テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第三の男

 

 ユリアシティの病院の一室で、コゲンタとジェイドそして、大隊長が話をしている。

 

コゲンタが「お互い怪我の痛みで、頭が回らぬ事だし、ざっくばらんに参ろう」と大隊長の寝台に向き合って、お互いに名前を名乗り合った。

 

 ジェイドは今し方、普通の音素とは違う異様な気配を感じ、扉の向こうを見るように、佇んでいた。

 

「……どうされた?」

 

 

「副官は今の状況をよく理解しています。ご心配なく」

 

 

 コゲンタと大隊長が彼に声を掛ける。大隊長は話が始まる前に室外で待機させている副官を気にしていると思ったらしい。

 

 

「あぁ、いえいえ、そういうわけでは……失礼しました。それで今後は皆さんのご協力を得られるのですね?」

 

 

 ジェイドはいつもの眼鏡の代わりに片眼の眼帯を位置を直しながら、言った。

 

 

 大隊長は一つ大きく頷いて、

 

 

「お約束しましょう。戦艦の操船は任せて頂きたい。かの《死霊使い》ジェイド・カーティス大佐の指揮して頂くのです。兵達には、よくよく勉強させて頂く様に強く言い聞かせています」

 

「ふぅむ……」

 

「しかし正直言って、仲間を陥れた貴君たちを「よし、分かった。」と信用はできんが……」

 

 軍人というより上品な商人のような語り口で静かに話す大隊長に、ジェイドが曖昧に微笑む一方、コゲンタが冷静な口調で釘を刺す。

 

 

「無理もない事ですな。しかし、我々は神託の盾ではもう行方不明……つまり戦死者扱いです。今、戻った所で殺されるだけでしょう」

 

 

 大隊長は青白い顔に苦笑を浮かべる。つまり“口封じ”というわけらしい。

 

 

「なんとも非合理的なお話ですねぇ。どこも人手不足で兵力は喉から手が出るほど欲しいでしょうに?」

 

 

「それはそうでしょう。今回の計画は予言に読まれていた物、戦没者も予言成就のために必要な物だったという筋書きでした。我々が生きている事は計画露見の危機という以上に宗教的な危機だったのです。もちろん、中には私達と同じで死ぬつもりのない者いたようですが……」

 

 

 大げさに「驚いた!」と両手を掲げたジェイドに、大隊長はさらに「実にお恥ずしい……」と苦笑してみせた。

 

 

「それらしい者に一人……会い申した」

 

 

 コゲンタは分厚い装甲を斬りつけた腕の痺れと鉄の拳を撃ち込まれた痛み思い出して、苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 

 コゲンタの呻きに、ジェイドも自身が倒した騎士を思い出して「ふぅむ……」と顎を撫でつつ口を開く。

 

「なるほど。では貴方はどうして『死ぬつもりのない』心境に至ったのですか? 実に興味深々ですねぇ」

 

 ジェイドの問いかけに、それまでの仮面を脱ぎ捨てたように眉をしわを寄せて、

 

「自分一人なら、任務に準ずるつもりでした。私的な話ですが、妻にも常々言い聞かせてきました。しかし、私もいつの間にか多くの部下を持つようになり、若い彼らを死なせるわけにはいかないと強く思うようになりました。要は…… “情にほだされた”という事ですな」

 

 と嘆息と共に呟く。この男が見せる感情らしい感情がこもった言葉であった。

 

「いや、人は理屈だけで動くのに非ず、ヴァン謡将……、あの男は人の『情』が分からない。いや、敢えて度外視しているのか? とにかく、我らが付け入る隙があるとすれば、そこだの……」

 

 裏切れば裏切ったまま、憎み合えば憎み合ったまま、殺し合えば殺し合ったままでいるほど、ヴァン・グランツ達が思い込むほど人は器用でもないし単純な生き物でもない。

 

「隊長殿には、若者たちの名誉にかけて『裏切らぬ』と誓って頂くぞ。もっとも今の言葉を聴けばその心配も無いかのぅ? ははは!」

 

 

 コゲンタもそれまでの距離を置いたような口調ではない親しみを込めて言った。ジェイドもいつものように軽口で返さず、大きく頷いた。

 

「さて、具体的な計画なんですが……。ジェイド・カーティス一味大反攻作戦の悪巧みといきましょうか?」

 

 ずれてもいない眼帯の位置を直しつつ身を乗り出したジェイドは、久方ぶりの胡散臭い爽やかな微笑を浮かべたのであった。

 

 

 

 ルークは突然の大きな振動で眼を覚ました。部屋全体が揺さぶられ、鉄骨が軋み、悲鳴が上げている。

 

 なんだ!? なんなんだ!? 地震か!? 雷か!? 爆弾か!? はたまたスンゲェ魔物か!?

 

 ルークは混乱する頭と緊張する身体を制して、未だ謎の騒音の鳴り止まぬ辺りを見回して探る。

 

 次から次へと起こる異常事態に恐慌状態でも尚、ルークはギリギリの所で冷静さを保ち、状況を理解しようと頭を回転させる。これはこの旅で身に付けた成果の一つだった。

 

「眼を覚ましたか? 今記憶粒子で陸艦を押し上げているの所だ。まだ《外郭大地》すなわち地上に到着には間がある。それまで休んでいても構わないが……。この陸艦が膨大な力を受けたいるのだ。五月蠅くて寝ている余裕は無いと思うぞ」

 

 くぐもった不可思議な声がルークの頭の中に響いた。

 

 全く気配など感じなかったルークは飛び跳ねるように体勢を立て直し、身構えた。

 

『えっ! あっ、アンタは?!』

 

 果たして、そこには血走ったように錆が浮いた鎧兜に身を包んだ男……、そう、半狂乱だったとはいえ、あのアッシュを訳もなく取り押さえた男だった。

 

『あんた、ナニモンだ!? アッシュをどうした!? なんでオレと“つながって”んだ!?』

 

 ルークは身構えて、頭に浮かんだ疑問を目の前の怪人にぶつける。怖いのを誤魔化していると分かりつつ、詰問せずにはいられなかった。

 しかし、ルークはふと、わだかまりしかないと言えるアッシュを、心配するかのような言い回しをした事を戸惑い、二の句が告げなくなった

 

 

 この赤錆だらけの甲冑を着込んだ男は、自らを《ジョン・ドゥ》と名乗った。

 

 “名無しのゴンベー”よりは聞こえが良いという理由で、偽名である事を隠そうともしない。

 

 しかし、ジョン・ドゥの態度は終始、冷静かつ真摯な物を感じさせ、ルークを嘲るような色は全く無いようだった。

 

 そして、そんなジョン・ドゥの話はこうだ。

 

 この男もまた、ルークとアッシュと同じく晶霊《ローレライ》と同じ固有振動数を持った完全同位体だあるという。にわかに信じられないが、アッシュと同じようにルークと“つながっている”のが、何よりの証拠だろう。

 

『おんなじ事が出来んなら、もっと早く助けるなり、何か教えてくれるなりしてくれれば良かったのに……』

 

 ルークはジョンを責めるともなしに、素直な気持ちを口にする。

 

「……すまなかった。言い訳にもならないが、奴の力は俺よりも“力”が強かった。それに俺にとってはアッシュは命の恩人でもあった。あるいは、その負い目が“力”の差を生んだのかもな……」

 

 ルークの呟きに低く謝罪するジョン。その言葉は、真摯な罪悪感、そしてそれよりも強い自己嫌悪の色が、ルークにもありありと読み取る事ができる物だった。そして、ジョンは自分の過去を話し続ける。

 

 

「奴とは完全同位体の実験台の頃からの付き合いだ。その頃の俺は多少の剣の腕と血筋を鼻に掛けた、生意気な子供……いいや、何の力もない只の子供だった。何の不満もない生活から、突然無機質な実験室で監禁生活を強いられ……身も心もボロボロだったよ」

 

 いわくジョン・ドゥは、かつてアッシュと同じ場所で完全同位体の各種実験の被験者として共に過ごしたという。

 

 繰り返される実験に歯を食いしばり耐えていたジョン・ドゥだったが、心身共に消耗し切っていたある日の事、アッシュが収容房に現れ、 咤激励し(過半数が叱咤だったが……)苦痛を伴う実験を率先して身代わりとなってくれ、非人道的ともいえる実験の日々をお互いに励まし合ったそうだ。

 

「もしかしたら、俺とアッシュとの“差”は、その時受けた実験の差だったのかもしれんな。俺は奴に庇われたおかげで気が触れずに済んだ。感謝の言葉もない。しかし、だからと云って俺と奴を許せと虫の良い話はしない……」

 

 自嘲的に首をゆるゆると横に振り、ジョン・ドゥは苦笑したような仕草をしつつ言葉をこぼす。

 

「全て事が済み、俺が運よく生き残ることが出来たのなら。その時は煮るなり焼くなり好きにしろ。俺は何をされても文句を言う権利のない“その程度のクズ”だからな……」

 

 冷静な無機質な声。しかし、やはり隠し切れない激しい自己嫌悪と怒り。

 そうした事を読み取るべき場面の経験の無いルークでも理解できてしまえる程の激しい感情であった。

 

 

 そして、爆発的な轟音と共に陸艦タルタロスは、薄紫色の仄暗い世界から眩しい太陽の光と真っ青な大空の下の世界に舞い戻った。

 太陽と大空は何も変わらずそこに有り、ルークを迎え入れてくれた。

 

 ……くれたのだが……

 

 「これから起ころうとしている事に誰も気が付いていないか?」と、ルークは強い不安をいだかずにはいられなかった。

 




 毎度の事ながら、大変お待たせしました。

 今回の前半は大隊長たちが仲間(操船担当)になる理由、裏切らない理由付けを描きました。
 身も蓋もなく言うとタルタロスを動かすのにパーティーだけでは無理だろうと思い、彼らに登場させたのですが……、どうすれば無理のない納得のいく理由になるかを考えました。
 原作の神託の盾は、残念ながら、私には「何も考えないお人形」のように見えてしまっていたので、弱さを見せつつも、生き残ろうとする強さ、また生身の人間らしさを表現できればと思い、このようになりました。

 後半は、地下都市での見所とも言える記憶粒子で地上へ上がるシーンを、船の中、さらにアッシュの脳内から描きました。描写を楽しみにされていた方がいたら、すみません。
 今回から第三の男、もう一人の第七音素の実験体を登場させました。「オリジナルキャラはちょっと……」という方もいると思いますが、しっかりとギミックを考えていますので、我慢してお付き合い頂ければ幸いです。

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