「えっ? じゃあ、ここ……マルクトなのか?」
「ええ……そうなの……」
「きょとん」と聞き返すルークに、ティアはうなだれる様に頷いた。ルーク達は一旦、街道の路肩に馬車を止め、ティアの話を聞いていた。
「……では、首都は首都でもキムラスカのバチカルに行かれるつもりだったと……?」
「はい……、そうなんです……」
バツが悪そうに頭を掻くコゲンタに、ティアはさらにうなだれる様に頷く。
「そんじゃあ……悪い事をしちまったなぁ」
「はい……そう……じゃなくて! ちがいます! しっかり確認しなかった、わたしがいけなかったんです!」
本当にバツが悪そうに頭を下げる馭者に、ティアはうなだれる様に頷いてしまいそうになるが、慌てて首を振った。相当、堪えている様だ。
「じゃあ、どうする? エンゲーブの旦那が言ったみたいに次の街まで乗っていくか? 予定通り……」
「そうですね……でも、今は情勢が情勢なので、バチカルに連絡が着くかどうか……」
「あぁ、そうだよなぁ……」
ティアは、馭者の質問にも、一応受け答えをしているものの、「どうすれば良いのか分らない……」と言うのが正直な所だった。
「しっかし……、迷いに迷ったモンだの? バチカルに行くつもりがタタル渓谷とはなぁ。あははは……」
コゲンタは、苦笑しつつ率直な疑問を述べた。
「ち、致命的な方向音痴だったんですね……。多分……わたし」
ティアは、それに『バチカルから超振動で飛ばされて来た』という事を誤魔化すためとはいえ、少しオカシな言い回しで応じる。やはり、堪えているようだ。
「えぇと……、トチカンねぇし! しょ、しょうがねえよ! なっ?! ハハハ」
ルークは、うなだれているティアを気遣い、努めて明るい調子で笑うが、ティアはそんなルークを見て、さらに沈痛な表情になる。
「土地勘がなくても、場所を特定する方法は知識としては知っていたのに……わたしはそれを活かせなかった。例えば、あの光る花『セレニア』と言うのだけれど、音素の濃い場所、自然界では『セフィロト』くらいでしか、あんなに咲かないの。それに、『セレニア』咲いていられる環境の『セフィロト』はマルクト側にしかないの……。よく考えれば分る事だったのに……わたし……」
ルークの解らない単語が飛び交っているが、ティア自身あくまで『自分が悪い』という事を譲る気が無い事は、ルークにでも解った。
しかし、ルークも食い下がる。
「……ヘッ! 屋敷の外を見て回るなんてメッタにデキねえし! むしろ望む所なんだよ! マルクト? イイじゃねえか!ジョートーだよ!! だからそんな顔すんな! あと、謝んなよ! ウゼェから!!」
ティアの態度は『騎士』という立場からくる責任感だという事は、世間知らずのルークにも理解できた。
しかし、なんとなく癪に障った。まるで、自分が『頼りにならない』『弱い』『対等ではない』と突きつけられているようで、癪に障るのだ。そして、ルークは真っ直ぐにティアを見据え吠えた。
「ルーク……ありがとう」
「ん……」
「どんな事をしてでも、あなたを連れて行くから。協力してくれる?」
「任せろって……頼りにもしてる『持ちつ持たれず』だろ?」
「ありがとう、ルーク」
「だから、ウゼェって」
今の二人を、傍から見れば『余人には侵しがたい二人だけの世界』を作り出しているように見える。
もっとも、二人は『いきなり外国に放り出された』のだから、当然と言えば当然ではあるが……。しかし、そんな事情があるとは、つゆ知らない『若い二人の世界から存在を抹消された(と本人達は思っている)』おっさん二人は、「ダアトからの愛の逃避行!?」「どこかの貴族の御家騒動!?」「君と響き合う物語!?」「心が出会う物語!?」等々、好き勝手な想像を巡らせて、こっちはこっちで盛り上がっていた。
「まぁ……なんとなく甘酸っぱい感じで、話がまとまった所で、年寄りから提案なんだがの?あははは」
「甘酸っぱいってなんだよ?! 甘くも酸っぱくもねえよ!」
照れくさそうにバツが悪そうに、コゲンタが『若い二人だけの世界』に侵入を図る。
しかし、ルークは間髪入れずにコゲンタの物言いに突っかかる。
「もし、良かったらエンゲーブに来んかな? 村を上げての歓迎ってワケにはいかんがの。もちろん、手紙も出せるし、教会もある、すぐに路銀になりそうな仕事も当然ある。まぁ『急がば回れ』って話だの。あははは」
コゲンタは、ルークをいさめる様に屈託なく笑って朗々と言い放った。
「歩いてエンゲーブに行くぜ。観光がてらさ」
……という事で、ルークとティア、そして、お節介な変なおっさんイシヤマ・コゲンタは、辻馬車を降り歩いてエンゲーブへ向かう事にした。
もちろん、コゲンタは馭者に「差額払い戻せよ」という話を忘れない。ルークは、その時の馭者の何とも言えない複雑な表情を見て、『哀愁』という物を感覚的に理解した。
それはさておき、ルーク達三人は、『食料の街エンゲーブ』に向かい、東ルグニカ平野を東へとゆっくり進んでいた。
その道のり、『明るい外の世界』はルークの好奇心を大いに刺激した。
ルークはここぞとばかりにティアに質問した。
草花の名前はもちろん、『何故こんな形なのか?』『何故こんな色なのか?』という事を尋ねるルークにティアは、持てる知識を総動員してその疑問に答えようとするが……、応える事のできない疑問も多かった。
そんな時、助け船を出したのは、コゲンタだった。もっとも、かなりイイカゲンな部分があったが……。
『この草は食べられる』『痺れ薬になるけど、痛み止めにもなる』『実は毒草だけど、虫除けにはもってこい』といった事には非常に詳しかった。
「もしかして、イシヤマさんは植物学者か何かでらっしゃるんですか?」
「ゼンゼン見えねぇなぁ」
「あはは、まさかまさか、全てエンゲーブで学んだ知識と実体験の上の物だの。いやぁ『腹が減ったからってむやみに草なんか食べるものじゃない』って話ですな」
「……バカじゃねえの?」
「ル、ルーク……!」
「あははは」
なかなか波乱万丈な人生を送ってきたらしい。
「さぁ、もうエンゲーブに着きますぞ」
コゲンタが前方を指差す。
その先に『ようこそエンゲーブへ』と書かれたアーチが見えてきた。
しかし、人家は見当たらず、街道にアーチが突然「ぽつねん」と立っていた。
「……。家とかゼンゼンねぇじゃん。ホントにエンゲーブとやらに着いたのかよ? 変な草むらばっか……」
「ルーク、あれが畑よ。野菜や果物を作っているの」
「ちなみに、この辺りのは麦だの。パンやらパスタやらの材料になる」
「へぇ……元からあの形じゃねぇのか」
ルークは、パンやパスタの作り方を尋ね、ティアとコゲンタが、分りやすく噛み砕いてそれに答えながらエンゲーブの中央部に向かって歩いた。
エンゲーブの簡単な構造は、広大な田畑が広がる『外周部』と商店や民家、役所などがある『中心部』と二つに別れている。つまり、村の敷地に入ったとしても、しばらく歩かなくては、集落にはたどり着けないのである。
ティアの今の心境を一言で表すなら「認識が甘かった……」につきる。
都市部の人間の「もう少し」「すぐ近く」は地方の人間のそれとは、大きな隔たりがあるという事を思い知った。
小一時間ほど歩いて、ようやく『中心部』に着いた。
「へぇ、これが家かぁ。思っていたより小さいな。その分数があるのか?」
公爵邸に比べれば、どの家も小さいのは当然だろう。しかし、その言葉には嫌味は無く、純粋に感心しているようだった。
「なぁ、ティア。探検しようぜ!? 牛乳を出す牛が見てぇなぁ。ニワトリも見てみてぇ、タマゴだ!」
『好きこそ物の上手なれ』と言えば良いのか、ルークは実に元気だった。
「探検も良いけど、まずは教会に行って、担当預言士さんに助力を求めないと……お金の事とか……」
「あっ、そっか」
「あははは、村を回るなら、わしが後で案内いたそう。しかし、申し訳ないがこれを先に届けさせて頂きたい」
そんな二人に、コゲンタは荷物を掲げ、笑い掛けた。
「教会は市場を抜けた向こう側だの。あそこの預言士は、見た目はあれだが、まあ、良い奴だから親身になってくれるだろう。わしは村長のローズという人の所に、しばらく居るから何かあったら来て下され」
コゲンタは、意味深な言葉を残してから「ではの……」と笑って、去って行った。二人はなんとなくコゲンタの姿が見えなくなるまでその場で、見送った。
これから、しばらく地味な話が続きます。
しかし、「戦闘」という異常事態を際立たせるためには、必要だと思っていますので、お付き合い下さい。