また、「アトラスの魔道士」(著・神坂一)をオマージュしたシーンもあります。
重いが鋭い疾風が逆巻き、コゲンタの身体の上を紙一重で這い廻る。
鋼鉄製の鈍器による暴風のような連続攻撃を、なんとかやり過ごしたかと思われた一瞬の刹那、騎士の唸りを上げる鉄拳が何の前触れも見せずに、コゲンタの顎めがけて伸びる。
そう、騎士は剣ならぬ拳で戦う“拳士”であった。腰には懐剣を一本帯びているが、使う素振りは一切無い。だが、その鋼鉄製の具足に覆われた拳と脚はコゲンタのワキザシよりも堅く、大きく、しかし柔軟である。
コゲンタは棒術あるいは杖術を使う相手と戦っているような錯覚させる程の距離感で拳が飛んで来る。距離感の齟齬に調子が崩され困惑するしかない。
その一拍の俊順が戦いの場では命取りになりかねない恐ろしい凶器なのだ。
腕と肩、足と腰の可動域を駆使して拳の飛距離を伸ばす体術。
拳士自身の荒々しい言動や獣のような掛け声で、一見すると誤魔化されてしまいそうではあるが……、その攻撃は精密だ。確かな技術と経験、何より強い闘志に裏打ちされた“戦闘者”の攻撃である。適当に手足を斬りつけて、戦意を削ぐなどという生半可な事は不可能だ。(無論、この男の場合、装甲に阻まれてしまうが、)どちらかが死ぬまで止まる事のない種類の男と見て間違いない。
同じく身体の可動域を利用して紙一重で躱すコゲンタだったが、腕鎧に覆われ鉄棍と化した騎士の腕が引き戻される事なくコゲンタの顔面めがけて横薙ぎに振り払われた。咄嗟にカネサダの刀身を滑り込ませて受け止める。しかし、それに構わず腕を振り抜き、防御の上からブチかまされた。
コゲンタは後ろに大きくたたらを踏んで衝撃をやり過ごす。しかし、その隙を突かれて一気に壁際へと追い込まれてしまう。
その刹那、カネサダを基点にして回転するように、拳士の文字通りの鋼鉄の肘が迫る。刀剣の動きを阻害しつつ攻撃に転ずる絶技だ。
鉱山の採掘が再開したかと錯覚させる程の轟音が響くと共に、剥き出しの岩盤ごとコゲンタの顎骨と脛骨を砕く。
事はなく……
一瞬前までコゲンタが背にしていた石壁が抉られるように砕かれた。
コゲンタは、あろうことか敵の目の前で腰を下ろすように完全に座り込み、はしゃいで遊ぶ子供のように“でんぐり返し”で騎士の脇を潜り抜け、難を逃れたのだ。
「へぇ、スゲえぇじゃねぇか……? しっかし、妙にすばしっこい気色の悪りぃ爺さんもいたもんだぁ! ハハハハハ!」
騎士は完全に砕かれて砂粒のようになった岩壁を鎧から払い落しつつ、楽しそうに笑って振り返った。
コゲンタはそのまま転がり、体勢を立て直して起き上がると、
「よく喋る男だのぅ……。一体全体、敵を仕損じて何が可笑しい?」
と息をついて構え直す。あくまで、冷静さと余裕をよそおってはいるが表面上の事だ。騎士や軍人とは違う長年培った“剣客”としての感覚が『逃げの一手』を促している。
だが……
ルークとイオン、仲間の事を考えればそんな事をできるはずがないと、その感覚を理性で押さえつけ、目の前の難敵を改めて見なる。
「俺は小さい事も楽しむ男なんだよ! 例えば……」
騎士はその場で、ピョンピョンと軽快に跳ね、足をほぐしながらニヤついた。あの重装備で大したものだ。
「あんたみたいな“小手先の技”の使い手を叩き潰す事とかなぁ! 特務師団長に一発喰らわせたっていう騙し技が俺の鎧に通用するか試してみろっ!」
騎士は手甲で、胸の装甲をガンッと一つ叩いてみせた。此処にでも打ち込んで来いという事らしい。
「あんな物は何度も使えん。だが、貴君を出し抜く技ならまだまだ隠しておる」
「へぇ……、そうこなくっちゃなぁ!!」
騎士の一際素早い足捌きで繰り出す拳を、コゲンタはカネサダで受け止める。そう、今度は先程とは違い避けきれなかったのだ。
受ける度に火花が上がり、刃が無数の薄片となって飛び散る。
「なかなか良いカタナみたいだが、俺の鎧は特別製だぜ!」
拳士の拳が風鳴りを上げ飛んでくる。なおも、甲高い音が連続で辺りに響き渡る。
「それに俺のスタミナは底なしなんでなぁ! まだまだ速くなるぜっ!!」
拳士はさらに手首のひねりを利用して細かい動きで拳を繰り出す。コゲンタはそれをカネサダで弾き返し、隙ともいえぬ隙を突いて、大上段からの必殺必倒の一刀が、鋭い銀光となって拳士に向かって伸びる。
まるで“鞭”と錯覚を覚える拳士だったが、そんな錯覚に惑わされる事なく、彼の肉体は理路整然と幾多の死地で恐怖と苦痛と悔恨と共に刻み付けられた“技”を適切に繰り出し迎え撃つ。
まずは手甲の堅さと筋力で刃を受け止め、手甲の丸みで刃筋を反らして、手首の素早い回転でいなし、再び手甲の堅さと筋力で叩き落す。そして、がら空きとなった敵の脇腹に鉄拳を見舞う。
そうなれば大抵は“事”が済む。
転瞬、身体をくの字に曲げたコゲンタは、凄まじい勢いで真横に吹き飛ばされた。彼は坑道をごろごろと二転三転を繰り返して倒れ伏した。
ぴくりとも動かないコゲンタを見据えて、拳士は勝どきの咆哮と握り拳を高らかに挙げる……
「おい爺ぃ、狸寝入りは止めろっ! 今のブローなんかじゃ大したダメージは通ってねぇはずだ。猿芝居なら、もっと上手くやんなっ!!」
……事はなく、代わりに憎々し気な怒声をコゲンタに浴びせる。そして、同時にいつの間にか手甲の隙間から生えた“何か”を素早く抜き取り放り捨てた。
いやに澄んだ音を立てて坑道に転がった“何か”は『コヅカコガタナ』であった。戦いの場で使うには頼りないカタナの鞘に取り付けられた様々な用途に使う付属品だ。
そう、すなわちカタナにはできない事もできる。(もっとも以前の『ナマクラ』のような付属品ではこうはいかなかった。名刀の付属品、それ自体も一級品であるようだ。)例えば、強固な装甲の隙間に突き入れ、相手の拳の威力を逆手を取って、装甲の下で待ち構える鎖帷子となめし革を貫く事もできるなどだ。
だが、他者を傷付ける事にも自らが傷付く事にも慣れ切った餓狼のような拳士には大した手傷にはなっていないようだ。
「こんなオモチャでよくやるぜ。猛毒が塗ってあるわけでもねぇ。まったく……」
しかし、しかしである。当の拳士にとっては、
「……まったく、恥だっ!!」
拳士から見れば、骨と皮しかないようにしか見えない老人に傷を負わされたのだ。屈辱以外の何物でもないのだろう。あまつさえ、上手く捌いたと思っていた斬撃も、よくよく見れば手甲に“かすり傷”を付けられているではないか。さらなる屈辱だ。
拳士は自らの手の平を握り潰さんばかりに拳を固め、坑道をも砕かんばかりに一殴りして、いや、実際に粉砕して、今までとは違う構えを取った。
次の瞬間、拳士の身体が赤く燃え上がった。とは言っても、本当に火を吹き出したわけではなく、真っ赤な火炎を思わせる音素を見に纏ったのだ。
コゲンタはあまり得意ではないが、ルークも使う事もある『剛招来』……いや、拳士のそれは荒れ狂う大火を思わせる音素と闘志、なにより殺意の桁が違う。名付けるならば『剛招来・壊』とでもしようか……。
あたかも、この男の破壊の意志を具現化したかのようである。
拳士が、野獣さながらの咆哮を上げた瞬間、坑道全体を揺さぶるような暴風が発生した。逆巻く暴風は坑道の踏み板や柱、梁が、そして岩盤の表層すら粉砕してコゲンタに迫る。
素早さも数段上がり、コゲンタの受けを掻い潜り始めた。それでも身を捻って直撃を避けているが、腕や脇腹、こめかみが裂け、血が迸る。彼は背後に大きく飛んで、距離を取ると半身になり、刀を突き出す構えを取った。いつもの基本の構えだ。
「息が上がってんのかぁ? 動きが単調だぜぇ!」
拳士は息を整えるついでにせせら笑うと、また連撃を再開した。
紅蓮の暴風と化した拳がコゲンタの身体を徐々に捉え始めているが、コゲンタも怯む事なくカネサダを振るい、拳士の手甲を叩く。
二人は連続で金属音を響かせ、動き合う。
コゲンタの剣は拳士の拳を、さながら迎え撃つように弾き返すが、繰り出される打撃の飽和攻撃を防ぎきる事はできない。
「おらぁっ、防御がお留守だぜぇ!」
拳士は笑い声を上げて、拳を振るい続ける。コゲンタは答える代わりにサダカネを振りかざす。
サダカネと手甲が何度かぶつかり合った時、それが起こった。手甲に亀裂が突如走り、ボロボロに砕けたのだ。
「なっ!」
確かな自信を持ち、絶対の信頼を寄せていた武器であり防具が砕け散る様を目の当たりにした拳士が驚愕の声を想わず上げ、飛び退く。
瞬間、それを合図にしたように手甲以外の斬撃を受け止めていた箇所に亀裂が走る。
「何しやがったっ!!」
「『ミヤギ流 サザナミ』……」
拳士の憎々しげな問いかけに「ようやく斬れたか……」というようにカネサダの刃毀れを一瞥しながらも、構えを解かずに答えるコゲンタ。
微風によって生まれた小さな細波は、巨大な陸地の前では容易く崩れて消え去る、儚いとも言い表せない“些末事”である。
であるが……
長い長い時間を掛け、何千、何万、何億、何兆、あるいはそれ以上の細波によって大陸の形が作り替えられ、時には消し去る事も有るのも確かな事実だ。
すなわち、どんなに硬い物質でも斬り付ければ、肉眼では見えない程度の傷は付く。そこを正確に、何度も何度も斬り付けさえすれば、例え女性の力でも鋼鉄を斬る事もできる。
当然、コゲンタにもその傷が見えているわけではない。だが、斬る動作を正確に繰り返せれば、理想的な攻撃箇所に近づける。それには防御を捨てて、斬る動作に集中しなくてはならない捨て身の技が『サザナミ』である。
「関係ねぇ、てめぇだってズタボロだろうが!」
拳士はまたも赤い闘気を巻き上げて、コゲンタに踊り掛かり、左の壊れた手甲でコゲンタの顔面に目掛けて振りかぶる。コゲンタは寸前でカネサダを滑り込ませる。
拳士の拳が割れ、血が迸る。しかし、彼は装甲の亀裂と手骨に引っかけてカネサダの自由を奪うと、右拳はカネサダを手放したコゲンタのあばらを狙う。肉を斬らせて骨を断つ捨て身の戦法である。
しかし、コゲンタは瞬時に匕首を抜き、拳士の拳を搔い潜り胴鎧の亀裂に匕首を突き立て、すれ違うように匕首を引き抜き距離を取る。
拳士は怒りの咆哮を上げ、拳を振るう。だが、その動きには精細を欠き、血飛沫を撒き散らしてコゲンタの衣と顔に血の斑点を作っていくだけだ。そして、流れ出る血と共に徐々に力を失っていき、ついには拳士は膝を突いた。
「スゲぇ……じゃねぇか。あんな技があるなんてよ」
拳士は肩で息をしながら、話しかけた。呼吸の度に傷口から血が流れていく。
「貴君は……関節部以外の守りは……疎かなのでな」
コゲンタもまた荒い呼吸を整えながら答える。
「……そうか、またやろうぜ。次は負けねぇ」
「わしはもう御免だ」
「そう言うなよ、どうせ地獄で会うんだ。待ってるぜ」
拳士はそれだけ小声で言うと、声にならない息遣いだけで笑うが、それもやがて聞こえなくなった。
次第に体温失い始めたであろう拳士の亡骸を油断なく見据えていたコゲンタは、苦しにに血と汗にまみれた顔をしかめて、脇腹を押さえて呻いてよろめく。
「っ……ぐっぅ……!」
無様に倒れる様な事避けるには避けたが、このまま倒れ付して暫く身動き一つしたくない心持ちであった。
《コズカコガタナ》を用いた返し技は、拳士はコゲンタの“ぶらふ”のように捉えたようだが、全くもってとんでもない。単なるコゲンタの度を越した“痩せ我慢”の“苦し紛れ”なのである。呼吸するだけでも激痛が走る。
だが、ここでも我慢だ。急がなくてはならない。ヴァンの目的が何なのか分からないが、問答無用で殺しにきたのだ。ただ事ではないだろう。
「待っておれ、ルーク殿……」
コゲンタは拳士の腕からカネサダを抜き取ると、暗闇が広がる坑道を見つめた。
今回もまたお待たせしました。申し訳ありませんでした。
今回、コゲンタが使った技は「女人剣さざ波」で登場した秘剣をファンタジー的にアレンジした物です。流石に原作では鎧を切ったりしません。
そして、敵役の拳士のキャラ造形ですが、「BLEACH」のアランカルの一人、エドラド・リネオス、「るろうに剣心」の人誅編に登場した戌亥番神、「餓狼伝(漫画版)」のボクサー、チャック・ルイスを好きなサブキャラ達をキメラにして描きました。(どれも古いですね……)
話は全く無粋でつまらない物に換わりますが……
最近、公共交通機関などの公衆の場で暴力沙汰が起き、その一部始終を第三者が動画などを撮りSNSに上げるというような事が続いているようですね。
そして、その動画等を視聴し「動画(or写真)なんか撮ってないで(被害者を)助けろ!or(加害者を)やっけろよ!」というようなコメントをする方もいるようです。モラルを著しく逸脱したいなければ、SNSの扱いをとやかく言いませんし、個人の正義感を頭ごなしに否定するつもりはありません。
ありませんが……、多くの人が「戦う」という事を安易に考えている印象を受けます。(原作でパーティがルークに安易に戦う事を求めたようにです。)
実際の「戦い」というのはかなり難しい事なのです。日常生活を送っている時、平常な状態で、最初からアドレナリン全開でキレ散らかした奴に立ち向かうというのは精神的に難しいですし、よしんば精神的な壁を乗り越えて立ち向かったとしても興奮状態の人間に素手で有効打を与えるというのは相当な技術と経験が必要だそうです。
また、日本の法律は正当防衛の成立要項が厳しいので、中途半端な事をしてしまうと相手と同じく“御用”となってしまう可能性もあるので、まさに御用心です。
もしも、公共の場所で暴れているなどの明らかに「普通じゃない」人物を見つけた時の必勝法は、迷わず距離を取り安全圏からの「ポリスメン召喚(笑)」ですので、ますますスマホが手放せませんね。(笑)
と、長々と話してしまいましたが、生きにくい世の中ですが、ご安全にお願いします。拙作も少しでも気晴らしになるよう頑張ります。