テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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閑話休題 ジェイドの相談

 

 

 草木も寝静まる真夜中の事……

 

 闇夜の雑木林の木々の間を縫って危なげなく歩く白い影があった。

 歩を進める度に、僅かな星明りでも輝く鮮やかな胡桃色が闇夜に揺らめく。影の正体はメシュティアリカ・グランツ……ティアである。

 

 彼女は、ある男に呼び出され指定された場所へと向かっていた。

 つまり、ティアは夜の闇に紛れて男と密会しなければならないのだ。

 

 彼女の瞳には、闇夜や魔物、単独行動に対しての緊張の色とは少し違うが色が宿っている。それは、これから会う人物に、何についての“告白”を聞かされるのが解らないからだ。

 

 とその時、そんな緊張に彩られながらもティアの瞳と耳が、自分を呼び出した男の存在を闇夜の中に捉えた。

 

「こんばんは、ティアさん。秘密の企みを巡らすには絶好の、真っ暗い素敵な夜ですね?」

 

 男もティアの存在に気がつき、闇の向こうで微笑む。そして、男は闇から溶け出すように、僅かな星明りの下ティアの目の前に表し恭しく頭を下げる。

 

 そう、ティアを呼び出したのは、ジェイド・カーティスその人であった。もちろん、ジェイドの声音や瞳にロマンティックな雰囲気もなければ、邪な色合いも一切無い何時もの調子である。

 

「い、いえ……それで、お話というのは?」

 

「あぁ、重ねて申し訳ありませんが、お話はもう一人の待ち人がいらしてからでも……?」

 

 ティアには良く解らないジェイドの何時もの冗談には触れずに、おおよそアクゼリュスに到着してからの事であろうと思いながらも恐る恐る話を促すが、彼は本当に申し訳なさそうに眉を下げつつズレていない眼鏡の位置を直す。

 

 その時、ジェイドの言葉に答える様に茂みが僅かに揺れて、さわさわ……と静かな葉音が鳴る

 

「そのもう一人というのが、わしの事ならば、すでに此処にいるがのう?」

 

 ひょいと黒い茂みの内から顔を出したのは見知った初老の男の顔であった。

 

 男は不世出の剣客にして、ティアとルークの奇妙な旅の道連れイシヤマ・コゲンタであった。彼もまたジェイドに妙に手の込んだ折り方で畳まれた折り紙の言伝てを受け取ったのだろうか?

 ちなみに、ティアが受け取ったのは青いドングリまなこが愛らしい水色のチーグルの形に折り畳まれた開いてしまうのが惜しい手紙であった。何もかもが片付いたなら、折り方を教えて貰いたいと思ったのはナイショだ。

 

 それはともかく、ジェイドの話である。

 

「人がチョイ悪ですねぇ、コゲンタ。そんな気配を隠し潜んで見張っていなくても良いじゃないですか?それに、来てくださるなら、ティアさんと一緒に来れくれれば良かったのでは?」

 

「如何に旅の仲間、じじいといえども、夜の夜中にうら若き女性と連れ立って歩く訳にもいくまいと思っての。……ついでに、大佐殿が“妙な気”でも起こしてやしないかと少し見張っておったのだ。無論、杞憂であったようだがの。あははは」

 

「信用が無いのは仕方がありませんが、心が傷付きましたね~。私ことジェイド・カーティスは未だに、初恋の女性を一途に想い続ける純情を拗らせたマルクト男児ですので安心して下さい……!」

 

 しばし、挨拶がわりの軽口を交わすコゲンタとジェイド。

 こうした他愛ない冗談のやり取りが出来ない自分は「まだまだ未熟な子供」だと思わずにはいられないティア。カンタビレからも、よくつまらない奴と言われてからかわれたものである。

 

「さて、面黒い冗談はさておいて、お二人を呼んだのは他でもありません。勿の論、ルークに関しての事です……」

 

 白いではなく黒いから、つまらないと言いたいらしいジェイドは、表情を引き締めてティアとコゲンタの眼を見回す。

 

 すると、軽く挙げた平手でジェイドの言葉を遮りコゲンタが首を捻りつつ口を開いた。

 

「最も心を砕いておるティア殿はともかく……。ルーク殿の事ならば、何故わしを?もっとも付き合いが浅いと思うが。わしで良いのかのぅ?」

 

 ルークの話と聞いて、「気になる」という思いが目に見える表情をしながらも、あくまでも冷静に話を進めるコゲンタ。

 そんな節度を持った彼の態度に、ティアは好感を覚えた。と同時に妙に高い自分への評価に困惑するしかない。

 

「いえ、むしろ“それ”が重要です。過去に囚われず、お二人がルークの事を一番冷静に見る事が出来ている、この後も出来ると思いましてね。ちょっと真面目な話ですので……」

 

 ジェイドはいやに真面目な声で答えると、時間でも稼ぐように懐から取り出した布で眼鏡を拭くジェイドが咳ばらいをして、本題に入った。

 

「……ところで話は変わりますが、お二人は『レプリカ』という物を御存知ですか?」

 

「んん? そりゃぁ……『複製』、『贋作』の気取った言い回しのコトですかのぅ?」

 

「う~ん、残念。不正解!」

 

 いまいちジェイドの質問の意図が読めないまま答えたコゲンタだったが、あえなく不正解であったようだ。

 眉を八の字にし苦笑しつつ、視線をティアへと移すジェイド。

 

「えっと、回復術の用語の一つの事でしょうか?。そのままでは回復の難しい傷口や臓器の代替えをするための第七音素で作った患部の複製の事では?それを用いる代表的な譜術は『レイズデット』とか……」

 

 ティアは教師の質問にでも答える生徒のように少し緊張した面持ちで答え、教師役のジェイドの正解発表を待つ。

 

「惜しい♪ 半分、正解です。ここで私の言う《レプリカ》とは、かつてマルクト軍主導で行われていた傷口どころか、人体そのものを第7音素を用いて複製する《フォミクリー》とも呼ぶ技術の事で、その技術を用いれば病んだ臓器はもちろんのこと失った手足を譜業の部品でも取り換える様に短期間で兵員の“修理”を可能とする譜術および譜業の総称なのです」

 

「そ、そんな技術を……?!」

 

 ティアは、事の“不快さ”に眉をひそめて、ジェイドを見つめ話の続きを促す。

 擦れていない眼鏡の位置を直すふりをして、視線を誤魔化しつつジェイドは続ける。

 

「いずれは、全身を“取り換え”可能にし、ほぼ不死身の精鋭部隊を安定的に育成……いえ、“量産”し“供給”するという触れ込みでマルクト軍は、獲らぬタヌキさんの毛皮を数えていましてね♪」

 

 歌うように説明するジェイド。あえて明朗快活な態度を心掛けているようにも見える。

 

「そ、それでその、そんな恐ろしい技術とルークに何の関係が……?」

 

「《鮮血のアッシュ》……ルーク殿と同じ顔の男。大佐殿は、奴が“ソレ”だと言いたいのかの?ルーク殿を基に『造られた人間』って話かのぅ?」

 

 それぞれ話の先を促しす二人。

 

 ティアもダアト“最強最速”を自称し、荒事ばかりをあえて受け持つ第7師団の首魁カンタビレの従卒として世の中の“裏側”。凄惨な事柄にも、それなりに慣れているつもり(納得して受け入れるつもりは毛頭ないが……)だったが、“裏側の裏”あるいは“闇の底”とでも言う様な事柄を知るのに怖じ気付いているのが、自分自身にもはっきりと理解できた。我ながら情けない。

 

 そして、ジェイドのコゲンタへの答えはティアの考えと少し違うようだった。

 

「もちろん、その可能性もありますね~。しかし残念ながら、逆の可能性もあります……」

 

「それは……その、つまり……つまりルークが……」

 

 実に困った様に微苦笑を浮かべるジェイドとは裏腹に、ティアは血の気を引くのを感じた。今の自分の顔はさぞ青いだろう。続きを促す言葉とは逆に、心の中の自分はこの先を聞きたくないと言っている。

 

「……いったい何時、そんな……?」

 

「おそらく、七年前の誘拐事件のおりに入れ替わったのだろうの。大佐殿はルーク殿が複製された側の“ソレ”だと言いたいのかの?記憶を失ったのではなく持っていなかった。ルーク殿の記憶は、そこから始まった……と?」

 

 皮肉にもティア自身の呟きに応える形で、コゲンタの冷静な声で無情にも彼女のささやかな願いは挫かれた。

 

「おやおや~……ティアさんは少なからず驚いてらっしゃるようですが、コゲンタはあまり……というか、ほとんど驚かないのですねぇ?」

 

「いや、驚いてはおるが……。人は生まれる時代や場所は選ぶ事ができぬもの。生まれ方もそうなのだろうって話だ。それにのぅ……」

 

 ジェイドの問いかけにコゲンタはごま塩頭を掻いて、眉をしかめて答え続ける。

 

「ハハハ、それに?」

 

 ジェイドはいつもの世間話をする口調で先を促す。何処か面白い冗談でも期待するかの様な表情だ。

 

「それに、そもそも“人間”という生き物自体が、摩訶不思議な存在。大人数に全身を酷く斬り付けられ半死半生になった刹那に、勝ち誇って目の前に立った相手の親玉の心の臓を一突きにして、相討ちに持ち込んだ剣客も知っているし、斬り落とされた武将の首級が、怨みつらみを吐き散らしながら宙を舞い、仇の喉元に噛み付き殺したという噂話もある。それに比べたら、『ちょいと生まれ方が変わっているからと言われも……』って話だのう。おかしいかな?」

 

 コゲンタは、ジェイドに倣ったように冗談を言う様な口調で苦笑ぎみに答える。彼の言葉や表情、態度から何の気負いも感じない、心から自然に発した言葉なのは明らかだ。

 

「ふむ、なるほど♪言われてみれば、その通り。違わないですね!頭でっかちな学者の悪癖でしょうか?あらゆる物事を特別に、深刻に、捉えてしまいますね。これは、いけない~♪」

 

 ジェイドはしきりに顎を撫でつつ得心した様に頷く。思いもしないコゲンタの言葉に、実に嬉しそうである。コゲンタの答えを、いたく気に入ったらしかった。

 

「まぁ、お二人とも心に止めておいて下さい。私なら、そろそろ何か仕掛ける頃合いですので♪」

 

 二人のやり取りを青ざめた顔で見つめていたティアにジェイドは向き直り、

 

「ティアさんもよろしいですね?」

 

 と労わるような声で尋ねる。いつもの顔で笑いかけた。

 

「……でも、あのアッシュ様はシュザンヌ様の……」

 

「いや、シュザンヌ様が守れと言ったのは、あのルーク殿だ。シュザンヌ様が七年間、心を痛めて育てたあの方だのう。『鮮血のアッシュ』の事情は、また別って話だの」

 

 まだ狼狽えているティアに、静かにだが、強い口調でティアに言い聞かせるコゲンタ。

 

「今は、まずこの状況を切り抜ける事を考えよう」

 

コゲンタの言葉にティアは納得できない顔をして彼を見返した。それがアッシュへの同情なのか、彼を産んだシュザンヌと同じ女としての反応なのか彼女自身にも分からなかった。

 

だが、ここで反論しても何もならない事は、嫌というほど分かっている。ので、黙って頷いた。

 

「ジェイドさんは、ルークが人為的につく……いいえ、産み出された存在なのだとしたら……」

 

 ティアは、かすれた声でジェイドに質問した。いつの間にか自分の喉がカラカラだったのに気が付かなかった。

 

「はい、なのだとしたら?」

 

「どこの“誰”が“何”を意図して産み出したのだと思いますか?やはり、大詠師様の派閥が?」

 

 ティアはなんとかジェイドの推測の穴を見つけようと、ルークがレプリカではない可能性を願って、喉に鞭打つように一気に疑問を口にした。

 

「ふむ、一言では答え辛い難しい質問ですね~……。確かに大詠師派も重要容疑者です」

 

 ジェイドは大袈裟に眉間に皺を作って見せて、ため息を吐くと、

 

「しかし、ティアさんには大変もうし訳ないのですが、貴女の兄君であるヴァン・グランツ殿も容疑者です」

 

 と少し声を落として、ティアにとって衝撃の事実がまたしても告げられた。

 

 だが、一方でティア自身も兄には怪しい所があるとも思えてしまう。

 

「確かに、レプリカ云々はともかく、あれだけ似ている者が身近にいておくびにも出さぬと云うのはおかしいの。しかも、同門の『アルバート流』の剣術使いだ……」

 

 ティアの疑問を代わりに言ってくれたかのような台詞をコゲンタは呟き腕を組み首を捻る。

 

「その通りです。我ながら短絡的すぎて笑えない考えですが、部下で同門の間柄……。やはり、少なくとも何らかの事情を知っていると見るべきでしょう。実の妹さんのティアさんには申し訳ありませんが……」

 

 ジェイドは眉間を揉みながら、疑問に答えつつ、

 

「マルクト軍人たる者、紳士たれ。政治に翻弄される子供を守るのも軍人の、いえ人としての務めでしょう。事が収束したら、私もできる限りの事はします」

 

 姿勢を正して、宣誓するように言った。ティアを安心させようとしているのかもしれない。

 

「今度こそわしがあの男を捕まえてやるから、安心されよ。ははは」

 

 姿勢を正して宣誓するように言うジェイド、子供にでも言い聞かせるように優しい調子で笑うコゲンタ。

 

 二人の心遣いにティアは頼もしいと思うつつも不安も覚える。

 それは、ルークと不自然ではないように「話ができるだろうか……?」という事。今、彼とはぎくしゃくしているから、口をきかないで済むという事に感謝している自分に嫌悪感を抱いた。

 

 




 今回の投稿は時系列が前後しています。申し訳ありません。どうしても、前回の粗が気になって書く事にしました。

 さて、今回は「せめて事前に相談して欲しかったですね」のカウンターです。いわゆる“後出しじゃんけん”なのかもしれませんが、当り前の範囲で注意すれば、防げそうな問題が目立つ印象です。あまり、パーティーに用心させてしまうと敵の企みを完封してしまいそうで、用心して書きました。

 こういう事は社会心理学の言葉で、『認知バイアス』の中の『後知恵バイアス』と言うのですが、第三者として事例を観察するぶんにはとても勉強になるのですが、自分が陥らないように注意しながら作劇するというのはとても難しいです。少し恐怖すら感じました。

 リスペクトしている解説者の方の言葉を借りるなら、浅くても良いから多種多様な知識や情報に触れて、多角的に物事を判断、分析して、その都度、取捨選択して修正していくしかないとの事……。

 誰かキャプテン・ハーロックに掛け合ってトチローの量産型を譲ってもらってきてくれませんかね? (分かる方いますか?)
 トニー・スタークのジャービスでも良いです。

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