テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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アニスと鋏人形

 じょきじょき……

 

 しゃきしゃき……

 

 刃が擦れ合う軽快だが不愉快な音が坑道内で鳴り響く。もちろん、仕立て屋か理髪師が突然あらわれて仕事をし始めたわけではない。

 

 黒法衣の人形士が異形の人形たちを操り、アニスのトクナガを切り刻んでいるのだ。

 トクナガの両腕はズタズタで、アニスが防御に多用する癖のある左腕は特に凄惨な状態だ。手のひらは半分程しか残っておらず、前腕部もいくつもの裂傷が走り、綿が飛び出している。

 

(ヤバイ……ヤバイよっ!なんでこんな強い人が“無名”なワケ!?普通に普通じゃないくらい強いじゃないですかぁ!?)

 

 アニスは胸中でトクナガに詫びつつ、短杖を手に音素を練り上げていく。普段はトクナガの背中に乗って戦うのだが、小回りの利く鋏人形が相手では、まとわり付かれたら、おしまいだ。

 

(これが黒法衣……。総長直属っていうレベル!?)

 

 同じく人形士で体格もそう換わらないはずなのに、実力の違う相手への戦慄と戦いの緊張で鋭敏になったアニスの感覚が自分の背後に何かの気配を感じた。

 

 その時だった。アニスの足元の通路が小さな穴が開き、一体の鋏人形が飛び出し襲い掛かってきた。アニスに呼応したトクナガが瞬時に反応してカウンターを試みたが、アニス自身を巻き込みかねない位置に鋏人形がいるではないか。

 

 刹那の逡巡が隙を生む。

 

 アニスの脇を通り抜けた人形がトクナガの右膝を挟み、刃を食い込ませる。

 

 ジョキンッ……

 

 擬音で言い表すなら、いっそ小気味良い音が坑道に響いた。次の瞬間、トクナガの足が木こりに根元を切られた大木のように自重に耐えられず、体勢を崩して倒れ込む。

 

 しかし、トクナガもただでは倒れない。倒れる勢いを上乗せしした拳で、自分の膝を切り裂いた人形を叩き潰した。人形は歯車やネジ、バネをばら撒いて通路にめり込んだ。

 

 表情は、覆面と鉢金で全く読めないが、自分の人形が壊されても何の感慨もないようで、丁寧な音素操作で手元の人形たちの隊列を立て直していく。余裕そのものといった風である。

 

 その様子にアニスは、

 

「……なんで? なんでですかっ?!」

 

 思わず叫ぶように口を開く。

 

 突然の問いかけに人形士は隙を見せないながらも、わずかに首を傾げて「何がだろう?」といった風に彼女を注視する。意外と律儀な性格であるらしい。

 

「なんでワタシの背後を取ったのにワタシ自身を狙わなかったんですか?! 本当なら今ので終わってたのに! 情けのつもりですか!」

 

 抑えきれない怒りを敵にぶつけた。そもそも自分の弱さが原因である。八つ当たりも良いところだが、だからこそぶつけずにはいられなかった。

 

 いくら自分でも、曲がりなりにも騎士としての矜持はあった。今の今まで、ろくに自覚はなかったのだが……。

 

 しばしの沈黙の後、

 

「ふむ、なるほど……。先ほどの攻め手への言及だな。それならば、答えは“いいや”だ。そうだな……今のは言うなれば私の癖だと言えるな。そう、“癖”だ」

 

 錆び付いたような掠れた声が覆面の隙間から漏れた。そして、一部の隙も見せず人形士は続ける。

 

「常日頃は同胞と共に戦うのでな。まずは前衛を切除……無力化させるのが役目でな。トドメは仲間に任せている。よって他意はない。誤解を与えたなら、素直に詫びよう」

 

 述懐するように頷きつつ、そのままアニスに対して頭を下げる人形使い。

 

 律儀に敵に対してである。敵ながら見事と言う場面かもしれないが、アニスにはかえって薄気味悪さが増しただけだ。

 

「次に好機を見出したならば、貴官を斬る事を誓おう。我が剣に……いいや、この人形達に賭けてな」

 

 静かに言うなり、人形士の闘志が鋭さを増し、殺意へと姿を換える。

 

(ひぇっ!? 怖っ~……こ、これはマズったかも……)

 

 アニスは、らしくもない"色気"を出した事を後悔した。わざわざ"寝た子を起こした"いや、"虎の尾を踏んだ"のだ。

 

 なにしろ、相手は主席総長親衛隊だ。不純な動機で騎士になった自分とは違う真の実力者だ。

 

"虎の威を借りる狐"でしかない自分では勝ち目は限りなく薄い。

 

 いや、そうだ……

 

 アニスは自分は狐であった事を思い出した。狐は歳を経ると魔物となり、不可思議な術で人を化かすらしい。

 

 どうせまともに戦っても勝てないのだ。狐らしい自分のやり方でやらせてもらう。

 

「……人形たちよ、我が剣たちよ。戦列を組め。我らが全霊の一刀をもって、アニス・タトリンを討つ!」

 

 人形士の音素が坑道を揺るがし周囲にほとばしる。すると人形たちが鈍く輝き、次々と分裂し、その数を増していくではないか。

 

 アニスにも詳細は分からないが、おそらくジェイドが使う手槍と同じ原理なのだろう。

 

 輝きが治まると、アニスはざっと二十体もの人形に包囲されていた。人形たちは壁や天井に重力を無視して陣を敷いている。原隊では『早熟の天才』などと言われたアニスにも扱いきれない驚異的な数だった。

 

 人形の一体一体は、アニスの膝に届く程度の戦闘時のトクナガに比べれば小さな人形のはずだが、数が数だある。そのまま圧し潰されてしまいそうな圧迫感を感じずにいられない。

 

 人形たちの背後で人形士の音素が鳴動する。彼の両の指先から無数に伸びた音素の操り糸から“力”が流れ込み込むのが、同じ人形士であるアニスにはありありと感じ取る事ができた。

 

「行くぞ、アニス・タトリン……。『我流秘技・刀幻鋏の陣』!!」

 

 人形士の“力”と気勢を受け、人形たちは一斉に地を、天井を、壁を蹴り、無数の銀光がトクナガ目掛けて殺到する。

 見た目に反して下手な鎧を軽く上回るほどの強度を誇るトクナガの防御を突破して、人形たちの銀光は彼の身体を少しずつ切り崩していく。

 当然、トクナガも黙っているわけではなく、両腕を振り回し、鋏人形を叩き潰し反撃する。しかし、減らした側から残った人形が分裂し新たな人形が出現して、陣形の穴を埋め、反撃の意味をなくしてしまう。このままでは、トクナガが完全に行動不能に陥ってしまうのも時間の問題だろう。

 

(トクナガ、ごめんっ! でももう少しっ、もう少しだから。もう少し……!)

 

 そう、もう少しの辛抱だ。しかし、とうとうトクナガの両腕が斬り落とされた。

 

 だが、その瞬間であった。

 

(今ぁっ!)

 

 そして、鋏人形達全体の動きが忽然と止まったではないか。続いて、活力を失った人形たちは、バタバタと坑道に倒れ伏していく。

 

 こうして、その場に立っているのはアニスと満身創痍であるがトクナガ。そして、死屍累々といった様相で、力を失った人形たちが折り重なって出来上がった小山の向こうで人形士が手足から血を流し、無言で立っている。

 

 両脚は、脛から太股にかけて大小様々な矢のように鋭い金属片が刺さり、左足には、ひと際大きな破片が突き刺さっている。右腕も一目で重傷だと分かる。右掌は親指しか残っておらず、指があった部位からおびただしい量の血が流れている。無事な左腕を右の脇の下に挟み、止血しているようだが、それでも土色一色であった坑道を鮮やかに赤に染め汚している。

 

 人形士の前には奇妙な物がいくつも転がっており、彼は痛みを知らないかのように出血など気にせず、それを見つめ注視していた。

 

 それは、金属片に象牙色の綿や黄土色の布が絡みつき、形作られた大小様々な“弾丸”であった。それの金属片は、調べるまでもなく、自分の人形の“鋏”であるという事と、それが自分自身に傷を負わせたという事は理解できたのだろうが……、冷静を通り越し、簡素簡略な彼の頭脳でもその正体を掴めないようだった。

 

「貴方のようにたくさんの人形を一度に動かす事をできませんけど、トクナガの身体の一部なら話は別です。と言っても大した事はできないど、小さな物を掴んで振り回したり飛ばしたりするくらいはヨユーです……。それを貴方に気が付かれないように辺りに散らすには、あんな風に攻撃を受けたんです。どうせ、避けられないんだから、思い切りはすぐ付きました。」

 

 アニスは珍しく真剣な表情で人形士を見つめ返し、自身の攻撃の“タネ”をあかす。

 相手の絶技と比べたら“タネ”というほどの物ではないが……

 

「ふむ……。人形を使い捨てる前提である戦いをする私では思い付かない戦法であったな。見事だ……。人形は、まさに相棒といった所か。しかも、私は貴官を圧倒しているつもりになって、いい気になっていたようだ」

 

「え~っと……いやぁ、それ程でもぉ。アハハハ……とゆーワケで、ワタシの勝ちっていう事でよろしいでしょうかぁ? ワタシ、先を急ぎますんで、し……失礼しま~す!」

 

 自らの技を封じられたのにも関わらず、感心したように頷くのみの人形使いに怯む敷かないアニスは頭をかきかき、ヘタクソな愛想笑いをしながら、後ずさりをし始めたのだが……

 

「いいや、見損なってくれるな。私は戦意を失ってはいない。勝負はこれからだ……!」

 

 人形士は、止血していた手を放し、肩をいからせた。その時、全身から音素の糸が伸びる。おびただしいほどの数の不可視の糸が崩れ落ちた鋏人形に再び絡みつく。

 

 しかし、この状態では、もはやアニスとトクナガの攻撃の方が速かった。

 

 手足を使えなくしただけではトクナガを止める事はできはしない。音素をまとい、鉄槌と化したトクナガの電光石火の頭突きが、人形士の胴鎧と胸骨を真正面から打ち砕く。

 

 倒れ伏した人形士は、

 

「見っ…事だ……。騎士……タトリン……!」

 

 と、途切れ途切れに賛辞を漏らしていたが、やがてそれも聞こえなくなった。

 

 アニスは唐突に眩暈を覚える。

 

「……これだから、騎士なんて人たちは……!」

 

 その場にへたり込んだ。『ヨユー』などと強がったものの、微細な音素操作が求められるあの技はかなり消耗するのだ。それに、騎士同士の戦いの上での行為とはいえ命のやり取り……ましてや人間相手の殺傷行為を体験して平気な顔が出来るほど、アニスは人として幸か不幸か“損耗”していないのだ。

 

「……あぁ、そういえば、ワタシもその一人なんだっけ? あはは……」

 

 彼女は力なく笑ってから、幾つかグミを口にし、両の頬をはたくと、

 

「でも……! 今のワタシは役回りをガンバらなきゃ! イオン様の所に行かなくちゃ!」

 

 アニスはトクナガを拾い上げると、軽く抱きしめると、イオンたちが消えた坑道へと歩き始めた。




 更新が遅くなり申し訳ありません。これだけの文章を書くのにいつまでかかっているのかという話ですよね。(泣)
 どなたか天才科学者をご存知ないでしょうか? 『う~む……と考えるだけで素晴らしい文章を執筆してくれるサポートAI』(人格はCV:釘〇理〇さん風のツンデレで……)造っていただきたいんですけど……。……前にもこんな話しましたね。

 今回の敵の人形使いは、『からくりサーカス』(藤田和日郎)に登場した黒賀の人形使いの一人が使っていた一体と、『球体関節人形』をモデルにして描きました。
 前者は当時、すごく好きで「カッコイイ人形が一杯!」と思いながら読んでました。後者は『攻殻機動隊イノセンス』(押井守監督)などに登場した人形です。不気味さが演出できれば良かったのですが、如何だったでしょうか? 日本にも著名な作家さんがいらっしゃるようです。興味が出たら調べてみて下さい。

 さて、毎回お待たせしてしまうのですが、次回もお付き合いいただければ幸いです。

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