・ディーンハイムは、間違いなく稀代の天才なのだと。

 

「ようやく……」

 

「え、何?」

 

「ううん、なんでもない。

 これからはわたしも錬金術を教えてあげられるから。ししょーと呼びなさい!」

 

「いや僕、元の時代でもキャロルを師匠って呼んだことなかったし……」

 

「ええっ!?」

 

 おそらくはジュードが未来の自分の教え子であると知った時から、キャロルはこういう関係を構築したかったに違いない。

 すなわち、教え子に錬金術を教え、教え子からすげーすげーと尊敬される関係だ。

 ジュードが未来のキャロルに尊敬を向けているのが理解できているからこそ、早く見習い錬金術師を脱したいという願いがあったからこそ、その思いは強かったのだろう。

 

 紋章錬金術(クレストソーサー)を扱えた瞬間、彼女は"ようやく"と言った。

 ジュードに出来ないことが出来るようになった瞬間、彼女は嬉しそうな表情を浮かべた。

 そして彼の態度があんまり変わっていないことに、彼女はガーンとショックを受けた。

 無愛想だった21世紀のキャロルとはあまりにも違う17世紀のキャロルの百面相に、ジュードも思わず苦笑してしまう。

 

「これでわたしも、パパの助手になれるよね!」

 

「え」

 

「……え?」

 

「いや、どうなんだろうか、それは……

 だってそれを使えることが助手の条件なら、僕が助手をやってることがおかしくならないかな」

 

「あっ」

 

 そして喜々としてジュードと距離を詰め、飛び跳ねながら喜ぶキャロル。

 固まるジュード。固まるキャロル。

 考えなしのキャロルに対するジュードの指摘は、キャロルの精神的急所に一撃当てていた。

 

「じゃ、じゃあ、どうすればパパのお手伝いができるの!?」

 

「え、いや、僕に聞かれても。イザークさんに許可貰えたらじゃないか?」

 

 ぐいぐい来るキャロルに困惑するジュードの言葉に、ガクリと落ちる少女の肩。

 俯くキャロルは見るからに落ち込んでいる。

 それも、一瞬期待したせいかダメージが倍増した様子だ。

 広がる沈黙、約数秒。

 どう声をかけたものかとジュードが悩んだ数秒の間に、キャロルの方が口を開いた。

 

「……なんでパパは、わたしを助手に使ってくれないんだろ」

 

 ポツリと呟き、ガバっと顔を上げ、キャロルはジュードの襟元を掴んでぐいっと引き寄せた。

 そして前後にぐわんぐわんと揺らす。

 イザークはジュードを使うことはあっても、キャロルを助手に使うことはない。

 それがキャロルの心に棘のように刺さっているのだ。

 彼女を突き動かすその感情は、名を『嫉妬』と言う。

 

「羨ましい、羨ましい、羨ましい!

 ジュードは『わたし』の弟子なのに、わたしと違ってパパに頼りにされてる!」

 

「どーどー、落ち着いて落ち着いて」

 

「むむむ」

 

 150cmと少しあるジュードの襟首を掴むキャロルの身長は130cmと少し。

 必然的にちょっと危なっかしい姿勢で、キャロルはジュードをぐわんぐわん揺らしている。

 転ばれてはことなので、ジュードはキャロルが転ばないよう気を付けつつ、いつでも支えられるよう気を配りながら、キャロルをなだめる。

 

「ほら、愛娘を怪我させたくないからまだ早いと思ってるとか、そういうのなんじゃないかな」

 

「むすー」

 

 頬を膨らませるキャロルは歳相応のすね方をしているが、21世紀のキャロルを知るジュードはこう言った一面を見るたびに、何故か見てはいけないもの見てしまったような気になってしまう。

 身近な大人の小学生の頃のバカ顔をアルバムの中に見つけてしまったような、そんな心境。

 "キャロルが幼い子供である"という現実が、彼を僅かに困惑させ戸惑わせる。

 彼が戸惑いを振りきれない内にキャロルの気分はどんどんと沈んでいき、すねつつ、怒りつつ、嫉妬しつつ、泣きそうな顔になるという、至極面倒くさそうな表情を彼女は浮かべていた。

 

「……パパ、わたしのことあんまり好きじゃないのかな」

 

 キャロルが何気なく口にした言葉。

 子供が考えなしに口にした、血の繋がった親子の愛を疑う言葉。

 その言葉に、ジュードは過敏に反応した。

 

「それだけは絶対にない」

 

 ジュードは自分の襟を掴むキャロルの手を離させて、その手を握る。

 そして至近距離で真っ直ぐにキャロルの目を見て、言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 

「血の繋がった親子だろう? そこは疑っちゃいけない所だ」

 

「……」

 

 ジュードの目から逃げたのか、言葉から逃げたのか。

 キャロルは真っ直ぐに見据えてくるジュードから逃げるように、顔を逸らす。

 

(……本当に、どうしたものかな)

 

 機嫌を損ねたキャロルはそう簡単には機嫌を戻してくれそうにない。

 キャロルとてイザークの愛を本気で疑っているわけではあるまい。

 ただ、自分には大好きなパパの手伝いができなくて、ジュードにはできているこの現状が、とても羨ましくて悔しいのだ。

 だから子供らしく頬を膨らませ、すねてしまっている。

 

(どうにかして機嫌戻してもらわないと。このむすっとしてる顔を、どう笑顔に――)

 

 キャロルがそういう表情を浮かべていると、心穏やかに居られないのがジュードという少年だ。

 笑顔でない彼女を見ると、彼女に笑顔で居て欲しいと、彼は自然にそう思い始める。

 

 そして、脳裏に刻まれた想い出を想起した。

 

(――キャロルを、笑顔に?)

 

 この時代ではなく、遠い未来で見たキャロルの微笑みを。

 

(そうだ、それがあった。……それに、驚かされてばっかりってのも、癪だしね)

 

 ジュードは顔を逸らしっぱなしのキャロルの手を離し、彼女が顔を向けている方に回り込む。

 そしてキャロルの目の前に右手を突き出した。

 彼女はすぐさま顔を逸らそうとしたのだが、迫って来る右手に思わず視線をやってしまう。

 彼が彼女の視線を誘導するために、意図してそうした思惑の通りに。

 

 キャロルの目の前で、握られていたジュードの右手が開く。

 するとその手の中から、突如一輪の花が現れた。

 

「ええええっ!?」

 

 大きな声を上げながら、吃驚仰天するキャロル。

 そんな彼女に微笑みを見せ、花を手渡すジュード。

 

「はい、どうぞ。キャロル」

 

「あ、ありがと……って、そうじゃなくて!

 ジュード、隠してただけで実はクレストソーサーを使えたってことなの!?」

 

「いや、これはキャロルが使ってた魔法みたいなものとは違うよ」

 

「じゃあ、一体……?」

 

 キャロルの問いに、ジュードは微笑みで返す。

 

「その目で確かめてみるといい、キャロル!」

 

 彼の手の中に、『奇跡』が生まれる。

 キャロルの目に『奇跡』が映る。

 どうやっているのかも分からない奇跡は、キャロルの心を一瞬で魅了した。

 

 右手にあったコインが左手に移る。

 瞬間移動だ、とキャロルは身を乗り出した。

 手と手の間にあった二つの紐の輪が、ぶつかり合ったかと思えばすり抜けた。

 透過だ、とキャロルは目を輝かせた。

 机の脇に置かれていたキャロルの帽子の名から突然ハトが出て来た時はたいそう驚き、後に怒りもしてきたが、それでもキャロルは驚きながら笑っていた。

 文句の付けようのない笑顔だった。

 

 17世紀の過去でも、21世紀の未来でも変わらない。

 ジュードは知っている。

 自分の奇術が、キャロルを笑顔にできるのだと知っている。

 その笑顔が好きな自分を、そのためなら頑張れる自分を、ちゃんと自覚している。

 

「これ、錬金術じゃないのなら……まさか、魔術!?」

 

「錬金術でもなければ魔術でもないよ」

 

 いつしかワクワクを抑えきれず笑顔だけを浮かべるようになったキャロルに対し、ジュードは話しながら五本のナイフを巧みにジャグリングする。

 空中でナイフの発する反射光が色とりどりに変わり、いつの間にか四本になったり六本になったりと、見ているだけで心躍る奇跡の術だ。

 

「錬金に至る術が錬金術。

 魔法のような現象を起こすのが魔術なら……

 この手の中に奇跡を生み出す奇跡の術は、奇術と呼ぶんだ」

 

「奇術……」

 

 見惚れるキャロルに"技術で成される技"を"ありえない奇跡"に見せるタネを隠しきり、舞い踊るナイフを収め、ジュードはうやうやしく一礼をする。

 ここまで楽しんでくれたキャロルに対する、礼も含めて。

 

「すごいすごい! すごいよ、ジュード!」

 

「お褒めいただき光栄です、っと」

 

 パチパチと両手を痛そうなくらいに叩き、拍手をするキャロルを見て彼も満足気だ。

 

「やっと笑ってくれたな」

 

「……あ」

 

 キャロルは慌てて怒った顔を取り繕うとしたが、ひとしきり奇術を楽しみ、笑顔で居たからだろうか、先程まであった様々な気持ちはどこかへ飛んで行ってしまったようだ。

 彼女を怒らせていた気持ちも、すねさせていた気持ちも、もうどこにも見当たらない。

 

「それじゃ、行こうか」

 

「え? どこに?」

 

「イザークさんのところにだよ。キャロルができるようになったそれ、見せに行こう」

 

 キャロルの機嫌が戻ったのを確認して、ジュードは彼女の前に手を伸ばす。

 

「キャロルはすごいなって、絶対に褒めてくれるさ、絶対」

 

「―――」

 

「な、行こう?」

 

 ジュード・アップルゲイトは、キャロル・マールス・ディーンハイムの理解者であり、理解者ではない。

 21世紀のキャロルは、本音の大半をジュードに明かすことはなかった。

 皮肉なことだが、ジュードは未来のキャロルの方が付き合いが長いというのに、未来のキャロルよりも過去のキャロルのことをよく理解している。

 

 ジュードは過去のキャロルより、未来のキャロルへの好意の方が大きいというのに。

 未来のキャロルが何を求めていたのかなんて、今でも分かっていないというのに。

 過去のキャロルが『本当に求めているものは何か』はきちんと理解していた。

 

「うんっ!」

 

 キャロルも彼が自分のことを分かってくれていると、そう理解したのだろう。

 ジュードが差し出した手を取り、キャロルは愛する父の下へと向かう。

 大好きなパパに褒めてもらえる未来様相図を思い浮かべているのか、その頬は緩んでいた。

 キャロルの手を引きながら、ジュードは益体もなくぼんやりと思考する。

 

(……手の感触は、同じなんだな)

 

 21世紀では、外見に不相応な落ち着きを持っていたキャロルがジュードの手を引き導いていた。

 なのに17世紀では、外見に不相応な落ち着きのあるジュードが、キャロルを励ましている。

 逆転した関係。一致しない(ガワ)(ナカミ)

 子供から"自分より少しばかり大人な相手"に向けられる、信頼の一部である好意。

 はてさて、ジュードとキャロル、どちらがどちらを信頼したのが先だったのだろうか?

 

 流転する奇妙な関係がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イザークはジュードに助手を頼んだが、同じようにガリィに雑用を頼むこともあった。

 例えば洗濯。例えば料理。例えば掃除。

 料理は「パパのご飯は私が作る!」と譲らないキャロルが居たため、人形作の料理が振るわれることは多くなかったが、ガリィがキャロルに料理を教える光景が何度か見られるようになった。

 ここだけ聞けば勤勉で誠実で心優しい人形であるようにも聞こえる。

 ……が。そんなわけがない。

 ガリィは基本的に性根が腐った人形である。

 

「なんで僕はガリィの代わりに、ガリィがやる予定だった掃除やらされてるのかな……」

 

「は? あたしが頼んだからに決まってるでしょ? そこホコリ残ってるわよ」

 

 ソファーで偉そうに横になりながら、自分が頼んだ掃除を真面目にやっているジュードの掃除の仕方にケチを付ける。このゲスさこそガリィの持ち味だ。

 

「てかね。君の掃除代わるくらいなら構わないけどさ……

 そうやって僕イジメて暇潰すのやめてくれない? 君の頼み断りたくなってくるんだけど」

 

「オンナノコの頼み事を断るなんて、躾の程度が伺えちゃうわね」

 

「僕の親に喧嘩売ってるなら買うよ? 買うよ? 表出ろ」

 

「やだもー、オトコノコは喧嘩っ早くて困るわ。あたしの周りマザコンファザコンばっかし」

 

「……はぁ。最近はガリィが"そういう奴"だって分かって来たから、いいけどさ」

 

 落として上げて、上げて落とす。

 相手が激怒するラインをきっちり見極めているからか、貶めて上げる調整も巧みだ。

 彼女は自在にジュードを激怒させることもできるし、ジュードを激怒させないこともできる。

 つまり、ジュードはガリィのいいオモチャであった。

 

「いいからこうやってあたしの雑用代わって、あたしに貸し作っときなさい。損はないわよ?」

 

「損はない?」

 

「あたしのお願いをあんたが一つ聞く代わりに、

 その内あんたのお願いをあたしが一つ聞いてやるってんのよ」

 

「えええ? 僕、ガリィに頼みたいことなんて今のところないんだけど」

 

 ソファーで横になるガリィが頬杖をつきながらため息を吐く。

 箒の柄先に顎を乗せるジュードには、この腹芸も演技も得意そうなゲス青人形が何を考えているかなど、窺い知ることはできない。

 

「こーんなお得な取引、あんたにしか提示しないわよ。

 あたしゃ基本的に貸しは踏み倒させないけど、借りは踏み倒すから」

 

「最悪じゃないかなそれは!」

 

 かくして人形が人間に雑用をさせているという光景、人形が人間で遊んで楽しんでいるという逆転現象が発生する。しょうもなし。

 

「ま、強い奴には恩売って媚び売って損はないってことよ。

 あたしも媚売られるのは悪い気分じゃないし、それを踏み躙ったらなお最高だもの」

 

「じゃあもうそれは貸し借り云々じゃなくて他人をいじめたいっていうただの趣味なんじゃ……」

 

「ほらほらー、口より手ぇ動かしなさいな。

 さすがにあたしもあんたに売られた媚を踏みつける趣味はないわよ」

 

 そしてジュードがガリィに口で勝てるはずもない。

 問い詰めても適当に流されたりはぐらかされたりするのがオチである。

 なんやかんやと言いくるめられ、ジュードはいつの間にか"僕は自分の意志で掃除を始めたんだ"と思い込まされ、釈然としない気持ちで掃除を再開させられていた。

 

(んー、そろそろかしら)

 

 あくびをする体なんて持っていないのに、あくびをする所作で人間を真似るガリィ。

 無駄な動作だが、彼女は"そう作られている"のだから仕方ない。

 彼女は体内のタイマーから時間を計り、そろそろだろうかとあたりをつけて、指をぱちんと鳴らした。

 

 するとなんということでしょう。

 (ガリィ)の手によって操られた水により、部屋のゴミがみるみる呑まれていくではありませんか!

 仮想水分子の一つ一つに至るまで完全に制御された水の錬金術は、家具を濡らすことなく細かな部分まで清掃し、ものの十数秒で部屋の全てのゴミを取り除いて見せました。

 匠の華麗なる技に、ジュード氏も開いた口が塞がらないようです。

 

「……おい、ガリィ」

 

「あはっ、なぁに?」

 

「可愛い声を作って誤魔化すな! これ……これ……僕が掃除頑張った意味は!?」

 

「まーまー、気にしない気にしない。

 格好付けて言うなら『あたしの目的は最初から時間稼ぎだったのよ!』ってやつよ」

 

「時間稼ぎ!? え!? なんのための!?」

 

 ガリィが右手の指を指揮棒のように動かすと、部屋のゴミを吸った水が家の外に放り出される。

 ガリィが左手の指をたおやかに動かすと、ジュードの首から下が氷の柱に飲み込まれた。

 

「何故に!?」

 

「あはは、今日はいい反応見せてくれるじゃない。あたし口も氷で塞ぎたくなっちゃいそう」

 

「それだけは死ぬからやめて」

 

 氷のこけしのような姿になったジュードは、ガリィの操作でふよふよと宙に浮き、部屋から出て廊下をゆったり飛んで行く。

 そんなジュードを先導し、ガリィがバレリーナのような姿勢で廊下を滑っていく。

 首から上だけを見れば歩く歩道でよく見る光景なのだが、首から下が笑えるくらいに滑稽だ。

 

「……で、僕はどんな墓標に入れられるのかな」

 

「アホくさ。説明もめんどいからその目で確かめてみなさい」

 

 そうして、運ばれて行った先で。

 

「え?」

 

 彼は不慣れな飾り付けと、手を尽くした料理と、笑顔の父娘を目にした。

 

「「誕生日おめでとう!」」

 

「え? え? え?」

 

 ディーンハイム親子の言葉に戸惑うジュード。

 カレンダーを見てようやく、彼は"そういえば"と気付いたようだ。

 つまり、『誕生日パーティー』というやつである。

 

「あ……今日、僕の誕生日か。あれ? 誰かに僕の誕生日教えてたってけ……」

 

「ガリィちゃんマジ有能でしょ?」

 

「ああ、ガリィか……いやいやいや、ガリィにも教えた覚えないんだけど」

 

「実はあたしの頭には万象黙示録ってのがあって、何だって知ってたりすんのよ」

 

「そうだったのか!?」

 

「嘘に決まってんでしょ。こんなのに騙されるとかオツム大丈夫?」

 

「この野郎……!」

 

 ツンデレとかそういうのではない。

 ジュードの誕生日を祝うために動く。誕生日パーティーの準備中にジュードが会場に行かないように時間を稼ぐ。ジュードをからかう。ジュードをバカにする。

 これら全てを嘘偽りない正直な気持ちで平行して実行するのがガリィである。

 心根が悪いわけではないのだが、性根はまごうことなく腐っていた。

 

「ジュード」

 

「キャロル?」

 

 ガリィのせいで誕生日に意味もなく疲労を感じさせられたジュードの服の裾を、キャロルが引いた。振り向けば、彼女の手には花の冠。

 そして花の可憐さにも負けない、キャロルの笑顔があった。

 

「ハッピーバースデー!」

 

 『二つの誕生日プレゼント』を受け取って、ジュードにも自然と笑顔が浮かぶ。

 

「ありがとう、キャロル」

 

 そして少年少女の微笑ましい光景を見て、ガリィはツバを吐き捨てた。

 イザークは若いっていいなあ、と思考し、自分が老けたことを実感してちょっと落ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジュードはこうして、13歳の誕生日を迎えた。

 後に彼は自分の人生を振り返り、こう語る。

 "この日もある意味自分の人生の転換点だった"、と。

 

「イザーク師匠(せんせい)、これ超カッコいいですね!」

 

「そうかい? 気に入って貰えてよかったよ」

 

 興奮気味なジュードが手にしているのは、イザークがプレゼントとして渡した革の手袋だ。

 錬金術の作業中に、手を守るための手袋である。

 『いい革は生きている』とイタリアの職人が口を揃えて言うように、いい革は人の汗を吸って発散するために、大抵の人が想像している以上に蒸れない。

 革の元になった生物の生体構造がそのまま残っているからだ。

 

 が、当然そういう革は高い。

 上手く仕上げてくれる職人への依頼料は更に高い。

 はははと笑うイザークの笑顔は、さほど金持ちでもないのにこういうことをするお人好しっぷりがにじみ出ている。

 ちょっと貯蓄を切り崩したのか、あるいはその人の良さで友人に制作を頼んだのか、そのどちらかだろう。ジュードの手にぴったりなことからも、オーダーメイドなことは明らかだ。

 

 子供の手などすぐに大きくなり、この手袋も使えなくなってしまうだろうが、それでも手袋と想い出は残るだろう。

 

「デザインと付け心地がバッチグーです」

 

「バッチグ……?」

 

「……あ、これもジェネレーションギャップか……いや国籍ギャップでもあるんだろうか……」

 

 未来を先取りするという極めて稀有なジェネレーションギャップを感じつつ、ジュードはイザークに例を述べる。

 威厳は無いが優しさ溢れるイザークの笑顔は、子供に好かれやすい大人のそれだ。

 それも要因の一つとなって、イザークに対するジュードの好感度は天井知らずであった。

 キャロルの好感度も天元突破だ。

 ガリィは特に何とも思っていない。

 必然的に、このコミュニティはイザーク周りが面白い感じになっていたりする。

 

「ジュード、この料理私が作ったんだよ?」

 

「ん、美味いな。キャロルは僕の母さんより料理が上手いと思う」

 

「ありがと! パパ、これも食べて!」

 

「ああ、頂くよ。いやあキャロルは料理上手だなあ。いいお嫁さんになるよ」

 

「やだもうパパったら! ガリィ、お皿持ってきて!」

 

「いえっさー、マイマスター」

 

 そしてイザーク周りと同じくらい、キャロル周りも面白い。と言うよりキャロルが面白い。

 このコミュニティが実はキャロルを中心として構成されていることなど、誕生日パーティーで張り切りガールと化している彼女に自覚はあるまい。

 台所に消えていったキャロルを見て、イザークとジュードは揃って苦笑いしていた。

 

「それにしても、いいんですか? この手袋、ちょっと高そうですけど」

 

「子供がそんなことを気にするもんじゃないよ」

 

 ジュードが手袋を摘んで持ち上げて見せると、イザークは笑って彼の頭を撫でる。

 子供の不安げな様子を見抜けずして、何が大人か。

 子供の遠慮を笑い飛ばしてやらずして、何が大人か。

 イザーク・マールス・ディーンハイムは、まごうことなく立派な大人であった。

 

「家族としておいた方が検問を通りやすい、ということもある。

 ここに居る間だけでも、君は『ディーンハイム』の姓を名乗るといい」

 

「……え?」

 

「君はいつか故郷に帰るのかもしれない。

 それでもここに居る間は、私も君を家族として大切にしたい。そう思ったんだ」

 

 一緒に暮らすならば家族として扱いたいと、イザークは言う。

 家族として大切にしたいと、ジュードとガリィに対して言う。

 情に厚いにもほどがある。

 だが呆気に取られているジュードを見て、"自分が図々しいことをしている"と思ってしまったのか、イザークは申し訳無さそうに頬を掻いて前言を撤回しようとする。

 

「あはは、やっぱりちょっと図々しかったかな? 聞かなかったことに……」

 

「あ、いえ、不快だとかそんなこと思ってないです!」

 

 それを見て、ジュードも慌てて声を上げた。

 

「家族や親と思う人が何人居たって、構わないと、僕も思います。

 どの親が先とか後とか、その親が大切とか、そういうのもなくて……

 ええと……その……上手く言えないんですけど……ありがとうございます! 嬉しいです!」

 

 あたふたしながら肯定の言葉を吐くジュードを見て、イザークも安心したように笑う。

 

「そうか。それはよかった」

 

 イザークは優しくジュードの頭を撫でる。

 頭がその手の感触を感じるたびに、少年は父アルノーのことを思い出さずにはいられない。

 触れられるたび、思い出すたび、彼は心が暖かくなっていくのを感じていた。

 その手は紛れも無く『父親の手』であったから。

 

「おまたせっ!」

 

 そうこうしている内に、台所から追加の大皿を持ったキャロルが現れた。

 

「おいキャロル、走り回ると危ないぞ」

 

「へーきへーき、わたしもすごい錬金術を使えるようになったんだから」

 

「それと"走り回っても危なくない"ってことに何の因果関係があるんだ……?」

 

 大きな料理皿の重さでちょっとバランスを失いつつも駆けて来るキャロル。

 イザークがキャロルを助手として使わない最たる理由の一つが、目に見える形で表出していた。

 ディーンハイム親子は、どこか抜けている父としっかり者の娘と見られがちである。

 が、その実態はそうでもない。

 

 キャロルはしっかり者で居ようとする少女ではあるが、"ここぞ"というところで失敗しがちだ。

 子供特有の危なっかしさ、足元を疎かにする欠点がある。

 対しイザークはお人好しで善意の塊のような人間ではあるが、頭の良い知識人だ。

 バカだから損をする人間ではなく、いい人だから損をする人間である。

 そこにキャロルのような危なっかしさはない。

 

 何が言いたいかというと、だ。

 

 キャロルは"テンションが上がると何かに躓いて大失敗する"人間だということだ。

 長い期間入念に準備をした事柄でも然りである。

 大皿を持ったキャロルが転んだのは、ある意味必然だった。

 

「あっ」

 

「!」

 

「キャロル!」

 

 しかも最悪なことに、キャロルは反射的に丹精込めて作った料理の皿を庇ってしまった。

 急所を守っていない。受け身も取っていない。皿が割れれば"最悪"もありうる。

 一瞬以下の時間で反応したイザークが飛び出し、僅かに遅れて一瞬で反応したジュードも飛び出すが、距離が遠い。

 不運に不運は重なるもので、転ぶキャロルの頭が四角のテーブルの角に当たる、そういう最悪の軌道で彼女は転んでしまっていた。

 

(届かない……!?)

 

 イザークの方がジュードよりも前を行っている。

 イザークの手が届くことはあっても、ジュードの手は届かない。

 そしてそのイザークの手ですら、間に合わないタイミングであった。

 キャロルが怪我をする未来が、二人の脳裏に想像として浮かび上がり始める。

 それでもジュード・アップルゲイトは、手を伸ばすことを止めはしなかった。

 

(届け、届け、届け……! 届いてくれ……! 『届かせろ』!)

 

 結果、偶然でもなく、幸運でもなく、"必然の奇跡"が彼の手に宿る。

 

「え?」

「え?」

「え?」

 

 ジュードの右手の先に現れたのはガリィが用いる『青の紋章』。

 そこから伸びた水の腕が、離れた場所で転んだキャロルの胴を抱き留めるように受け止める。

 その光景を見ていたイザーク、助けられたキャロル、助けた当人であるジュードの戸惑いの声が重なり、三人の視線がジュードの右手に集まった。

 微塵も動じていないのは、主の危機に反応すらしなかったガリィのみ。

 今日までまるで使えなかった、なのにキャロルの危機に応じるように彼の内より湧きいでた『奇跡』に、皆動揺を隠せない。

 

「クレスト、ソーサー……!?」

 

 水の腕はキャロルを優しく床に降ろし、大気に溶ける。

 キャロルしか気にしていなかったジュードの意思を反映したかのように、水の腕は料理をキャッチしなかったため、そちらはあえなくガシャンと床に落ちた。

 今の現象を頭の中で分析するため足を止めたイザークの代わりに、ジュードが怪我の有無を確かめるためキャロルに駆け寄る。

 

「キャロル、怪我は?」

 

「え、あ、うん、だいじょぶ」

 

 ガリィが前髪をいじりながらやる気なさげに腕を振り、水を舞わせて、床に飛び散った料理や皿の破片を面倒くさそうに三角コーナーとゴミ箱に捨てていく。

 その横で錬金術師の(サガ)なのか、現象への分析を終えたイザークが口を開いた。

 

「ジュード君、いつの間に使えるようになったんだ?」

 

「いえ、僕にも何がなんだか……とにかく無我夢中で」

 

「何かきっかけに心当たりはないかい?」

 

「と言われましても……昨日、キャロルに錬金術を教わったことくらいしか」

 

 キャロルは紋章錬金術を覚えてからというもの、やたらとジュードに紋章錬金術を教えたがっていた。イザークにもジュードにも使えない彼女のアイデンティティだ。

 彼女はジュードに見せびらかしたかったし、師匠ヅラもしたかったのだろう。

 なのでキャロルからジュードへのちょっとした指導があったのだが、そもそも現段階で『錬金術の知識・ジュード>キャロル』『錬金術の才能・キャロル>ジュード』の構図があるのだ。

 天才に凡人は育てられない。知識が無い者に知識がある者を指導できるわけがない。

 よって、ただひたすらに時間の無駄だった。

 

 必然的にと言うべきか、ゆえに昨日の時点ではジュードも魔法のような技を使えなかったのだが……?

 

「キャロルが教えた途端使えるように? ……愛の力とか、そういうのかな」

 

「あ、ああああああああああ愛!?」

 

「何故そこで愛ッ!?」

 

 イザークのちょっとしたお茶目にキャロル沸騰、ジュード大困惑。

 ガリィは興味なさげに凍らせたランチマットで鶴を折っていた。

 

「とにもかくにも検証だ、ジュード君。再現性がないと何とも言えない」

 

「あ、はい!」

 

「明日からね。今日は君の誕生日だ、ゆっくり楽しもう」

 

「……はい!」

 

 錬金術は万象を知り世界と通ずることこそが本懐。

 イザークも内心は分析したくて仕方がないのだろうが、今日はジュードの誕生日だ。

 そこに水を刺したくない、という気遣いがあった。

 

「案外、遠い所にいる君の両親からの誕生日プレゼントだったりするかもしれないね」

 

「……だったら、素敵ですね」

 

 イザークの言葉に、ジュードはうっすらと笑う。

 彼は思う。"遠い所に居る両親"とは、どっちのことなんだろうか、と。

 イザークの知るアップルゲイト夫妻のことか。

 それとも、イザークの知らない日本の■■夫妻のことか。

 ジュードには分からない。

 彼は最初の親が自分を愛してくれていたのかすら、知らないのだから。

 

 

 

 

 

 男二人が話している傍ら、ボーっとしながら呟く少女が一人。

 

「また、助けてくれた」

 

 キャロルの中でジュードは、『自分が危ない時は必ず駆けつけてくれる人』と定義されていた。

 無論、そんな都合のいい人間など居ない。

 そんな人間になれる者が居るとすれば、それはあらゆる苦境を乗り越えた本物の英雄だけだ。

 キャロルが子供特有の根拠のない思い込みで、彼に対しそう思っているに過ぎない。

 

 だが、そんな"常識的な考え方"などどうでもいい。

 彼女は彼に対し、そう確信している。

 

「えへへ」

 

「うわっマスターの照れ顔気持ち悪っ」

 

「!?」

 

 そこに空気読まないガリィ、推参。

 

「そらいつだって、ジュードがマスターの危機を見逃すわけないじゃないですかあ」

 

「!?」

 

 ジュードを信頼しているのか、評価しているのか、馬鹿にしているのか。

 キャロルの背後から現れたガリィは、その手に乗せた皿の上のホットドッグに、マスタードとタバスコを一見して見えないように大量に仕込み、それをキャロルに差し出していた。

 

「食べます?」

 

「それ食べるって言ったらわたしすごくアホの子だよ……」

 

「そですかー」

 

 第一ターゲットのキャロルを逃したガリィは、第二ターゲットのジュードに狙いを定めた。

 ガリィはゲス笑顔でゲス口笛を吹かし、目元をゲスく光らせる。

 

「ちょ、ま、ガリィ!?」

 

「あたし、定期的に苦しんでる人の顔を見ないと禁断症状出ちゃいますのー」

 

「未来のわたしがそんな風に作るわけないでしょ!?」

 

 

 

 

 

 身近に迫る危機にも気付かず、ジュードはハッと気付く。

 気付いてしまった。

 いっそ気付かなければよかっただろうに。

 気付いたが最後、内心彼は確信して"それだ"と結論づけてしまう。

 

(前世で17回の誕生日。今世で13回目の誕生日。そっかー、僕今日で30歳で童貞かー)

 

 彼の故郷には、"30歳で童貞だと魔法使いになる"という古来から伝わる伝承があった。

 無論、彼に女性経験など皆無である。

 高校に上がってからは女性との会話経験ですら希薄であった。

 

(いやいやいや、まさか、まさか、まっさかあ)

 

 ネットのテンプレとばかり思っていたら事実だったなんて……! と彼は戦慄する。

 

(……死ぬほど嬉しくないなあ……)

 

 何故誕生日にちょっと落ち込まなくてはならないのか。

 下を向いたジュードに、横合いからホットドッグが差し出される。

 

「あったかいものどうぞ」

 

「あったかいものどうも」

 

 そしてパクリと一口。

 

「あーあったかいあったかいてかあったかい通り過ぎて舌が焼けるように痛辛ぁッ!?」

 

 んでもって、彼は火を吹いた。

 

 キャロルが慌てて水を持ってくる。

 イザークは笑っているが、ガリィを小突いてもうしないようにと注意する。

 ガリィはてへっと笑って誤魔化した。

 

 ジュード・アップルゲイトの誕生日パーティーは、こうして笑顔の中で終わるのだった。

 

 

 


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